彼は星の子、銀河の子   作:塩なめこ

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アンケート結果から続きのようなものを書きました。
 
たくさんの評価、お気に入り、そして感想をありがとうございました。

総合日間では最高10位。短編日間では1位をいただけて本当にうれしく思います。




第2話

 来た。

 青い晴天の空を見上げると、そこには一筋の赤い光が瞬いていた。

 そらを斜めに切る赤い線。それは次第に赤みが薄れて白くなり、最終的には青い光となって落下を続けている。

 それは大気圏突入時に展開されるように設定したISのシールドの光。

 光をまとったISはその勢いを殺しながら、しかし凄まじいスピードで海面へとたたきつけるように着水した。

 

 

 水しぶきが上がる。

 

 

 周りに展開されていた船舶たちは心配そうに速力をあげて近づくが、その必要はない。

 私の思い人は、最後の最後でやらかすような奴じゃない。

 

 

 水しぶきが作り出したカーテンが消える。

 

 

 そこには白いフルスキンのISが空中に佇んでいた。

 

 

『ただいま世界』

 

 

 男は嬉しそうにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は時折思い出す。昔の自分の姿を。

 

 別人だと思えて仕方のないその姿。

 別人だと思いたいその行い。

 別人だと思ってはいけない紛れもない自分。

 

 全て過去のことである。

 

 彼は最初から宇宙(そら)を目指していた。宇宙(そら)を見続けていた。

 

 先人たちの行いに憧れたから。故郷の国の探査機が偉業を成し遂げたから。

 彼をそうさせる様々な理由があっただろう。彼をそう動かす様々な要因があっただろう。

 だがしかし、始まりを作ったのは紛れもなくあの星空(そら)だった。

 

 広大で雄大で偉大で盛大で壮大な空。

 変わることのない光、位置、星、色。

 

 少年はそれに憧れた。それに夢を見た。それに興奮した。

 

 

 ()()()()()

 

 

 少年はその宇宙(そら)を諦めていた。

 届くわけがないと。この身一つでどうにかなるわけがないと。

 

 

 

 転機は突如訪れた。

 彼にとって数少ない親友と呼べる人。彼にとって好感を持てる奴。

 夢を諦めた男の横で楽しそうに夢を語る友人の、夢をかなえる直前のことだ。

 視界の端から端に、親友は消えていった。

 

 どこにでもある事故だった。

 

 犯人は認知症だという老人の暴走運転。

 親友を救うべく、あらゆる手を尽くした。

 親友の夢を叶えさせるため、あらゆることをした。

 親友の死を認めたくなかったから、なにからなにまで行った。

 でも彼は言葉を残して消えた。

 両親への謝罪。夢にわずか届かなかった悔しさ。()()()()()という嬉しさ。

 

 

 友は友を守るために死んだのだ。

 

 

 彼の葬式にはその男含めたくさんの人が訪れた。

 恩師、両親、友人、警察や治療にかかわったという医者、そして彼の夢を叶えさせてやるはずだった人物たち。

 彼らは口々に発する。友の行いの称賛を。

 彼らは口々に発する。友の未来を惜しむ声を。

 彼らは口々に発する。友のこれまでの努力を。

 男にはそれが怖かった。痛かった。苦しかった。

 あんなに誠実な人だったのに。

 あんなに未来があったのに。

 あんなに頑張っていたのに。

 

 

 死がそれをすべて奪った。

 

 

 自分がそれをすべて奪った。

 

 

 ならなければ。彼のようにならなければいけない。そうでなければおかしいと男は思った。

 でなければ自分はなんのためにいる? 彼の死の意味は? 彼の価値は?

 

 夢を叶えなければいけない。

 彼は夢に走り続けていたのだから。

 夢を追わなければならない。

 彼は夢を叶えていたのだから。

 

 

 きっと自分にもできるはず───。

 

 

 友人の死は、ある種の強迫観念となって皮肉にも男をいい方向へと変えていった。

 その日から男には火が付いた。

 目指すは宇宙(そら)

 それまでのすべてをなげうって新しい自分になろう。

 そうすればいつか、彼の死の意味もあったはず。無価値にはならないはず。

 彼は変わった。明確に。

 力の抜けた人形ではなくなった。

 一人の夢を追いかける少年に。

 彼は変わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───だがしかし、社会とは「変化」、「新しさ」に疎いものである。

