みゃー姉こそ天使だぞ 作:星野香子
「みゃー姉がわたしと同じ学年だったらなー」
ひなたが切り分けられたアップルパイを食べながら、何気なく呟いた言葉。どうしてそんなことを言い出したのか、なんて考えなくてもたぶんひなたのことだから、みゃー姉と学校でも一緒がいいという理由だきっと。
「ミャーさんが一緒のクラスだったら調理実習とかスゴそうだよね。いろんな子から頼られちゃうかも?」
「おう! なんたってみゃー姉だからな!」
ノアちゃんがひなたの発言にのっかり話を広げてきた。
「私は嫌かな……それがきっかけで話し掛けられたりしそうだし。絶対やだ」
「ミャーさん想像の中くらい強くなって?」
想像力が強くなりすぎたせいでカラコンとか眼帯をファッションでつけていた時期がある身としては、これ以上恥をかきたくない。
「ノアちゃん、私はもう恥をかかずにいれる方法がわかったんだよ。それはね、誰にも会わずにいたらいいんだって!」
「ミャーさんどんどん開き直ってない?」
開き直ってないよ。
「私はお姉さんと同い年の方がうれしいかも」
「へっ? ほ、ほんと……!?」
アップルパイを食べ終わったのか、花ちゃんが私のお皿にあるパイをじっと見つめながら話に参加する。
食べ足りないのかな、かわいい。ってそれよりも今の花ちゃんの発言の意味はどういうことだろう。花ちゃんは私のことを警戒してそうなのに。
「同い年ならお姉さんの気持ち悪い趣味の被害に遭わなさそうだし」
「えぇー……」
でも確かに、同い年ならコスプレしてなんて言えそうにない。いや、年下に言うのもまずいけども。そう思うと私、花ちゃんより年上で良かった。
「でも花、松本はみゃー姉と同い年だけどコスプレさせようとするぞ」
「そういえば……」
「あー、マツモトさんだしネ……」
松本さんという特殊な例をひなたが出してきた。でも私には松本さんみたいな行動力はないよ、ひなた。
「私は同い年の人にコスプレを頼んだりしないから」
「ハナちゃんが同い年でも?」
「しないから! ………………たぶん」
「そこは断言してください」
「し、しないよ……」
「目をそらさずに」
目を見て話すなんて私には難易度が高いよ。花ちゃん相手だとなぜかなおさら難しい。
「ミャーさんがいたらコヨリちゃんがすごく構いそうだねー」
「え? こよりちゃんが?」
こよりちゃんはツインテールでひなたとはまた違う元気一杯な子だ。
「確かに小依ならお姉さんに構いそう」
「え、どうして?」
ノアちゃんだけでなく花ちゃんも同じ意見らしい。わかってないのは私とひなただけ。こよりちゃんはひなたみたいにべったり甘えてきたりはしなかったけど……
「ミャーさんにならコヨリちゃん頼られそうだし」
「こよりは頼られたがりだからな!」
「えぇー……そういう理由……」
たしかにそういう一面を見せてたけど……なぜだろう。こよりちゃんに何か頼っても解決する気がしないのは。
「こよりがみゃー姉と遊ぶならかのんも一緒だな!」
「夏音と小依はいつも一緒だもんね」
「そしてコヨリちゃんをとられちゃったカノンちゃんが、ミャーさんとシュラ場になるんだよね!」
「ノアちゃん昼ドラにハマってるの?」
修羅場って。
でも実際、同い年だったらどうなってただろう。登校時はひなたがそばにいて、休み時間もひなたがそばにいて、下校の時もひなたがそばにいる。
……うん。
「ひなた、お姉ちゃん離れしない?」
「なんでだ!?」
割りと本気で四六時中ひなたがそばにいることになる。いや、同い年ってことは私はひなたのお姉ちゃんじゃない?
「同い年だったら私はひなたのお姉ちゃんじゃないな~って」
「そうなるのか!? みゃー姉がみゃー姉じゃなくなる……みゃー!」
「みゃー!?」
新しい呼び名が生まれちゃった。なんだか鳴き声みたいだけど。
「ヒナタちゃんの双子の姉とかかもよ」
「じゃあやっぱりみゃー姉だな!」
「もしかしたら妹かも」
「その時はみゃーか!」
「ひなたの中で私はみゃーが絶対なの?」
でも、ひなたが同い年の姉だったら……「みゃーはわたしが守るぞ!」「みゃーの代わりにわたしがお母さんに謝ってやる!」「将来はわたしが養ってやるぞ!」
…………有りだな。
「お姉さん、ロクでもないこと考えてません?」
「そ、そそんなことないよ!」
お母さんに怒られることは少なくなりそうでいいなぁって思ったくらいだし!
