ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第17話 配信、全国放送! ~裏方の親衛隊~

 現職総理との会談を終えて━━早三日。

 

 総理の説得は上手く行ったとユウカさんから聞かされたが、流石に三日で何かが変わる訳もなく。これといった進展を聞かないまま私は伊藤家に滞在し続けている。

 そして進展が無いのはシロ民達も同じの様で、彼らは三日経ってもポッポを捕獲出来ず、当然三人目のポケモントレーナーは現れていなかった。私としてはコラッタを捕まえたトレーナーとバトルでも……と思ったのだが、彼は私の代わりに国会やら議員先生、更には有権者や資産家の説得に走り回っているらしいので、残念ながらそれも難しい。

 ハッキリ言おう。私は暇だった。あぁ、だった。過去形だ。今は……緊張している。何せ━━

 

「本番まであと一分!」

「説明用小道具の再確認は終わったか!?」

「おい、ここに置いてた機材どこにやった!?」

「予備のモンスターボールは丁重に扱え! 無くしたらただじゃすまないぞ!?」

「おい! 光の当て方には注意しろ! 下手な真似したらここにいる全員の首が飛ぶんだぞ!?」

「警備要員との連絡は絶やすなよ! 野次馬の一人足りとも通すな!」

「現場の協力者から連絡! 目標に動き無しとの事です!」

 

 満月の夜空の下で大声が飛び交う中、私はお嬢様スタイルでカメラの前に立っている。まるでテレビに映るタレントやアナウンサーの様に。……いや、まるでも何もその通りなのだが。

 

「ふふっ、緊張してるの? シロちゃん?」

「はい。少しだけ」

 

 嘘だ。ガチガチだ。緊張しまくりだ。

 何だってテレビに、それも生中継で映る事になったのか? それは分からない。気づいたらユウカさんと共にテレビに出る事になっていたのだ。なんでも民衆の意識を操作するのに仕込みが必要だとか何とかで……本当に、いつの間にかこうなっていた。予定では配信をするはずだったのに。

 

「リラックスよ。シロちゃん。普段配信するのと大して変わらないわ」

「でも、あれは顔は出さないので……その」

「シロちゃんは可愛いから大丈夫よ?」

「ぅ……」

 

 美人系のユウカさんにそう言われるとかなり気恥ずかしい。確かに今世の私はかなり可愛いだろうが……それとこれは別。そんな理由で緊張が取れるはずもない。むしろ気恥ずかしさで悪化するまである。

 

「それに、この放送が上手く行けば人とポケモンの仲はより近づくわ。勿論、良い方にね。そうなればシロちゃんが楽しみにしてたポケモンバトルやコンテストも出来る様になると思うわよ?」

「人と、ポケモンを……?」

「えぇ、間違いなく」

 

 そうか。この放送にはそんな力があるのか。……ならば、やるしかない。総理に話をつけたとはいえまだ動きは見えず、不安は残っているのだ。それが今回で解消されるのなら……緊張などしている暇はない。

 

「本番十秒前!」

 

 この放送でやるべき事は分かっている。ポケモンの説明と、ゲットだ。説明は私とユウカさん、そしてポチで。ゲットは他の人を交えてやると聞いている。

 

「五秒前!」

 

 手に持ったボールに指を這わせる。ツルリとした感触はいつも通り。そして中にいるポチも……きっといつも通りだ。

 

「三、二、一……」

 

 だから私も、いつも通りに━━! 

 

「スタート!」

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 

『春陽麗和の好季節を迎えました今日この頃。皆様いかがお過ごしでしょうか? ……皆様こんばんは。伊藤ユウカです。そしてこちらの子は━━』

『ぇ? ぁ、あ、はい。不知火シロです。宜しくお願いします』

『はい。今日はこのシロちゃんと私。そしてゲストの方々と共に、昨今発生している異常についての最新情報を、詳しく説明していきたいと思います』

 

 黒と白の二人の美少女が自己紹介をするところからその番組は始まった。

 黒髪の少女は『()()なお嬢様』として有名な女優兼アイドルの伊藤ユウカ。こちらについての説明はわざわざする必要を感じない有名人だ。産まれを鼻にかけない性格。清楚で、淑やかで、落ち着いた仕草等から正真正銘の大和撫子と名高い。