 

 

 

 

 

 

 

「それまで」は捨てきれない。

 諦めていた心しか社会は見ない。

 学歴も資格も能力も友より劣っていたその男が、友になれるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢をみる男は思う。

 果たして今の自分は彼になれているのだろうかと。

 夢を追いかける一途な少年であれているかと。

 答えは否だ。

 そんな奴がこのような苦悩に苛まれているわけがない───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、どうして教師なんだ?」

 

 

 ちーちゃんがそう疑問を呈した。

 今現在、私たち三人はちーちゃんというコネを使って彼を教師にさせるための作戦会議を行っていた。

 といってもそのコネを使わせてもらう当の本人はこの場にはいない。

 現在彼は隔離施設で生活している。

 その疑問に答えるのはマイクに通された彼の声だ。

 

『生きているうちに後進を育てるべきだと思ってな。その機会は今しかないんじゃないかって思ってる』

 

 久しぶりに聞く彼の声。どうしても頬が緩む。もはやドラッグなのではないかと思えてくる。

 楽しそうに語るその声の音色は三年経っても変わっていない。

 はやく本人とあんなことやこんなことをキャッキャウフフしたいところだけれど、我慢しなきゃ……。

 くぅ~~凡人どもめ~~! 束さんが大丈夫って言ってるんだから大丈夫なんだよ分かれよ!

 な~にが「宇宙から未知の病気を持ってきてるかもしれない」だ!

 そんなもんがあったら長い渡航期間中に発症してるし、そもそもあのISはそういうものに耐えられるように造ったんだぞ? こ・の・た・ば・ね・さ・ん・が!

 私が変わってもあいつらの性根は変わらないんだから全くぅ~~!

 

 

『ごめんな織斑、無理言わせちまって。本人がまだこんなところにいるのに』

「そちらは構わん。というか学園側は歓迎しているぞ。教員資格が無かったほうがこちらとしては面倒だったよ」

『は、ははは。でもそこはIS学園の特性を生かしてどうにかしてくれたんだろ?』

 

 

 

 彼が学園に行くための調整は、彼が地球に近づいていた時から始まっていた。この束さんの通信設備のおかげである。

 そのおかげで先手先手でことが進められた。

「記録を塗り替えたものでもあると同時に、ISの男性適合者でもある故保護する」という理屈が通せたのもこの世界一速く彼とコンタクトをとれた通信設備のおかげだ。

 いやぁ、束さんは何でもできて困っちゃうな~~。

 

 

 

「そのことはいい。私が聞きたいのはお前には五年は長すぎなんじゃないか?という点だ。 私が思うにお前なら翌年にでも飛び出していけそうな気がするが」

『さすがに翌年は冗談キツイぞ織斑。今書いてる報告書の分析とかISの宇宙飛行に関するルールや規定みたいなものを定めるのにも三年は使うだろ。それにそうずっと宇宙にいたらマジで宇宙人になっちまうじゃないか』

「私はそっちの方がお前に似合っていると思うぞ()()()

『俺は地球人だ。 故郷の空気を忘れないようにするまではここにいるさ。それに……た、束とのこともあるし……

「……ほう」

 

 

 ぐほぅ!? 今まで黙って大人しくしてたのになんという鬼畜ストレート!?

 

 

「い、いきなり何言ってんだよ宇宙人! い、いくらなんでも正直すぎるよ!ねぇ、それで私たち以外の人に隠し切れるの!?」

『お、織斑はいいだろ別に知ってるんだし……。俺の気持ちも本物だし……』

「っ、~~~!!!」

 

 

 こ、この馬鹿め!

 わ、私がどんな思いで聞いているとお、おも、思っているんだ!

 

 

 

「もう結婚してしまえよ」

 

 

 

 ち、ちーちゃんにからかわれた~~!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が流れるのは速いものであの人がこの学園に来てからだいぶ時間がたった。

 もう夏休みも近い今日に至るまでたくさんのことがあった。

 セシリアとの決闘。鈴との試合から始まったクラス代表トーナメントや、シャルロットと共に暴走したラウラを止めたりとか……。

 我ながら、ここまでの数か月は壮絶だったと思う。最近やっと慣れてきたところだ。

 

 

「どうした一夏。ぼーっとして」

「いや、入学してからここまでいろいろあったなぁって」

「なによ、まだ一学期も終わってないのにもうそんなこと考えてるわけ?」

 

