みゃー姉こそ天使だぞ   作:星野香子

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みやこさんのぬいぐるみ、可愛いでしょう?

 

 

 

 大学が終わり帰宅すると玄関には小さな靴が三足並べられていた。

 花ちゃんたちが遊びに来ているんだ。今日は新しい衣装を用意していないし、撮影会は断念かな。

 

 花ちゃんたちにお菓子を用意する前に、ひとまず大学に着ていく服を早く着替えたい。やっぱり一番落ち着くのは高校時代のジャージだよ。

 そう思って自室に入ると、

 

「みゃー姉おかえりなさい!」

「お邪魔してます」

「ミャーさんおかえり!」

 

「ただいま? 珍しいね、私の部屋で遊んでるのって」

 

 ひなたの部屋じゃなくて私の部屋にみんながいた。

 

「ミャーさんのお部屋探検してたの!」

「探検って……普通の部屋だよ」

「普通の部屋に恥ずかしい服なんてないです」

 

 恥ずかしい服って……まぁコスプレは普通の服じゃないけど。

 

「でもミャーさんってよくわからないよね」

「よくわからないって何が?」

 

 ノアちゃんの突然の評。

 私はわかりやすいほうだと思うけども。自他ともに認めるほどには人見知りだし。部屋を見て何か思ったのかな……見られて不味いものなんてなかったはずだけど……あ、ヒロインが花ちゃんに似ているために衝動買いした漫画とか見つかってないよね……不安になってきた。

 

 あれは簡単に見つからないようにベッドの下に隠したんだけど……

 

 ノアちゃんがベッドに顔を向けながら話の続きを言った。

 

「ミャーさんのベッドの……」

「ぐ、偶然買っただけだよ! アレは偶然! 偶然花ちゃんに似てただけで!」

「なんの話ですか……」

 

 ベッドというワードがでた時点で反射的に言い訳というか理由を述べる。

 あれ? あの漫画についての話じゃないの? きょとんとしているひなたやノアちゃんの視線が気まずい。そして花ちゃんのジト目がつらい。

 

「お姉さん、私に似てただけでって何がですか?」

「……あ! 今日のお菓子は何がいいかな?」

「リクエストしていいんですか!」

 

 やだこの子、チョロい。

 問い詰める雰囲気はすっかりなくなって、今はもうお菓子のことでいっぱいになっている花ちゃんに頬が緩んでしまう。

 

「花ちゃん、誤魔化されてるよ……」

「花はお菓子が弱点だからな」

 

 それにしても、ベッドの下の漫画じゃないならベッドの何についてノアちゃんは言おうとしたんだろう。何をリクエストしようか迷っているのか、幸せそうな顔でうんうん悩む花ちゃんを携帯のカメラで撮りながら考えるも、何も思い当たる点が出てこなかった。

 

「ノアちゃん、私のベッドがどうかしたの?」

 

 漫画のことじゃなければ私に後ろめたさは一切ない。だから話を振りだしに戻すためにもノアちゃんに聞いた。

 

「ベッドじゃなくて枕元のぬいぐるみのことを言おうと思ったんだケド」

「枕元のぬいぐるみ……?」

 

 ぬいぐるみなんて置いてあったっけ?

 枕元へと視線を持っていくとそこには、

 

「ミャーさんって自分をモデルにしたぬいぐるみも作るんだね! なんだか意外だなーって」

「なにこのぬいぐるみ……」

「え?」

 

 赤いジャージを着て、片目を隠したぬいぐるみがあった。

 これはどう見ても私の普段の恰好だ。髪型とか服装とか完璧に私だ。

 

「え? ミャーさんが作ったんじゃないの?」

「わ、私こんなの作らないよ……いったいいつからあったのこれ……?」

「アタシがこの家に初めて来た時からあったと思うケド……」

「う、嘘!?」

「みゃー姉? 前からあったぞ」

「嘘ぉ!?」

「ミャーさん気づいてなかったの……?」

 

 ずっと前からあったってこと? これが? どうして気づかなかったんだ私……

 いや、もうこの際いつからこのぬいぐるみがあったかなんてどうでもいい。誰が作ったんだろうこれ……

 

「ミャーさんが作ってないのなら、おばさん?」

「お母さん……? いや、お母さんじゃないと思う……」

「うーん……それじゃあ……」

 

 ノアちゃんと私は確認するようにひなたに目を向けた。

 ひなたは何か作る度に私をモデルにする。このぬいぐるみもひなたが作ったのかもしれないと考えて。

 

「?」

 

 ひなたはなんで目を向けられたかよくわかってない表情だ。

 

「えっと、このぬいぐるみ、ひなたが作った?」

「作ってないぞ」

「じゃあ誰!?」

 

 え、怖い。製作者不明の私のぬいぐるみって超怖い。

 

「あの人じゃない? ほら、お姉さんのストーカーの」

 

