反響   作:SOLDIER'S SONG


原作:終わりのクロニクル
タグ: 走馬灯 原作既読推奨
 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 夢の中の世界。
 これを見ているのは、彼女。

 おやすみなさいくらいは言わせて欲しいから。

 これは、少しだけ。
 一緒にいた最後の時間の、記録。

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『必ずやり遂げる頑張り屋さん』

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 夢を見ている事は、妙な浮遊感が教えてくれた。己が知る最後よりも幼い少女がいたのも、夢である事実の一端を推していた。

 

 あ、かわいい。

 そんな感想が出た。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 ここがどこなのか、今がいつなのかはわからなかった。

 ただ、度々揺れる、震える視界と、どこか悲しい空がそこにあるのを知っていた。

 私はここを、知っていた。

 

 それでも、今がいつなのかはわかりたくなかった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 漂ううちに、会いたかったヒトの背中を見た。

 ()の隣には、自らの良く知る自動人形に似た()()がいて、二人は何か口論をしているようだった。でも、そこには温かい空があって、だから大丈夫だと思った。

 

 その二人を、少女が不思議そうに眺めていた。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 大きな揺れがあった。

 金の髪を持つ青年が、苦しそうに蹲っているのが見えた。

 隣に寄りそう女の子もまた、苦しそうな顔をしていた。泣いていたのかもしれない。

 

 夢の終わりが近いことを悟った。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 金の髪を持つ青年が、機竜の発着所を見つめている。

 胸に手を当てて、まるでそこに何かがあるかのように、それを握り締めていた。

 女の子はまだ、泣いていた。

 

 欲しいものがあると、自動人形が呟いた。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 夢の中だというのに、その鐘の熱が伝わった。

 鳴らされるために生まれた鐘。響き渡るために創造された夢。

 大きな揺れが来る前の事だった。

 

 何度繰り返しても、やっぱり、大きな揺れは来てしまう。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 叫び声が響いた。鐘の音ではない。金切り声が広がった。

 夢だから。夢故に。手を伸ばしても、祈りを込めても、何も変わらない。

 ただ、ずっと。IFにすら満たない、過去の事実が繰り返される。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 敵が来た。つい最近、敵ではなくなったヒト達。彼女にとっては終ぞ、敵だった人たち。

 祈る声は届かなかった。彼らにも事情があり、彼らにも過ちがあった。

 それでもなお、傷つけられてもなお、

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 夢は揺れ続ける。まだ鐘は鳴らない。響かない。だってまだ、世界の想像は終えられていない。

 "ソレ"はまるで波のように、金の髪を持つ青年を蝕んだ。

 "ソレ"に食まれる前に、金の髪を持つ青年は肉を捨て、鋼鉄の身体を選んだ。

 

 少年は青年に、そして青年が正義になる瞬間だった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 ()()が、揺れる世界を出ていく。

 ()が未来に繋ぐ"部品"となるのを、私は見つめていた。

 知るはずのない記憶は、彼女が見ているモノ。大切で、大切な、終わりのクロニクル。その冒頭詩。

 

 だからこれが、始まりを終わらせ、終わりを始めた──初めの言葉。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 新しい世界を、御願い。

 幼い彼女がソレをどう理解したのか──わかりきったことではあったけれど。

 結局、()()()は合わないままだったのだと、少しおかしくなった。

 

 幼い彼女には、要求に聞こえたのだろうことは、すぐにわかったから。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 暗闇が彼女を支配した。

 暗い世界だった。黒い世界だった。どちらにせよ、光の無い世界だった。

 "ソレ"すらも活動をやめた世界で、それでも彼女は在り続けた。

 

 光が現れるまで、ずっと。悲しいくらいに。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 外は光に溢れていた。

 緑があり、風があり、草木があり、水があり、なにより空があった。

 明るく、暖かい空。光の降る空。

 

 けれど、そこは新世界ではなかった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 夢は続く。息苦しい世界で、夢を見続けている。

 ()()の言葉だけが、ずっと、ずぅっと、反響していた。

 暗く、狭く、苦しいセカイは、でも、ある時。

 

 一人の客を得た。それは私にとっても、懐かしい人だった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 腕を失った一人が、それから何度も来た。

