起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百二十八話:0079/11/28 マ・クベ(偽)と再建

ドクターストップから三日が過ぎ、漸く先生のお許しが出て業務に戻ったわけだが、その僅かな時間で、今回の作戦の後始末は殆ど終わっていた。

 

「次は帰還不能エリア原住者の本国への移送計画になります」

 

こんな感じにほぼ全てが準備されていて、後は俺がサインすれば良いだけと言う感じだ。楽なんだけど…、なんて言うかこれ、俺いらなくない?

 

「如何なさいました?」

 

俺の手が止まった事を訝しんだのか、怪訝そうな顔でウラガンがそう聞いてくる。

 

「ああ、いや。住民への説明をどうすべきかと思ってな」

 

流石になんの説明も無く宇宙に上がれではまずいだろう。そう考えていると横に居たイネス大尉が口を開いた。

 

「そちらについては既に説明済みです」

 

聞けば、当面は軍が全面的に面倒を見ることで解決しているそうな、しかも総司令部のお墨付き。説明としてはMSの動力炉誘爆で落ち着いたらしい。箝口令も敷かれたから、少しはましだろう。本当余計なことをしてくれたもんである。そうそう、核と言えばレビル将軍の戦死が正式に確認された。遺体を辱める趣味は無いのだが、現在冷凍保存して本国への移送待ちである。多分プロパガンダにでも使うんだろう、正直気分は良くないが、内外に彼の死を知らしめることには大きな価値がある。どうせなら一気に停戦交渉くらいまで行けないかなぁ。

 

「MSの生産ラインは…、暫くは無理か」

 

「はい、最優先で復旧を続けていますが、最低でも2週間はかかるとのことです」

 

「ジオニック側のラインが無傷だったのが不幸中の幸いだな。ゲルググの増産が可能か確認してくれ、最悪ゲルググのラインを拡張して戦力を補填する」

 

長期的に見れば、ちゃんとツィマッド側も直して生産体制を復旧させるべきなんだが、唯でさえMSが不足している上に今回の戦闘でこちらのMSの実数が情報より多いことが露見している。だとすればもう一回が来る前に、戦闘前の水準までは戻したい。

 

「本国に補給を申請しては?」

 

そうしたいのは山々なんだけどね。

 

「難しいな。本国からの分はガルマ様のところへ送られている。あちらも数を絞るわけにはいかん」

 

キャルフォルニアベースは地球方面軍屈指の生産拠点だが、実はMSだけに絞ればオデッサと大きな開きは無い。何故なら地球方面軍で運用している通常兵器の、ほぼ全てを受け持っていて、その分もカウントされているからだ。おまけに水陸両用MSのラインも殆どがキャリフォルニアに集められているから、グフやドムはともかく、ゲルググは生産ラインが漸く立ち上がったところだ。このため今ジオン国内でゲルググの生産量が最も多いのは、実は本国だったりする。

 

「殴られた分は、しっかり殴り返さねばならんからな」

 

ルナツーが落ちても、未だ連邦から交渉の打診が無い。ここで厄介なのが、こちらから安易に交渉を持ちかけられないことだ。武力では無く外交にシフトするのは軍人としては歓迎したいのだが、ここに落とし穴がある。我が国のように軍と政治のトップが同一であるならばともかく、連邦は文民統制を旨とする民主主義国家だ。つまり、戦場という現場の情報は、報告書というフィルターを通して交渉者たる事務官なり政治家に伝わることになるわけだが、これによって齟齬が生じる場合が多々ある。例えばこちらから交渉を打診した場合、軍事的優位にもかかわらず武力での決着を選ばず、政治的解決を選択するわけだが、それは相手にしてみればこうも見える。

 

“軍事的優位を確立しながら、連中は自身から交渉を持ちかけてきた。これは連中も疲弊し、余力が無いのではないか?であるならば最も不利な今交渉してやることはない”

 

信じられない思考に思うだろう。だが、報告書の上でしか戦争を認識していない人間には十分あり得ることだ。何しろ連中にとって損害は全て数字であり、その数字は自身の生活に影響の無いものなのだ。故に少しでも条件が良くなる事を期待して、ずるずると戦争を引き延ばすという最悪の選択をしてくれる。これを防ぐ方法は単純にして、明快。政治家連中に人ごとでは無い命の危機を味わわせてやればよい。今次大戦で言えば、コロニー落としが良い例だ。他の親連邦派サイドが全滅し逃亡先が無い状況下で、核シェルターでも逃れられない致死の攻撃は、さぞ彼らの肝を冷やしたことだろう。ただこの手はもう使えないので、ジャブローに潜り込んでしまった政治家さん達をもう一回脅かすために、ガルマ様の所に戦力を集めているわけだが。

 

「核攻撃を公表すべきだったのでは?」

 

遠回りかつこちらの人的損害も無視できない計画にそんな言葉をウラガンが漏らす。

 

「冗談では無い」

 

確かに短期的に見ればそちらの方が効率は良いだろう。戦争自体ももしかすれば早く終結するかもしれない。だが、長期的に見ればリスクが高すぎる。双方が条約を破ったという事実が生まれる場合、仮に戦争を終結させたとしても何処までも疑心は残る。何故ならどちらも約束を破ったからだ。そうなれば終戦時の条件を無視して攻撃を仕掛けて来ないと誰が証明できるだろう?特に敗戦した側は、軍事的に制限が掛けられるであろうから、確実に相手より不利な状況に戦後置かれる事になる。その時、どれだけの人間が理性的に自らを制御できるだろうか?しかもこの条件の場合、ジャブローは吹き飛んでいる訳だから、連邦軍が管理していた情報の多くが一緒に消えている事だろう。当然その中には保有している核兵器の数だって含まれている。既に戦争という、どうあがいても遺恨が残る外交を選択した以上、その後について最大限配慮した行動をするべきだ。

