指揮官が癒しを求めてもいいのですか?   作:なぁのいも

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Five-seven

 夜の静まり返ったグリフィン基地。その中にある、遊戯スペースと談話スペースが併設されたプレイルーム。昼間の賑やかさ姦しさもすっかりと無くなり、シンと静まり返った談話スペースのソファに座り込み、イヤホンから流れる音楽に耳を委ねて、グラスに注いだ琥珀色のアルコールを口に含む人物が一人。

 

「ん……、はぁ……」

 

 自分一人しかいないプレイルームで寂しく息を吐いたのは、この基地に配属された戦術人形達の指揮を専門に任されている指揮官。彼は誰も居なくなったプレイルームで一人で飲んでいる最中なのだ。

 

「……寂しいな」

 

 否、一人で飲むつもりは無かった。彼はこのプレイルームに人形達が集まって飲んでると勝手に予想して飲みに混ぜて貰おうと画策していたのだ。仕事の際には絶対にやらない運任せのプラン。一人で飲むもの寂しさ、それに彼には耐えられない故のプランであったが、あえなくプランは崩壊。プランの修正としてこのまま飲んでいれば誰かが訪れてくれると期待してチビチビと飲み続けていたのだが、結果はこのボッチだ。

 

 指揮官はまた一口、琥珀色のアルコールを口に含んで、息を吐き出す。

 

「はぁ……」

 

 最初から誰かを誘えばよかっただろうと思われるかもしれないが、そうしなかったのは深い訳がある。それは、彼が酔った勢いと称して他人に甘えるつもりで、このプランを立てていたからだ。

 

 指揮官となってからは激動の日々だった。

 

 指揮官候補育成施設で習ったり聞いたこと以上の激務。人手不足による管轄外の業務の兼任。配属早々AR小隊絡みの小事。日に日に拡大していく施設とその管理。あってないような休暇。

 

 新社会人として羽ばたき始めた年若い彼にとって身に余る様な責任の数々。それが彼の中で何に変換されているのかと言うと、答えは単純。彼のストレスとなっている。

 

 ストレスによる体調不良であったり、疲れが抜けなかったり、明日のことを考えると憂鬱になったりと、典型的な症状が抑えきれなくなっている。

 

 だからこそ、彼は求めていたのだ。他人に甘えることを。もっと言ってしまえば癒しを。

 

 そう、圧倒的に癒しが足りないのだ。戦術人形達が甘えてきたりすることや、後方幕僚と話すことである程度のストレスが緩和されているが、ある程度に過ぎない。需要に対して供給量が圧倒的に足りない状態なのだ。

 

 そんな限界状態なのに何故素直に癒して欲しいと言わないのか?その答えも単純明快。それは彼が男で他人に弱ってる姿を素直にみせたくないと言う意地。それと、彼の指揮官と言う立場上、弱ってる姿を見せて部下達に余計な心配をかけまいとしているからだ。指揮官の状態が指揮に関わると言う習った基本事項を徹底的に守ろうとする彼の意地だ。

 

 これが彼が素直に他人に飲もうと誘わなかった理由。短く纏めてしまえば、他人に心配されず、自然と輪に入ってストレスを緩和しようとしたのだ。とは言え、彼は責任感が強く遠慮がちな側面が強いので、他人の誘い方がわからなかったともいえるが。

 

 ともかく、指揮官のプランは全て失敗した。いじけた指揮官は持ってきてたミュージックプレイヤーにイヤホンを差して音楽を聞きながら飲みことにしたのだ。なんせ、誰も悪く無い。悪いのは素直に他人を誘わなかった自分自身だ。

 

「はぁ……」

 

 軽くグラスを揺らして中の液体を弄ぶ指揮官。候補生だった頃は、自分と同じ位の年頃の一人飲みを好むお人好しな同期に誘われる形でよく愚痴に付き合って貰ってた。その同期も自分と同じ時期に施設を卒業し、自分のいる基地とはかなり距離のあいた基地へと配属された。

 

