ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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閑話 シロちゃん、インタビューを受ける~顔合わせ~

 不知火白。普段シロちゃんと呼ばれる少女についての情報は驚く程少ない。長い白髪が特徴的な、人の目を惹き付けるその見た目こそネットに広く上がっているものの、その生まれや育ち、果ては年齢すら分からないという謎の人物。一説にはそも純粋な人間ではないという話もあり……謎が謎を呼んで深淵と化しているのが現状だ。

 しかも政府が公式にポケモンを認めた発表の後、政府や巨大財閥等がその情報を率先して隠蔽しており、深淵は広がるばかり……今日、この日までは。

 

「お、お腹痛くなってきた……」

「胃薬、さっき飲んだでしょ?」

「効かない!」

「そう」

 

 誰もが知る日本の巨大財閥、伊藤家の保有する別荘の一つ。その一室で二人の少女が硬い表情で座っていた。

 美少女。そう言っていい二人の共通点はただ一つ。モンスターボールを持っている事だ。

 

「うぅ、胃痛のお兄さんから胃薬借りてきたのに……」

「その呼び名、止めてあげなさいよ」

「だってあのお兄さんいっつも胃痛でお腹痛めてるし……あ、お兄さんよりオジサン?」

「ホント、止めてあげなさい。まだそこまでの年じゃないんだから」

 

 まだ数少ないモンスターボールを持っている彼女達の職業はアイドル。伊藤家絡みの事務所に所属するアイドルのポケモントレーナーだ。片やバタフリーの使い手、片やピカチュウのトレーナー。幸運と、そして伊藤ユウカとの繋がり故に手に入れたただ一つのアドバンテージ。それが、彼女達がここに居る最も多きな理由だった。

 

「うーん、じゃあコラッタのお兄さん?」

「それもいいけど、コラッタはそのうち大量に出てくるでしょ……名前で呼んであげなさいよ」

「…………?」

「え、嘘でしょ?」

 

 哀れ。名前を覚えて貰えないのは彼の人物の宿命なのか。それとも胃痛が宿命の星か。今日もどこかでコラッタニキは胃痛に呻く。

 しかし彼女達にとってそんな事は他人事……でもないのかも知れない。何せ、今日の仕事が仕事だ。

 

「まもなく本番でーす。移動お願いしまーす」

「はーい!」

「はぁ……」

 

 部屋に顔を出して要件を告げ、直ぐに去っていくスタッフ。そんな光景を目の当たりにし、二人の胃痛が酷くなる。コラッタニキの呪いか? いいや、仕事が迫っているからだ。

 

「行こっかぁ」

「そうね」

 

 今日の仕事を一言で言えば『不知火白と喋る』これだけだ。年頃も殆んど同じに見える少女と喋るだけ、そう思えば簡単な仕事に思えるが……現実は非情である。

 先ず一つ、この仕事を頼んで来たのはあの伊藤ユウカだ。それもかなりの念押しを、酷く悔しそうにしてきた。彼女達にとっては先輩にあたり、ここ最近は所属事務所の実権も握っている、シロちゃんガチ勢の伊藤ユウカが、だ。やむにやまれぬ事情があるのは目に見えている話だろう。

 つまり、この仕事に失敗する事は伊藤ユウカの顔に泥を塗った上で唾を吐き掛け踏みつける事に等しく、そんな事をすれば彼女達の未来は東京湾でドラム缶にコンクリートだろう。ここ最近は海外から私兵を入れたとの話も聞いており、その突飛な想像に裏付けをしていた。嬉しくない。

 

「私、今度胃痛のお兄さんにあったら優しくするんだ……」

「そう」

 

 フラグ臭い事を言い、何気なく天井を見上げるバタフリー少女。そんな彼女の目に青い空と、そこにうっすらと浮かぶ胃痛から解放された苦笑するコラッタニキが見えた……気がした。末期である。そしてそんな相方にノータイムで塩対応するピカチュウ少女もまた、末期なのだろう。余裕があればそんな事はしまい。

 精神的にかなり追い込まれている少女は長い廊下を歩く。時折黒服グラサン白チョーカーの男達の前を通り過ぎながら……あぁ、精神力が削れる。彼らは何なのか? 少なくとも常人ではあるまい。まとう気配が狂気的に過ぎる。

 

 狂気、そう。狂気だ。

 

 彼女達がこの仕事で最も疲弊しているのにはこれが原因だった。先輩からの重圧で手一杯なのに、仕事先の屋敷は狂気に包まれているのだ。静かな、しかし普通とは全く異なる狂気に。

