起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百十五話:0079/11/24 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―8―

ヒルドルブは快速な兵器だ。そう口にすれば大抵の人間は困惑する。300tに迫る自重に、陸上兵器として見れば、上には陸上戦艦くらいしか存在しないサイズ、双方から来るイメージと快速という言葉が結びつかないからだ。だが、数値はその力を雄弁に語る。連邦軍のMBTである61式が最高時速90kmであるのに対し、ヒルドルブの最高時速は110km、改良型であるヒルドルブⅡに至っては、主機の性能向上も手伝って120kmに達している。更に接地圧に関しても見逃せない。大型で幅広の履帯を用いることで歩兵並みの接地圧を実現しているため、戦車と聞いて想像するよりも、遥かに移動における制限は少ない。

そんなヒルドルブであるから、かねてよりリヴィウを要衝とみていたオデッサ基地司令によって、カルッシュ近郊に潜伏指示が出ていた事も踏まえると、リヴィウの防衛戦にブダペストから出撃している欧州方面軍主力より先に到着するのは、極めて当然の帰結であった。

 

「リヴィウが…畜生!連邦め!」

 

望遠レンズ越しに捉えた町並みは、既にガレキの山に様変わりしていた。それを見て、ルネン伍長が悔しげに叫んだ。のんびりとした風貌と、断れない性格に隠れがちであるが、ルネン伍長は人一倍正義感の強い男だ。任務で何度か訪れたことのあるリヴィウの住人を思い、義憤に駆られているのだろう。

 

「落ち着け、伍長。疎開は既に完了している。建物ならまた建てれば良いんだ、今は目の前に集中しろ」

 

そう諫めつつ、デメジエールもモニターを確認する。センサー類もMSと共有化を名目に更新されているため、その映像は試作車に比べ遥かに鮮明だ。

 

(都市全体を満遍なく吹き飛ばしていやがる。連中、都市機能を捨てて完全にこちらを排除するつもりだな)

 

今なお続く砲撃がそれを物語っている。都市機能を惜しんで時間を掛けることを嫌ったのか、それとも今までの都市での経験から最初から諦めたのか、デメジエールにその心中は見通せなかったが、発生している状況への対処は即断出来た。

 

「各車、進路を北北東へ、グリッドC8から西へ突っ込む」

 

「敵前衛の後方を突くのでありますか?」

 

指示に対しボーン大尉がそう質問してきた。戦術マップを見れば、デメジエールの指示した地点は、味方の防衛線よりも5キロほど前進した位置であり、現在送られてきている偵察情報からすれば、防衛線に取り付こうとしている敵機甲師団の丁度中央付近であったからだ。

 

「いや、どうもそう簡単な話じゃないようだ。見ろ」

 

そう言って、デメジエールは北の空を映した映像を送る。そこには幾つもの黒いシミが浮かんでいた。

 

「これは…爆撃機!?」

 

「ああ、それもデプロッグとか言う重爆だ」

 

「この上空爆までしようってんですかい!?」

 

通信に入ってきたバリー軍曹にデメジエールは自身の推察を語った。

 

「違うな、それなら護衛の戦闘機が居るだろう。連中が狙っているのは恐らく縦深攻撃だ。どうもウチの司令官様も一杯食わされたみたいだな、今リヴィウを攻撃している連中は都市制圧を狙った囮なんかじゃない。大規模侵攻の先触れだ」

 

デメジエールの言葉に誰もが沈黙した。ある者は想像を超えていたため、またある者はその可能性を目の前の光景から十分に理解したため、そしてある者は、その上でデメジエールがやらんとしていることの意味を察したためだった。それを肯定するように、獰猛な笑みを浮かべつつデメジエールは口を開く。

 

「そうだ、これから連中は雲霞のごとく押し寄せてくる、そいつらの脇腹を思い切り食い破ってやるのさ。さあ、行くぞ!」

 

「「応っ!!」」

 

異議を唱える者は誰一人居なかった。

 

 

 

 

「畜生!連中どれだけ居るんだよ!?」

 

前線において、末端の兵士が知り得る情報などほんの僅かでしかない。何故なら兵士に求められるのは思考する事ではなく、目の前の敵を倒すことだからだ。故に彼の言葉に解答を持つ者はこの場に存在せず、返ってきたのは有り難い罵声だった。

 

「口の前に手を動かすんだよ!とっとと撃て!」

 

保管庫内のカートリッジは接敵から10分と掛からず撃ち尽くしており、今は予備として持ってきていた対戦車ロケットを構えている。尤もこれでは敵戦車の撃破など出来ないため、履帯を狙っての足止めが主体になっている。必然撃破のペースは目に見えて落ち、足回りを破壊されても健在な砲で攻撃が加えられるため、満足に顔を上げることすら出来なくなっていた。

 

(冗談だろう?)

