ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第20話 某月某日、首相官邸にて

 私の……いや、人類最初のポケモンバトルから一週間と少しが過ぎたある日。私はユウカさんとポチと一緒に、伊藤家の居間に居た。

 

「後少しで、発表……」

「グルゥ……」

「そうね」

 

 この一週間と少しの間に起きた事はあまりない。ユウカさん主導で人員の増強が行われ、訓練と配置、そしてポケモンゲットが進んでいる━━通りすがりのカップルがニドラン♂♀を、シロ民がディグダとイシツブテを確保したらしい━━事。キャタピー少女改め、バタフリー少女がテレビに出て、ポケモンとポケモンバトルのイメージ改善に取り組んでいる事……それぐらいだ。

 後はコラッタニキや総理が頑張ってポケモン特別法案の草案が出来たぐらいか。

 

「……そろそろ、時間ね」

 

 そう、ポケモン特別法案。人とポケモンが共に生きていく為の基本ルールが、ついに出来上がったのだ。とはいえ、まだ可決した訳ではないのでやる事は多いが……それでも、私達は確かに前進している。

 そして今日この日、それを象徴付ける事が起きる予定だ。

 

「テレビ、つけるわね」

「お願いします」

 

 ユウカさんが居間の大きなテレビの電源を入れ、チャンネルを合わせる。映し出されるのは……政府の偉い人が何かを発表する例のあの場所だ。確か、首相官邸だったか。画面端のテロップには『ポケモンに関する政府公式会見』とある。

 

 ━━いよいよだ。いよいよ人とポケモンの歴史が始まる。

 

 今日あそこで行われるのは『日本政府がポケモンを認める』ただそれだけ。だが、それによって発生する問題は多岐に渡り、同時に始動するプロジェクトも多い。

 リスクと、メリット。

 普通なら日本政府はリスクを気にして素早く動けなかっただろう。そして動けないうちにしがらみが増え、邪魔をされ、人とポケモンの歴史は闇から始まる事になったはずだ。

 しかし、そうはならなかった。シロ民を筆頭に多くの人が人とポケモンの未来の為に頑張ってくれたのだ。

 人と人を繋ぎ、利を説き、準備を整えた人が居る。

 胃痛に耐え、威を示し、ポケモンがなんたるかを語り、理解を広めた人が居る。

 公の場でポケモンを語り、魅せ、人とポケモンの未来を示した人が居る。

 将来どの様な問題が起きるのかを考え、付き合わせ、思案し、法案を作った人が居る。

 ポケモンを探し、捕まえ、問題の発生を未然に防いだ人が居る。

 

 ━━皆の協力があって、今日がある。

 

 誰か一人でも欠けていたら、人とポケモンの歴史の始まりは今日ではなかっただろう。ずっと先、あるいは闇に沈んでいたかも知れない。

 だが、私達はやりきった。国民に事前に周知させ、法案を用意し、反対勢力を抑えきって……今日を迎える事が出来たのだ。

 確かに、私達の歩みはテロ行為により多少後退はした。だが、今国民のポケモンに向ける目は概ね改善されている。『なんだか怖い存在』ではなく『友達になれる存在』へと。正直、マスメディアを使ってプロパ……ではなく、事実の周知を行ってくれたユウカさんを筆頭とする伊藤家と、バタフリー少女やピカチュウ少女達、ポケモンの魅力を伝えてくれた人達には頭が上がらない。彼ら彼女ら無くしては、この日は決して来なかっただろうから。

 

「! 来た……」

 

 一度だけ会った事のある人物がテレビの画面に入る。総理だ。

 眩しいフラッシュ、総理は画面中央へと、そして━━

 

『本日、日本政府として、重大な発表を行う事となりました』

 

 歴史の一ページ目が、始まる。

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 総理の口から最初の一言が発せられ、会見は……いや、日本中が緊張に包まれた。誰も彼もが分かっている。何の発表かなど。テロップにも書かれているし、それこそここ数日はどのテレビも同じ事柄を扱っていたのだから。

