ポケットモンスター 侵食される現代世界 作:キヨ@ハーメルン
ポケモン賛成派と反対派が激しい情報戦を繰り広げる中、夜のとばりが降りた街の一角にある料亭の一室で、数人の人間が顔をつき合わせていた。
その内訳は殆んどがそれなりに年を食った男達であり、中には老人といっていい者もいる。そして、少しでも世間の事を知っている者なら、彼らが皆大きな影響力を持つ権力者である事に気づくだろう。元総理大臣や各担当大臣、大企業の代表取締役に研究所の所長等……そうそうたる面子。そんな彼らが電話で終わらせず、わざわざ集まって話し合う事など今の状況では一つしかない。
「やはり、ポケモンの出現は止まりませんか」
そう、ポケモンの事だ。
一部の者に取っては既知の、しかしそれ以外の大多数にとっては全く未知の異常存在の出現。最初の一匹が確認されてそれなりの時間が経ち、一般市民への理解も進んではいるが……それでも思わずにはいられないのだろう。その一言を皮切りにチラホラの愚痴の声が上がる。
仕事が、予算が、支持率が、出世が、利権が。
そうやっていよいよ薄汚い愚痴大会となるか。そう思われたとき、一人の人物が「失礼だが」と前置きして流れを叩き切った。
「逆に聞かせて貰うが、止まると思っているのか?」
「いえ。しかし……」
「そうですね。正直、期待はしていました。どこかで収まると」
「ならその下らない期待は捨てておけ。世界は崩壊した」
ピシャリ、と。チョビヒゲの研究所所長が不満タラタラな議員達の言葉を切り捨て、手元の資料を軽く叩いて改めて注目を集める。
「資料を見れば分かると思うが、ポケモン関連の基礎研究は概ね終了した。きのみは医療現場での臨床試験を終了し、生の状態での医療活用を開始。成分抽出の実験も始まっている。モンスターボールの試作品は数量限定とはいえ販売に成功し、量産型も間もなく生産が開始。また自衛隊と警察から依頼のあった対ポケモン用特殊弾頭弾の研究も一段落がついた……これ以上のおさらいは省くが、その他の研究も一段落がついた状況だ。勿論、この崩壊の原因についての研究も」
ザワリと大の大人達が色めきだつ。ポケモン出現の原因。それは誰もが知りたいと思い、しかし同時に関わりたくないと思っていた案外だ。
科学的な根拠があるのか、それともポケモン同様ファンタジーな理由なのか、まさか関わったら死ぬ様な案件か……そんな不安と期待を一身に受け、しかしチョビヒゲは平然と言葉を続ける。
「これに関してハッキリと分かる事は少ない。なにせデータがないからな。研究しようがない。……が、それでも分かる事が一つ」
「一つ。……それは?」
「シロちゃん……不知火白はポケモン出現の直接的原因ではないという事だ」
「は? いえ、しかし、今まではあの少女がこの事態の原因だと思われていたのでは?」
「そうです。というか、彼女が元凶でなければいったいなにが原因だと?」
不知火白はポケモン出現の原因ではない。ハッキリと言葉にされた考えに方々から批判と質問が相次ぐ。
ポケモンを知っていたのは彼女だけ、広め始めたのも彼女、最初のポケモンは彼女の飼い犬だった、ポケモンの出現は彼女の言う通りに行われている、今まで彼女の予言から外れているのは何一つとしてない、この事態で最も得をしたのは彼女とその協力者だ━━
暫くそういった声を黙って聞いていたチョビヒゲだが、やがて反対の声が一通り出終わった頃、唐突に軽く片手を上げて相手側の言葉を制す。そうして生まれた静寂をサッと眺め、彼は説明を始めた。
「不知火白はポケモン出現の直接的原因ではない。これはここ暫くの間不知火白を調査、観察した結果だ。全ての過去を洗い、ありとあらゆる手段で彼女を観察したが……彼女が何かをした、あるいは何かをしている様子は皆無。むしろ彼女は見た目相応に純粋で……あー、それなりに可哀想な子供だという事が改めて強調されただけに終わった」