 

 鈴の指摘はもっともだけどこっちの身にもなってほしい。いろんなものに振り回された数か月だったんだぞこっちは。

 

 

「……その節は、すまないと思っている」

「いや、違うんだラウラ。俺だけのことじゃなくてあの人のことも色々あったからさ……」

「確かにね……。転校する際に聞いたときは僕も驚いた」

 

 

 この学園に来る前のあの人のことを知らない奴はここにはいない。

 丁度俺の適合発覚の直後に帰ってきた『星の人』が、一か月の隔離施設生活を終えてすぐにここに来るなんて誰も思わなかっただろう。いくらなんでも速すぎる。

 

「本人は「マスコミから追われなくて済むから楽」とか言ってたわね……」

「記者会見と本の出版、報告書だけ書けばいいだろって愚痴ってたのを僕見たことあるよ」

「わたくしはそちらよりも、力が搭乗時間に比例していなかったことに驚きましたけれどね……」

 

 セシリアの言う『力』とはすなわちISでの戦闘能力の話だ。

 彼は三年間肌身離さずISと共にいた。その搭乗時間は25000時間にまで及ぶ。たぶん世界一だ。

 だがしかし、いや考えてみれば当然なんだけど、武器の扱いがおそろしく下手なのだ。

 

「操縦技術はきっとキャノンボール・ファスト優勝レベルなのだがな。あれはひどかった」

 

 この通りラウラからも辛口の評価を受けている。

 本人曰く、武器を持っていけるほどバススロットに余裕がなかったらしい。

 燃料に食料品に空気。排泄物や各種観測装置を持っていくとなるとかなりギリギリだったそうだ。

 

 

「まぁあの人の教師としての良さは宇宙の分野で発揮されるから……」

「それにまだ教師見習いだからなぁ。実質的な担任は千冬ねぇと山田先生だし」

「なんだろうな。同じ生徒のような感覚というか、留年した先輩のような感じを受ける」

「箒さん。そこは教育実習生と言ってさしあげなさいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨海学校。

 それは学生の青春のひとコマを飾るイベントである。

 ここIS学園では毎年臨海学校で海へと行くことがわかっている。

 そう海である。

 つまるところ水着イベントである。

 

 

「そこに君がいて、束さんが行かないわけがないのだー!」

「と、言うわけで今回は特別講師として篠ノ之束が来ている。本格的な授業は明日からなので、あまり気にしないでやって欲しい」

(((いやめちゃくちゃ気になる!!)))

 

 とか思ってるんだろうなぁ生徒の皆は。ふっふっふっ、いくらちーちゃんが無視しても束さんがこいつに絡まっている限り彼らは無視できないのだ!

 

 

「あー……。織斑先生? 俺はこのあとどうすれば……」

「一応、VIPからのご指名だ。付き合ってやれ」

「えぇ……」

 

 

 ちーちゃんは既に陥落済みなのだ!

 フフフフフ、待ったよぉ、束さんは待ったよォ!

 隔離施設から出たらすぐにIS学園近郊の貸住居に行っちゃって全く触れ合えなかったけど束さんは我慢したからね。だから生徒の前でどんなことをされようと我慢しなきゃいけないからね!

 

 

 

「それじゃあいこ♡」

「まぁ、いいけどさ……」

(((じーっ)))

 

 

 視線が痛いなぁ。でもこれも計画通り!

 こいつのことは束さんはなんだって知ってるから、君たち年下の女の子にとられることはないと思ってるよ? けどね、こいつを前にして「きゃぁぁぁ!!」とかいう思い上がっている奴らには見せつけないとね〜。

 嫉妬するがいいさ乙女達! この男は天災束さんがいただいていくからね〜!

 

 

「夕食までに旅館に戻ってくること。それまでは自由時間ですからね〜!」

「「「は、はーい」」」

 

 

 うーむ。こうして見るとかなりムキムキになったなこいつ。着痩せしてるせいで今まで気づかなかったけど、水着姿になると筋肉が際立つ。健康体だから束さんとしては満点だけどね!

