指揮官が癒しを求めてもいいのですか?   作:なぁのいも

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RO635

 指揮官と言う職はこなさないといけない仕事が多い。

 

 戦術人形の建造、資材の管理、兵站の管理、書類の作成、申請の承認etc。

 

 戦術人形の指揮を専門としている指揮官ではあるが、グリフィンは人手不足であること、鉄血との抗争が始まり抗争終結に大きく身を乗り出しているグリフィンに務めることを命の危険を感じて、就職を断念してしまい新しい人員が入ってこない状態にあること、それとは逆に比較的平和な時期にグリフィンに入社した者が身の危険から退職を希望した者もいる。

 

 指揮官という職は給料がいいのだが、それでも金で命は救えるとは限らない。これから先の大金より今の命。それは誰だって当たり前に優先することだろう。

 

 とにもかくにも今のグリフィンは人手不足で、指揮官候補育成施設で戦術人形の指揮を主に勉強した新人にも大きな権限を持たせて管轄外の業務を担当させる形で何とか間に合わせている形だ。

 

 そのため、

 

「ふぅ……」

 

 とある地区で指揮官をしている彼は、今日もへとへとだ。

 

 いつもなら何らかの形で癒しを求めていいたり、最近だと癒されたりする彼。

 

 しかし、最近は鉄血の活動が激化している為、やってもやっても戦術人形達が手伝っても終わらない仕事に苦しんでる彼に、癒す為とは言え時間をとらせてしまうのは申し訳ないと、戦術人形からもそう言ったアクションが取れなくなっている。

 

 彼の身体は過労に継ぐ過労ですっかりボドボドであり、疲労が溜まりすぎて彼の趣味である入浴も長時間出来ず、朝昼晩は簡単な軽食でやり過ごして時間を確保し、少ない睡眠時間を睡眠の質を圧縮して何とかやり過ごしている様な状態。

 

 仕事を終え私室へと辿りついた彼は、簡単にシャワーを浴び、歯を磨いて、わき目も振らさずにベッドに向かう。これが今の彼の日常のルーチンなのだ。

 

 極限の状態の彼が、高いパフォーマンスを継続して発揮できるわけがない。幸いなことにまだ戦闘の指揮で重大なミスが起きては居ないが、どこかで起きた小さいミスが大きなミスへと繋がらないと言う保証はありは無しない。

 

 そんな彼の状態を何とかしたいと、ついに一人の戦術人形が動き出したのだ。

 

 

窓から射し込む朝日とけたたましい目覚ましに促されて指揮官は目を覚ます。

 

モゾモゾと布団の中で重そうに体を動かし、手を伸ばして彼の側で大音量を出す目覚ましを止める。

 

「ふわぁ~」

 

窮屈に縮こまってた体を伸ばし、筋肉の疲労感を飛ばす指揮官。

 

また今日も忙しい日々が始まるのか……

 

憂鬱そうに目を擦りながら立ち上がると、

 

鼻孔を擽る香ばしさが、部屋に漂っていることに気がついた。

 

その芳ばしさは指揮官にも馴染みがある。コーヒーだ。コーヒーの香りが何処からか漏れて、彼の寝室に漂っていた。彼の部屋の窓は閉めきっている。外からの臭いが入ってくることはまず無い。だとしたら、夜中にコーヒーを作って放置していたのだろうか?

 

主な原因がわからず、目を擦りながら寝室から出るとそこには――

 

「おはようございます、指揮官。起床には少々早いですが、まぁ、いいですかね」

 

普段は二つに纏めた髪を一本に結い上げ、ダイナゲートによく似たロボットがプリントされてる深紅のエプロンをつけた戦術人形――RO635が、湯沸し器に入ったお湯をカップの中に注ぐ姿が。

 

そんな光景を目にして、指揮官は思わず目を擦る。一度では足りず、二度三度と目を擦る。

 

それもそうだろう。ROが指揮官の私室にいる理由も、指揮官の私室に好き勝手に入る手段も無いのだから。

 

「ちょ、何でいるの……?」

 

幻でもみたかのように、それを振り払うように連続で瞬きをする指揮官。

 

そんな指揮官の疑問に、ROは服装とエプロンの二段防壁越しにもわかる豊かな胸を張って答える。

 

「決まっています。これから指揮官の生活を私が管理させていただきます」

 

「はぁ…………………………はぁ!?」

 