 花ちゃんがお菓子の世界から帰ってきたのか意見を言った。

 

 私のストーカーっていうと……

 

「松本さん……?」

「あー、マツモトさんかぁ」

 

 ノアちゃんは納得がいったとでもいうような表情を浮かべているが、私には疑問だ。

 

「松本さんと初めて会話したのって、ノアちゃんたちと知り合った後なんだけど……」

「でもお姉さんのことを毎日ストーカーしてたんですよ」

「……やっぱりこれは松本さんが作ったやつなのかな」

 

 今まで存在にも気づかなかったのに、こうして改めて見ると異様な雰囲気をぬいぐるみから感じる。もう心なしか怖くさえ感じてしまう。

 

 ……そういえば、松本さんってなんでか私の行動をよく知ってたよね。家で作ったコスプレ衣装が何か知っていたり、衝動的に買いに行ったものが何か知っていたり……

 

 もしかして、このぬいぐるみの中に盗聴器とかカメラとかが入っているんじゃ……

 

「……」

「みゃー姉? どうしたんだ?」

「……ちょっと、気になるから」

「ミャーさん?」

 

 恐る恐るぬいぐるみを手に取る。

 外から触った感じではカメラとかが入っているような感触はない。何もなければそれでいい。それはそれでこわいけども。

 

「……う」

「お姉さん?」

「自分がモデルのぬいぐるみを裂くのって、すごい抵抗があるぅ……」

「裂くの!?」

 

 というか自分がモデルじゃなくてもこういうのを裂くのってなんかやだ。でも確かめないと気になって不安だし、もういっそ物置にでも押し込んで封印しちゃおうか。

 

「ミャーさん本当にどうしちゃったの?」

「な、ないと思うんだけどね……松本さんが盗聴器とか入れてるんじゃって考えちゃって。それで確かめるために……」

「松本さんならやってても不思議じゃないような……お姉さん、確かめましょう!」

「花ちゃん!?」

 

 花ちゃんが私のぬいぐるみを手に取り、何度もふにふにと触る。外からの感触じゃ何もないっていうのは私も確かめたけど。

 

「何もなさそう……やっぱり開くしか……」

「は、ハサミ……! はいこれ!」

 

 花ちゃんに布切り鋏を手渡す。しかし花ちゃんは受け取らず、嫌そうな顔をした。

 

「え……私が切るんですか……?」

「わ、私はちょっと、自分がモデルだから、抵抗があって……」

「私も嫌ですよ……なんだか呪われそうで……」

 

 人形とか人型のぬいぐるみとかってやっぱり抵抗あるよね。

 さっきまで調べる気満々だったのに、ホラーな想像をしちゃったのか花ちゃんはぬいぐるみを私に返した。

 

「の、ノアちゃん……!」

「アタシもいやだよ? さすがにぬいぐるみを切るなんてちょっと……」

「ひなた……!」

「ミャーさん子供に頼るのはどうなの?」

 

 情けないとは思ってるけども!

 

「みゃー姉のためならわたしがやるぞ!」

「ヒナタちゃんいいの?」

「おう!」

「ミャーさんがモデルのぬいぐるみを切るんだよ?」

 

 ひなたがハサミとぬいぐるみを受け取り、ハサミの持ち手に指を通す。

 

「……あ、あぁぁああ!」

「ひなた?」

「うわぁあああ!!! わたしには無理だぁぁああ!!」

「ひなた!?」

「みゃー姉ぇ……みゃー姉の頼みなのにわたしは……ガクリ」

「ヒナタちゃーーん!!」

 

 なんだこの状況。

 

「ノア、花……わたしの墓には、みゃー姉の写真を入れてくれ……」

「ヒナタちゃん……! うん、わかったよ……」

「頼んだ……ノア……」

「ヒナタちゃーーん!!」

「お姉さんのぬいぐるみも入れたほうがいい?」

「おう、頼んだ!」

「急に元気になった……」

 

 突然始まった謎のドラマ。三人とも楽しんでるのが隠しきれていない。口元がすごい笑ってる。

 

「ミャーさん! ヒナタちゃんが辛そうだよ! 何か声をかけてあげて!」

「え!? あ、うん」

「ヒナタちゃん! ミャーさんだよ! わかる!?」

「みゃー……姉……」

「えっと、なんて言えばいいんだろ……」

 

 即興劇なんてやったことないからどうしたらいいかわからない。というか照れが来て演技に入れそうにない。

 花ちゃんとノアちゃんに目で急かされてるけども、私にはハードルが高すぎるよこれ。

 

「ミャーさん! はやく!」

「ひ、ひなたー、がんばれー!」

「ひなた、お姉さんが応援してくれてるよ。まだ倒れちゃダメ」

「みゃー姉……わたし、みゃー姉と一緒にいれて、良かった…………ガクリ」

「ヒナタちゃーーん!!」

 

 ノアちゃんの絶叫三回目。

 これどうやったら終わるの。

 

「ひなたがいないと、お姉さんが松本さんの魔の手にかかっちゃうよ。それでもいいのひなた?」

 

 花ちゃんもたいがい即興劇苦手そうだよね。

 

「それは……困る……」

「また生き返った……」

「みゃー姉を……松本から、守るん……だ……!」

「ヒナタちゃん!」

「ひなた!」

 

「私、みやこさんに何をした設定なのこれ?」

「よくわかんない……ん?」

 

 振り向くとそこには松本さんとお母さんがいた。

 

「松本さん!?」

「ま、松本ぉー!!」

 

 またお母さんは松本さんを勝手に入れて……!

