みゃー姉こそ天使だぞ 作:星野香子
なんでこんなことになってるんだろう。
星野家のいつものリビングで今、私の隣には花ちゃん……ではなく花ちゃんのお母さんが座っていた。
私と花ちゃんのお母さん以外、みんな学校だったり出かけてたりで誰もいない状況。
この状況だけでも私としてはわけがわからないのに……
「みやこちゃん、いっぱいあるけどこのクラスってどれを選べばいいの?」
「えっと……」
なんで花ちゃんのお母さんに、ゲームのやり方を教えてるんだろう。
お母さん、ひなた、早く帰ってきて……
ここにはいないお母さんとひなたを求めながら、私は今朝の出来事を思いだしていた。
・・・・・・・・・・・・
「みやこー、お使い行ってきてくれない?」
今朝、お母さんが仕事の支度をしている最中に私にそんなことを言ってきた。
「えー」
「えー、じゃない。ちょっとデパートに夕飯の材料買ってくるだけだから」
「やだよ。デパートじゃなくて近くのスーパーでいいじゃん」
デパートは食品売り場だって人が多いんだから絶対やだ。
スーパーでも結構辛いんだから、せめてスーパーにしてくれないと困る。コンビニとかでもいいけど。
「あんたねぇ……ひなただってこれくらいのお使いできるんだから。どうせ暇でしょあんた」
「どうせって失礼な……」
「じゃあ何か予定あんの?」
「……詰んでたゲーム攻略とか」
「買い物のメモ用意しとくから頼んだからね。それじゃ私は仕事行ってくるよ」
容赦がない。
「って待って! お使いのお金!」
「レシート取っといてくれたら後でその分ちゃんと渡すよ。先に渡すとあんた、余計なモノ買ってきそうだしね」
「ちょっ!? 信用低くない!?」
「そういうことはちゃんとお使いできるようになってから言いな。それじゃ行ってくるから、頼んだよ」
私だってお使いくらいできるのに……人が多いとこじゃなかったら。
置いていったメモを見ると牛肉とか卵とか、すき焼きのタレ……今日はすき焼きかぁ。これは買ってなかったらすごく怒られそう……
「しょうがない……覚悟を決めよう……」
今日は平日だし、あんまり人もきっと多くない。
大学に行くときの服を着て、デパートへと向かった。
頼まれていたものを買い、エコバッグに入れている最中だった。
「あら? みやこちゃんじゃない。こんにちは」
横からそんな声が聞こえた。
私と同じ名前の人が近くにいるみたいだ。たまたまとはいえビックリする。
「みやこちゃん? あら、聞こえてない?」
みやこちゃんとやらは返事をしてあげたらいいのに無言を貫いている。声を掛けたおっとり口調の女の人が困ってるんだけど。
「みやこちゃーん?」
みやこちゃん徹底的に無視なんてひどいな。まぁ名前が同じだけな私には関係ないし、よし、まとめ終わり。早く帰ってゲームしよっと。
バッグを持って帰ろうと顔を動かすと、女の人と目があった。
「やっと気づいてくれた。みやこちゃんもお買い物?」
「あ、え?」
目が合った女の人が微笑みながらそんなことを言った。
え、みやこちゃんってもしかして私? なんで私!? あ、私もみやこだからか! ってそうじゃなくて、そんな知り合いなんて……
ってあれ? この人……
「花ちゃんの、お母さん……」
「やっぱりみやこちゃんね。良かったぁ、もしかして人違いだったのかなって思っちゃってたわ」
「す、すみません! 気づかなくて!」
なんでここに花ちゃんのお母さんが! あ、買い物か! そりゃそうか!
むしろ私がここにいる方が珍しいもんね!