 しかし見てる。見てるなぁ? この束さんの天災ボディを舐めまわすように! その目に焼き付けてるねぇ……。

 

 

「……なぁ、その水着って」

「うん、そうだよ! 中学の時のある日に買ったやつ」

「良く今でも着れるな……」

「そこはほれ、なんて言ったって天災束さんのボディだし? もうあの時に完成されていたのだよ!」

 

 

 というのは半分嘘。本当はすこーし大きめのを買っておいたのだ。束さんは天災だからね。自分の体の成長だって計算できるのだ!

 

 

「でも良かったのか? 新しいのだって買えたのに」

「だって君、これ君専用だって言ったのに一度も着させてくれなかったじゃーん」

「そ、そうだっけ?」

「そうだよー? いつも海に行こう! ってなるとあれはやめろって言ってきたじゃん」

「ぐっ」

「だから今回はサプライズなのだ〜。ちーちゃんにもこうして2人きりにして貰ったし……。ねぇ、遊ぼうよ!」

「わかった」

 

 

 

 最初は何してもらおうかなぁ?

 ふふふふふふ。さぁ! 束さんとイチャイチャしてもらおうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェへ、ウェへへへへへ……♡」

「どうやらいろいろと思い出を作れたようだな束。生徒たちが引いているからその笑いはやめた方がいいぞ」

「だ、だってぇ……。あいつが、あんな……ウェへへへへへへ♡」

 

 

 あんなに大胆に、しかもかっこよくなってるなんて束さんも予想外だったよ。

 昔みたいに色仕掛けや言葉遊びでからかってやろうと思ったのに、まさかカウンターパンチでこっちの心を堕としに来るなんて……。

 

 

「あー!!ダメだよちーちゃん! もう束さんの心はあいつに撃ち抜かれてるよー! 結婚したいー! 子供欲しいー!」

「生徒の前だ、黙れ。それとも酒で珍しく酔ってるのか?」

(((いったい何をしたんだあの男性教員!?)))

 

 

 いやぁ。普通に浜辺で水掛け合ったり、お弁当食べたり、泳いだり、マットしいてくつろいでいたりしてただけなんだけどぉ……。その間のあいつの動作一つ一つに目が離せなくなちゃってぇ……。ウェへへへへへ♡

 

 

「相手がいないとすぐこれだ……。(おい束。あいつとの関係は隠すんじゃなかったのか? このままでは林間学校直後の新聞で熱愛報道されるぞ)」

「はっ……!(そういえばそうだったぁーーー!!!!)」

「やれやれ」

 

 

 くっ、なんだよちーちゃんその顔は! まるでもう手遅れみたいじゃないか!

 いや、まぁ束さんにしては語りすぎたと思うよ? でもそんなの仕方ないじゃん! 言葉にしたくて仕方ないんだもん!

 それに、もし報道されたとしても脅迫とか記憶操作とかすれば……!

 

 

「(と、お前は考えていそうなのでさらに時間を与えてやる。お前とあのバカは同室だ。これを機に今まで言えなかったことでも言って折り合いをつけてこい)」

「(え……? いいの? 今更束さんが言うのもなんだけど、これ学校行事だよね? しかも私たち仕事だってこれからあるよね?)」

「(構わん。これ以上今日のように見せびらかされる方が生徒たちに悪い。あぁちなみに、あいつの部屋は旅館の端だ)」

「(マジで!?)」

 

 

 ま、まさかちーちゃんからこんなOKまで頂けるなんて……///

 こうしちゃいられない。夕飯なんてすぐに平らげてお風呂入って準備しなきゃ!!

 

 

「あ、あいつは今どうしてるの?」

「風呂場だ。心を決めるなら今のうちだぞ」

「ありがとちーちゃん!!」

 

 

 私は急いで目の前に並ぶ海の幸を平らげると、駆け足で風呂場に直行した!

 まってろよ、純真!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあいつはいた。

 旅館の隅。タオルを首にぶら下げて、縁側でたたずんで星空をみるあいつが。

 髪の乾き具合から、風呂から出て部屋に戻る途中に、つい空に見入ってしまったようだ。

 角を曲がってすぐにいたからびっくりしてしまった。

 こいつの視線はやはり、宇宙(そら)を見つめて離さな───

 

 

 

「───束」

「───……?」

 

 

 

 違和感。ひどい違和感を、感じたことのない違和感を感じた。なぜだろう?

 星空を見上げていたはずの彼が、吸い付かれていたはずの彼が、すぐに私の名前を呼んだから?