 

 ガバリと起き上がったひなたは松本さんとお母さんにあのぬいぐるみを見せる。

 

「あら、みやこさんのぬいぐるみね」

「みやこのぬいぐるみ? へぇ、よくできてるじゃないの」

「これ、松本が作ったのか!?」

「香子ちゃんが?」

 

 ひなたが本人に核心をつく問いかけをした。

 これであのぬいぐるみの出自がわかるかもしれない。そう思うと緊張感が高まる。私だけかもだけど。

 

「ええ、みやこさんの大学入学祝いにプレゼントしたの」

「やっぱりマツモトさんだったんだねー」

「香子ちゃん、わざわざありがとね」

 

 ノアちゃんとお母さんは平然としてるけど、私と花ちゃんの表情はすこぶる微妙だ。

 お母さんは事情を知らないからいいとして、ノアちゃんは他人事だと思って楽しんでるんじゃないかこれ……

 

「松本、このぬいぐるみにカメラとか盗聴器とか入ってたりしないのか?」

「ひなた、何言ってんの。香子ちゃんごめんね? 変なこと言いだして」

 

 ひなた、聞いてくれるのは嬉しいけどお母さんの前で聞くのはまずい! 私が同じことをした場合は絶対すごく怒られるよ! ひなただって同じ目にあいかねない!

 

「いえ、大丈夫ですよ」

「なー松本、何か入ってたりするのか?」

「こーら、あんまり失礼なことを言わない」

「いたっ」

 

 ……デコピン。

 

 お母さん、ひなたにはすごく甘い……

 

「ひなたちゃん。そのぬいぐるみにはね、あるものが入ってるの」

「え!?」

「やっぱり何か入ってるのか!」

 

 松本さん自白してくれるの!?

 どうしよう、全然心の準備ができてない! やっぱり盗聴器!? それともカメラ!? 何が入ってようとこわい!

 

 

「それはね、愛情よ」

 

 

 それはそれでこわい。

 

「えと、松本さん?」

「なに? みやこさん」

「盗聴器とか、そういうのは本当に入ってないの?」

「もうみやこさんまで、そんなの入れてるわけないじゃない」

 

 おかしそうに笑う松本さんの後ろで、お母さんがやや怒っている表情を浮かべていた。あ、これ絶対あとで私怒られるやつだ。私もデコピンで済むといいなぁ……

 

「みやこ、あんまり香子ちゃんを困らせないように。それじゃあ私は下にいるから」

「う、うん……」

 

 お母さんが一階に降りていってから、ノアちゃんが松本さんに聞いた。

 

「それじゃあマツモトさんはミャーさんぬいぐるみの制作者で、中に何も入れてないんだネ?」

「もうノアちゃんったら、さっき言ったでしょ? 愛情を入れてるのよ……ね? みやこさん」

 

 ああ、ノアちゃんみたいにお母さんが降りてから私も聞けばよかった。

 ノアちゃんって世渡り上手になれそう。

 

「でもよくミャーさんのこと詳しいよね?」

「うふふ、なんとなくね、みやこさんのことがわかるのよ。これも愛情のおかげかしら」

 

 得体の知れない恐怖を感じる。

 愛情ってこんな怖いものだっけ……

 

「お姉さんはお菓子に愛情を込めてるって夏音が言ってましたけど……」

「わ、私もあんなに怖い!?」

「いえ、アレは別物ですから、お姉さんはそのままでいてくださいね……本当に……」

「う、うん……」

 

 

 それから松本さんも混ぜてなぜか即興劇が始まり、結局最後までぬいぐるみを裂くことはなかった。

 松本さんならなくてもわかるんじゃないか、という謎の説得力があったため、本当に盗聴器も何も入っていないと思えたから。

 

 皆が帰ってから部屋で一人例のぬいぐるみを観察する。ひなたは今学校の宿題をしている最中だ。

 

 それにしてもこのぬいぐるみ……ところどころ黒い糸で縫われているけど、変わった糸だ。

 まるで長い髪の毛みたいな……いや、恐怖でそう感じただけで糸だ。きっと艶のある糸なんだこれは。

 

 でも枕元じゃなくてせめて机の上に移動させておこう。普通に怖いから。

 

 

 

 

 

 

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