「では、彼女は何の関係もないと?」
「……いや、それはない。不知火白は直接的に何かをして、ポケモンを呼び出している訳ではないが、しかし同時に無関係でもないのだ。恐らく間接的に影響を与えていると推測され……あぁ、資料の23ページ目を見てくれ」
上げた片手をクルクルと動かして感情を表現しつつ、チョビヒゲはハキハキと言葉を紡いで他の大人達の目を資料に落とさせる。そこに書かれているのは複雑で、様々なデータだ。不知火白がまとめたポケモンの資料から、空間放射線量のデータまであり……その最後には一つの結論が書かれていた。
「不知火白は方向性を示す案内人である……?」
「あー、これはどういう事でしょうか?」
「簡単な事だ。彼女は何もしていない。だが彼女が居るからこそ事態は暴走せずにすんでいる……ふむ、あるいは巫女の様な存在なのかも知れんな」
「巫女……荒ぶる神を宥める、ですか?」
「そうだ。ポケモンという荒ぶる神を宥め、共存の道を示す巫女にして案内人。それがシロちゃ……不知火白だと、我々ポケモン研究所はそう結論を出した」
静かに、しかし自信満々にそう言い放ったチョビヒゲの言葉に、思わず大人達は配られた資料に目を落とす。意味不明に過ぎる。自分達は何か重要な説明を見逃したのではないか? と。
しかし資料に書かれているのは複雑なデータだけだ。ポケモンの出現状況、それぞれの推定される平均レベル、不知火白のデータとの兼ね合い、任意の地点の電波状況、発生した電波障害の数と場所、任意の地点の距離の変動、局地的地震のデータ、空間放射線量の微量な増減等々……しかもそれらに説明は殆んどなく、ただデータだけが連ねられている。知りたければ質問する他ない程に。だが……
「ハッキリ言おう。彼女を排除すればロクな事にならない。もし彼女が排除されれば、今は関東だけでゆっくりと発生しているポケモン出現が、一気に日本中に……あるいは世界中に広まる事になりかねない。順番を踏まずに、一気に、無秩序にな。そうなればどうなるか、分からないボンクラはここには居まい?」
チョビヒゲは質問する暇を与えず畳み掛けてくる。まるで考えずに、受け入れろといわんばかりに。
過半数の人間がそれに流されそうになったが……しかしこの場にいるのはただ者ではなく、ましてや無能ではない。そんな奴は一連の事態中で失態を演じて消えていった。故に、当然質問が飛んで来る。
「その根拠が、このデータだと? 随分と散らかった考えに思えるが?」
「いや、そのデータはあくまでも一部でしかないし、不完全だ。しかし電波障害のデータや、今後取られる重力場の変動データがあれば完璧に証明出来るだろう。彼女は直接的原因ではなく━━故に、彼女を殺してもこの異常事態は止まらないとな」
配られた資料のとある1ページ━━不知火白を排除する事で事態の沈静化を図る提案が書かれたページ━━を強く叩きながら、チョビヒゲは責める様に視線を走らせる。
自分に積極的、あるいは消極的に同意する者、興味なさげな者、目を逸らす者、一瞬だが反抗的な態度を取った者……そこまで見てチョビヒゲは目を閉じて腕組みをし、拒絶を示す。後は好きにしろといわんばかりに。
━━次の会合ではまた顔ぶれが変わりそうだ。
他の者達がお互い目配せし合うのを薄目で確認しつつ、チョビヒゲは内心そんな事を考えていた。
彼らがこの場にいるのは影響力を持った権力者だからであり、それを失えばこの場には来られないのだ。ポケモン利権を得ようとしない者、得ようとするがトップや専門家のご機嫌伺いもしない者ども……それらに明るい未来が来るとはとても思えないのがチョビヒゲの正直な思いだった。少なくとも彼らの誰かが不幸な事故に合ったり、隠蔽したはずの不正が発覚するのが予定されたとしても、助ける気にはなれない。絶対に。