 しかし、もう片方の白い少女については多くの人が知らなかった。美しく、それでいて可愛らしい、まるで雪の妖精の様な白い少女。一度目にすれば早々忘れないはずだが……芸能人ではないのだろうか? そうテレビの前の視聴者が首を傾げていた頃。そんな大衆の意思にシャケの如く逆らって盛り上がる集団がいた。

 

「シロちゃんキター!」

「俺らのシロちゃんがついに全国放送に……」

「俺らのかはともかく、快挙だな」

「飲むべ飲むべ?」

「酒! 飲まずには、いられないッ!」

 

 公園に備え付けられた街灯に照らされる、年齢も格好もバラバラの、しかし首もとのチョーカーの色だけは統一された十人程の集団。彼らの視線の先には大きめのノートパソコンが数台、そしてその画面には困り顔の『シロちゃん』がドアップで写っている。

 そう、彼らはシロ民。その中でもガチ中のガチ中。シロちゃん親衛隊と呼ばれる猛者達だ。

 

『では早速昨今の異変について説明を……と、いきたいですが、その前に。シロちゃんって誰? という皆様の疑問についてお答えしていきましょう。彼女は普段ネットで配信を行う絵描きの一人で━━』

 

 略すればSSとなる彼らが酒盛りを進める──既に完全に出来上がっている──間にも番組は進行し、彼らにとっては今更の、しかし一般市民にとっては初耳となる『シロちゃん』についての情報が語られる。

 親衛隊は最初こそ耳を傾けていたが、それが既知の、それも初歩的な物だと把握して興味を失う。シロちゃんが普段何をしているのかなんて、彼らにとっては今更だったのだ。これが不知火シロの知られざる過去であるなら話は別だったろうが……それらが語られる様子はまるで無く、良くも悪くも当たり障りのない説明だった。

 

「なんつーか、普通だなぁ」

「そりゃイキナリ不憫設定出してもウザイだけだしな。あぁいうのは後から、自分の手で知るから効くんだし……おう、追加くれ」

「お前飲み過ぎだろ……で、やたらと実感がこもった意見だな?」

「祝い事だからしゃーない、しゃーない。そして実体験ですが、なにか?」

 

 ほぼ初めて会った面子だというのに、これといって緊張した様子も無く━━あるいは酒の力を借りて━━親衛隊の酒盛りは続く。それはビール缶片手に野球中継を見る様なオヤジ臭に溢れていたが……それを上回ってにじみ出るナニカが彼らを彼ら足らしめていた。

 それは恐らく、狂気だろう。

 何せ彼らは関東中を走り回ったのだ。久里浜を走り、八王子を走り、次はどこになるのかと関東中に散って走り回った。

 ポチネキがイレギュラーなのか、それともあれで正しいのか、念のためと関東外……ホウエンやジョウトに該当する地域を調査した者もいる。それらを組織的に動かす為、ネットを泳いだ者もいた。

 勿論彼らに利益はビタ一文も出ていない。完全なボランティアだ。にも関わらず彼らは今日まで走り続けた。止まる事なく、走り続け、そして、今日の放送までたどり着いたのだ。その有り様は狂気無くしてはあり得なかった。

 

「おい、時間だ。代われ」

「マジかよ。ユウカネキの猫被りがイイところだったのに……」

「向こうで一人寂しくスマホで見てろ」

「まぁ良いけどよ……()()()()()に動きは?」

「無い。ありゃ寝てるな」

「そりゃ上々……んじゃ、行ってくる」

「いてら」

 

 そう、この放送は彼らの努力と献身と、何より勝利の証だった。彼らは関東中を走り回り『キャタピー』を発見する事に成功したのだ。その一報は直ぐにユウカ嬢に伝えられ、彼女のコネと力を持って今日の放送を行う事になった。

『ポケモン』を社会に見せつける為に。

 

『━━と、いったところですね。それではポケモン専門家であるシロちゃんに、ポケモンについて説明してもらいましょう。……シロちゃん』

『はい。今この世界にはポケットモンスター。縮めてポケモンと呼ばれる生き物達が、いたるところに現れ、住んでいます。そのポケモンという生き物はペットにしたり、勝負に使ったりする事が出来……そして、私はそのポケモンの専門家、という事です』

 

 手元に紅白のボールを持ちながら、小さく笑みを浮かべてそう語る白い少女。

 彼女を見ての反応は大きく分けて二つ。あぁ、可哀想な子なのだなと白けた視線を送る者。そして……

 

