指揮官職と言うのには癒しがない。鉄血との争いは日に日に激化するおかげでおちおち休息も取れず、休暇が取れたとしても緊急の任務が入るおかげで台無しになる事は珍しくは無い。その代休すらも緊急の事案で潰れてしまう程の世紀末っぷり。
それ故、とあるグリフィン基地を任されたある指揮官はストレスに追われる毎日を過ごしていた。毎日請け負う任務により増えていく一方の戦術人形の管理、施設の拡大とそのための申請、次から次へとなだれ込んで行く問題。本来なら指揮官に回される筈が無い仕事すらも、グリフィンの人手不足の問題で指揮官に回されている。
戦闘に関するモノだけでも手一杯なのに、それ以外も並行してこなさないといけないのだ。後方幕僚兼秘書として動いてくれるカリーナも報告書の作成を手伝ってくれるが、それだけでは勿論足りない。少ない睡眠時間で次の日の業務に取り掛かったことなんて何度もある。
そんな風にストレスフルな毎日を送っていた指揮官であるが、ある日――Five-sevenに癒しを求めた日を境に戦術人形達がより積極的に、頻繁に手伝ってくれるようになり、少しずつ休息を確保することが出来るようになったのだ。
Five-sevenの証言から他人へと頼ることが苦手な指揮官の心情を察した戦術人形達が、彼への日頃の感謝とお礼と贖罪を込めて、彼の負担を軽減しようと動いてくれたのだ。
とは言え、その手伝いも仕事の内。もちろん、(名目的にも)ただで手伝うつもりは無く、指揮官も仕事人としてそのことは重々承知している。なので、手伝ってくれた戦術人形達の給料や配給を増やすなどして対応しようとした指揮官であったが、戦術人形達はその要求を蹴った。
では、何をもって返礼とすればいいのかと、人形達に問うと、その答えは指揮官の休みをほんの少しでいいから手伝った者達の為に使って欲しいと言う要望だった。
自分の時間は少々無くなるが、仕事で自分の時間が無くなるよりはマシなので指揮官は大手を振って喜び、あまつさえ涙を滲ませて同意したと言う。その姿を目撃した戦術人形は、指揮官の負担の重さを完全に察し、どうしてこんな事になるまで頼ってくれなかったのかと、酷く胸と頭を痛めたとの噂が……。
ともあれ、戦術人形側としても、その時間の使い方は指揮官の為に時間を使うモノなのだ。
全ては誰にも相談できない位にストレスを抱え過ぎた指揮官に癒しを与え、あわよくば自分と言う存在を指揮官の心に刻み込むために。
本日仕事を手伝ってくれているのはUMP9。9と言っても404小隊に所属しているオリジナル機では無く、この基地で建造された量産型であることを注釈として加えておこう。
9は自分に与えられた任務を終えると、指揮官の書類作成や整理を手伝い、指揮官が一息つける時間を作ってくれたのだ。
勿論、9もタダで手伝った訳では無い。働きには対価を。
その対価は――
「お待たせしました。こちらがデラックスストロベリーパフェとなります」
「うわぁー!!」
テーブルの上に置かれた半分にカットされたイチゴに、それと使ったソースに、薄紅色のイチゴアイスにシリアルと、30cmはあるんじゃないかと言う容器にたっぷりと入ったスイーツに流星が瞳から零れたかのように目を輝かせる9。
「こちらが、アップルパイとなります」
指揮官の前には、二等辺三角形にカットされたアップパイが一切れ。断面から漂うたっぷり使われたバターと砂糖の香りが、指揮官の鼻腔を擽り、その手に自然とフォークを持たせる。
「じゃあ、二人ともゆっくりね」
スイーツを机に置いたカフェの店員、スプリングフィールドが笑みを湛えつつ一度頭を下げると厨房へと戻っていった。
「ありがとう」
礼の言葉をかけつつ、スプリングフィールドが厨房へと消えて行ったことを確認した指揮官。9からの視線を強く感じ、視線を彼女へと戻してみると、スプーンを手に持って口端から涎を垂らしそうな顔で指揮官を見つめる彼女の姿が。