まさかの遭遇に驚いたけど、ここから世間話をできるほど私のコミュ力は強くない。花ちゃんのお母さんとはまだまともに話せるほうだけど、やっぱり緊張してしまう。
買い物も終わってることだし、ここはそそくさと退散しよう。
「あ、えと、私……」
どう切りだしたら失礼なく撤退できるんだ。
ついつい口ごもってしまった私を見て、花ちゃんのお母さんは何か思いついたのか、手をぽんと叩いて言った。
「そうだ、みやこちゃん。みやこちゃんってゲームは詳しい?」
「あ、はい…………はい?」
「良かったら教えてほしいの!」
「へ?」
「私、あんまりゲームに詳しくなくて……」
両手を合わせて懇願する花ちゃんのお母さん。
ゲームについて教えてほしいって、うちのお母さんもあんまり詳しくないなぁ……
ってそうじゃない。なんでこんな話が出てきたんだ。
「あの、いったいどうしてゲームについて……?」
「あ、ごめんなさいね。それがちょっと……そうだわ、みやこちゃん。この後何か予定あるかしら?」
「え、えと、帰るだけで何も……」
「そう、それじゃあ後でお邪魔するわね!」
「え? …………え?」
またあとでねー、と言って帰って行った花ちゃんのお母さん。どういうことかさっぱりすぎて、呆然としながら私はとりあえず家に帰った。
それから数十分後、宣言通り花ちゃんのお母さんがやってきた。
居留守を使いたかったけど、さすがにそんなことできない。予定ないって言っちゃったし、花ちゃんのお母さん相手だし。
とりあえずジュースでも出せばいいかな。あ、お茶の方がよかったのかな。つい癖でジュースを入れちゃった……
「あの、ジュースでも大丈夫ですか?」
「あら、ありがとうね」
ジュースだけというのはどうかと思い、昨日焼いたクッキーも一緒に持っていくと、机の上には何故か黄色い3DSが置いてあった。
本当にゲームについてなんだ……
「ごめんね、みやこちゃん。急に変なこと頼んじゃって」
「い、いえ……でもなんでまた……」
「それがね……これは花ちゃんのゲーム機なんだけど……」
自分のじゃないんだ。
花ちゃんのゲーム機……って勝手に持ってきていいのだろうか。
「その……花ちゃんのデータ? 消しちゃったみたいなの……」
「えぇ……」
なんてことを……
「それでみやこちゃんに助けてほしくて……」
「え、ええ!? さすがに消えたデータは無理ですよ、無理無理!」
「やっぱりそうよね……花ちゃんには謝るけど、せめて再現できないかなって思って、それでゲームについて教えてほしいの」
再現って、それこそ無理なんじゃ。どんなゲームのデータか知らないけども。キャラの名前とか決めるやつならやり直すにしても最初からの方がいいだろうし。
「これなんだけど……」
見せられたゲームソフトのパッケージは、がっつりキャラメイクするゲームだった。
「その、名前をキャラにつけるゲームなんで、花ちゃんのつけてた名前がわからないと再現できないと思います……」
「そうなのね……」
「ちょっと貸してもらっていいですか?」
というかそんな簡単にデータなんて消えるんだろうか。
昔のゲーム機ならともかく、最近のは変なことしない限り消えることはないと思うけど……
「あれ?」
3DSが起動しない。電源ボタンを押しても起動しない。
これって……
「前までパカって開いたらゲーム画面が映ってたんだけど、今は全然つかなくて……パワーってボタンを押しても動かないし……」
「充電切れてる……」
「?」
首を傾ける花ちゃんのお母さんがちょっとかわいい。
花ちゃんのかわいさはお母さん譲りか。花ちゃんが大人になったらこんな感じになるのかな……リリキュアの恰好もありな気がする……っていうか若いなこの人……
「えっと、充電が切れてるだけかも? これ繋いで……コンセントに差してっと」
「充電式だったのねこれ」
なんだと思ってたんだろう。電池とか?
「あ、このデータかな。大丈夫そうですよ。ちゃんとデータ残ってるみたいです」
「本当!? 良かったわぁ……」
良かった、セーブデータを消される哀しみを花ちゃんは知らずにいれそう。
それにしても花ちゃんのセーブデータ、ちょっと見てみたいかも……ギルド名『ひげろー』って……
データの確認だから、これはデータの確認。ちゃんと残っているかの確認だから……
「~~~!」
「みやこちゃん?」
花ちゃんのセーブデータを起動して、パーティのキャラの名前を見ると花ちゃんたちの名前で登録されていた。自分の名前つけるタイプなんだ。『はな』『ひなた』『のあ』『こより』『かのん』と名付けられたキャラたち。新たな一面を知れてつい頬が緩んでしまった。
花ちゃんのお母さんが横から画面を覗いてくる。いけない、ニヤけてるのを隠さないと。
「あ、いえ、なんでもないです」
「花ちゃんの名前……好きに名前ってつけられるのねこういうのって」
「あ、はい」
この人は今までゲームを一切してこなかったのかな。それともこういうキャラメイクできるものはしたことがなかったのか。
「みやこちゃん、私もこのゲームやってみても大丈夫かしら」
「え、はい?」
え? なんで?
