ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第16話 政界への第二撃

 日が沈み、電気の明かりが街を照らす夜。とある高級料理屋の個室で一人の男が頭を抱えていた。

 もしテレビや新聞を一切見ない様な世捨て人がその人物を見れば、恐ろしく疲れたサラリーマンだと判断するだろう。見た目よりもいささか後退した白髪混じりの前髪、覇気に欠ける雰囲気、何より手元の紙に落とされた視線は覇気どころか生気にも欠けていた……が、この人物はサラリーマンなどではない。下手な有名人よりもよっぽど知名度のある人物、彼は現役の日本国首相。つまりは総理大臣であった。

 

「むぅ……」

 

 信じがたい。そう言わんばかりに目頭をもみ、何らかの資料なのだろう紙に視線を走らせる総理。その仕草からは疲労しか感じなかったが、しかし何とか問題を解こうとしている意思は見える。

 そのまま視線を走らせ、ページをめくり、かと思えば元に戻し……数分が経過。

 

「参ったな……」

 

 降参だ。そう後に続く様に資料から目を離し、腕時計を確認する総理。彼はもうかれこれ10分以上は待っていた。あちらが事故──恐らくテロの一種だろうと連絡があった──で発生した渋滞に巻き込まれた事で時間がズレてしまっていたが為の暇であったが……その時間も後少し。そろそろ到着するはずだ。

 それを確認した総理は再度資料に目を落とす。そこに書かれた見慣れない文字……例えば『きのみ』だとか『ポケモン』だのに酷く集中力を奪われながら、しかし最低限は理解しなければ()()と話をするどころではないと。

 

 総理がその資料を受け取ったのはつい昨日の事で、本格的に読み始めたのは今日になってからだ。まだ自分が若い頃にお世話になり、今も先生と呼び慕う相手から手渡された資料。

 最初にパッと見たときは馬鹿馬鹿しいと思った。何かのジョークか、あるいは先生もついに寄る年波に勝てずにボケたのかと。しかしボケとは程遠い、現役の頃に戻ったかの様な覇気を持って説明する先生を見て……察した。事実だと。勝負所なのだと。しかし、だからといって直ぐに呑み込める代物では無く、ついいつも通りのらりくらりとやり過ごしてしまい、結局は軽く読んだ後一晩休みを置き、今日になって本格的に読み覚えようとしているのだが……やはり、ファンタジーの様な文言が邪魔して中々覚えられない。

 

 食せば傷が一瞬で治るきのみ。ガンも治るかも知れないきのみ。不老長寿をもたらすかも知れないきのみ。

 一匹で火力発電所に成り代われる生物。戦車よりも強い生物。オカルトチックな生物。

 

 彼は、自分は総理としてはこの手の事に知識のある方だと思っていた。新しい時代を生きる為に、若い文化もある程度は知っていると。

 いや、だからこそか。

 彼はこの資料を、今時のファンタジーアニメか何かの設定だとしか思えないのだ。そしてそんなものを真剣に覚えようにも身が入らず……そして。

 

「総理、到着したようです」

「あぁ、通してくれ」

 

 資料を半分も理解出来ないうちにあちらが到着してしまう。こうなってはなるようにしかならない。総理は資料を脇に置き、潔く腹をくくった。

 そうして暫くして部屋に入ってくる老人と若い娘。先生と、その孫娘だ。彼らとは面識がある。問題は……

 

「うわぁ……」

 

 小学生……いや、中学生だろうか? まだ子供といっていいだろう年頃の、雪の様に白く、儚い印象を受ける少女。何も知らなければ家に帰る事を勧めるところだが……総理は既に知っていた。少女が、この事態の専門家であることを。

 

「お待ちしておりました、先生」

「いや、待たせたようで悪かったね」

「いえ。……ユウカ嬢もお久しぶりです」

「はい。お久しぶりです。総理」

 

 この手の店が珍しいのか辺りをキョロキョロと見回す白い少女を脇に、和やかとも取れる挨拶をしつつ総理は少女のプロフィールを思い出す。

 

 名前を不知火白。年齢は18歳。しかし戸籍に何らかの改竄が加えられた事が発覚しており、その年齢も当てにならない。むしろ見た目相応と見るべきである。また先天性白皮症……いわゆるアルビノであり、日光に弱く昼間は外出しにくい模様。髪の毛と目の色が違うのはこの為。なお症状そのものは軽度だと思われる。