 あの頃は、無理矢理飲みに付き合わされたと思う事もあったが、今思うと人の話を引き出すのが上手かったから、不器用な自分のことを気にかけてくれていたのだろう。その同期から一人飲みのコツを聞いたが、電子機器のファンの音を聞きながら飲むのが一番、と言う指揮官には理解できない嗜好のモノであった。

 

 指揮官は琥珀色の液体に映る自分を見る。波立っているせいで、輪郭が乱れて酷い顔をしているが、例え液体が凪いでいても、疲れ切った酷い表情を浮かべていることだろう。

 

「はぁ……」

 

 また重く長い息を吐き出す指揮官。溜め息をつくと幸せが逃げると言うが、彼の幸せはどれくらい逃げてしまったのだろう。

 

 指揮官はグラスの中身を一気に飲み干してまた大きく息を吐く。

 

「癒されたいなぁ……」

 

 心からの言葉。疲れた身体と心へ癒しが欲しくて思わず口にしてしまった言霊。それは、指揮官の耳にだけ届いて、それで終わるだけのもの。

 

 アルコールでは彼の心の渇きを潤せない。彼の心の渇きは、他人と繋がることでしか癒すことは不可能だ。自分が自分の為に与える癒しで無くて、他人が自分の為にあたえてくれる癒しが今の指揮官が求めているものだから。

 

 しかし、その癒しを与えてくれるモノは他にはいない。プレイルームには指揮官しか居ないのだから。

 

「……帰ろ」

 

 一時間くらい居座ってみたが、結局誰も訪れなかった。諦めて私室へと帰るために立ち上がったしたその瞬間、

 

「癒されなくてもいいの?」

 

 指揮官の耳につけられたイヤホンが外されると、即座に彼の視界が柔らかくて暖かいものに覆われてしまいそのまま後方に引き倒された。

 

「な、なっ!?」

 

「だーれだ?」

 

 驚愕に言葉を詰まらせる指揮官に、彼の視界を塞いだ人物がどこか楽しそうに問いかける。彼の後頭部にクッションのように柔らかなモノを押し付けて。

 

 突然の人肌、突然の感触、それと求めていた触れ合いによって、アルコールが回った身体に火がついたように赤くなる指揮官。

 

「もう、本当にわからない?」

 

 拗ねたように声を荒げる愉快犯。その声は彼の頭上から降り注ぐようにして耳に入る。そして、後頭部に感じる柔らかい感触がもう一つのヒント。

 

 それを元に、指揮官が導き出した答えは――

 

「ふぁ、Five-seven!?」

 

 戦術人形の中でも最上位に入る背丈を持つFive-sevenであった。

 

「せいか~い♪」

 

 Five-sevenは満足したように声を跳ねさせると、指揮官への目隠しを解除する。解放された指揮官は、一瞬だけ力が抜けた身体をソファに預けたが、ソファのクッションで勢いをつけて跳ねるように立ち上がり、Five-sevenの方を振り返る。

 

「顔、真っ赤よ」

 

 Five-sevenは悪戯な笑みを浮かべながら指揮官にウィンクを贈る。そう彼女の言った通り、指揮官の顔は熟れた果実のように真っ赤になっていた。

 

「い、いつから聞いてたんだ!?」

 

「う~ん……『癒されたいなぁ』って所から」

 

「っ!!!」

 

 それもその筈、自分の中の秘めた願望を他人に聞かれたからだ。確かに指揮官は他人に甘えたい、癒して欲しいと思っていた。だけれども、そんな台詞を意地っ張りな所のある彼が聞かれることを許すはずもない無い。彼の顔が羞恥に染まるのも納得だろう。

 

 プルプルと秘め事を聞かれた子供の様に顔を赤くして震える指揮官。固まる指揮官にFive-sevenはニコリと一度笑みを浮かべると、

 

「じゃあ、クイズに成功したご褒美をあげる♪」

 

 指揮官の顔に腕を巻き付けて自分の胸に抱き留めた。

 

「わわっ!」

 

 突然加えられた力のベクトルに対応できず、指揮官はソファの背もたれに倒れるようにしてFive-sevenの胸に顔を埋める形になる。

 

「どう?ぎゅっとされると凄く癒されると思うんだけど……?」

 

