ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第8話 見えない変化、見える変化

 東郷お爺ちゃんへの報告を済ませ、オレンの実をくれた老夫婦を含めた、近所のお爺ちゃんお婆ちゃん達にも報告し終わった夕方。

 私はポチとの散歩を終わらせ、テキトーな鼻歌を歌いながら上機嫌で夕御飯の準備をしていた。上機嫌の理由は……今手元にある桃色のきのみ、モモンの実が手に入ったからだ。

 

「~♪」

 

 近所のお年寄り達に挨拶するなかで、桃の木を植えている人から譲って貰ったのだ。突然出来てなんだか気味が悪いと言っていたから、簡単にモモンの実を始めとしたきのみについてレクチャーしたところ、最後には栽培も確約してくれた。他の人達も多くが栽培に賛同してくれたから、関東から帰って来た頃にはきのみが溢れかえっている事だろう。

 

「んー、そうしたらポロックやポフィンの試作も出来るかな?」

 

 機材はサッパリだが、材料には困らないはず。関東から帰って来たらそういうのに挑戦するのもありだろう。

 そんな事を考えながらモモンの実に包丁を入れて幾つかに切り分け、それを二つの皿に分けて盛る。私と、ポチの分だ。

 

「ポチー、ご飯出来たよー」

 

 私は自分の分を机の上に置き、ポチの分を目の前に差し出す。いつものメニューにきのみが追加されただけだったが、それはなんだか特別な物の様に思えた。

 ポチはその特別に躊躇したのか、私の方を見てくる。だが私が食べていいことを伝えると、真っ先にモモンの実に食い付いた。意外、そう感じる心。当たり前、そう感じる理性。

 

「……まぁ、これだけは食べやすいし、美味しいしね」

 

 私は席に着きながら、小さく切り分けたモモンの実を一つ口に放り込む。口に広がるのは素朴な、しかし純粋な甘さ。他のきのみではこうはいかないだろう美味しさだ。あるいは私が甘党だからか。

 そう思いつつご飯にも手を伸ばし、前世では考えられないスローペースで前世よりも少ない量のご飯を食べ進めていく。

 

「はむ。……んん?」

 

 半ばまで食べ進めたとき、ポチが私の側まで来ている事に気づく。お行儀の良い普段のポチからすれば珍しい動きだ。見ればポチの分はきのみ含めて空になっており……ポチの視線の先にあるのは日付が変わった深夜に収穫したオレンの実。まさか、食べたいのだろうか?

 

「えっと……食べる?」

 

 迷いは暫く。しかしポチの視線に負けた私はオレンの実を二つ、ポチのお皿の中に落とす。絶対美味しくない。そう思いながら。

 差し出されたきのみをポチが食べるか悩んだ様子だったのは、私の半分以下。彼女は実にアッサリとオレンの実に食い付いた。一かじり、二かじり。人間からすればマズイと言っていい代物をポチはさくさくと食べ進める。……美味しいのだろうか? いや、あんなデタラメな味覚パラメーターで美味しいはずがない。

 そう疑念を蹴飛ばし、私は私のご飯を食べ進める。

 

「グルゥ……」

「満足そうだね。ポチ」

 

 結局食べ終わるのもポチの方が早く、彼女は「満足だ」とでも言いたげに体を休めていた。実にリラックスしている。

 

「……ん? 何かポチ、変わった?」

「グルゥ?」

 

 気のせいだろうか? 心なし大きくなった様な、毛並みが良くなった様な……それとも声か? うーん……? 何か変わった様な気がしたんだが……何なのだろう?

 疑問がどうしても解消されず、お皿を片付けた私がポチを見ながら思考に潜ろうとした━━そのときだ。

 

 ━━プルルル……

 

「っ、と。電話?」

 

 何の前触れもなく私のスマホから機械音が鳴る。電話だ。しかし私の電話番号を知ってるのは片手で足りる程度だし、その殆んどとは今日会ったばかり……いや。

 

「はい、もしもし?」

『シロちゃん? 昨日ぶりね。元気にしてた?』

「あぁ、アイドルネキ。はい、元気ですよ」

 

 やはりというか、電話を掛けてきた相手はアイドルネキだった。しかし、手順は軽くとはいえ昨日打ち合わせしたばかりのはずだが……

 