 

敵の応射から逃れるために塹壕に頭を引っ込めた瞬間、ハルキは誘惑に負けてバイザーに現在時刻を表示した、してしまった。

 

「無理だ、こんなの耐えられる訳がない…」

 

何が6時間耐えればいいだ、この程度で死ぬなだ。配置についてたったの20分でこの有様ではないか!不満が膨れ上がり、口から飛び出ようとした矢先、激しい衝撃を受けてハルキの体は吹き飛ばされる。それは今でも覚えている降下したあの日と同じ暴力的な土砂と爆圧の共演、幸いであったのはスーツのおかげで同時に飛び散っていたであろう金属片から守られていたことだ。だが、彼の幸運は他者にまで及ばない。

 

「うっぐ、つぁ…」

 

詰まる息を無理矢理吐き出し、体を起こせば、そこには塹壕を削り取った穴があった。

 

「…駄目だろ、そこに穴が開いてちゃ」

 

拒絶の言葉はむなしく響く。そこに穴があっては駄目なのだ、だってそこにはイン上等兵が身を隠していた。だからそこに穴があってはいけないのだ。

 

「イン上等兵?」

 

インカムに向けて呼びかける、周波数は先ほどから変えていない、響くのは自分の情けない声、こんな声で話しかければ、イン上等兵は直ぐ怒鳴り返してくる。だが、返ってきたのは沈黙と周辺に降り注ぐ敵弾の着弾音だけだった。

 

「上等兵!?イン上等兵!!?」

 

もう解っているだろう?そう誰かがあざ笑った気がした。あの時と同じなら結果も同じ、お前も覚悟をしていたじゃないか。いずれ大地の赤いシミになる、今日は彼の番だった、それだけのこと、今更それを拒絶しても手遅れだ。

 

「…兵…一等兵!おい!トオノ!生きて居るのか!?」

 

怒鳴り声と共に誰かが駆け寄って来て、強引に自分を押し倒した。定まらない瞳でそちらを見れば、額から血を流した小隊長だった。

 

「た、たい、ちょう。インが、イン上等兵が…」

 

「解っている、こちらもロイ伍長が死んだ。敵の砲撃は完全にこの塹壕を捉えているようだ。先ほど本部より指令が届いた、俺たちを含めここの守備についていた小隊は第二塹壕まで後退する、準備しろ。ああ、ビームライフルを忘れるなよ!」

 

そう言って走り去る小隊長を見ながら、回らない頭で半分土に埋もれたビームライフルを地面から強引に引き抜く。ロイ伍長が死んだ、イン上等兵も死んだ。次は誰が死ぬ?隊長か?それとも…。

 

「巫山戯んな!俺は!生きて!帰るんだ!!」

 

そうあらん限りの声で叫ぶと、ぼやけていた視界が定まり、遠のいていた爆発音が戻ってくる。理屈や意味なんて生き残った後に存分に考えれば良い。ハルキは力の戻ってきた足で、塹壕の中を駆け出した。

 

 

 

 

「ザコが!邪魔だ!!」

 

敵軍の脇腹を突こうと突撃を始めたデメジエール達をまず迎えたのはホバークラフトで編成された部隊だった。戦車に比べ小型かつ快速、おまけに限定的だが三次元の機動を取れるこの兵器にビームという装備はデメジエールをして警戒心を抱かせたが、直ぐにその考えは杞憂であることが解った。まず最も警戒すべきビーム兵器の射角と射程が警戒するに値しないと解ったからだ。射角は前方のみにしか撃てず、射程もこちらの副砲以下、つまり射撃を行うには機首を必ずこちらに向け、尚且つ肉薄する必要がある。さらに搭載している車体もお粗末だ。確かホバー式のテクニカルで、ファンファンと呼ばれる機体だったと記憶しているが、元々ミサイルキャリアー、それもARH方式、所謂撃ちっ放し式ミサイルの運用を前提にしているから非装甲であり、自衛用の火器も対歩兵用のものしか搭載していない。

 

「各車!向かってくる奴だけ対応しろ、動きに惑わされるな!」

 

一応警告は発したが、既に部隊の各員はそれに気付いており、むしろ突入を誘って返り討ちにしている。中には奇跡的に射撃までたどり着ける機体も居るが、ビーム攪乱幕封入式のモジュラー装甲に阻まれて有効弾は出せていない。そんな部隊であったため、デメジエールは大胆な指示を出すことにした。

 

「全車、対応は最小限、突入を優先しろ!」

 

常識的に考えればあり得ない指示に、しかし誰一人として反論も無くデメジエールに付き従う。

 

「見えた!敵MBTを確認!弾種焼夷榴弾!壁を作って足止めをする!次弾榴弾、派手に行け!」

 

