ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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閑話 ポケモン研究所所長はソウトウカッカしているようです

 首相官邸で歴史的な発表が行われた……その直ぐ後、とある一室では無数の人々が頭を付き合わせていた。彼らの多くは白衣を身につけており、医者か、さもなくば何らかの研究員である事を連想させる。そして、その連想は間違っていない。彼らはつい最近設立された研究機関……ポケモン研究所の研究員であり、今彼らが顔を付き合わせている一室は研究所の所長室だ。

 今また新しい研究員がガチャリと扉を開けて部屋に入って来る。そしてそれが切っ掛けなのか、彼らの中から一人の男が口を開いた。

 

「先程首相官邸で発表がありました。政府はポケモンを公式に認め、彼らと良い関係を築いていく事を正式に表明。これにより人とポケモンの関係が本格的に始まり、同時に多くのプロジェクトが始動、我々の活動も本格化していく事が予想されます」

 

 語られたのは先程行われた総理自ら行った政府公式の発表についてだ。研究員らしい男はタブレットに号外記事を映し出し、それを指差しながら説明する。

 その説明を受けたチョビ髭が特徴的な男……この研究所の所長は落ち着いた様子で頷き、指をクルクルと回しながら返答する。

 

「モンスターボールの生産もあと少しで可能になるからな。我々は安泰だろう」

「所長……モンスターボールは……」

「総理がモンスターボール発売時期を一ヶ月以内と発表してしまいました。このままでは間に合いません」

 

 言い淀んだ男の言葉を引き継いだスキンヘッドの男が、衝撃的な事実を告げる。それは総理の発言が間違いであり、その責任が彼らにあるという物。そう、総理はモンスターボールを発売出来ると言ったが、実際にはまだ完成すらしていなかったのだ。

 あまりに衝撃的過ぎる事実に、所長は言葉を失って沈黙。やがて再起動した彼はプルプルと震える手で掛けていた小さな眼鏡を外し、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「……モンスターボールを一ヶ月以内に発売出来ると思う者だけ残れ。アンポンタン」

 

 それは選別の言葉。その内容に合う人間が何人いるかと思えば……かなり少ない。何せ殆んどの人間が出て行ってしまったのだ。無理だと思っているのか、それとも逃げたのか……いずれにせよ、部屋にはスキンヘッドを初めとした数人しか残らなかった。

 そして所長は彼らをサッと見渡し、興奮した様子で怒声を発する。

 

「言っただろうが! モンスターボールを()()出来るのは()()で一ヶ月だと言っただろうが! 一体どこの誰が伝達ミスをしたのだ!? その結果がこれだ。あと一ヶ月でモンスターボールを()()など出来るか! そもそも誰だ、モンスターボールとかいう訳の分からない物を持ち込みやがった奴は! コイツの意味不明さに何度吐き気を覚えたと思っている……モンスターボールなんて大嫌いだ!」

「しかし所長。今多くの人々がモンスターボールを求めているのです。一刻も早くと……」

「うっさい! 大っ嫌いだ! バァーカ!」

「所長、お気を確かに!」

「こんなの解析させられて正気で居れるか!」

 

 立ち上がりながら罵声を部下に浴びせ、錯乱していると思われる様子を散々見せた後、所長は手に持っていた2本のペンを机に叩きつける!

 

「チクショーメェェェ!!」

 

 発せられた罵声。それが今の所長の心情の全てなのだろう。だが彼は止まらない。止まる事なく畳み掛ける様な怒声が続く。

 

「だいたいなんだ、あのモンスターボールとかいう訳の分からない技術で作られた代物は! ちょっと調べただけでウオッと驚く情報がゴロゴロ出てきおって! いや、今思えばあの若いのが私の先生と連名でコレを送って来たときに察するべきだった! 私の危機管理に対する判断力足らんかったぁ……! あぁ私もやっておくべきだった! 疑わしきは全て遠ざければ良かった……スターリンのように!」

 

 語られたのはモンスターボール解析の際の心情と後悔。しかし大きく腕を振って歴史上の人名を叫ぶ所長の目は……明らかに正気ではなかった。何かに取り憑かれたかの様な有り様━━

 そんな所長を見ながらまだ怒声が続くのか、そう研究員達が思っていると……所長は途端に落ち着きを取り戻して元の椅子へと座り、熱がこもった声を発し始める。

 

「私はポケモンについては全く知らなかった。だが私は一人の力でやってやった、モンスターボールの基礎研究を! シロちゃんを知ったのはその後だ……もっと早くに見れば良かったと思ったよ。あぁ今では私もシロ民だ。シロちゃんのおっぱいツルンペタン! だが元々日本では胸は慎ましい方が良いとされていたのだ。別に変な事など無い。私は日本古来の感覚を持っているだけだ!」

 

 胸を叩き、胸を語る。そんな彼もシロ民になったらしい。明らかに正気を失った彼に何があったのか? その答えは部屋の外に出た女性研究員の一人が、所長のあんまりな発狂具合に泣いている女性研究員に掛けた言葉にあった。

 

「所長、ここのところ全く寝てないから……」

 

 どうやら睡眠不足が原因らしい。目覚ましか、暇潰しか、それとも睡眠導入として見たのかは不明だが……そんな状態で人の心の揺れに入り込む不知火白の声を聞いたのは致命的だったろう。それではクトゥルフやSCPと噂される彼女の声に耐えれるはずがない。

 

「このままではモンスターボールは予定通り発売出来ない。シロちゃんも落ち込むだろう。終わりだ。我々は負けだ。だが諸君、私が諦めて逃げ出すと思っているならそれは大きな間違いだ。私は誇り高きシロ民として、最後まで戦い抜く!」

 

 彼は最早立派なシロ民だった。一人の少女の為に戦うと宣言するチョビ髭は……間違いなく男の鑑であり、シロ民の鑑だ。

 

「私は好きにする。君らも好きにしろ」

 

 そう沈み込んだ様子で言って、所長は沈黙する。

 ポケモン研究所。まだ出来て間もない研究所は、早速地獄へと出発する事になったのだった。全ては人とポケモンの未来の為に━━




元ネタ。総統閣下シリーズ。

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