「どうしたんですか? アイドルネキ。計画に変更でも?」

『んー、まぁ……そうね。それもあるわ』

「それも……?」

『えぇ。……んん、一先ず計画の変更について教えるわね。実は、移動手段の変更で当初の予定より早くそちらに着きそうなの。だいたい明後日の夕方過ぎにはそちらの近海に到着する予定よ。一週間と言っておいてなんなのだけど……変更出来るかしら?』

「明後日ですね。大丈夫ですよ」

 

 私は基本的に暇人なので計画はどうとでも変更出来るし、元々こういう事が起こるのはお互いに折り込み済みな話だ。強いていえば東郷お爺ちゃんに話を伝えるくらいか。これは後で電話しておこう。

 

「しかし近海……? もしかして、船ですか?」

『流石はシロちゃん。察しが良いわね。えぇ、船よ。少し不安はあるけど、きっとシロちゃんを迎えるに価すると思うわ。楽しみにしててね』

「はい。楽しみにしてます」

 

 私を迎える価する船……漁船かな? あるいは泥船か、イカダか。いやいや、アイドルネキの家は大きいと聞く。きっとお金持ちが乗っている様なボート……全長10メートルちょいぐらいのプレジャーボートとかいう奴に違いない。

 うん、楽しみだな。あの手の船には前世も含めて乗った事がないし、一度は乗ってみたいと思っていたのだ。あのボートから釣糸を……昼はキツイから夜釣りを楽しむのもありだな! 実に楽しみだ。

 

『あぁ、そ れ と。シロちゃんに何か買って行こうと思ったのだけど……シロちゃんって服、持ってるわよね?』

「? えぇ、持ってますよ?」

 

 当たり前だろう。服を持ってないとか、未開の蛮族じゃあるまいし。

 

『…………一応、聞くのだけど。どんな服を持ってるの?』

「んー……」

 

 どんな服ときたか。そういわれると困るな。

 何せ前世ではアウターとかトップスとか言われても分からないファッション知識ゼロ野郎だったし、今世でもそれは概ね変わらないのだ。それに興味もないとくれば、アルビノのせいで制限もあるときてる。だから私の手持ちの服は……えーと?

 

「…………パーカーと、ジャージと、ズボンと、ジャージと、下着が3、4枚に……後は、パーカーとジャージ? あぁ、それとパジャマの類いが3、4着ありましたね」

『━━━━』

 

 何故だろう。電話の向こうのアイドルネキが凄まじい顔で絶句しているのが見えた気がした。正直に手持ちを言っただけなのだが。

 

『━━し、シロちゃん? じょ、冗談……よね?』

「いえ。正直に言いましたが」

『━━━━ねぇ、それ服、というか下着からして足りないでしょ?』

「いえ? 足りてますよ? 洗濯込みでローテーションに余裕がありますし」

『━━━━』

 

 何度目かの絶句。なんだろう。私はそんなにおかしな事を言っただろうか? 普通だと思うのだが……

 

『いや、いやいやいや! おかしいでしょ!? 女の子がそれじゃ駄目だから!? ━━いや、待ちなさい。……ねぇ、洗濯込みのローテーションって……オシャレとかは?』

「あー、特に考えて無いですね。興味もないので」

 

 普通の女の子なら例え制限があってもオシャレするものなのだろうが……私は元男だし、その辺りズボラで当然興味も無い。服なんて着れりゃ良い、楽なら更に良し、オシャレは度外視……そんな人種だ。思えば、アイロン掛けも長らくやってない。必要性を感じなかったからなぁ。

 

『━━━━ねぇ。それ、誰かに指摘されなかった訳? というかオシャレしようと思わないの?』

「指摘なら、されませんでしたね。周りはお爺ちゃんお婆ちゃん達だけですし、家にはポチだけですから、指摘する人が居ません。それにオシャレも……特に誰かに見せる訳でもないですし、興味もないので」

『━━━━そう。えぇ、そうだったわね……ごめんなさいね。シロちゃん』

「? いえ、お気になさらず」

 

 正直に話していたら何故か謝られたでゴザル。それもガチなトーンで。解せぬ。

 

『━━決めた。私はシロちゃんにオシャレを教えるわ』

「え? いや、大丈夫です。私はオシャレとかそういうのは……」

『駄目よ。決めたから』

「えぇ……」

 

 何と横暴な。私は今のパーカーとズボンスタイルで間に合っているというのに……やはりアイドルとしてオシャレに興味が無いという台詞が許せなかったのだろうか? だったら謝るので、どうかオシャレ云々は放って置いて欲しい。私はオシャレとかよく分からないのだ。