 黒服グラサン白チョーカー男達もそうだが、この屋敷の人間はどこか狂っていた。表面上はマトモに見えるのに、話す事と言えばポケモンかシロちゃんについてのみ。

 別に自分達について語れとは言わない。だが自分達がポケモントレーナーである事にかこつけてか、挨拶すれば必ずポケモンの事に話題が飛び、最後はシロちゃんについてで締める。目に、あるいはグラサンの奥に見て分かる程の狂気を宿しながら。誰も彼もがポケモンポケモンシロちゃんポケモンシロちゃんシロちゃんシロチャン━━狂気だ。ここまで人心を統一させるシロちゃんとは何者なのか? 知りたくなく、また踏み込むなんて考えたくないのが彼女達の本心だった。が、現実は非情である。残念な事に、彼女達の仕事は不知火白について踏み込む事だ。

 

「ねぇ」

「なに?」

「前にシロちゃんと会ったんでしょ? どんな子なの?」

「一度だけだけどね。んー……最初は凄い可愛い子だなぁと思って、次にポケモンが好きなんだなぁって思って……最後は、ちょっと怖かったかな」

「怖い?」

「うん。何というか、その、性格が違うというか、印象が変わるというか、んー……顔が2つある感じ? かな?」

「……二面性があると?」

「そうそれ! 二面性! 全然違う二面性がある子だった! 目のハイライト消えてたし!」

「そう……」

 

 以前一度だけ会い、タッグを組んでポケモンバトルを行ったバタフリー少女はシロちゃんの印象をそう語る。二面性があると。

 それはポケモンを語る愛らしい少女としてのシロちゃんと、冷徹な指揮官としての不知火白の違いか。それとも……何にせよ、会った事のないピカチュウ少女にはイメージしにくい話だった。

 そうしてバタフリー少女が恐ろしくも楽しかった日を思い出し、ピカチュウ少女が首を傾げる中、二人はある一室の前にたどり着く。簡素な、しかし素人目に見ても上物と分かるふすまで仕切られた……不知火白が待っている部屋。ごくり、と。ほぼ同時に息を飲む。許可こそ貰ってはいるが、だとしても万が一の失礼も許されないと。

 

「し、失礼します!」

「……失礼します」

 

 口火を切ったのはバタフリー少女。続いてピカチュウ少女が後に続き、部屋の中へと入る。

 そうして目に見えるのは畳に障子(しょうじ)、ふすまやいおりといったいかにもな和室。そして、白い少女と黒い犬の姿……シロちゃんとグラエナであるポチだ。

 

「来ましたか……」

 

 一拍、部屋の空気が凍る。

 放たれた声は酷く冷たく、全てを拒絶する様なモノ。不知火白がグラエナを撫でていた手を止め、垂れていた白髪を後ろへとスッと回し、その視線を少女達に向ければ━━彼女達は背筋に冷たい物が走るのを感じずにはいられなかった。

 無だ。不知火白の眼には何も映っていなかったのだ。確かにこちらを見ているはずなのに、不知火白の眼は何も見てはいない。ハイライトの消えた生気に欠ける瞳をこちらに向けるのみ。

 

 ━━何がどうなればこんな少女が、そんな冷たい目を宿すのか。

 

 親の顔も知らぬ捨て子であるとは聞いていたし、その後の境遇に同情もした。しかし、ここまでとは聞いていない。

 そんな思いを抱きつつ、少女達が不知火白と対峙する事……数瞬。不意に不知火白の視線が動き、目に生気が戻り始める。視界に入ったのは恐らく、モンスターボールだ。

 

「あぁ、誰かと思えばバタフリーのトレーナーさんでしたか。お久しぶりです。バタフリーとは、仲良く出来てますか?」

「へ? あ、はい! あの子とは友達みたいな、その、仲良く出来てます!」

「それは良かったです」

 

 ニコリ、と。優しげな笑みを浮かべて相方とその相棒を祝福するシロちゃんに、ピカチュウ少女は内心驚きを隠せなかった。これは二面性というレベルではない、と。何せ先ほどの凍てつく氷の様な雰囲気と、今見せている雪の精の様な儚く可愛らしい印象。それが全く一致しないのだ。二面性というより多重人格の方が正しいだろう。

 恐らく今見せている顔は身内や仲間に対する物で、先ほどのは敵対者に対する物なのだろうが……しかし、それを分けたのは何なのか? いや、モンスターボールなのだろう。もっと言えばポケモンだ。つまり━━

 

 ━━不知火白にとってポケモンを認めるかどうか……いえ、ポケモンと共に生きていけるかどうか。それが大きな線引きになっている。

 

