神樹から力を与えられた、言わば神霊の代行者。スマートフォン型の端末を媒介にして変身し、それにより他の勇者の居場所を知れたり若葉限定で想真の場所の察知、殺処分の実行が出来る。
勇者アプリには『切り札』と呼ばれる機能が有り、使うと神樹に所属する神霊の中から最も相性の良い神霊の力をその身に降ろす事が出来る。一時的に凄まじい力を手に入れる事が可能だが反動については目下研究中である。
勇者には適合率なる数値が存在し、適合率が高い者は通常1体しか降ろせない神霊を『鬼札』として更に強い神霊を降ろす事が可能。しかし、反動も大きくなると考えられている。
「なぁ、うどん食べに行かないか?」
「…俺に言ってるのか?」
「あんた以外に居ないだろ?タマはそう決めた!」
「…俺じゃなくて伊予島?だったか。ソイツを誘えば良いだろ。高嶋ってヤツも居るだろう。俺はこれで充分だ」
球子に話し掛けられた想真。その内容は昼食の誘いだった。だが、それでホイホイと着いていく程彼の愛想は良くない。他の勇者を誘う事を勧めた後、彼はビニール袋からゼリー飲料とレーションを取り出した。その2つは球子も食べた事は有るが、お世辞にも美味しいとは言えないのは記憶に新しい。その日の球子は八つ当たりの様にうどんをお代わりしたものだ。
それなら香川のうどんの美味しさを教えなければ!そう思った球子は想真の手を引く。
「良いから行こうぜ!絶対美味しいから――」
「――触るな!!」
不意に手を触られた想真は手を強引に振り払う。痛みを感じる程強くはしていない筈だが、驚いた表情をしている球子を見て想真は頭をガシガシと掻く。そして少し黙った後、球子に言った。
「……分かった、行ってやる。今日だけだがな」
「…!ありがとな!こっちだ、行こう行こう!!」
その言葉を聞いた途端、球子は彼の手を引いて食堂へと早歩きする。小柄な彼女の身体では長身の想真とそこまで差は広がらないが、突然走り出されたせいで想真はよろけながら食堂へ向かう事となった。
「ここが!タマ達の食堂だ!」
「…そうか。じゃあ適当に――」
「――待てい!注文はタマに任せタマえ!」
「いや、俺は適当に」
「タマに任せタマえ!!」
適当に選んだ日替わりランチの食券を食券機で買おうとするが、食券機の前で仁王立ちする球子のせいで買えない。ならばと彼は球子より上にあるメニューを選ぼうとするが、球子は両手を上げてそれをブロックする。どうやら球子は、何が何でも球子のオススメを食べて貰いたいらしい。それを察した彼はポケットに手を突っ込んで言った。
「…分かった。じゃあ任せた」
「フッフッフ〜、ここで食うべきメニューは…コレだっ!!」
「…で?」
「あとは席に座って、このブザーが鳴ったら取りに行くんだ!だーれも居ないし、近いとこ座ろうぜ!」
球子が選んだ席の対面に座り、待つこと数分。けたたましくブザーが鳴り、意気揚々と料理を取りに行く球子に着いていく。食堂に勤める職員がお盆を渡してくる。その上には薄い色をした出汁と真っ白なうどん、彩りのネギと大きな油揚げが丼に入っていた。所謂『きつねうどん』という料理だ。
資源にも余裕が無いこの世の中だ。割り箸ではなく、初めからお盆に置かれている再利用可能な箸を持ちうどんを啜ろうとした時、球子に止められた。
「ちょっと待て!」
「………何だ?」
「まだ『いただきます』って言ってないだろ?ちゃんと言ってから食べろ!それが礼儀ってヤツだからな!」
下らない。その言葉で一蹴出来た筈だ。それに苛立ちを覚えたなら今ここで席を立ち、球子を残して教室に帰る事も出来る。だが、不思議とそういう気にはならなかった。1分1厘の反論の余地も無い上に、彼自身『喰らう』という行為は常人よりやってきた。だからこそなのかも知れない。
『いただきます』という言葉を言うのは何時ぶりだろうか。そこまで考えた時に思い浮かんだのは2015年、つまり小学生の時の記憶だが想真は頭を振ってその思いを振り払う。
「いただき、ます」
「そう、それで良いんだ!じゃあタマも、いただきますっと!」
ズルズルとうどんを啜る。鰹の出汁が効いたつゆとツルツルとした舌触り。噛んでみると決して固くはないが歯を押し返す様な歯触りが非常に心地よく、噛み切る時も歯切れよく切れる。つゆの滲みた油揚げも噛めば噛むほどつゆの味と油揚げ本来の仄かな甘みが滲み出してくる。薬味として添えられたネギもシャキシャキとした歯応えで決して飽きさせる事は無く、気付いた時にはもう丼を傾け、最後まで飲み干した後だった。
ほう、と吐息を漏らす想真。前を見れば球子がうどんをズルズルと啜っていた。口が小さい為啜る量も控えめな球子、彼女を見ていると記憶がフラッシュバックする。懐かしくも忌まわしい記憶が
「ふぅ…ご馳走さま!どうだ、美味しかっただろ?」
「……………」
「想真、さん?」
「な、んだ?あぁ、うどんか。まぁ…不味くはなかったな」
「ったく、素直じゃねーなぁ」
名前を呼ばれて初めて聞かれていた事に気付いた。タメ口ながらも名前がさん付けなのはやはり年上を呼び捨てにするのは気が引けるから、なのだろうか。想真からすれば年上も年下も無い。ただ連携を取るなら呼び方は短い方が便利、その程度の認識だ。
「あ、タマっち先輩。橘さんと食べてたんだ」
「お、あんず!そう、想真さんにもうどんの素晴らしさを教えようと思ってさ!」
「おぉ、タマっち先輩が良い事してる。珍しい」
「珍しいとは何だ珍しいとは!タマはいつも良い事してるぞ!?」
目の前で戯れ始める2人。現れた杏が小脇に抱えている本、タイトルは隠れてはいるが作者で判別出来ない訳ではない。何となく気になったのか、想真は声に出してその予想したタイトルを言った。
「カフカの『変身』か…」
「え、橘さんって本読むんですか!?」
急に詰め寄ってくる杏に、目を見開く想真。趣味にまっしぐらな手合いだったのか、そう認識を改めて彼は答える。
「…昔、かなり本を読んでいた時期が有った。その時に読んだだけだ。内容なんて殆ど覚えちゃいない」
「そうですか…また読んでみませんか?感想を語り合える人が居なくて…」
「…気が向いたらな」
そう言って想真は席を立つ。しっかり食べ終わった食器を返却棚に置き、1人で教室への道を歩く。そんな中、彼はカフカの『変身』について考えていた。
内容を忘れているなど嘘だ。ちゃんと覚えている。毒虫になった主人公も、その葛藤も家族からの扱いも、結末も何もかも。
グレゴールは毒虫になった。自分も人間ではなくなった。葛藤などとうの昔に無くしたが、今の大社からの扱いは正に害虫に対するソレだ。なら、『変身』の結末はどうだ?毒虫となったグレゴールは――
「……俺は毒虫じゃない、人間だ…」
――知っているからこそ彼は抗う。例え化け物と言われようが、自分を人間に繋ぎ止めてくれている腕輪が有る限り、まだ人間なのだと。