「まぁ、彼女を本気でどうこうしようという者はこの場には居まい。そんな下らない妄言より重要な事がある……ポケモンリーグの設立だ」
元総理大臣である伊藤元総理の一声により、場の流れが変わりかける。話題転換だ。
この流れに乗るべくチョビヒゲも組んでいた腕を解き、行うべき報告を淡々と始める。先ずは私から発表させて頂く、と。
「ポケモンリーグ設立にあたって、我が研究所は最大限の支援を行う準備がある。つい先日とある病院の倉庫から発見されたメディカルマシンの解析、運用、量産の検討は勿論。モンスターボールの性能向上や、より高い量産性の検討。ポケモンの生態や、トレーナーに要求される技能の数値化、項目化も行っている最中だ。そして……抑止力としての対ポケモン用特殊弾頭弾の研究開発もな」
「対ポケモン兵器は聞いているが……メディカルマシン?」
「シロちゃ……不知火白曰く、ポケモンの『回復』が出来る便利な機械らしい。詳しくは研究中だが、恐らく使うだけなら何とでもなるだろう。これでポケモンバトルはより気軽な物になる」
「……初耳だ」
「今日初めて外部に出した情報だからな。当たり前だ。総理とて今頃アメリカで報告を受けている話だぞ」
メディカルマシン。ポケモンを知っている者からすれば待ち望んだ物であり、知らない者からすれば意味不明の塊だ。少なくとも科学者の三桁は卒倒するだろう代物であり、ポケモンバトルを広めるにあたって必要不可欠な機械で……現にポケモンリーグ設立の条件の一つが、このメディカルマシンの一定数の確保だった。
そして、それは間もなく成し遂げられようとしている。最初の一つがとある病院の倉庫から見つかって以来、あちこちの大型病院の倉庫から次々と見つかって回収されているのだから。勿論動かせるかは別の話だが、チョビヒゲを信じるなら動かす事は問題ないのだろう。
「あー……ところで、対ポケモン用特殊弾頭弾はどの程度完成しているんだ?」
各々がメディカルマシンについて書かれたページを探して読む中、体格の良い一人の男が急かす様にそう問い掛けてくる。
対ポケモン用特殊弾頭弾。それはポケモンに対して全くの無力だった人間が作り出した剣……その存在すら極秘とされている代物だが、事この場においては秘密もクソもなかった。全員が知っていても問題無い人物であるが故に。
「開発可能な物について初期研究は終了し、幾つかは試作品が完成している。書類と部隊を寄越してくれれば受け渡しを行おう」
「了解した。明日にでも輸送部隊を派遣する」
「こちらも人をやろう。……で、完成した弾頭はどういう物になったのだ?」
「最初に言っておくが、ポケモンを直接殺傷する弾頭の開発は不可能だ。ポケモンが常時発生させている……そう、生体バリアとでも言うべき防御膜を突破出来ん。そして国際条約の事もある。故に新規開発出来たのは条約で規制されているBC兵器すれすれの麻痺弾と催眠弾だけ。毒弾に関しては条約違反に相当する為、開発を凍結している」
資料の一部を指し示し、チョビヒゲは渋々といった様子で自衛隊と警察の担当に説明を始める。それを聞く彼らは真剣その物……何せポケモンが出てからというもの彼らは抑止力を失い、無駄飯食らいと馬鹿にされてきたのだ。さもありなん。
「知っての通りポケモンは異常なまでの防御力を有する。我が研究所はこれを彼らが持つ特殊な生体エネルギーを利用した生体バリアが理由だと考えた。故に彼らはビルを粉砕する様な攻撃を受けても無傷で居られるし、ダメージが蓄積されたときに気絶するのだとな」