「ミャーさんが小学生だと、今のミャーさんの立ち位置にマツモトさんが入るね」
「また松本さんの話題出すの……?」
「あの人がお姉さんにコスプレさせて写真を撮ることになるもんね」
「ひぃ……」
想像が容易すぎてひきつった声が出てしまった。
そんな私に追い打ちをかけるように花ちゃんが続ける。
「あの人が大学生のままならお姉さん誘拐されそう」
「あー、ありえそうかも。ミャーさんが大学生の今でもアレだしね」
「みゃー姉はわたしが守るぞ!」
花ちゃんが悪戯っ子のようにニヤニヤしながら私を見て言った。小悪魔系花ちゃんもかわいいという気持ちと、松本さんへの恐怖がせめぎあってカメラを構えれない。
「ぎゃ、逆のことを考えよう!」
「逆のことですか?」
小首を傾ける花ちゃんかわいい。
「ひなたたちが私と同じ大学生だったら……とか……」
言いながら想像してみる。きっと大きくなったひなたが……「みゃー姉大学一緒に行くぞ!」「みゃー姉課題一緒にやろう!」「みゃー姉科目は何取ったんだ! わたしも同じの取る!」「みゃー姉一緒に寝よう!」「みゃー姉一緒にお風呂入ろう!」「みゃー姉!」「みゃー姉!!」「みゃー姉ー!」
…………うん。
「ひなた、お姉ちゃん離れできるよね?」
「みゃー姉!?」
さすがに今のままの元気一杯さはないだろうし、落ち着きとかも持ち出すと思うけど想像できなかった。
「ヒナタちゃんのオトナな姿かー。きっとカッコいいんだろうなあ」
「おう! みゃー姉みたいになるぞ!」
「やめて?」
ひなたが私の真似をしだしたら、私がお母さんに怒られちゃう。
「アタシは今よりさらにさらにカワイクなってるだろうしなー、アイドルになっちゃってるかも! そしたら特別にミャーさんにサインあげるね!」
「あ、ありがとー」
「ノア! わたしにもくれ!」
「もっちろん! ハナちゃんにもあげるからね!」
「ん、ありがと」
アイドルかぁ。花ちゃんがアイドルになってテレビに出たら全部録画しないと……ん? 待って。花ちゃんの握手会とかあれば合法的に花ちゃんの手をスリスリできるのでは? いやむりか? どうなんだろ、イベントとか行こうなんて考えたことないからわかんない。
なんにしろ花ちゃんはアイドルだ。
「花ちゃん! アイドルの練習しよう!」
「いやです」
「アイドルの話してたのアタシだよね?」
なぜか落ち込んだノアちゃんがひなたにあやされだした。前もしてたけどアレなんなんだろ。犬を撫でるみたいな。
「私は普通の大学生ですかね。ノアみたいにアイドルになりたいわけじゃないし」
「花ちゃんの大人の姿かぁ……」
コスプレ衣装の幅が広がりそう。今の女児向けアニメのコスプレも花ちゃんなら有りだ絶対。どうしようニヤニヤが止まらない。
「花は食べてばっかりだからな。太ってるぞきっと」
「こら、ひなた!」
「ちゃんと運動するもん……」
なんてこと言うのこの子は。
でも今後花ちゃんにあげるお菓子はカロリー控え目にしとこう。新しいレシピ覚えなくちゃ。花ちゃんが太ったら私の責任になっちゃう。もしもそうなったら……
「花ちゃん安心して」
「……何がですか」
「花ちゃんが太ったら、責任をとって一生私がそばにいるからね!」
「絶対やめてください」
私の決意は即答で拒否された。
「太ったらみゃー姉がずっとそばにいてくれるのか!? ならわたしも太る!」
「ヒナタちゃんそれだけはやめて!?」
「私もお母さんに怒られるからやめて!?」
ひなたなら本当にやりかねない。
「お姉さんはもっと自分の言葉に責任を持ってください」
「うぅ……ごもっとも……」
迂闊な発言でひなたが太る可能性ができるなんて、もっと気を付けよう。
それにしてもなんでこんな話になったんだっけ。あ、みんなが同い年だったら、だったか。
「やっぱりそのままが一番だよね……」
「そうですね」
ひなたを必死に説得しているノアちゃんを眺めながら、そんな結論に私は至った。やっぱり私は花ちゃんにコスプレしてもらえる今の関係がいい。同い年だとしてもらえなさそうだし。
「あれ? お姉さんの携帯、今鳴りませんでした?」
「え? あ、ホントだ」
携帯にメッセージが入っている。迷惑メールかな。それか携帯会社からのメールかも。
「うわっ……」
「どうしたんですか? ……うわ」
後ろから覗き見た花ちゃんも同じようなドン引き声をあげた。
『みやこさん、小学校の制服を作ったから着たかったらいつでも言ってね。ランドセルも用意してあるから』
そこにはランドセルと制服の画像と一緒に送られてきたメッセージ。送り主は松本さん。
……盗聴? それとも近くにいるの? こわい。
おそるおそる窓から外を見ると、松本さんがいた。私が見ていると気づいたのか手を降りだした。まるで偶然目があったみたいな、何気ない反応だった。
肩をそっと叩かれた。振り向けば花ちゃんが、ものすごく優しい目をしながら憐れんでくれていた。
「お姉さん、一緒に部屋の掃除をしましょうか……」
「うん……お願い……」
盗聴器とか見つかったらこわいけど、見つからなくてもそれはそれでこわい。
「私、こんな思いを花ちゃんにさせてたんだね……」
「ここまでひどくはありませんでしたけど……」
家族とひなたの友達以外こわい。
その日はそれから、説得を終えたノアちゃんとひなたにも手伝ってもらって、私の部屋とひなたの部屋を入念に掃除することにした。
ご褒美としてまたお菓子をせがまれ、そして食べさせすぎてお母さんに怒られたのは言うまでもなかった。
怒られながらも決意する。今度からお菓子の量も控えるようにしようって。
花ちゃんの食への関心を思いだしながら、このままで本当に太りそうだしと割りと真面目に考えることにした。
ちなみに盗聴器などは見つからなかった。