 親はおらず、また不明。戸籍が改竄されていた事から上流階級の人間の、酷く後ろめたい隠し子ではないかと推測されている。

 学歴は中卒となっているが、そもそも小学校に行っていたかすら怪しいところがあり、これはいじめを受けていたか、親が居ない為の弊害とみられる。

 趣味は『ポケモン』の絵を書くこと。彼女はこの事態以前から『ポケモン』を書いており、この事件の黒幕、あるいは何かを知っていると思われる。またこの関係か数回に渡って預言を行ったという噂もあり。

 更にシロ民と呼ばれる独自の戦力を多数保有しており、その総数は一万人に届き、実働戦力は千人以上と推測される。その実態はアイドルや有名人の追っかけよりも新興宗教のそれに近く、注意が必要。噂によれば彼らの中には重武装のテロリストも居るらしく、公安がそれとなく動いているとの話だ。

 ハッキリ言って、普通なら関わりたくない危険な素性の人物であると同時に、同情を感じずにはいられない少女だった。まぁ、どちらにせよ。

 

「シロちゃん」

「ぇ? あ、はい。不知火白です。宜しくお願いします」

「あぁ、宜しく」

 

 事態の打開の為には関わる他無い。そう決心して不知火白の自己紹介を受けるが、ただ一言で警戒心がガリガリと削れていく。ペコリと頭を下げるこの白い少女が危険? 何かの間違いではないだろうか、と。

 そう思考した総理だったが、ハッとして意識を切り替える。ただ一言で警戒を解くなんておかしい。いくら相手が小さいとはいえ、事前情報を考えれば警戒心を解ける要素にはならないのだ。にも関わらず自分は警戒を解きかけた……危険だ。どうしようもなく。

 

『不審なところは多く、信じるに値するかも難しいが……悪人ではないのだろう。少なくとも、私はそう思う』

 

 そう言って苦笑いを溢した昨日の先生を思い出し、総理はその記憶に同意する。確かに悪人ではないと。しかし、悪人でないからといって、それが悪い事にならないとイコールにはならないのが現実だ。

 例え子供であったとしても、警戒をとく気にはなれない。なってはいけない。ただ一言で相手の警戒心を解き、同情、あるいは同調させるなんて能力は、危険だ。警戒心を解いてはならないのだ。絶対に。

 

「では、早速で悪いのだが……説明を頼めるかね?」

「あ、はい。分かりました」

 

 こういう手合いと長話は危険だ。そう判断した総理は4人がそれぞれ席に着くなり早々に本題に入る。

 そうして不知火白が唐突に取り出したのは、紅白のボール。ずっと手に持っていたらしいそれの名は確か……モンスターボール。先ほど総理の手元に届いた新しい資料によれば、未知の技術や素材が使われており、解明には時間がかかるといわれる代物。一説には、異世界の品といわれるそれ。

 

「おいで、ポチ」

 

 その不可思議なボールを不知火白は自身の近くに放り━━光が溢れる。眩しいのは一瞬だけ。光はすぐに形をとり始め、気づけば光は黒い犬の姿となっていた。

 不可思議な、非現実的な光景。総理は確かに先生から聞かされてはいたが……それでも信じがたいその光景に動揺せずにはおれず、黒い犬が不知火白の側に控えるのを横目に、先生とその孫娘の方をチラリと見る。

 先生の目には同情と、そしてこちらを伺う意志が。孫娘の方は不知火白とポチと呼ばれた黒い犬……ポケモンに熱い視線が釘付けだった。

 

「どう、ですか?」

 

 総理が内心を定めるより早く、不知火白が問いを投げ掛ける。勝ち誇った目でもしているのか、そう思いながら総理が視線を合わせると……白い少女の目は不安と期待に揺れていた。

 

 ━━やめてくれ。

 

 この状況で不安に揺れられると、まるで私が悪人ではないか。

 その期待を否定すれば、私は悪人の様ではないか。子供をイジメて悦に浸る趣味は無いのに。

 そんな風に総理が思考し、良心が痛んだのはホンの一瞬。しかし……それで勝負はついていた。

 

「いや…………なるほど。確かに話の通りのようだ」

 

 例え表向きのお飾りだったとしても、仮にも国を預かる者として冷静に、慎重に、そして確実に事を決める為、何とか相手の不備を指摘し、目の前の光景を否定しようと総理は頭を回そうとしたが……回らない。先ほど見た光景が事前に聞かされた話を裏付けており、白い少女の不安と期待がその思考を後押しするのだ。見た通りだ、聞いた通りだ、受け入れろ、現実逃避の為に年端もいかない少女をいたぶるのか、と。