「ん? シロちゃんドヤ顔?」

「そりゃドヤ顔にもなるだろう。歴史的な最初の一ページだぞ、これ」

「今のシーンが教科書に載るのか……」

「そしてその裏側には俺らが居る訳だ。胸熱」

「ドキュメンタリーとかになる訳? 実感ねぇなぁ」

 

 事情を予め知っているが故に緩く、しかし熱い反応を返す者だ。

 画面を見る彼ら親衛隊の反応は実に緩い。酒が入っているせいか、それともやり易いからか、ノリなんて掲示板のそれからロクに変化していなかった。が、しかし、彼らは確かに聞いた。新たな時代の足音を。少女の声と共に。

 

『と……言っても信じられない人が殆んどだと思います。なので━━おいで、ポチ』

 

 白い少女がボールを放り、中から光が溢れる。それはやがて犬の形をとっていき……そこには黒い大型犬の姿があった。

 普通ならあり得ない光景。

 それに対する反応はバラけた。疑う者、信じる者、そして……

 

「あれがポチネキ? 噂通りのイケメンじゃん」

「イレギュラーなのか、ホウエン地方からのたった一匹で殴り込みだ。しかも強いぞ。何せ進化済みだからな……レベルも相当だろうってさ」

「この間の『わざ』の検証じゃあ最低でも50レベだっけ? 推定個体値と努力値を加味すると、戦車持って来ても勝てるかどうかにハテナが付くってレベルらしいな」

「ワンコが戦車に勝つのか……マジファンタジー」

「ポケモンとシロちゃんだからな。悩んでもしゃーないしゃーない。酒でも飲んでた方が建設的だ」

「……お前、それ何本目だ?」

「さぁ?」

 

 ある種の納得を返す者達だ。これは特に親衛隊を中心にシロ民に多く、中には専門的な見解を持つ者もいた。

 あぁ、彼らがこの変化中で最も新しくアドバンテージを得た者達だという事は、まず間違いないだろう。だからこそ。

 

「うはっ、ネット大発狂中やで」

「あー? あぁ、散々否定してた連中か。んー……確かに発狂してんな」

「静観決め込んでた連中巻き込んで発狂か……てか、やつらこの番組見てんのな」

「事前の広報は鬱陶しい程したし、何だかんだ気になってはいたんだろ。……総理や官房長が出る前にこれ組んだのはファインプレーかもな」

 

 彼らはネットで発狂している者達を、常識が破壊された者達を、真偽を訝しがる者達を、冷ややかな目で見る事が出来ていた。それどころか冷静に評価までしている程。その有り様は勝者のソレであり、彼らの勝利をもたらした者が誰かなど……考えるまでもない。

 

『━━このポケモンが最初にこの世界に現れたのはごく最近。世間でいうところの異常な果実……ポケモン風に言うなら『きのみ』が現れたのが最初です。現在確認されているきのみは━━』

 

 今テレビの中でフリップを使いつつ、ポケモンやきのみについて笑みを浮かべながら説明している白い少女。彼女こそ彼らにとっての勝利の女神であり、信仰の捧げ先であった。

 

「おーい、スタッフさんが準備してくれってよ」

「お、もうか。んじゃ、キャタピーが逃げない様に本格的に囲むかね」

「やるべやるべ。……しかし、ついに生でシロちゃんを拝めるのか」

「遠目だけどな。……遠目だよな?」

「遠目だよ。万が一にも一般通過シロちゃん親衛隊員する訳にはいかないからな」

 

 彼らは影で動く。歴史的な瞬間が輝かしく迎える様に。

 

「それと、テロリストどもの警戒な。近くまで来ていてもおかしくない」

「テロリストはちょっと大袈裟じゃないか? せいぜい暴走した野次馬だろ。……だよな?」

「だと良いんだけどなぁ。筆頭犬兵曰く、どうも本拠地その他もろもろもぬけの殻で、こっちに来てるらしいんだわ。元シロ民ども」

「それと、俺ら以外の何者かがモンスターボール回収してたって話な。あの段階で動くとしたらシロ民か、元シロ民以外にない。つまり……」

「近くにいるって事か。それもポケモンを持ってる可能性有りで」

「現にキャタピーが見つかったのに、ビードルが見つからないままだからな……コラッタニキが居ないのが痛いぜ」

「政治家連中と飯食いながら番組見てるんだっけ? ……まぁ、それを言うならポッポ捕まえなかった俺らも俺らだしなぁ」

 

 万難を排する為に。

 ━━山場は、もうすぐだ。


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