最初は言葉の意味をちゃんと理解できてなかったようで、適当に流すような返事をした指揮官であったが、少しの間を置いて、彼女の言葉を完全に理解したようで驚きの声をあげる。

 

朝から驚愕の表情しか浮かべていない指揮官を尻目に、ROはインスタントのカップスープをテーブルに置く。

 

彼女は、ふぅ、といい仕事をしたと言わんばかりの息を一度つくと、指揮官の懐に入り込み、空を仰ぐようにして指揮官を見上げる。事件解決の糸口を見つけた探偵のような鋭い視線でり

 

「指揮官、忙しいのはわかりますが、ちゃんとした時間管理をするべきです」

 

「いや、それはわかるが――」

 

「忙しい中でも、一定のラインだけは守るべきです。手当たり次第に仕事を終わらせるのではなく、キチンと時間を守って仕事をするべきです」

 

「いや、それもわかるが――」

 

言い分に中々真面目に取り合おうとしない指揮官に痺れを切らし、ROは切り札を使うことにした。

 

「14回です」

 

「…………はぁ?」

 

急に言われた14回と言う言葉。どこぞの同僚がヤられた数で無いのならば、彼に心当たりなど或はずがない。

 

呆れたように息をつくRO。呆けた表情を浮かべる彼にこれ以上回答を待つのは時間の無駄だと判断し、答えを告げる。

 

「指揮官が昨日の仕事でミスをした数です」

 

「…………あっ」

 

ROの答えで、やっと心当たりに気が付き指揮官は納得したように声をあげる。

 

何故ROが彼のミスした数を知っているのか?答えは簡単、昨日の副官は彼女であったから。

 

昨日の彼は特に酷かった。資材の支出の計算は間違えるわ、建造のレシピは間違えるわ、カリーナに発注する物資の桁を間違えてカリーナが目を輝かせて受領しそうになったりと、細かなミスが多かった。

 

が、それらは全て水際で食い止められた。指揮権を持つ戦術人形としては未熟さは目立つが、真面目さと柔軟さによって補うROによって。

 

「指揮官、気づいてますか?日に日にミスが増えているんですよ?一昨日は10、三日前は8個」

 

「う、うぐっ……」

 

ROの的確な指摘に口を紡ぐ指揮官。連続した過労は正確さを失わせる。

 

「ミスの数も覚えて無いくらいに働かれて正確さや確実性を失われても困ります。まだ作戦中に重大なミスをしてないから許されてますが、指揮官は人間です。正確に同じことを、パフォーマンスが落ちた状態で正確に行われるとは限りません」

 

彼女の言うとおり指揮官は人間だ。過労による疲労の蓄積具合は戦術人形より溜まりやすく、疲労によるパフォーマンスの低下の影響は計り知れない。

 

「だから、私が指揮官の生活を管理します。……あなたはこの基地にとって大切な人なんです。倒れたら困りますから」

 

ROのもっともな意見にうちひしがれる指揮官。確かに彼は自分が抜けると言う穴を甘く見ていたのかも知れない。指揮の代理は出来るものは確かにいるが、戦術人形と人間、戦術人形と戦術人形を仲介し、彼女たちの背中を押す存在として、彼は必要不可欠なのだから。

 

「……食べましょう指揮官。健康的な生活は健康的な朝食から、です」

 

そんな指揮官の心情を察しつつもROは指揮官に一緒に食べるように促す。

 

テーブルにはROが作ったトーストとコーンスープ、ミニサラダにコーヒーと言う簡単な、だけれど、最近彼が食べてなかったちゃんとした朝食が二人分用意されていた。

 

大人しく椅子に座る指揮官。彼の対面に座るRO。

 

指揮官は友人が教えていた両手を合わせて食べ物に感謝を捧げる挨拶をする。

 

「頂きます」

 

火傷しない位の暖かさのトーストを口に含む。さくさくとした食間とバターの香りが口一杯に広がる。

 

「……うまい」

 

小さく顔を綻ばせる指揮官にROは安心したように口を緩めて、同じようにトーストを齧った。

 

 

 

ROの作った朝食を食べながら、『世話をしてくれるのは確かにこちらとしては助かるし止める理由はないが、自分の時間を優先してほしい』と議論した結果、一週間だけROに自分の時間を委ねることに、それ以上は指揮官自身で改善してみせることにした。

 

最初は三日くらいでいいと言ったのだが、そう伝えたらROが唇を尖らせて拗ねてしまったので、一週間で落ち着いたのだ。

 