 違う。それはまえにもあった。私が彼に恋をしたことを自覚したときに一度。感じたことのないなんてことにはならないはずだ。

 ではなぜ?

 

 

 

「束?」

「……」

 

 

 

 どうしてだろう。私はこいつの眼から目をそらした。

 この恐怖、この震え、知っている。私は知っている。これは───

 

 

 

「───束!」

「───っ、な、なに?」

「どうしたお前。なんか変だぞ?」

「そ、そんなことないよ」

 

 

 

 彼に言われて、彼の眼を見れた。

 大丈夫、大丈夫だ。彼の瞳は何も変わっていない。一途な少年のようだ。安心した……。

 

 

 

「そういえば束、俺と同じ部屋なんだよな?」

「う、うん」

 

 

 

 しかし、どうして私は思ったのだろう。彼は夢を諦めているんじゃないかって。

 だって、もう既に叶えた。彼はいつだって宇宙(そら)にあがれる。

 今回来たのだって、箒ちゃんの専用機とこいつの専用機を渡すのが目的だったはずだ。

 しかもこいつのに関してはちーちゃんを通した学園からの要請。諦めているなんて考える方がおかしい。

 

 

 

「なら戻ろうぜ。明日のことの準備だってしなきゃいけない」

「え……?」

 

 

 

 そのはずなのに。

 

 

 

「どうした束?」

 

 

 

 違和感をぬぐい切れない。これはなに?

 ちーちゃんと言ってることが違ったから? 違う。

 私がらしくもなくはしゃいでいるから? 違う。

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 これは、そんなレベルの違和感じゃない。

 これは、そんな軽いものじゃない。

 これは、私たち2人によるものじゃない。

 

 

 

「もう、いいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? ───あぁ、()()()()()()()()

 

 

 

 ズキン

 

 

 

 と心が鳴った。

 なにを言ってるんだこいつはと思った。

 そして分かった。違和感は()()()()()()()()

 

 

 

「なんだよ、それ」

「……?」

「すぐそこに浜辺があるよ?」

「あぁ」

「すぐそこに誰もいない岸壁があるんだよ?」

「……あぁ」

「光もないんだよ?」

「そりゃ、そうだな?」

()()()()()()()()?」

 

 

 

 光のない、いや星の光しかない空がそこにある。

 こんな部屋の明かりや端末が発する光のない空がそこにある。

 なのに、どうして彼はそこに行かない?

 買い物の帰り、遠足の帰り、宿泊の帰り、冬なら剣道の練習の帰りの時だって。

 いつもいつも空を見上げてたじゃないか。いつもいつも闇と一体の空を見に行ったじゃないか。

 今は絶好の機会だ。きっと、この臨海学校中最大の。

 なのに、どうしてこいつは動かない? どうして凡人たちの光の中にあるんだ───!

 

 

 

「行くも何も、仕事があるだろ?」

「それ、ちーちゃんがやってくれるらしいよ?」

「……いや、でもやらなきゃ不味いだろ?」

「なに言ってんの?」

「だからさ、束───」

 「なに言ってんだよッッッッ!!!」

 

 

 

 

 理性なんて効かなかった。怒りが私の体を包んだ。

 私は声を荒げて、獣のようにつかみかかって強く押し倒した。

 大きな音がした。顔が近い。あいつの浴衣は私が掴んだせいで半分はだけてしまっている。

 私はあいつの眼を見た。瞳を見た。瞳の中の炎は確かに燃えている。だが、()()()()()()()()()()()

 嘘だ。馬鹿正直なはずのこいつは今、私に嘘をついたのだ。

 

 

 

「───ごめん」

 

 

 

 聞きたくなかった。そんな言葉。

 でも聞きたくもあった。その言葉を。

 

 それで、私にはすべてがわかった。

 もう心のわからない天災ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は彼に縁側に座るように言った。

 彼は言う通り静かに座り、私はその横に腰を下ろした。

 

 

 

「報告書見たよ」

 

 

 

 すぐに切り出す。声に怒りはもうない。

 だって、わかってしまったから。こんなのに怒ってしまっていたら、私は私が嫌いになる。

 報告書と言うのは、彼が帰ってきて入った隔離施設で書いたものだ。

 

 

 

「長距離航行推奨人数、3人から4人って書いたよね?」

「……あぁ」

「報告書には、『装備や食料、空気などの面から』としか書いてなかったけど、他にも意味があるよね?」

「……ほんと、束は何でもお見通しだな」

 