 だが、それでも。いや、だからこそ、緊張が走った。まさか? 本当に? あれを政府が認めるのか? と。もし政府が公式に認めるなら、あの生物達は嘘でも幻想でもなんでもない、ただの現実だと確定してしまうと。

 

「本当に言うのか?」

「否定かも知れん」

「どちらせよ、ニュースにはなる」

 

 人々のざわめきは暫く。しかし制止の声も上げず、続きも発しない総理の様子にゆっくりざわめきは静まっていき……そして。

 

「現在日本国各地で発生している、異常な果実。並びに、関東地方で発見された複数の、新種の生物。日本政府はこれらの異常を『ポケモン』によるものであると、断定しました」

 

 あまりに突飛な、発表者の正気を疑って然るべき内容。しかし、連日の報道やバラエティー企画によって、人々は少なからずポケモンを信じていた。だから、だろうか? 静寂は一拍。直ぐにフラッシュがたかれる。歴史的な瞬間を捉えようと。

 

「現在、我々はポケモン特別法案を準備しています。近いうちに、ポケモンに関する法案が施行される事になるでしょう。それまでの間、各地でポケモンに関する勉強会や、既存メディアによる周知等が行われる予定です。国民の皆様に置かれましては、どうか怖がらず、彼らポケモンについて知って頂きたいと考えています」

 

 語られたのは眉唾物の、ファンタジーな存在に対して、日本政府が本気で対応しているという事実。そして前へ踏み出すべきだという流れ。

 人々は確信せざるを得なかった。彼ら『ポケモン』は現実で、ついに政府が動いたのだと。踏み出さなければ、置いて行かれると。

 

「……このポケモンについて、ここで語れる事はそう多くありません。連日のポケモン報道を聞いている方には耳タコな話だけです。ですので、私からポケモンについて言えるのはただ一言━━日本政府は、ポケモンとの協調路線を歩む予定です。敵対するのではなく、友人として。手を取り合って生きていく……そんな未来を目指し、歩いていく事になるでしょう」

 

 その瞬間、人とポケモンの歴史の一ページは決まった。人がポケモンと敵対せず、友人として手を伸ばす事が公に伝えられたのだ。

 それに対する多くの反応は……安堵だった。

 

『よかった……』『当然よね』

『大勝利!』『UC流しとくか』『コロンビア』『頑張った甲斐があったな……』『ちくわ大明神』『俺の胃痛、プライスレス』『慣れだしてて草』『誰だ今の』『人とポケモンの歴史がまた一ページ……』『これで俺らも教科書入りか』『幻想入りみたいに言うなしw』『歴史が始まったのか……』

『これで私もシロちゃん撫でたり出来るかなー?』『仕事多いから無理』『(´;ω;`)』『ほら、次の現場行く。最初期のポケモントレーナーの私達に休んでる暇なんてない』『。・゜゜(ノД`)』

 

 ネットで、あるいは個々の胸中で溢れる思い。それらはバラバラではあったが、人とポケモンが共に歩いていく事を喜ぶ一点においては、全く同じであった。

 

「━━では、このまま記者会見へと移りたいと思います。発言のある方は挙手をお願いします」

 

 予定でも詰まってるのか、公式会見はそのまま記者会見へと移り変わった。そうなれば血気盛んになる連中もいる。マスコミだ。

 

「一週間前にもポケモンを使った犯罪がありましたが、この点についてはどう考えているのでしょうか?」

「その件については私も知っていますが、一概にポケモンが悪いとは言えません。包丁は料理をする為にありますが、犯罪にも使えます。それと同じでポケモンは飼い主次第なところがあり、だからこそ法整備と国民の皆様の理解が必要だと考えています」

