僕は前世を覚えている。
自分でも信じられないような記憶だが、これは本当に自分の身に起こったことで…論理的な説明はできないが、僕にはその実感があった。
僕は生まれつき身体中に傷跡や痣のようなものもある。前世で負ったものだ。とはいっても、それを他人に言えば単に頭のおかしい人間だと思われることは必須。
明日で四歳になるが誰にも言えずにいる。
明日は僕の誕生日…そのはずだが、今朝も家の中は重い空気に包まれている。それもこれも、この世界の常識と僕が原因な訳だが…
この世界には「個性」という超能力の様なものが存在する。
それを知ってから、こんな超常だらけの世界では神秘の秘匿もあったものじゃないなと魔術協会に同情した。のだが、この世界にはどうやらその魔術協会すら存在しないみたいだ。
手を尽くしてその存在を確認しようと調べたが、幼児の情報収集能力では限界がある。少なくとも日本に冬木という地は存在しなかった。魔術師が居ない全く別の世界だという可能性の方が高い。
魔術の話は置いておいて、現代ではその個性という能力を持つ人が人口の八割。そしてその能力の発現は原則的に四歳までらしい。
今の人口で八割ということは、個性を持っていないお年寄りが多いことを鑑みて子供の個性持ちはほぼ十割と言ってもいいだろう。
しかし、何の因果か僕には未だにその個性が発現していない。
みんなが当たり前に持っているものを持っていないのだ。
僕は知っている。当たり前なんてものはなくて、その日常がどんなに尊いものなのか。
だから僕は個性がないことを全く気にしていないのだが、それは僕だけの話だ。世間の眼や、両親の気持ちとは一致しない。
個性うんぬんを抜きにしても、僕は変わった子供だ。前世の記憶があるから周りに馴染めないでいる。
両親にもどこか余所余所しい態度を取ってしまっていて、それに対して申し訳ないと思ってしまうのは、やっぱりどこか他人行儀だからなんだろう。
幼稚園から帰るとリビングの机の上に千円札が置いてあった。
今日の夕飯と…もしかしたら明日の朝ご飯代かな。いや、明日は土曜日だし最悪明日の昼と夜の分も入ってるかもしれない。
今は幼児の胃袋だからこの金額でも問題はないが、倫理的には問題大有りだろう。僕はまあ普通の幼稚園児じゃないから大丈夫だけど…まあ、迷惑をかけているのは僕なんだから仕方ないか…
ご飯を買いに近所のスーパーに向かい、適当にお弁当をカゴに入れる。
買い物を終えスーパーを出た先の大通りを渡っていた時だった。
僕は確かに横断歩道の信号が青になってから渡った。
なら、今こっちにもの凄い勢いで突っ込んで来るトラックは信号無視?居眠り運転かもしれない。危ないな。
あれ?そう言えば、信号待ちの時に僕の後ろに赤ん坊を抱いた親子が居た気がする。それは駄目だ。守らなきゃ。でも、今の僕には何もできない。
いや…カルデアのマスターだった時も別に僕に力があった訳じゃない。みんなが力を貸してくれたから、人理を修復できたんだ。
僕はいつだって無力だ…誰かの力で強くなった気でいただけ。
僕は強くなんかない。みんなが居なくちゃなにもできない…
でも…でも、諦めるのか?今この手を伸ばせば救えるかもしれないのに。
僕らの旅は終わったけど…あの旅で得た絆や、決意や、志は、旅が終わったからといって決して消えたりはしない。
今もこの胸に灯っている。
身体が熱い。僕の貧弱な魔術回路が焼き切れそうなのが分かる。
エミヤが良く言っていた言葉が脳裏に蘇る。
「魔力を回せ!決めに行くぞ、マスター!」
なんて。
契約しているサーヴァントも居ないのに、僕はありったけの魔力をかき集める。
どんどん胸が熱くなって、痛い訳でもないのに涙が滲む。
僕の魂が覚えている。
何度も何度も経験した感覚。
隣にはいつもサークルを設置してくれた彼女が居た。
僕には何の力もなかったけれど、魔術協会から封印指定を喰らうくらいには僕には色んな英霊の縁が結ばれている。
あんなにすごい英霊たちが、僕の為にその力を貸してくれた証だ。これが僕の密かな自慢。
だから、自信がある。
だから、この言葉を刻む。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──────!」
目の前が真っ白に輝いて、右手の甲に痛みを感じた。