 

 

 そりゃそうだ。私は君のことを一番大事に思っている。

 君が何に傷つけられ、何に悩まされ、何に恐怖しているのか。それを知っていなきゃ気が済まないんだから。

 私はあの中学の時の夜、思ったんだ。

「私は私のやりたいことをする。そして宇宙人の夢を支え、かなえてあげる」って。

 彼は降参したようにすべてを話し出した。

 

 

 

「報告書に書かなかった意味。それはすなわち精神面のことだ」

「やっぱりね……。君、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 静かに首を縦に振った。ある意味予想していたことではあった。

 冒険者には精神がやられてしまう奴らが少なくない。伝記や歴史書を見て「そんなわけがない」と一蹴する輩もいるが、これはとても起こりやすいことなのだ。

 原因は様々。すぐ隣にいた仲間が死んだ。自分が死にそうになった。したことのないことをして気味が悪かった。完全に違う環境を拒んだ。

 人によって治療方法が違い、なおかつ治る見込みのないメンタルの問題。

 これを、()()()()()()()()()()()()()()()()こいつが引き起こさないわけがなかった。

 

 

 

「やっぱりわかってたのか?」

「いや、予感だけだったよ。長すぎる地球滞在期間に、隔離施設での長い一人暮らし。そしてこの報告書。君、メンタルケアを誰かにしてもらっている暇がなかったから」

 

 

 

 それを確認しに来たのもこの臨海学校に介入した目的の一つだった。

 昼は……まぁいいようにやられてしまったけれど、それも予感を刺激したのかもしれない。

 昼なのにこいつ強すぎるって。

 

 

 

「不甲斐ないよな。夢を叶えたはずなのにおびえてる。見栄を張りたくて誰にも言えなかったし、報告書にも書けなかった」

「でも束さんには話してくれた。それ、束さん的にはポイント高いよ♪」

「はは、そっか……。それはありがたいかな」

「だからさ、全部吐き出しちゃいなよ。今日だけ束さんは君に甘々だからさ」

 

 

 

 嘘ではない。もうこの体も心も彼の色に染められている。

 もう私は、彼を他の凡人のように思えないし、他の凡人をさげすんでいたあの頃にも戻れない。

 

 

 手を、差し伸べた。

 

 

 彼はその手を優しく握って口を開いた。

 

 

 

「最初は、どうってことなかったんだ。空を掻き分けていく感覚。月に降りて、地球を見たとき。通り掛けに見る惑星たち。生活も普段と違ってとっても楽しかった。無重力を経験するのも、ISのなかで食事とか睡眠、呼吸するのに至るまで楽しかった。そんな生活の中で星々が形を変えていくのが一番面白かった」

 

 

 

 楽しそうに語る顔には笑みが、心からの笑みがあった。しかし、ここまで言ってそれが貼り付けた笑みに変わっていった。

 手を握る力が少し強くなった。震えてもいる。

 

 

 

「でも、そう思えたのは今にして思えば束との通信のお陰だった。声でやり取りできなくなった瞬間におかしくなっていったんだ」

 

 

 

 私の造った通信機はそれまでのモノと比べ物にならないほどの性能を誇っていた。具体的に言えば、タイムラグはあるが金星と土星の間あたりまで会話できるくらい。

 でもそれから先は、彼一人の戦いになった。

 

 

 

「暗闇が怖くなった。星々は輝いているのに、太陽は光をくれているのに、俺だけが暗いんだ。冷たい宇宙は俺と俺のISを冷やした。過ぎ去る星は何もしてくれない。母なる太陽はさらに離れ、離れ、離れ、離れ。太陽光によるエネルギー充填時間が長くなることがそれを明確に悟らせた。会話が消えて音も消えた。宇宙に転がる岩をよけるために動くと平行感覚を失った。システムが目的地を教えてくれるけど、遠すぎて達成感が無かった。次第に食べ物の味がしなくなった。止まって見る星は俺の知らないもので少し怖くなった。俺を支えてくれるのは座標がわかる惑星たち。それを間近で見れたときは落ち着けた。でも周回速度とISの速度のタイミングが合わなくて出会えなかったときは、とても絶望させられた。次第に目が回ってきた。どこにいるかもわからず、ただ彷徨い続け、帰りたくなった時にたまたま太陽系の外にいただけ。俺は地球が恋しくなって逃げかえってきた。お前の声が聞けて嬉しかった。大気圏に突入した時には安堵で一瞬気を失って海面に着水した。とにかくただいまが言えてうれしかった」