 彼女の真っ白な服に鼻先まで埋まった指揮官は目だけを彼女に向ける。

 

 Five-sevenの力加減は、最初こそ無理矢理であったが今は緩く自分を支えるようにしているだけで窮屈さは無い。それに顔の殆どを埋めるかのような胸部の柔らかさは、指揮官の心に残った子供心をくすぐられる。

 

 そして、何よりも指揮官が感じたのは、安心感。

 

 指揮官の身長は男性としては高身長ではあるのだが、Five-sevenはそれより高い身長の持ち主。だから、とても安心感を得るのだ。自分より背が高いモノに抱きしめるられることで。まるで自分のありとあらゆるものがFive-sevenに護られているようで。

 

「ふわぁ……」

 

 指揮官は無意識に息を吐き出す。心の奥底に溜まった黒く濁った感情を吐き出すかのように。そして、吐き出した分をすぐに吸う。Five-sevenの洗剤の清潔感溢れる香りを。

 

「ふふっ、くすぐったいわよ。……よしよし」

 

 彼の息遣いが薄い服越しに当たってくすぐったさを覚えるが、不思議とFive-sevenは彼から厭らしさを覚えることは無い。

 

 それどころか、今のFive-sevenには一種の喜びとも、愛情とも言える感情が渦巻き始めている。その感情を伝えるために、彼の硬質な毛並みを撫でてみる。

 

 すると、彼は細く長い息を吐き出して、彼女の手から伝わる優しい温かさを受け止める。

 

 目を細めて、感嘆したようにFive-sevenから与えられる癒しを享受する指揮官。

 

 彼の中にあったストレスが、彼の吐息に混じって体内に吐き出されるのが身体全体でわかる。その証拠に、彼の身体からは力が抜けて、完全にFive-sevenに身を委ねる形となっている。

 

「よしよし……」

 

 完全に身を任せる指揮官を見て、Five-sevenは若干の反省の念を浮かべる。彼が人に頼ることに不器用なのはFive-sevenだけでなく、他の戦術人形だってわかっていた。それをわかっていながら、結局彼に甘えて、こんなになるまで見て見ぬふりをしていた。だから、これは一種の罪滅ぼし。いつも頼らせてくれてありがとうと言う礼を込めて。

 

「よしよし、いつもありがとうね指揮官」

 

 至福の笑みを浮かべてFive-sevenの胸で安らかな息をつく指揮官に、Five-sevenは慈悲を滲ませた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分間或いは時計の長針が一回りはした頃だろうか、指揮官は地に足をしっかりとつけてFive-sevenから離れる。気恥ずかしそうに赤みがひいてきた顔を背け気味に向ける指揮官に、Five-sevenは朗らかな表情で彼の言葉を待つ。

 

「あ、ありがとうFive-seven」

 

「ふふっ、いいのよこれぐらい」

 

 両手を後ろで組んで笑みを浮かべるFive-sevenの笑顔が眩しくて指揮官は完全にそっぽを向いて鼻先を掻く。元々酔っぱらった振りをして愚痴ったりして他人に甘えようとは思っていたが、それなりにアルコールが入った状態でする計画だったのだ。今の彼はそんなにアルコールが入って無いので殆ど素面。寧ろ、中途半端にアルコールが入っているおかげでいつもの自分が崩れてることの気恥ずかしさが一層増している。

 

 いつもは質実剛健な指揮官の子供のような反応の返し方にFive-sevenは再び口許を押さえてクスクスと笑う。その笑みは指揮官の反応が面白かったから出た、と言うよりはいつもは見れない反応が見れて嬉しかったから出たものなのだが、彼にはその想いは伝わらずバツが悪そうに頬を掻いている。

 

「そうだ、なんでFive-sevenはここに来たんだ?」

 

 自分のペースに持っていこうと新たに話題を振る指揮官が、とっさに思い浮かんだ言葉がそれであった。

 

 プレイスペースに来た目的と言ったら、休憩か遊戯しかないのは明白だが、今の指揮官はそこまで頭は回っていない。

 