ご飯を前にして待てと命令された犬のような9の姿に、指揮官はぎょっとしたように目を丸くする。彼女の口端から透明な涎が垂れて来そうで、ますます犬のように思えてします。
「指揮官っ!食べていいかな!?」
「食べていいもなにも、9がここに連れてきてほしいって――」
そう、実はこのカフェスペースに一緒に来るように誘ってきたのは9の方であり、指揮官ではない。なので無理に我慢する必要も無く、自分の好きなタイミングで食べてしまえばいいのだ。
「もう!指揮官は家族心がわかってないね!」
「家族心!?」
聞きなれない単語に、再び目を丸くする指揮官。乙女心と言う単語は聞いたことがあるが、流石に家族心と言う単語は初めて聞いた。そう今初めて聞いた筈なのに、家族と言うものを求める9にとってとてもよくあってる言葉にも感じて、自然と微笑みを零す。
「私は指揮官と一緒に食べたいんだ!だから、一緒に食べよう!」
そう、よく考えると、家族に憧れる9だからこそ、同じタイミングで食べたかったのだろう。なんとも、彼女らしい。確かに、指揮官は家族心がわかって無かったようだ。
「そうか……。じゃあ、」
9の言葉に促されて指揮官は両手を合わせる。ならば、より一体感のある食事の始め方を教えてあげようと。
彼の動作の意味が解らなかったのか、首を掲げている。
「なにそれ?」
「指揮官候補生だった頃、東洋人のハーフの同期がやってたんだよ。料理に口を着ける前に、皆で両手を合わせて食材に感謝を捧げて『頂きます』と言ってから食べるんだ、って」
「ふーん、食べ物に感謝を捧げるんだー。よくわかんないけど、いいねそれ!」
9は手に持っていたスプーンをテーブルに置き、指揮官に倣うように両手を合わせて、イチゴパフェに感謝を捧げる。
「じゃあ、いくぞ」
「うん」
二人は一度息を吸い、
「「頂きます!」」
二人同時に、食事へと感謝を捧げて、互いにスプーン、フォークを手に取る。
「うーん!おいしー!」
一口含むたびに、瑞々しい9の笑顔が伝染し、指揮官もつられて笑みを浮かべる。
9の提示してきた対価はなんてことは無い。昼と夕方の間にある休憩時間に一緒に基地にあるカフェに行って欲しいと言うものだったのだ。
そこから二人の間に流れたのは他愛もない時間であった。ああ、本当に他愛もない時間であったのだ。
9の話を聞いては指揮官が合槌を打つ。例えば、指揮官を責める意図は何一つないが危機的状況に陥った時の話だとか、45と共に街にでかけて新しい服を買ってみた話だとか、訓練中に416がお腹を鳴らしてその場にいた皆が大笑いした話だとか、G11を抱き枕にしたとき凄くぐっすりと眠れた話だとか。
他愛もない。本当に他愛もない世間話。誰にでも口に出来る話題であったり、9が経験したことであったり、特別さは殆ど無いようなそんなお話達。
「でねでね!」
それでも、彼女の水を弾く様な笑顔と共に語られると、何か特別なような気がして、9が楽しそうに語る姿をもっと見たくて夢中で聞き入ってしまう。
オリジナルの404小隊では表裏がわからないながらもムードメーカーとして扱われているからか、彼女の話術は他人を惹き付けるモノがある。
「ははっ!」
「にひっ!」
指揮官は自然と笑顔を浮かべて、同時に気付いた。人の話を楽しむことが出来ている自分に。
今までの自分は余裕が無さ過ぎて、他人の話を楽しむ余裕は無かった。今はある程度の精神的な余裕があるので、こうして9の話を『楽しんで』聞くことが出来ているのだと。
少し前までの彼であったら、他人からの話など上の空な状態であっただろう。忙殺され、不器用ながらも癒しを求めていた彼では。こうして、会話を楽しむことが出来ているのは、間違いなく話術を自然と心得ている9や、他の戦術人形達のおかげなのだ。
「ははっ、ははは!」
「そんなに面白かった?」
指揮官がいつまでも声をあげて笑っているので、流石の9も指揮官を訝しむように見つめている。
「面白かったよ……とっても……ありがとう9」
「そう……?じゃあ、よかった!」