・・・・・・・・・・・・
思い返してみても、なんでゲームを教える展開になるのかやっぱりよくわからない。
「みやこちゃんの名前も使っていい?」
「あ、だ、大丈夫です」
「ありがとう。千鶴さんの名前やエミリーさんの名前も使ってみたいけど、やっぱり聞いてからの方がいいかしら」
「ぜ、全然好きにつけて大丈夫ですよ、こういうのって」
ゲームのキャラ名にまで著作権は出されないはず。きっと。
作成された『みやこちゃん』『ちづるさん』『エミリーさん』『はるか』『ひげろー』
自分の名前をつけられたキャラが作られるのってなんだかこそばゆい。そして当然のようにいるひげろー。白咲家ではひげろーはどういう立ち位置なんだろ。
「セーブは宿で……花ちゃんのデータを上書きしないように気を付けて、よね? この状態でボタンを押したらいいのよね?」
「あ、はい。大丈夫です」
「本当にみやこちゃんがいてくれて助かるわ」
それにしても本当になんだこの状況。
改めて本当になんなんだこの状況。
手持ち無沙汰なためとりあえず、クッキーをかじってジュースをゆっくりと飲む。この状況はいつまで続くんだろう……
「ごめんね、みやこちゃん退屈よね」
「あ、いえ、そんなこと……」
「そうだわ、花ちゃんとは普段どんな遊びしてるの?」
「んぐっ……!?」
突然爆弾をぶっこまれた。
変なリアクションしちゃったけど花ちゃんのお母さんはゲームに夢中で気づいていない。
「ええと……前に松本さんが言った通りの内容でスよ……?」
「かわいいお洋服を着せてもらってるのは聞いたけども、遊んでる内容は聞いてなかったもの。花ちゃんに聞いても教えてくれないし」
「え、えっと……」
ど、どうしよう。
もう正直に話す? いや、そんなことしたら花ちゃんに「もうあの家に行っちゃいけません」ってなっちうかもしれない……それだけはやだ……!
どうにかして誤魔化さないと! どうにかして……どうにか……
~~~ダメだ、思いつかない。いや、諦めちゃダメだ。花ちゃんのお母さんの意識がゲームにいってる間にそれっぽいことを言わないと。ゲームに意識がある間に……
「ゲ、ゲーム……」
「やっぱりゲームなのね」
「そ、そうなんです!」
嘘は言っていない、はず。
よくひなたの部屋でみんなでゲームしてるし、うん。花ちゃんはゲームして遊んでるのは間違っていない。
「花ちゃんとみやこちゃんって仲良しじゃない? だから私もみやこちゃんの真似をしようと思ったんだけど、花ちゃんの真似しちゃってるわね」
「へ!?」
「ほら、花ちゃんと同じように私、みやこちゃんに遊んでもらってるようなものじゃない?」
「はい!?」
「違った?」
「い、いえ!? そ、そうかも、しれませんね……?」
そうなるの……か……?
いや、なんか違う気が。というか実際は花ちゃんにはコスをしてもらってるのがメインだし、確実に違うけど、さっきの誤魔化しではそうなる……?
「みゃー姉ただいまー!」
玄関から元気いっぱいなひなたの声が聞こえてきた。
やっと帰ってきた。この状況から助けてひなた!
「あら、もうこんな時間だったのね」
「そ、そうですね」
「今日はありがとうね、みやこちゃん。本当に助かったわ」
「あれ? 花のお母さん! こんにちは!」
「ひなたちゃん、こんにちは」
ひなたも帰って来てくれたことだし、これで花ちゃんのお母さんと二人きりという謎状況から脱出だ。それどころか、さすがにそろそろ帰るっぽい雰囲気。
「ハナちゃんのママ、こーんにちは」
「ノアちゃんもこんにちは」
「お母さん、どうしてお姉さんと一緒に……?」
ノアちゃんと花ちゃんも学校帰りに遊びに来たのか、ランドセルを背負ったまま入ってきた。
「ふふ、私も花ちゃんと同じことをみやこちゃんにしてもらったの」
花ちゃんの問いかけに、この人はそう答えた。
花ちゃんと同じことを私にしてもらったと、答えた。
テーブルの上にはジュースが底に僅かに残った空のコップと、何枚か減ったクッキーの入ったお皿。
私が普段花ちゃんにしていることは、コスプレしてもらう代わりにお菓子をあげること。
この状況って、なんかすごい勘違いされる気がする……
「お、お姉さん……?」
「は、はい……」
「今の話、本当ですか……?」
花ちゃんの目がすっごく冷たい。初めて会った日の、通報寸前の目と同じだ。
誤解だと言いたい。言いたいけど、まだここには花ちゃんのお母さんがいる。
違うと言えば、それじゃあ普段は本当は何して遊んでいるのかってなりかねない……そうなったら私は花ちゃんから引き離されちゃう!
「えっとね……あのね……」
「……」
かといって本当なんて答えれるわけがない!
「い、色々あってね。ち、違うんだよ? いや、違わないかもだけど……」
何か言わないと、誤魔化さないとと思うもうまいこと言えない。
「お、お姉さんの……」
「花ちゃん……?」
「お姉さんの、変質者ー!!」
「花ちゃん!?」
花ちゃんはそう叫んで、リビングを出て階段を駆け上がって行った。
……帰るわけじゃないんだ。
「花、どうしたんだ?」
「ヒナタちゃん、シュラバってやつだよこれ」
全然違うと思う。
「花ちゃんったらなんてこと言うの……ごめんねみやこちゃん」
「い、いえ……大丈夫、です」
「私がいたら花ちゃんが焼きもち焼いちゃうかもだから、もう帰るわね。今日は本当にありがとうねみやこちゃん」
「は、はい……」
花ちゃんのお母さんが帰ったあと、誤解を解くために、そしてご機嫌をとるために(花ちゃんのリクエストで)ケーキを急いで私は作ることにした。