子供は正義。可愛いは正義。
「一体、どうしてこうなってしまったのか」
真田信之は苦悩した。
悩みの種は、自分の周りで騒ぐ四人の子供たち。
「のぶながさま、柿を見つけました」
「うむ。みつひでよ、ほめてつかわす」
「っはぁ、はぁ。あ、あるくのが早すぎるのだよ!」
「あにうえー! わたしもあの柿を食べたいです!」
己の前方と周りにいる子供たちを順繰りに見回して、はぁと吐いても吐いても尽きぬ溜息を信之はする。
しかし、信之の片手を取って柿を指差し、取って欲しいと強請り続ける幸村に思わず頬を緩めてしまうのもまた事実。
記憶の中にある幸村が、信之にお願いごとをしたのは何十年も前の話であったから。
「しょうがない。三成もいるんだろう?」
幸村の隣で、ぜーぜーと息を切らす三成はフンと拗ねたように顔を逸らすも、目線は頻りに枝に成っている柿へと注がれている。
生前の彼も柿が好物だったと思い出す。
このへそ曲がり具合も子供の頃からなのかと思うと、苦笑いが込み上げてきた。
「取ってあげるか、皆は離れていなさい」
子供達に注意を促すと、彼等は意義を申し立てることなく信之から距離を取った。
何が始まるのだろうと幸村は期待で目を輝かせ、三成は事の成り行きを見守るつもりで信之に視線を送っていた。
後の二人は、信之の行動にはさして興味が無いらしい。信之は柿を味わうので忙しいらしく、光秀はそんな信長の頬に水を差し出している。
信之は子供達が自分から十分に離れたことを確認してから、腰に佩いている刀を引き抜く。それから、慎重に柿を突いて落としては受け止めるという行為を三度繰り返した。
信之の危なげない動きに幸村が「さすが、あにうえ!」と称賛の声を上げる。
三成は、「間抜けな光景だな」と減らず口を叩いた。
三つの柿を無事確保した信之は、刀を鞘に収める。こんな平和な刀の使い方など久しぶりにしたなと考えて、笑いがこみあげてきそうになった。
「ありがとうございます! あにうえ!」
先ずは欲しい欲しいと言っていた幸村に手渡すと、くりくりとした目をいっそう輝かせて彼はお礼を述べる。
柿をもらったことよりも、兄に何かをしてもらったということの方が嬉しいらしく、柿を手にしても直ぐに齧りつこうとはしなかった。
「まぁ、くれるというのならむげにはしない」
そして、次に渡したのは減らず口ばかり叩く三成だ。しかし、三成は素直じゃないなりにも柿を受け取って、頬を染めている。そんな彼が不器用で信之はつい笑みを深めて、三成の茶髪をかき撫でた。
「な、何をするのだ!?」
「三成、こういう時は礼を言うものだよ」
「·····感謝する」
「よろしい」
反抗的な態度ばかり取るのが偶に瑕だが、まだ幼心がある故に素直さも備えている。
昔から、三成にはもう少し人の心に添えるような人間になればと常日頃から思っていただけにこれは絶好の機会だと信之は密かに心中で囁く。
(子供の時分から言い聞かせていけば、必ずや)
最後に柿を手渡したのは、信長の世話ばかりを焼いている光秀だ。
まさか、自分まで貰えるとは思っていなかったらしく、彼は首を振っていらないと信之に遠慮した。
「のぶゆきさま。わたしはだいじょうぶですから、のぶゆきさまがおめしあがりください」
「遠慮は入らないよ。子供は食べるのが本分だから」
ほらと促すように柿を光秀の口元まで持っていくと、それでも口を一文字にして信之と信長に視線を走らせる。
子供として、この世に蘇ってさえも信長に伺いを立てるさまを見ていると、あの凶事を起こした当人とはとても思えなくなってくる。
「みつひで。のぶゆきが食べろと言っている」
そして、子供になっても第六天魔王らしく傲慢に振る舞う信長は、信之のことは一応目上の存在であると認識しているらしい。
信之のやることに関しては、ほぼ否を唱えずに、増して協力の姿勢すら見せてくる信長。
これには、予想していなかった信之も当初はかなり戸惑った。
若かりし頃に、父親から聞いていた信長の印象が未だに信之の頭にこびりついているのだ。
だからこそ、信長が信之に従うということが有り得ないのだと思ってしまうのだが、少しの間だけでも彼の世話をした信之は少しずつ信長に対しての印象を変えつつもあった。
「のぶながさまがそうおっしゃるのであれば」
観念したように口を開き、信之から柿を受け取った光秀。
汚れを払うのように服の袖で柿を拭き、かぷりと柿を齧る。
柿を頬張った光秀は一瞬にして頬を赤く染めて、それはそれは美味しそうに目を緩めた。
「ありがとうございます、のぶゆきさま」
信之は柿を美味しそうに食べる子供達を見やる。
それぞれが思い思いに食べているさまは、本当にまだ元服もほど遠い無邪気な子供そのもので。
全員、この日の本で戦を起こした武士とはとても思えない。
だが、幸村は大坂の陣を。三成は関ヶ原を。光秀は本能寺の変を。
信長に至っては数多の戦を引き起こした。
それぞれの志を胸にして、最後まで貫き、散っていた過去の武人達。
本来ならば、一人旅であったのに。
(一体、どうしてこうなってしまったのか)
信之は再び同じ問を繰り返した。
信之の受難は続く。