指揮官からのありがとうは、自分に会話を楽しむことを思い出させてくれた9へのお礼。そのお礼は伝わって無かったようで、9はスプーンを咥えながら小首を傾げたが、指揮官の表情が晴れやかな物だったので、彼女も釣られるように微笑んだ。
暫く互いに微笑み合ったまま膠着していた二人であったが、
「あっ、そうだ!」
9の一際大きな声で、その状態も破られた。
「なんだ?」
「指揮官のアップルパイ、一口貰っていい?」
9が先程まで咥えてたスプーンで差したのは指揮官が注文したスプリングフィールド特製のアップルパイ。9の話に夢中になってて殆ど手つかずのままだったが、その味は芳醇な香りに負けないくらいしっかりと煮込まれたリンゴは甘く蕩ける様で、パイ生地もサクサクと音を立てて指揮官を楽しませてくれた一品。
そのアップルパイを9はもの欲しそうに見つめている。
「ああ、もちろんあげるぞ?」
その純粋な目を断る理由は指揮官としても何一つ存在しない。だから、彼女の方に皿を寄せて、好きな分だけとって貰おうとした所で、
「あーん」
9が目を瞑って口を開けて待ち構えていることに気がついた。
「……9?」
口を開けて待つ。それとお約束の科白。その意味がわからないほど、指揮官の勘は鈍く無い。彼女は食べさせて貰う事を望んでいるのだろう。指揮官の手で、自分の口にアップルパイを運んで貰う形で。
「ほーら!指揮官、早く早く!」
目を閉じながらも9は口と舌を使って指揮官に催促の言葉を伝える。
指揮官はぐるりと周囲を見渡す。カウンターにいるスプリングフィールドは二人のことを微笑ましそうに見つめているが、指揮官と9の他にもカフェの客として訪れてる戦術人形からの視線が幾らか鋭い気がするし、大衆の中でアーンをする事には彼にも恥ずかしさがある。
背筋に謎の寒気を覚え、更に羞恥心に揺れる指揮官は、9にこの場では遠慮して貰おうとも思ったが、9には書類仕事を手伝ってくれた恩と会話を楽しむことを思い出させてくれた恩がある。
「指揮官……?」
いつまでたっても口に運ばれないかったらか、9は待機状態をやめて、不安そうに彼のことを見つめてくる。
期待に満ちていた少女の表情が不安に歪む。それを許しておけるほど、指揮官は外道では無かった。
指揮官は意を決して、アップルパイにフォークを入れて一口大にカットし、フォークに乗っける。持ち上がったフォークを9は綻んだ表情で見つめると、再び目を閉じて大きく口を開ける。餌を待つひな鳥のように。
「あ、あーん」
「あーん♪」
9の口の中にアップルパイが運ばれて、それを味わうかのように9は口をモゴモゴと動かす。周囲の視線で羞恥心が最大にまで高まった指揮官は、急ぎ気味に9の口からフォークを抜き去った。
9は零れ落ちそうになる頬っぺた支えながら、じっくりと噛んでアップルパイを味わうと、蕩けるような笑みを浮かべて感激の息を吐いた。
「はぁ……美味しいなぁ……。私もそっちにすればよかったかも」
「ははっ、じゃあ追加で頼むか?」
魅力的な指揮官の提案に、大きく目を開いて瞳の中に光源を宿らせたが、その提案を振り切るようにブンブンと大きく顔を振って誘惑を断ち切った。
「ううん、平気。この後の後方支援中に眠くなっちゃいそうだし」
「そんなG11じゃないんだから……」
「ふふっ、私達も食べ過ぎは注意するってことだよ」
口許に手を置いて微笑む9。彼女は自然と自分のパフェの中にスプーンを差し入れて、イチゴジャムのかかったヨーグルトとシリアルが混じった箇所をスプーンに乗せて指揮官に差し出す。
「さっきのお礼♪あーん♪」
指揮官ははたまた周囲の視線が鋭くなったことを感じ取って、ついつい手で制止しようとする。
「ちょ、オレはいいって……」
「ほらほら遠慮しない♪あーん♪」
しかし、9は周りの視線など全く気にしてないようだ。指揮官が遠慮しているのかと思って、遠慮するなとの言葉をかけて指揮官の口許にどんどんスプーンを近づけてくる。