命令に一拍遅れて吐き出された砲弾が、大地を紅蓮の炎に染め上げる。現代のMBTはNBC対策は十分に成されているから兵士が焼け死ぬなんてことは無い。しかし内燃機関を搭載している以上、酸欠でエンジンストールを起こす可能性は否定できないし、なにより人間の本能的に燃えさかる火炎に突っ込むというのは躊躇いが生じる。それが十分に訓練されていない兵士なら尚更だ。案の定、突然出来上がった炎の壁に敵は急停車をし、後続と衝突や渋滞を起こす。その塊はデメジエール達の駆る巨狼にとって最高のごちそうだった。

 

「撃て!」

 

躊躇無く発せられた発砲命令に従い吐き出された榴弾が、敵中で炸裂する。教科書に載せたいほど見事に撃ち込まれた砲弾はその力を十全に発揮し、一瞬で地獄を作り出したが、その時には既に巨狼たちは走り去り、次の獲物に狙いを定めていた。

 

「…居た。ウォードック00より08、グリッドA2、デカブツだ!支援射撃要請!」

 

目当てのお相手を見つけ、デメジエールはレーザー回線を躊躇無く開いた。ヒルドルブだけで編成されているこの部隊には、今日の戦場において正に圧倒的な優位が存在する。それが各車両に搭載されたレーザー通信機だ。これによって遠方に配置された砲兵に対し、即座に支援要請を送ると同時、自分たちが着弾観測を行えるのだ。

 

『08了解、初弾発射。着弾まで15秒』

 

「00了解、このまま回線を維持」

 

そしてその時は訪れる。大気を大口径砲弾が切り裂く独特の擦過音を集音マイクが捉えたほんの3秒後、前線指揮に当たっていた連邦軍第35師団の司令部であるビッグトレーの至近に砲弾が着弾した。

 

 

 

 

突然の衝撃にパウル少将は混乱した。

現在の位置はルブリンから130kmほど南東に進出した地点であり。事前の偵察によって判明している敵の前線からはまだ20km以上の距離があった。

状況が狂い始めたのは先鋒部隊の後方に敵の巨大戦車が現れた辺りからだ。跳躍攻撃のために送り出した後続の機甲部隊を文字通り蹂躙し、今も戦場で暴れ回っている。こちらから支援射撃を行おうにも友軍のど真ん中に居るため誤射の危険が高すぎて躊躇してしまった。それが彼の命運を分けることとなる。

 

「な、なんだ!ダブデの砲撃か?連中あれを前線まで引っ張り出してきたのか!?」

 

そう口にしたものの、前線部隊はおろか、後方爆撃のために送り出された飛行隊からもダブデ発見の連絡は受けていない。混乱しつつも、回避運動を命じ、ダブデの捜索を命ずる。同時に指揮のためとはいえ前線に近づきすぎた自身の迂闊さを呪った。

20キロは陸上戦艦にしてみれば十分に交戦の距離だ。実際ビッグトレーやヘビィ・フォークに搭載されたロケットアシスト砲弾は最大射程200キロであり、現在の地点から敵前線どころか後方への砲撃が行える。ただし、あくまで最大射程は最大射程であり、命中を望むなら約半分、それも人工衛星とのデータリンクが十全に機能して、という但し書きが付く。

それでも物資が十分にあれば、気にせず飽和攻撃で敵陣を均してしまえたのだが、十分に集める前に司令官の忍耐がつきてしまった。否、忍耐と言うより猶予だろうか。

ジオン地上軍は実に強敵だ。MSという新兵器もやっかいだが、本質は違うところにある。奴らはこちらが何をされたら嫌なのかを十分に理解している。まるで持久戦になることを想定済みで、しかもやりなれているかのような用兵でこちらの輸送網を寸断、前線部隊を孤立させたかと思えばあっという間に包囲してくる。おかげでヨーロッパに展開していた第四軍は半数が新兵という有様だ。これが世界各地で起こっているというのだから笑えない、先日流れていたジオンのプロパガンダでは、連邦の脅威の戦術として大量の捕虜を送り込み我が国の国庫に圧力を掛けるつもりだなどとからかわれていた。

度重なる敗北に経済界からは多くのクレームが寄せられ、元々継戦に消極的だった陸海空軍からは宇宙軍、というよりレビル閥を切り捨てて講和にもちこむべきでは無いかという意見まで出ている。つまりこのまま行けば遠からずレビル将軍は失脚し軍内で発言権を失う。そうなれば初戦での敗退を挽回できない宇宙軍も連鎖的に軍内での発言権を失う、だからまだやれそうなうちに一か八でもジオンを一撃しなければならない。

何のことはない、この戦争は一人の老兵の権力欲によって続いているのだ。

二度目の衝撃が走り車体が傾斜する、舌打ちしたい気持ちをどうにか抑え応戦の指示を出そうとしたその瞬間、砲弾が艦橋に飛び込み、パウル少将は永遠に言葉を発する機会を失った。




※あくまでパウル少将個人の感想です

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