 

「あの、アイドルネキ。本気ですか? 私、そういうのは分からないし、その、必要無いと思うのですけど……」

『本気よ。それに私が教えるのだから問題無いわ。後、シロちゃんに必要無いなら全人類必要無いわね。シロちゃんを差し置いてオシャレなんて……ねぇ?』

 

 何という自信か。何という横暴か。電話越しでも気迫が伝わってくる。こう、出来る女というか、女王様というか。あれだ、覇王の覇気だ。これは。

 

「いえ、あの、ホントに……」

『いいえ、やるわ。例えシロちゃんに嫌われてもやる。これは決めた事よ。…………それに、そんな格好ではお祖父様に会わせられないわ。元とはいえ、お祖父様は総理大臣だったのだから』

「ぅ……」

 

 アイドルネキの覚悟と覇気でお腹一杯なのに、更にそれを指摘されると反論なんて欠片も出来ない。私はオシャレに興味が無いだけで、ドレスコードとかは理解しているのだ。パーカーとズボンのズボラスタイルで総理大臣に会えない事ぐらい分かる。最低でもスーツだろう。……そうだ、スーツがあるじゃないか!

 

「あ、あの。アイドルネキ。ドレスコードならスーツとかでも良いのでは? 何なら中学時代のセーラー服出しますから……」

 

 これでドレスコードは解決! 不登校気味だったから大して着てないセーラー服だけど、取って置いて良かったぜ!

 

『…………えぇ、そうね。それならドレスコードは問題無いわ。……けどシロちゃん。貴女身長、何センチだったかしら?』

「えっと……150センチぐらいですけど」

 

 正確には150にギリギリ足りていない。下手すれば小学六年生レベルだ。我ながら実に低い。マイボディに不満があるならここだけなのだが……最早どうにもならない。牛乳では、どうにも、ならなかったのだ。……ならなかったのだ!

 

『その身長だとスーツは似合わないわ。えぇ、似合わない。それにセーラー服も……悪くはないけれど、外聞を気にすると控えて欲しいわね』

「外聞、ですか?」

『元総理の家に招かれる不自然に身長の低いスーツの女。あるいは中学生。……マスコミにその瞬間を撮られれば、さぞ面白おかしく書かれるでしょうねぇ』

「…………」

 

 ……あぁ、あれか。R-18的な関係だと邪推されると言いたいのか。それも非常に良くない関係だと。……うん。私の負けだ。負けでいいよ。別にアイドルネキやその家族に迷惑掛けたい訳じゃないし。

 

「はぁ……分かりました。私の負けでいいです」

『ふふ、それじゃあ色々と……教えて貰いましょうか?』

 

 その後私は妙にハイテンションなアイドルネキに根掘り葉掘り聞かれた。身長から始まってスリーサイズ━━図り方を電話越しにレクチャーする気の入れよう━━まで……地獄だ。地獄でしかない。こうなるからファッションは面倒くさいんだ。

 と、いうか。アイドルネキ上機嫌過ぎやしないか? まさか外聞とかどうでも良くて、何か別の狙いが……な訳ないか。

 

『なるほど……うん、今から行けば間に合うわね。それじゃあシロちゃん。また明日電話するわね!』

「はい……あぁ、アイドルネキ」

『ん? なに、シロちゃん?』

「おやすみなさい」

『ふふ、えぇ。おやすみなさい。シロちゃん』

 

 お互いに挨拶を交わし、疲れきった私は上機嫌なアイドルネキとの電話を切る。長いため息。膝が笑う。肩が重い。

 

「あー……うー……疲れたよぉ。ポチぃ……」

「わふぅ……」

 

 慣れない事はするもんじゃない。精も根も尽き果てた私はポチをモフモフする事で英気を養う。それをポチは「あのくらいでだらしない……全く、仕方ないな」とでも言いたげな様子で受け入れてくれる。あぁ、今日も私の家族は優しい。

 

「あぁ~モフモフー……」

 

 それから暫くモフモフしていたが、ハタと思い出す。東郷お爺ちゃんに電話して予定変更を伝えねばと。

 

「……あ、東郷お爺ちゃん? うん。私だよ。それで東京行きの日程なんだけど━━」

 

 ポチに軽く寄りかかりながら、私は東郷お爺ちゃんに予定変更を伝え……その後は特に何もする事なく眠りにつく。

 ━━何か大事な事を忘れている様な、奇妙な焦りを抱えて。


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