 

「難儀なことです」

 

そうため息を吐くウラガンに、俺は笑いながら書類を手渡した。本当に、早く終わらねえかな、この戦争。

 

 

 

 

「…以上が、オデッサ作戦に関します作戦部の報告になります」

 

一通りの報告が終わった会議室は、重苦しい空気に包まれていた。言い逃れようのない敗北、しかも神輿すら失った上にそれは最悪の置き土産までしてくれた。その不満をぶつけるように、男が口を開く。

 

「報告によれば、撤退命令が出るよりも前に貴官は撤退を命じたとあるが、相違無いかな、エルラン中将?」

 

「はい、間違いありません」

 

「つまり任務を放棄したと?」

 

「はい、いいえ。通信ログを確認頂ければ解りますとおり、あの時点で全軍に核使用の許可が出ておりました。連邦軍の総意として核使用を是とするわけにはいきません。故に撤退を命じたのであります」

 

「核を使えば、作戦は成功したのではないかな?」

 

初老の中将の言葉にエルランは笑って見せた。

 

「仰るとおり、オデッサは落とせたかもしれません。しかしその後はどうなります?如何に重要だと嘯いたところで、オデッサは所詮一拠点、それも連中からすれば敵の領地に造った橋頭堡のようなものだ。潰したところで致命にはなり得ないどころか、連中は嬉々としてもう一度コロニーを落とすでしょう。それこそ、今度は地球が滅びるまでね」

 

「逃げ帰ってきて英雄気取りとは恐れ入る。報告が確かなら貴官は陽動の為の揚陸を3日遅延させているな?この遅れが作戦全体に重大な影響を与えたとは考えないのかね?」

 

皮肉げな笑みを貼り付けた情報部の中将が端末を指先で叩きながらそう指摘する。情報部も今回の作戦では少なくない被害が出ている。欧州方面のスパイがほぼ一掃されてしまったため、再度情報網を構築するにはかなりの時間を要するだろう。だがそんなことはエルランの知ったことではない。

 

「考えませんな。戦闘詳報をご覧頂ければ解るとおり、我々は極めて頑強な抵抗に遭っておりました。情報部が提示くださった戦力分析からすれば、十分に敵戦力を誘引出来ていると判断したのです。言いたくはありませんが、貴官らが敵戦力を三分の一などに誤認していなければ、我々の対応も違ったのですが。ああ、失敬。このような“たられば”は今言うことではありませんでしたな?」

 

「責任転嫁は止めて頂きたい!」

 

「笑わせてくれる。そもそも今回の作戦は貴官らの情報を基に立案されたのだ。その根底が覆されているのに、失敗は作戦部の怠慢とするその発言こそ責任転嫁ではないか!」

 

加熱した舌戦は議長の咳払いで止められる。

 

「…問題は今後だ。ルナツーも落ちた今、政治屋どもの中に和平を唱えるものが増えてきている」

 

座り直したエルランは面白く無さそうに鼻を鳴らした。

 

「言いたくはありませんが当然でしょうな、連中の関心は票と自己保身だけだ。己の命が危ぶまれるなら、独立でも何でも好きにさせてやれと言うのが本音でしょう。全く、良い迷惑だ」

 

そう口にする一方でエルランは彼らの心情が理解はできる。政治家が発言権を得るためには議席に座る必要があるが、民主主義国家において、その席に座る権利は如何に票を集めたかによって決まる。どれほど崇高な理念を持とうが、全人類の幸福につながる政策を考えていようが、選ばれなければ意味が無い。そして選ばれると言うことは、選んだもの達にとって最大の利益誘導者であると目されるからこそ選ばれるのだ。何故なら大多数の民衆にとって、1000年先まで続く人類の存続などより、今日支払われる賃金の多寡の方が重要だからだ。結果、有権者の利益の為ならば、幾らでも戦争を続けるし、損だと見れば手のひらを返して和平を唱える。だがそれは悪では無い、なぜならば大衆に国家の方針を決定する権利を与えると言うことは、そのリスクを受け入れた上で是とする政治形態だと言うことだからだ。尤も、それによって血を流す軍人にしてみればたまったものではないのだが。

 

「こと、ここに至ってはそれもやむを得まい。だがそうなるとレビル君の死は痛い」

 

言葉の意味を正確に理解したエルランは目を細める。最高司令官が戦死した以上、後任を決めなければならない。だが、その席は間違いなく地球連邦軍の敗北を認めるだけの酷く屈辱的な役回りだ。そんなものに好き好んで座る奴はいないだろう。エルランを除いては。

 

「大任ですな」

 

「良いのかね?」

 

「良くはありません、ですが誰かがやらねばならんでしょう。ならば切っても痛くない人間がやるのが道理かと」

 

階級や権能的に言えば、ジーン・コリニー大将や艦隊派の首魁たるグリーン・ワイアット中将が妥当であるが、彼らが進んで生け贄になるとは考えにくい。何より、戦後の連邦を率いて行くのに必要な人材だ。コリニー大将は保守派だが、それ故にエリート気質の将校に受けが良く、階級相応の分別はある人物だから、間違っても自軍より強大になった相手に対し不用意に仕掛ける事はない。それによって発生するであろう軍内の不満も、上手くエルラン達改革派を使って発散させ、致命的な状況を作ることはないだろう。そう考え、エルランは口を開いた。

 

「貧乏くじは慣れました。この程度どうと言うことはありません」

 

平然と言い切るその姿は一角の人物に見えるが、なんと言うことはない。そもそもエルランはジオンでの栄達が約束されているのだから。


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