「うーん……。実は司令室に忘れ物をしちゃって。今の時間だとあの部屋を開けて貰うには指揮官の権限が必要だから指揮官を探して、それでここに居たってわけ」

 

 が、Five-sevenの答えは指揮官の予想以上のモノだった。

 

「忘れ物?」

 

「うん。忘れモノ。と言うよりは落とし物かしら。私のリボンが何処かに落ちちゃったみたいで……指揮官は見なかった?」

 

 指揮官は腕を組んで記憶を探る。司令室を閉める前にあの部屋を数度確認したが、忘れ物も落とし物も見れなかったし、あったとしても全く気づきはしなかった。

 

「……記憶に無いな」

 

「そう……残念ね……」

 

 Five-sevenはがっくりと肩を落としてリアクションをとる。言われてみれば、Five-sevenが袖につけてる赤い色のリボンが存在しなかった。衣服の上からつている装飾だから、本人も気づかぬうちに落としてしまったのだろう。

 

「まぁ、いいわ。それより指揮官」

 

 残念そうに床に視線を向けてた視線を指揮官に戻すFive-seven。彼女は指揮官の手をとって、彼の顔を覗きこむ。

 

「Five-seven?」

 

「どう?指揮官?私のこと、好きになっちゃった?」

 

 弾けるような笑みにと共に贈られた言葉に指揮官の心臓は一度強く跳ねる。彼女の言葉に思い起こさせるのは、彼女が着任した時に言った『すぐにでも好きにさせる自信はあるよ』という言葉と、先程まで抱きしめられていた事実。指揮官の心音が高鳴ると共に、赤みが引きかけてた顔も再び赤く染まっていく。

 

「まだ、難しいかな」

 

 その言葉を言うFive-sevenの表情は少々影が差している。指揮官は戦術人形も、基地に居る職員たちも大切な仲間と言う意識はしているが、それ以上へと意識を向けようとは思ったことが無かった。言葉に出来ない彼は、瞳を伏せてしまいそこからFive-sevenが真意を読み取ったのだ。

 

「でも、大丈夫」

 

 彼女は再び指揮官を自分の胸に抱き寄せると、

 

「だったら、アタシのことが好きになるくらいもっとこれから癒してあげるから」

 

 彼の両頬をホールドして、彼女らしい自信満々な笑みを彼と口づけを交わした。

 

 一瞬だけ、繋がっていた二人。Five-sevenの方から顔を離すと、彼女は指揮官と同じように頬から鼻先まで一本の赤い線が出来上がっていた。

 

「じゃ、じゃあね指揮官!」

 

 自信家な面がある彼女もこの大胆な行為が流石に恥ずかしかったのか、逃げるようにプレイスペースから走り去って行った。

 

「あ、あぁ!忘れ物見つかるといいな!」

 

 指揮官の方はこの数舜に起きたことの整理が出来てない様で、とりあえずFive-sevenがプレイスペースから退室するまで手を振る。

 

 そして、彼女が立ち去った後に状況整理が完全に終わり、ストレスの代わりに得た強すぎる高揚感を沈めるのに全力を費やすことになるのであった。

 

 

翌日 食堂にて

 

「Five-seven随分機嫌がいいわね」

 

「なになにどうかしたの?」

 

「ふふっ、実はね、昨日指揮官が癒しが欲しいって言っててね――」

 

 その日から、指揮官を癒し自らをアピールするための平和で恐ろしい争いが始まる事を、自室で安らかに眠る指揮官は知る由も無かった。

 




という訳で、息抜きの為に書いた新シリーズです。
と言ってもあんまり思い浮かんでないので、キャラクターとシチュエーションのリクをくださると、こちらの更新確率も上がります。リクエストはメッセージか、活動記録にどうぞ!

因みにこの物語の主人公は、性的被害者な彼ではありません。彼の同期がドルフロの主人公となったパラレルワールドですかね。作中で出てきた『一人飲みを好むお人好しの同期』が件の彼のことです。彼は、この物語ではモブ扱いです。この世界線での彼は今回は主人公では無い関係でAR小隊は配属されてません。なので、AR小隊以外から逆レされてます。はい。五人分の被害が減って彼は幸せでしょうね、多分。

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