 結局、総理は折れた。目の前の光景を認めるしかなかったのだ。昨日の時点で疑念を持ち、まさかと思っていたのが呼び水だったのか。少女の不安と期待、そして独特の雰囲気に気圧されたのがトドメだったのか。……いや、そもそも認めるだけなら特に損失が発生しなかったからだろう。責任問題になるなら意地でも認める訳にはいかなかった。

 とはいえ、それらは最早どうでもいい事で。現実を認めた総理の頭の中では今後の動きが決まり始めていた。

 

「はい。……では、詳しい説明に入りたいと思います」

「あぁ。宜しくお願いする。先ずはこの、きのみについてお願いできるかな?」

「はい。それではきのみについてですが━━」

 

 だから、その後2時間に渡って行われたポケモン説明会はただの確認でしかなかった。勿論、それによって手に入った知識もあったが、総理がどうするかは既に決まっていたのだ。

 紅い瞳を生気と覇気でたぎらせ、ポケモンについて語りに語った白い少女がユウカ嬢と共に退室する。残るのは総理と、元総理の2人。

 

「…………」

「…………」

 

 部屋に残った師弟の間に重い沈黙が降りる。探りあい、思考をまとめ、先に口を開いたのは総理の方だった。

 

「あんな少女が、この異変の専門家ですか」

「信じがたい事に、な。しかし、信じる他無い。信じなければ……ロクな事になるまいよ。君なら分かるだろう? あの子の語るポケモンとやらの危険性が。そしてそれを上手く扱えたときの未来も」

「……えぇ、しかし、難題です」

「だろうな。今の我が国では少々荷が重い」

 

 言外に頭が痛いとため息を漏らす政治家2人。そこで両者ともに共感点を見いだすが、それについて語る事はない。語るべきは、未来の事だ。

 

「さしあたり、どうするかね?」

「党内で意見をまとめ、国会で法を……ポケモン特別法案を作る必要があるでしょう。それと並行して各種メディアを使った国民への周知も急務です。口で言うのは、簡単ですが」

「だろうな……それらは私も協力しよう。ツテを辿って説明と説得に回る。現役時代に使えなかったネタも使おうじゃないか、それで党内はまとめられるはずだ。国民への周知はユウカがやってくれるはず……しかし、法案が通るかはキミら次第だぞ? 我が国は仮にも法治国家なのでね。建前は必要だ」

「分かっています。……あぁ、しかし」

「なにかね?」

「ポケモン……その存在を話して、それだけで信じろというのも難しいかと」

「……何度もあの少女を引っ張り出す訳にもいかん。確か新たにポケモンを捕まえた者が居たはず。その者を召集しよう」

「シロ民、でしたか? 信頼できるので?」

「逆に言えば、その程度の人間でもポケモンは捕まえられるという事だ。……分かるな?」

「……なるほど。それも難題ですな」

 

 そこまで一気に打ち合わせ、2人は黙り込む。

 シロ民。そして誰にでも捕まえられるポケモン。この2つの事実に直したからだ。

 前者は気にするだけ無駄……とはいわないが、考えてもどうにもなるまい。一般人でありながら、同時に軍隊でもあり狂信者でもあると思われる彼ら。少なくとも常識的に考えてその思考と行動を読むのは不可能だろうし、そんな事をするぐらいなら頭……不知火白を抑えるべきだろうと総理は思う。少なくとも不知火白は悪人ではなく、それどころか不憫な子供であるのだし、場合によっては保護も考える必要があると。それこそ、VIPとして。

 そして後者は……非常に難しい問題だ。総理に不知火白が語った話ではポケモンはすべからく善性の生き物だが、持ち主によって悪にも染まる。そしてその力は近代兵器を上回るという。……馬鹿馬鹿しい話だが、真実なら大変な事だ。もし、もしもテロリストや悪人がポケモンを手に入れたら、それだけで街一つが消し飛ぶ覚悟が必要になる。……そんな事態に、今までの常識は通用しまい。そう総理は考え、目の前の先生と視線を合わせる。一拍。珍しく少しの迷いを見せた後、先生が重々しく口を開いた。青年時代の願いを叶えられるかも知れないのだと。

 

「青年時代の願い、ですか? 確かそれは……」

「日本を世界一の国にしたい。……あの頃は私も若かった。それは認める。だが、その願いが間違いだとは今も思っていない。単に実現不可能だっただけだ……ホンの数日前まで、な」