「それはつまりポケモンが危険な事に変わりないのでは? 隔離や駆除も必要ではないでしょうか?」

「確かにポケモンはライオンや熊よりも危険です。しかし同時にそういった動物よりも知性がある。であるなら隔離や駆除で遠ざけるよりも、友人として付き合っていく方が危険がないと考えます」

「その根拠はどこにあるのでしょうか!? 事実無根ではありませんか!」

「皆様も見たとは思いますが、一週間前の事件ではポケモンが悪事に使われると同時に、悪事に使われたポケモンを制圧したのもポケモンです。毒を以て毒を制す……とまでは言わないでしょう。しかし、ポケモンと友人関係を築いていれば、いざというときそうやって対抗する事も出来ると考えます」

「それは野蛮なのでは!? 何より動物虐待ではありませんか!」

「一週間前に行われたアレはポケモンバトルと言われる、ポケモンを飼うにあたって必要な物だと考えられています。全てのポケモンがそうだとは言えませんが、大多数のポケモンはああやって闘争本能を発散させる必要があり、動物虐待には当たらず、また野蛮というには理性的な面が多いかと思われます」

「その野蛮な行為に子供が参加していた事は! 危険ではありませんか!」

「勿論、自制心が育っていない子供がポケモンを持つのは危険です。ですので今後の法整備によって何らかの規制、あるいは資格制度等を設ける事になるでしょう」

「海外からポケモン被害による賠償要求が来ていますが、いつ賠償する気ですか!」

「その様な事実は現在確認されて居らず、今のところ賠償は考えておりません」

 

 騒然とぶつけられる様々な問いに、一つずつ答えていく総理。その歩みに迷いはなく、質問の内容をおおよそ予想していた事が伺えた。

 しかしその表情はどことなく暗い。否定的な意見ばかりである事に嫌気が差している様子だ。やはりまだ公式で認めるには早かったのか? そう総理が内心で思い出した頃。

 

「━━動画の者ですが……」

 

 その担当者が質問の機会を与えられる。その内容は……

 

「ポケモンをゲットしてバトルしてみたいが、どうすればいいのか分からない。今現在モンスターボールは手に入るのか? そういった声が上がっていますが……どうなのでしょうか?」

 

 ある種ポジティブな質問に総理の目に生気が戻る。そうだ、こう来なくては遣り甲斐がないと。そういった声の為に自分達は法案を煮詰めてきたのだからと。

 

「はい。ポケモンバトルに関しては法整備と同時にルール設定、及びそういった教育機関ないし学べる場所を……仮称名『ポケモンジム』を開設する予定です。ですのでポケモンバトルがしてみたい、ポケモンバトルで勝ちたい、という方はそこで勉強してもらう事になりますね。モンスターボールについては━━現在量産化を予定しています」

「なるほど。しかし量産化、ですか。アレはかなり高度かつ未知の技術が使われており、解析するのも難しいと聞きましたが……?」

「はい。ですので、今すぐ量産化する訳ではありません。しかし、一ヶ月以内には日本製のモンスターボールが一般向けに販売できる様に、官民一体となって準備を進めています」

「おぉ……それは素晴らしい」

 

 勉強不足らしい記者達……全体の約半数を置き去りにして進む話。着いていけてる者が熱心にメモを取る中、話は更に深みへと進んでいった。

 

「性能についての声も上がったのですが……お聞きできますでしょうか?」

「残念ながら全ての情報を開示する事は出来ません。しかし、ポケモンの家としての……いわば居住性能に関してはほぼ同レベルを維持出来る予定です。またデザイン等もそのままの予定です」

「なるほど。……ということは捕獲性能や、お値段の方は?」

「機密事項となります。……が、解析に酷く難儀しているとの報告もありますので、捕獲性能は下がってしまうやもしれません。価格については可能な限りの低コストを目指していますが……なにぶん初めての物ですので、それなりの価格となってしまう可能性があります。その場合でも中高生が頑張れば手に入れられる価格に抑えるか、何らかの制度を設ける予定です」