 懐かしい顔だ。自らが懐かしむのもおかしな話だと、笑った。

 そうして、幾度と夢に足を踏み入れるうちに、一人は、

 

 ()()()を連れてきた。これには驚いた。知らなかった。知らなかった、と思う。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 訪れは微睡を生んだ。それは幸か不幸か、気付きにもつながった。

 疼きの一つだった。けれど、それがとても大事で、危険であることを彼女は知っていた。

 微睡むままに、周囲を探り始めた彼女に嘆息した。

 

 必ずやり遂げる頑張り屋さん──言葉だけが反響する。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 彼女の要求は、果てがある事を知らなかった。

 我儘だったわけではない。要求に"果て"があることを、知らなかっただけ。

 彼女は鐘が欲しいと言った。彼女は鐘を鳴らしてみたいと言った。

 

 ()()()がいるう内に、それは叶わなかった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 ならば叶えたいと思うようになった。

 夢にまで伝わってくる。自らの甲板にある鐘を。どこまでも遠く響く、鐘の音を。

 それが目的だった。目的になった。

 

 目的が手段になり、報酬が目的になり、手段が報酬になった。しりとり遊びの癖が出た。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 入れ替わる事を褒められた。()()は彼女を肯定した。

 彼女は嬉しかった。伝わってくる。暖かい感情が。撫でられることが好きだった。

 彼女がそれが欲しいと願った。今度こそ、叶えたいと願った。

 

 そのための手段は、私の記憶とほとんど変わらない少女が持ってきた。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 少女は"ワタシ"を抱いていた。機竜と、女性になった女の子も一緒だった。

 "ワタシ"は瞳を閉じていた。それでも、彼女は"ワタシ"を憶えていてくれた。

 "ワタシ"だけでなく、全員。私達が覚えていたように、彼女もずっと。

 

 彼女はずっと、憶えていてくれた。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、言った。"

 

 世界が揺れ動くのを感じた。

 夢が起き上がるのを感じた。

 どこかで誰かが叫んでいる。

 

 胸を押さえて、叫んでいる。私にはそれがわかった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 幼い彼女には難しい言葉だった。未熟な彼女では言葉が足りなかった。

 過去に囚われた女性では言葉を持ち得なかった。正義の味方は、救う術を勘違いしていた

 その場で、間違いを正せる者は一人もいなかった。もし、あの場に私がいたとして。

 

 それでも、彼女を止める事は、停める事は出来なかったと思う。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 大丈夫、と言った。彼女が言った。

 それは、自らの誤り(エラー)を無視する言葉だったのかもしれない。

 すべてが等しいという事が、全てが無価値であるという事と同義であると、彼女は知っていたはずだから。

 

 それでも、声が反響していた。新しい世界を、御願い。その言葉が。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 夢が起き上がる。夢が咆哮を上げる。

 夢が自らの目的のために、戦闘態勢を取る。

 パズルのピースが埋まっていく。誰も、誰も。

 

 誰も、パズルが裏側である事を口に出さないままに、夢が──ノアが、心を宿す。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 千を超える時間を。果ての見えない暗闇の中を。

 ただひたすらに待ち続けたノアの、ようやく掴んだ一筋の光。

 ノアが産声を上げる。だって、彼女は今生まれたのだから。

 

 Low-Gにおいて、初めて。今ここに、彼女は生まれたのだ。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 目覚めなさい、と彼女は言った。

 敵が来ています、と彼女は言った。

 システムにおける、機体の名称が書き換えられる。設計時のものへと。

 

 ノアから──全竜(レヴァイアサン)へと。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 全てを等価値にする事に、彼女は気付いていた。

 だからこそ、彼女はプラスの概念創造に執心した。

 等価値から、全てを生み出す。それが新たに設定された──設定した目的。

 

 違う。それは手段だ。目的は、新世界で鐘を鳴らす事だから。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 悲しいことをしようとしている。

 あの頃のように、空が悲しい。

 もう──もう、違うのだと諭すことはできない。

 

 夢だから。だってこれは、もう、終わった事だから。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 

「ありがとうございます、詩乃様。ノアと一緒に居ていただいて。──以上」

 