 その点でいえば我が相方は合格であり、彼女達に襲いかかったテロリスト達は失格だったのだろう。そんな事を内心考えながら、ピカチュウ少女は一旦考えを打ち切る。不知火白の視線がこちらを向いたからだ。

 

「噂は聞いています。確かピカチュウのトレーナーさんだと。……見せて貰っても良いですか?」

「はい、分かりました」

 

 緊張している。それを自覚しつつも、ピカチュウ少女は自分の相棒をモンスターボールから解き放つ。

 光が溢れ、小さく可愛らしい黄色のネズミが現れる。ピカチュウだ。その可愛らしいポケモンに対するシロちゃんの反応は……劇的だといえるのだろう。

 

「わあぁ……」

 

 最早最初の冷たさなどどこにもなかった。今ここに居るのは可愛らしいポケモンを愛でる一人の少女だけ。笑顔を隠す事もせず、赤い瞳に光を宿しながらピカチュウの頭をゆっくりと撫でているその姿は年相応だ。漏れた感嘆の声には喜びの感情がこれでもかと詰まっている。

 

 ━━これは、最初の冷たさの方が何かの間違いだったのでは?

 

 年下に見える少女の姿にピカチュウ少女はそう考え、頭にこびりついた警戒心を落とす。あんな人殺しの様な目をこんな年頃の少女が出来るはずがないじゃないか、と。

 そう思ってしまえば身構えるのも馬鹿馬鹿しくなるもので、ピカチュウ少女はいつも通り仕事を始める事にする。

 

「では、インタビューを始めても?」

「あ、はい。大丈夫ですよ。確か、私自身についてインタビューしたいとか?」

「えぇ。とはいえカメラは回さないから、あまり緊張する事もない。たぶん、気楽にやれる」

「了解です。……ふふっ、そっちの方がらしいですね?」

「……敬語の方が?」

「いえ、堅苦しいのはニガテなので、そちらで。……あぁ、せっかくなのでポケモンを出しながらしませんか?」

「そうですね」

 

 一万を越える新興宗教の教祖だの、重武装テロリストのボスだの、日本経済を裏から操るだの、人を容易く洗脳するだの聞いていたが……やはり噂は当てにならない。笑顔を溢しながら話す白い少女にそんな事を思いながら、ピカチュウ少女は相方に肘鉄を入れる。お前もポケモンを出せと。

 

「ふえ? な、なに?」

「ポケモン」

「見てみたいですね。生のバタフリー」

「あ、はい! 出て来て、バタフリー!」

 

 意志疎通に時間がかかったものの、バタフリー少女は自分の相棒を外へと出す。光が溢れ、やがて大きな蝶々の姿を取る。バタフリーだ。

 全長1.1メートルという巨大な蝶々は外へ出れた事が嬉しいのか、バサバサと羽ばたきながら軽く舞い、やがて自分の主の頭の上へと着地する。かつて自分がまだ飛べなかった頃と同じ様に。

 

「なつかれてますね……」

「グルゥ……」

 

 体重32キロという巨大な蝶々を頭に乗せている少女を微笑ましく見ながら、シロちゃんは自分の相棒の背を撫でる。ゆっくり、ゆっくりと。噛み締める様に。

 その少女の姿がここではない、どこか遠くにある様な、そんな違和感を感じたのは━━ピカチュウ少女だけだった。何せバタフリー少女は……

 

「ぬぐ、ぐぐぐ……」

 

 バタフリーの重さに悶絶していたのだから。それでも下ろさないのは優しさか、それとも意地か。ピカチュウ少女としてはその姿にアホを見る様な目を向けつつ、自身の相棒(6キロ)を肩に登らせる。この重さに慣れだしたのがごく最近なのは……彼女だけの秘密だ。

 

「では、始めていきます」

「い、いき、まず……」

「はい。宜しくお願いします」

 

 各々座布団に座り、頭に、肩に、隣に、三者三様の接し方で相棒を見せ合いつつ……伊藤ユウカがセッティングした少女トレーナー達の会話は始まるのだった。




 ……新キャラ? いえ、スターシステムです。名前違いますが、作者の他の作品にも出てくる娘ですね。この番外編を回すのにキャラが足りなかったが故のピンチヒッター(本編に出す気はあんまり無い)なので……細かい事は聞かないでくれ。作者はしぬほど疲れてる。



2019年 7月16日(火)
なるべく人格をトレースしながらTSモノを書いてるせいか? 最近、自分の性別が怪しい瞬間がある。寝起きとかの、意識がハッキリしないときにたまにだが。
趣味嗜好性癖は既に変質し……男主人公の話が全く書けなくなった。TS沼……深いな。

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