朝食を食べ終え、朝食を作って貰ったからやられてもらってばかりではいられないと食器の洗浄を率先してやり、その後に歯を磨いて口内の対策を施し、いつも着ているグリフィンの赤を基調とした制服に袖を通し、出勤の準備を整えた指揮官。

 

準備は終わったので部屋を出て会議室へと向かおうとしてドアの前についたところで、ROがまだ部屋を出ようとしないことに気がついた。

 

「まだ出ないのか?」

 

「ええ……。まだやることがありますから」

 

「そう言えばどうやって部屋に入ってきたんだ?」

 

「ペルシカからこの施設のマスターキーの複製を借りました。ここのセキュリティシステムはIOP社が担当、保守を行ってますから」

 

「なるほど……」

 

ペルシカに対する文句や言いたいことは沢山あるがあまり長くは留まれない。彼女に背を向けて、仕事には遅れるなよと声をかけ、部屋から出ようとしたところで、

 

「あ、待ってください!」

 

 ROから引き止められた。

 

 ドアノブにかけていた手を引っ込ませて、再び振り返る指揮官。背後から包みを持ったROが駆け寄ってきた。

 

「これを」

 

 オレンジ色の包みを指揮官に差し出すRO。

 

「それは?」

 

「お弁当です。最近、指揮官は食堂に伺えてないみたいなので」

 

 確かに最近は忙しさのあまり、食堂に通えずショップで売り出している手軽な食事に頼りがちだ。

 

 だが、お弁当があればその場で好きなタイミングで食べれて便利だ。そう。昼の時間から外れて食事を口にしたくなっても、美味しい料理を味わえる訳だ。

 

「……ちゃんとお昼の食べてくださいね?」

 

 が、適当なタイミングで食べようと言う思惑はROにはお見通しだったようだ。彼女はジト目で指揮官のことを見つめてくる。

 

「……わかったよ」

 

「本当にわかりましたか?お昼に連絡しますよ?」

 

「わかったわかった。RO、ありがとうな」

 

 ROから包みを受け取り、礼の言葉と共に彼女の頭をポンポンと叩いてやる指揮官。

 

「あっ……」

 

 容姿の幼い戦術人形にやっているのをよく見る和ませ方。それを始めてされたROは思わず声をあげてしまった。

 

「行ってきまーす!」

 

 久方ぶりのまともな朝食とROの見送りのおかげで元気よく部屋から飛び出して行った指揮官。

 

「……」

 

 ROは指揮官の大きな手の感覚の残る頭に気をとられ、その背中を見送るだけであったが、ドアの閉まる音で我に返り、

 

「あっ!お気をつけて!」

 

 閉まり切った扉に向かって声をかけるのであった。

 

 

 

 

 

 その日の昼。

 

 ROの宣言通り、お弁当は食べたのかという連絡が入った。忙しいために後で食べようとしたが、『不規則な食事は健康を害する』、『適度な休息を重要』と捲し立てられ、最終的には『今から30分以内に、食べきったと言う証拠としてお弁当の写真を送って欲しい』と言われて、指揮官は根負けした。

 

 ROが作ってくれたのは色取り取りのサンドウィッチ。後方支援から帰ってきたSPASが目を輝かせてサンドウィッチを見てきたが何とか死守して、最後まで美味しく平らげたのであった。

 

 

 

 夕刻となり、一日の業務も終わる時間帯。

 

 まだ残っている仕事をこなそうとしている指揮官の元に一つの連絡が、

 

『指揮官、夕食がもうすぐで出来るので、お部屋に戻って来てくれませんか?』

 

 通信の主はRO。どうやらマスターキーを使って指揮官の部屋に入って夕食を作ってくれたらしい。

 

 まだ仕事が残っている指揮官は、ROに申し訳ないと思いつつ作って置いておいて欲しいと頼もうとしたが、

 

『本日提出の書類だけは終わらせてあればいいんです』

 

『また無理に仕事をして、ミスを増やすのですか?』

 

 と中々に毒づいた事を言って指揮官を追いつめ、最終的には

 

『指揮官の権限にロックをかけてでも止めさせます』

 

 と強硬手段も辞さない構えを見せたので指揮官は再び折れた。

 

 こっそりとやるために鞄の中に書類を隠して自室へと戻る指揮官。

 

「ただいまー」

 

 疲れたような声で帰宅を告げると、

 

「お帰りなさい!」

 

 キッチンに居たROがエプロンで手を拭きながら出迎えてくれた。

 

 出迎えてくれた彼女は指揮官の鞄をひったくると、留め具を外して中身を確認し始める。

 

「ちょ―?」

 

 ROの物色をやめさせようとしたが、鞄から書類の入ったクリアファイルを取り出すことに成功したRO。彼女は呆れたように一つ溜め息をつくと、鋭い目つきになって指揮官を睨む。

 

「明日やりましょう。これは没収です」

 

「……ハイ」

 

 怒られた子供のように項垂れる指揮官をテーブルのに連れて行くRO。

 

 指揮官は料理の香りにつられてテーブルを見るとそこには―?