 

 語られたのはモンスターボールの性能。メモを取っている記者達は熱意凄まじく、置いていかれている者はつまらなそうに聞き流したソレだが……ネットの反応もおよそ二つに割れた。

 

『これで俺もポケモントレーナーになれるのか』『子供が買えるのは危ない』『有給の申請しとくか……』『一ヶ月はちと長いな』『俺、ブラック企業やめてポケモントレーナーになるんだ……』『よく分からんな』『性能下がるのか……まぁ、仕方ないか』『我が日本国の技術力は世界一ィィィ! 出来ん事は無いィィィ!』『万いくのか? だとしたら嫌だなー』『町工場もフル稼働中! 昨日まで暇だったのに!』『首相も頭がおかしくなったか。政権交代だな』『テレビで見たときから楽しみしてたワイ、後一ヶ月全裸待機』

 

 楽しみだという者、アレコレ理由をつけて忌避する者。その二つだ。どちらが正しいのか、利益が出るのか、主流なのかは……今、この日には分からない事だった。

 

「なるほどでは質問を……いえ、最後に一つ、宜しいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「一週間前の事件でポケモンバトルを行った少女達のうち、白髪の少女の姿が見えない事に不安を感じている方も居るようなのです。今現在どうなっているのか、お教え頂けるでしょうか」

「機密事項です」

 

 取り付く暇もなく、バッサリと切り落とす総理。これに驚いたのは質問者や記者達だ。今までは噛み付かれるのをよしとしていたのに、この件だけ即座に払い落とした……

 

 ━━何かある。あの少女には何かある!

 

 そうマスコミが思うのも無理はなかった。

 それは総理の落ち度か、それとも…………

 

「ま、まさか、重症を負っているのでしょうか?」

「機密事項です。彼女に関しては何もお答え出来ません」

「せめて安否だけで「それはポケモンバトルで死人が出たという事では!?」え、ちょ……」

「やはりポケモンは危険なのではないでしょうか!?」

「今すぐ規制すべきかと思いますが、いかがですか!」

「彼女から危険なポケモンを取り上げる事も検討すべきでは!」

「政府としてはどう責任を取るおつもりでしょうか!」

「総理!」「総理!!」

 

 騒然と、アレコレと好き勝手な論調をぶちまける記者達。総理は怒号の中で視線を巡らし、批難の声を上げる者をザッと確認していく。

 

 ━━今までメモを取っていなかった者達が殆んどか。

 

 それを最低限確認した総理は進行役が制止させるのに任せ、ある程度場が落ち着いたのを確認して話始める。

 

「彼女に関しては現在その全てが機密事項であり、今お話出来る事は何もありません。……ですが、一つだけいうなら、特に怪我等はしておらず、彼女は彼女の夢に向かって歩いている。とだけお話しておきます」

「なるほど、有り難うございました」

 

 ホッとした様子で、しかしそそくさと席につく質問者。なぜそそくさとしたのかは……考えるまでもない。揚げ足を取ろうと必死な者達が噛み付いたからだ。

 巻き込まれてたまるものか。そんな考えが透けて見えており、事実マスコミの噛み付きはその後暫く続き……

 

「静粛に! 皆さん静粛に! お時間となりましたので記者会見を終了します!!」

 

 進行役のその声で、一旦打ち切りとなった。とはいえ騒ぐ人間は相変わらず騒いでいたが……総理が退出しては騒ぐ理由もなく。三々五々解散となる。

 

「政府はシロちゃん寄りか。それもガッツリと……さて、スポンサーに報告だな」

 

 そこにどんな思惑があったにせよ、どんなモノが渦巻いていたにせよ、政府からの発表は終わった。

 人とポケモンの旅が始まったのだ。




 これにて一章完結です。チュートリアルは終わり、各陣営が本格的に始動して行きますが……この後は閑話をどっさり挟んで二章の予定です。もうちっと続くんじゃ。

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