 崩れていく。

 夢が崩れていく。

 ノアの夢見た世界が──ではない。ノアの心に会った、古い殻が、だ。

 

 まず、一人の男に砕かれた。その男は、ようやくそこへ()()

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 砕かれていく。

 夢が砕かれていく。

 身体を起こした夢が──ではない。その体にまとわりついていた過去が、だ。

 

 次に、概念核を持つ者たち。そして、概念核たちに、剥がされた。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 剥がされていく。

 夢が剥がされていく。

 産声を上げた夢が──ではない。その身を覆っていた虚勢が、だ。

 

 そして、持たざる者たち。ノアから見れば、あまりにも小さい者たちに、阻まれた。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 阻まれていく。

 目的が阻まれていく。

 取り違えた目的が。手段になるはずだった目的が。

 

 二人に、阻まれる。またも。"前"も、"今"も。でも、それでよかった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 良かったのだと思う。

 最後に、良いものが見れた。

 正義の味方は──泣きそうになった子の、標となった。

 

 女の子も、正義の味方も、しっかり──自分になれたのだから。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 そして、ようやく──時がきた。

 解放の時。

 全竜解放。その時が来たのを、夢が薄れていくのを、感じた。

 

 長かった──あなたが、一番。そうでしょう?

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 一人の客が。あの時の男性が。そして今いる彼が。

 少女が、守った。守れた。少女の義父もまた──未来を繋ぐことが出来た。

 紡ぐ。繋ぐ。各国のUCATが、自らの誇りと自らの歴史を並べて叫ぶ。

 

 Tes. Tes. Tes. ──我はここに契約せり(Testament)

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 お世話になった家族に。

 世話をかけてしまった、皆さんに。

 そして、そして──ようやく歩き出せた、あの子に。

 

 全てをやり遂げた、頑張り屋さんの……あなたに。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 レヴァイアサンへと本体が移ってしまったノアは、夢の中で一人、ゆっくりと歩いていた。

 歩いていた。歩んでいた。ボロボロになった翼を使わずに、足で。

 進むことは、もう、叶ってはいなかったけれど。

 

 それでもノアは、レヴァイアサンへ反抗する。そしてそれを味方するものもあった。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 それは脱ぎ捨てた殻。それは崩れていった過去。それは剥がされた記憶。

 でも、それでも、それらは、だって。

 ずっとずっと、ずっと。ノアと共にあったものなのだ。

 

 有り難う。ノアは、自分を守ってくれた白の機竜と武神に、そう言った。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 ノアは歩き出す。壊れていくことも厭わない。

 歩く。歩く。足を前に出す。

 ノアだけが出来る事。ノアだけが持っているものを。

 

 ノアの要求。やりたかったこと。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 少女がようやく、己のあるべき位置を見つけた。

 そう。そうよ、命刻。私たちは──あなたが、憶えていてくれる。

 だから、お願い。

 

 新しい世界を、みんなと一緒に。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 ノアが少しずつ階段を上っていく。

 一段、また一段と昇るたびに、ぼろぼろと部品が零れ落ちていく。

 でも、やめない。

 

 ノアは──鐘突き堂へ、上っていく。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

 世界が概念で満たされていく。

 白い、美しい光。

 創造ではなく、改変だ。

 

 偉いわ──自分で気づくことが出来たのね。

 

 "自動人形は、ありがとうございます、と言った。"

 

「有り難う御座います」

「詩乃様、ありがとうございます。そばにいてくれて」

 以上、と言わなかったのは何故だろうか。

 

 この言葉は、記憶のどこにあるのだろうか。

 

 "ノアは、ありがとうございます、と言った。"

 

 概念核創造施設内包型航空艦SSS-X0ノア、ノア内第八位Arch型自動人形0号。

 十年前から再起動し、本日。

 己に課した為すべきことをクリア。停止していた時計を動かし、次の状況に移ります。

 

 ──以上。

 

 "ノアは、ありがとうございます、と言った。"

 

 ありがとう、ノア。

 新しい世界を、ありがとう。

 そして。

 

 おやすみなさい──。

 

 "おやすみなさいませ。詩乃様。"

 



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