 

 

 

 次第に強くなる力と、次第に大きくなる体の震え。彼はそれに耐えてすべてを吐ききった。

 自分は弱いのだと。自分は称えられるような人物じゃないと。自分は意地を張っていただけの張りぼてのような奴だと。

 私はそれをただ聞いていた。黙って、力を込めてきたときには私もぎゅっと握って。震えたときは体を使って支えて。ただただ聞いていた。

 彼は弱弱しく顔をあげて私を見る。まるでそういう奴だったろ?と肯定してほしそうに。

 まるでそうじゃなかっただろと言って欲しそうに。

 この感情の二律背反を私は知っている。体験している。

 言葉の中に符合しない矛盾した2つの真意があるこの状態をよく知っている。

 

 

 

「君は強いね」

「───」

「君は強いよ」

「───なん、で?」

「だって、一度で全部言えた」

「───それだけ、で?」

「そう。正直に言えた。私にはできなかった」

 

 

 

 彼は震え、怖がりながらも涙ぐむことも、まして吐くこともなくすべて言い切った。それは、精神を病んでいる人には、いや並大抵の人間でもできることではない。

 私は彼に真意を伝えたあの日、ここまで素直じゃなかった。

 回りくどく、否定してほしくないのに否定してほしいようにいじけて、結局何も知らせぬまま自己完結した。

 天災が恋をしているなど認めたくなかったから。天災が恋をしてもいいと言って欲しかったから。

 あの時の彼は、私の夢について知らなかった。理解してなかった。

 私は彼の夢を破壊してしまうかもしれないものを秘密裏に作って、最後まで秘密にした。本当はあの時話すべきだったのに。悩みを指摘されたあの時に。

 でもこいつは違う。悩みを指摘されてすぐにゲロッた。言いたくないそれを、正直に述べ貫いた。

 天災でもできないことをこいつはやりとげたんだ。

 それを強いと言わずしてなんと言うのだろうか。

 それに───。

 

 

 

「───それに、君はまだ夢を諦めていない。きっと諦めていたらいまこうして自覚して私に喋るなんてできないと思うよ」

「でも俺は……!」

「最後まで聞く!……コホン、君の本当の恐怖はきっと()()じゃない。()()ならもうあきらめてる」

「なら、なんなんだ!」

「君は弱い自分を受け入れた。だから吐き出せたんだと思う。でも君はそれでも宇宙に行きたいと思ってる。けどそうなると一人じゃ無理だ。だって一人だと自分は弱い。誰かに一緒に来てもらわないと宇宙に上がれない。迷ってしまう。でも行きたい」

 

 

 

 これは私が一時迷った時の話とよく似ている。

 

 

 

「どこまでも行きたいけどどこまでも行くにはついてきてくれる誰かが必要だ。ずっと一緒に、自分のスピードについていける誰かが。でもそれは、その人の人生全てを使わなきゃいけない。そんなことをしてもいいのか?それでも夢を追っていいのか?」

 

 

 

 ISで宇宙へ行くという夢で彼の人生が立ちはだかったように。

 

 

 

「君は、本当は夢を追う自分に恐怖してるんだ。その結果誰かの夢を壊してしまうことに恐怖してるんだよ」

「───」

 

 

 

 夢を追う奴なら誰だって持つ悩み。夢を蹴落としてしまう恐怖。

 あの夜あいつは語った。やりたいならやればいいと。それでも自分は走り続けていくからと。

 悩みの種からの言葉。それがあったから私はやりたいことをやれた。

 きっとこいつにもそれが必要だ。でも、今の私はあいつにとって悩みの種となる人物であるだろうか?