 

「おおっ!!」

 

 合成肉で作られたデミグラスソースのハンバーグとスパゲティサラダ、オニオンスープとご飯という男心を掴むメニューがテーブルに乗っかっていた。

 

 最近の指揮官は本当に手軽な食事で済ましていたため、目の前の本格的な料理に童心に返ったように目を輝かせている。

 

「さぁ、座ってください。腕によりをかけて作りました」

 

 そんな可愛らしい指揮官に、くすりと笑みを漏らしながら着席するように促す。

 

 指揮官は制服を脱いでラフな服装になり、ROの食事が食べれることを今か今かと待ち受けている。

 

 そんなうずうずしている指揮官も可愛らしくて、少しだけ意地悪をしたいというイタズラ心が沸き上がるが、ROはそれを抑えこんで、指揮官に食べるように促す。

 

「召し上がってください!」

 

「いただきます!」

 

 ROの許可を得た指揮官は即座に食物への感謝を捧げ、ナイフとフォークを手に取ってハンバーグを切り分ける。ハンバーグの焼き加減は中まで火の通ったミディアム、合成肉を使ったハンバーグとしては一番食べごろな焼き加減。

 

 ソースをよく絡めて、口に運ぶ指揮官。少し熱かったのか、口の中でハフハフと息継ぎをして冷ますと、うんうんと大きく頷きながら咀嚼し、飲み込む。

 

「うまいなぁ!!」

 

 久しぶりに食べれたまともな食事、それも男ならだれでも大好きであろうハンバーグという定番料理。彼が無邪気に、童心に返ったように笑ってしまうのも納得だ。

 

「ふふっ、よかったです。お代わりもありますから、遠慮なく言ってくださいね?」

 

「ホントか!?」

 

 子供の様に目を輝かせる指揮官に、ROは母性の様な物を覚えつつ彼に笑みを送るのであった。

 

 

 

 ROが作った夕食を堪能した指揮官。

 

 すっかりと日が暮れ、窓の外から見える景色はすっかりと暗くなってしまった。

 

 夕食が終わってからも指揮官が仕事をしようとしないかとROは監視していたのだが、こっそりと持ち帰ろうとした書類以外は本当に無いことが確認できた。

 

 なので、ROは自室へと帰る準備に移っている。

 

「では、明日も朝に伺いますからね」

 

「……本当にこれからしばらくやるのか?」

 

「……当たり前です。指揮官に倒れられたら困るんですから。今日はもう寝るんですよ?」

 

 ROに言いつけられて、指揮官は『はーい』と返事をする。今日は子供みたいな彼の一面を見てばかりだと、ROはくすりと笑う。

 

「明日は私が起こしますから。ゆっくりと寝てくださいね」

 

 そう言うと、ROは朝よりも何処か血色がよくなったような指揮官の唇を人差し指で押さえる。

 

「それで……、明日はもっといい顔で、おはようと言ってくださいね。それと、また頭を撫でてくれたりしてくれると……」

 

 一度可憐な笑みを浮かべた後に、少しずつ顔を赤くするRO。

 

 そんな意地らしくも微笑ましい彼女に、胸に温かいものを宿された指揮官は、今日お世話してくれたご褒美として、濡れた羽根の様に艶のあるROの髪を撫でてやる。

 

「あっ……うふふ」

 

 突然頭を撫でられたことに一瞬驚きつつも、ROは嬉しそうに頬を持ち上げる。

 

 誰かが自分のためにお世話をしてくれる。子供の頃は当たり前のように享受していた、今ではすっかりと忘れていた癒し。

 

「ありがとうRO」

 

 癒しを与えてくれたROに礼をいい、明日も堪能できる喜びに胸を震わせる指揮官。

 

 ROが作ってくれる明日の朝食を楽しみにしつつ、今日は早寝をする事に決めたのであった。


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