やる分にはまだよかったが、やられる方となると気恥ずかしさの領域が違う。指揮官は二十歳を超えた純情な大人なのだ。こんな十代の若者がするようなことを自分がやってて――
「あーん!」
9は意地でも諦めるつもりは無いようだ。語気を強めて指揮官に迫る。開けないのなら無理やりにでもねじ込んでやると視線を強めて。
「わ、わかった。あーん」
「ふふっ、あーん♪」
9からの鋭い眼光に負けて指揮官は大人しく口を大きく開ける。ようやく折れてくれた指揮官に9は楽しそうに破顔しながらスプーンを彼の口に差し入れる。
口の中に広がるのはイチゴのすっきりとした酸味。その酸味がアップルパイの甘ったるさを中和し、後からイチゴの甘さを舌に伝えてくる。
「……美味しい」
「でしょ!」
指揮官からの品評に再び9は顔を綻ばせる。やった9側としても少々恥ずかしさはあったようで、頬に赤みがさしている。
「じゃあ、これのお礼に指揮官のをもう一口食べさせてよ!」
「ま、またやるのか……?」
遠慮がちな言葉を口にしながらも指揮官の手は再びアップルパイを切り分けて、9の口へと運んでいた。指揮官の中に渦巻いていた羞恥心は何時の間にか消え失せ、学生であった頃に体験した甘酸っぱい年齢の出来事を再び味わうかのように、あるいは家族にもそうやってしていたように、自然と9の要望に応えていた。
「美味しいっ!」
頬っぺたを押さえて微笑む9に、指揮官も自然と微笑み返していた。指揮官にとって9が多少の我儘を言いつつ微笑んでくれるのは、自分に妹が出来たよう。そう、これは間違いなく彼にとって癒しであった。
「あぁ……。ありがとう」
結局、お互いの残りがなくなるまで食べさせあったのはここだけの話である。
カフェからの帰り道、指揮官と9はスイーツの感想を言いあいながら、司令室と後方支援組の集合場所の岐路へと向かっていた。
お互いの食べたものがこんな所が良かったとか、次は別の物を食べてみたいとか、最後にまた一緒に行こうと約束を取り付けるような。
他愛のない話だ。そう、カフェでしていた時のような他愛も無い話。
しかし、基地の中と言うには広い様で案外短かい。先ほど言ったそれぞれが向かうべき場所がわかれる岐路に着いてしまった。
「指揮官、今日はありがとう」
「ありがとう9。9のおかげですっかりと気が楽になったよ」
今回は指揮官の愚痴を聞いてもう様なことは無かった。しかし、言葉で他人とふれあうことで、9が彼に語ってくれたことで確かに気が楽になった。そう、9には他人と話す楽しみを思い出させてくれた。だから、その礼を伝えたのだ。
「私は何もしてないよ。指揮官にお茶を付き合って貰っただけ」
「それでもだ。それだけでも、俺は確かに癒されたよ。だから、ありがとう」
「えへへ……。じゃあ、よかったかな」
指揮官からの真摯な姿勢に、9は鼻の下を指で擦りながら気恥ずかしそうに微笑む。それに返す様に指揮官も口端を持ち上げた。
「じゃあ、9。オレはそろそろ」
今はただの休憩の時間。お互いにやることは残っている。名残惜しさを感じつつお開きの言葉を口にしようとしたところで、
「待って!」
9に両手を掴まれると、彼女はそのまま小さく背伸びをして――イチゴの爽やかな酸味が残る唇を彼の甘さが残る唇に押し付けた。
「んっ……」
一つ息を漏らして9の方から唇を離す。指揮官は状況整理が出来ず、呆けた表情を浮かべている。
「45姉達にするみたいにあーんってやってみたけど、本当は私も恥ずかしかったんだよ?」
――だから
「次に一緒に行く時は、家族心と乙女心、どっちももっとわかって欲しいな」
真っ赤に熱されていく顔を誤魔化すように微笑む9だが、その誤魔化しもすぐに効かなくなり、逃げるように集合場所に向かって駆けだした。
相も変わらず呆けた顔で彼女の背中を見送っていた指揮官であったが、やっと状況の処理が終わり、我に還ることに成功。
「……やることが増えたなぁ」
気だるげに息を吐き出す彼であったが、その表情は9とカフェスペースで過ごした時のように綻んでいた。