 きっと違う。彼が欲しいのは特別な個人じゃない。彼が欲しいのはついてくると誓ってくれる誰かだ。

 

 

 

「なぁ、束」

「なに?」

「今の俺は暗闇が怖い。だから星空が今までのように見れない」

「うん」

「でも、誰かがいれば見れるんだ」

 

 

 

 ぎゅっと、更に力を強めて手を握ってくる。

 

 

 

「だからあの浜辺まで一緒に来てくれないか?」

「うん、わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光のない浜辺の中をたった2人きりで歩く。

 手はぎっちりと握られている。彼のぬくもりが伝わってくる。

 

 

 

「───」

「……」

 

 

 

 彼はほどなくして止まって空を見上げた。

 ふつふつとした震えが手を通して伝わってくる。

 それはトラウマによるものなのか、興奮によるものなのか。

 顔を見てみた。これは絶対に後者だ。

 

 

 

「やっぱりいいな浜辺は。それに天気もいい。今日は星が見れて、風を感じられて……」

 

 

 

 最高の日だ。

 そう言葉はつながらなかった。

 かわりに、私は両肩を掴まれた。

 

 

 

「束」

「え……?」

 

 

 

 彼の眼は震えている。

 彼の顔はぎこちない。

 彼の腕は震えていない。

 これはまるで、まるで、何かの決心をしたかのような───

 

 

 

「俺、お前が好きだ」

「へ?」

 

 

 

 度肝を抜かれた。頭が追い付かない。告白した相手に告白されるなんて。

 畳みかけるように彼は言う。

 

 

 

「初めて会った時に少し惹かれた。夢に一直線だったから」

「え、ちょ」

「告白されたときに好きになった」

「ま、まって……!」

「宇宙にいる間、さらに好きになった。声が届かなくても、ずっとメッセージをくれたから」

「いや、あれはその、作業で暇だったから……」

「そして、俺のすべてを知って、俺を受け入れてくれるお前が大好きだ。さっきのやりとりで確信した」

「も、もうやめて……」

「俺はお前なしじゃ生きていけない。だから───」

 

 

 

 だから、なんだと───。

 

 

 

 

「だから、結婚して、宇宙の果ての果てまでずっと一緒にいてほしい!!」

 

 

 

「お前じゃないとだめだ」

「お前じゃないと俺は寂しくて死んじまう」

「お前じゃないと星空も見れない奴だから」

「お前じゃないと温もりも感じられない奴だから」

 

 

 

「だから、お前の人生を、夢を、全部くれ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、い……よ……////」

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えたらすぐに口づけされた。

 深く、濃密なそれは私たちの体を砂浜に倒れさせた。

 それからの記憶はあいまいだ。

 宿に戻った後のことなど、なにも覚えてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨夜はお楽しみでしたね」

 

 

 

 くぅ~~~!!

 まさこの短期間で2回もちーちゃんにからかわれるなんて!

 でもどうしてわかったの?あの部屋にはお風呂に行く前に超防音シールドを敷いてあったのに!

 

「あいつの顔が変わったからな」

「心まで読まれたぁ!!」

 

 

 そう言って見た方向には大事な愛しい人が新しい翼を手にしている。

 彼はこちらを見てにっこり笑うと、軽く成層圏を突き抜けた。

 

 

 

 

 

 はぁ……私も自分のIS造らなきゃ、だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
束さんの通信について。記すとテンポが悪くなったのでここに軽く書き記しておきます。

彼女は音声での会話をできる限界までし続け、メッセージをオリ主航行中に送り続けました。
これができたのは束さん特性の通信機があったためです。彼女の通信機器は送る速度が遅いですがどんな場所にいてもビーコンさえあれば文通ができる優れモノでした。
それで絶えずなにか言葉を送っていたため、たまに見えてくる惑星以上にオリ主の支えになりました。タイムラグなんて常時送っていれば気にならない。返信はできないけどね。
しかも帰ってきたときに真っ先に声をかけてくれたのも彼女でした。堕ちないわけがない。
彼はこれが恥ずかしくて告白の時まで隠し通しています。




さて今回のお話ですが、わたくしの好きな一途系作品として完成させるためのものとなっております。
ズバリ、「一途系なら両想いじゃないといけねーんだよ!!」
たとえ惚れる理由も時期も違ってもお互いにお互いが思いをぶつけるというのはいいものです。もっと増えろ。

主人公君にはあえて弱さを見せてもらいました。
IS本編に入ってしまっているけど、これは一夏君の物語ではなくオリ主の物語です。苦難なき物語……もいいけど、やっぱり乗り越えてこそだよね!

トラウマを克服できたのかできなかったのか、幸せになれたのかどうかは皆様にお任せします。もうこの話では書きません

最期に……。書いていて面白かったし、書いておいて恥ずかしかった。




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