「今なら、可能だと?」

「あの子の言うポケモンの力が本当なら可能だろう。いや、仮にポケモンがそれ程の力を持たなくても、モンスターボールを一つ解析に成功するだけで物流に革命が起きる。君も見ただろう? 物体を凝縮、軽量化する力を。……まぁ、安売りせざるをえないだろうがな」

「それは……」

 

 我が国の立場は弱い。そう肩を落とす先生に、総理は力なく頷くしかなかった。思えばいつも足元を見られながら交渉させられていたなと。

 小国相手ならまだなんとかなるのだろう。しかし大国相手に、こちらが相手の足元を見ながら交渉出来た事が何度あるだろうか? ……正直、数える程度しか無いのが総理の本音だった。

 そんな状態で大国からモンスターボールの技術を寄越せ、公開しろと迫られれば…………断る事が出来ないのは火を見るよりも明らかだろう。我々が先んじて苦労して手に入れたにも関わらず、後から来た奴に譲歩しなければならないのだ! そうなった場合でも、値段交渉に持ち込めれば奇跡の大健闘と言わざるを得ない。我が国が技術を独占する事など不可能だ。ましてやこれ程の大事ならば、余計に。

 

「私は徴兵され……しかし一度も戦う事なく負けた。あの時の悔しさ、無力感、絶望。忘れもしない。忘れるはずもない! 一瞬でも安堵した自分に恥じ入るばかりだった……!」

「先生……」

「そして、あの苦しみを孫の代にくれてやるつもりも無い。──だがな、今の我が国には鉄と血が不足しているのだ。このままではポケモン関連でもナメられるだろう。……いや、国家だけではない。個人間ですら鉄と血が、抑止力が不足しているのだ。だからつけあがられる。余計な不和がおきる。しかし、ポケモンならば……!」

「この状況を、解決すると?」

「あの子の言うポケモンが事実なら、自然とそうなるだろう。ポケモンは力を持っている。そして力とはすなわち抑止力だ。ならば、お互いがお互いにポケモンという抑止力を保持する事で、個人間で相互確証破壊が成立する時代がやって来るだろう。勿論、国家間にもな。……そして、やがてお互いが持つ抑止力は敬意に変わるはずだ」

 

 全身から覇気をみなぎらせ、ポケモンによる抑止力を語る老人の目に迷いはなかった。彼は確信しているのだ。ポケモンは新たな抑止力となり得ると。

 ポケモンによる抑止。新たなる鉄と血。

 それはシロちゃんですら、いや、シロちゃんだからこそ考えもしなかった、平和の可能性だった。そして、その新たな抑止力が行使される世界のトップに立っているのは…………

 

「良くも悪くも、時代が変わろうとしているのだよ。今、この瞬間にな」

「それは、あの少女を中心に……ですか?」

「恐らくは。そして我々に出来るのは、流れに逆らわない事。そして、流れに乗れる者を増やす事だろう。新たなる鉄と血をもってして、な」

「……なるほど」

 

 何度目かの言外のため息を吐き、政治家二人は頭を痛める。なる程、政治生命を賭けるに値する状況なのは分かった。しかし問題が難解に過ぎるのだと。

 ……だがしかし、あるいは必然的に、その目はむしろ燃えていた。問題は難解だがそれをやる意義、そして乗り越えたときに手に入るモノ。それらを考えればくすぶっている暇などありはしない。

 

「彼女は祝福の天使か、それとも終末を知らせる死神か……」

「……前者である事を祈りましょう」

「…………そうだな」

 

 しかし今日ばかりは、そう言わんばかりについにため息を外に漏らす政治家二人。……その後暫く、夜の料理屋の個室は陰鬱とした、しかし熱量を持った空気が流れ続けたのだった。




 Q.要するに?
 A.ポケットに収まるボール一つで町一つ吹き飛ばせるなら相互確証破壊を達成し得る抑止力として充分だし、ポケモン世界に軍隊らしい軍隊が居ない理由にもなるよねって話。核兵器と違って維持費も大してかからんし。

 Q.あるいは?
 A.ポケモンを新たな抑止力にすれば他国の行動に振り回されずにすむんじゃね? と気付いてしまった政治家2名と、何も知らないポケモンバトルしたいだけのシロちゃん。

 ◇

 この作品に影響を与えた人が現代×TS×ポケモンの同志となった様子。推薦書くのはまだ早いかな……?
 しかしバチュルか……

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