「……そして、その生体バリアは銃弾を弾く程の強度があり、個体によっては戦車砲にすら耐える、と」
「その通りだ。付け加えると効果的に生体バリアを削るなら同じ生体エネルギーを持つポケモンで削る必要があるという事か。……だが、何事にも例外はある。特にポケモンの状態異常だ」
生体エネルギー、生体バリア、なんともファンタジーかSFチックな文言ではあったが、ここに居るのはポケモンの非常識さを嫌という程叩き付けられ、その上で少なからず状況を飲み込んできた者達。そこに突っ込む様な者は居なかった。むしろ代わりとばかりに資料に目を落として飲み込める物がないか探す程……そんな中、チョビヒゲの説明は多少の強弱を付けつつ進行していく。
「どく、まひ、ねむり、こおり、やけど、こんらん……例を上げればかなりの数になるが、これら状態異常をポケモンに発生させる際、生体バリアを破って傷つける事は必ずしも必要ではない。言い換えれば、生体バリアを破れなくても問題ないという事だ」
「……なるほど。この麻痺弾と催眠弾はそこに着目したと?」
「そうだ。状態異常を起こさせるだけなら生体バリアは殆んど無視できる。例えば最初のポケモン犯罪の際、現状最強のポケモンがスタングレネードで動きを止められた様にな。……一応、成分はポケモン由来の物を主成分にしているし、まず問題はあるまい」
新開発された対ポケモン用特殊弾頭弾は、ポケモンの生体バリア……ポケモンを知っている者風にいえばHPを削る事なく状態異常を与えられる。少なくともチョビヒゲはそう考えていた。万が一自分の理論が間違っていたとしても、この麻痺弾と催眠弾はそれぞれポケモンの“こな”系列の成分を抽出使用しており、ポケモン相手に充分な効果が期待出来ると考えていたのだ。
実際シロちゃん親衛隊員協力の元行われた実験では、親衛隊員もろともポケモンを状態異常にさせる事に成功しており、その後の解毒にも問題なかった。国際条約にも配慮した兵器……いや、暴徒鎮圧用の武器だといえるだろう。強いて問題点を上げるとすれば、特殊弾頭及び、専用ランチャーの生産コストぐらいだが……それは研究者であるチョビヒゲの知った事ではなかった。
「感謝する。これでいざというときに動ける」
「こちらもだ。これでようやくシロ民に頼らずにポケモン犯罪を処理する準備が整った」
「ふんっ、ならばさっさとポケモンリーグを設立すべきだろう。いつまでバラバラにポケモン案件を処理するつもりだ、えぇ?」
自分はやるべき事をやった。ならば後は貴様らの番だ。
そういわんばかりのチョビヒゲに促されてか、元総理大臣が仕方ないとばかりに重い口を開いて音頭を取る。
「そうだな。人員や予算の確保はすんでいるし……例のメディカルマシンは動かせるのだろう?」
「動かすだけならな。仕組みや改良、ましてや量産は不透明だ」
「動かせるならリーグ設立に問題はない。抑止力、警察力としては……警察と自衛隊のポケモン部隊は?」
「警察のポケモン部隊は……量産型モンスターボールか対ポケモン用特殊弾頭弾のどちらかの配備が完了すれば、一先ずは警察としての仕事は出来ます」
「自衛隊も同じく。どちらかあれば抑止力を発揮できるかと」
「ふむ……となると残りは法案だけか」
ポケモン法案。その数は十を越えて百に届かんばかりの数であり、前例のない事も相まって政府の動きは酷く鈍かった。特にポケモンを犯罪に使っても的確な罪状がない、子供が凶悪なポケモンを所持しても違法にならないといった歪な部分はかなり問題視されており、早急な対応が望まれているところなのだ。
「なに? まだ通らんのか?」
「いや、不思議な事に反対派や無能どもが次々と醜態を晒して失脚してくれてな。そのおかげというか、今週中には粗方のポケモン法案が施行出来るはずだ。総理がアメリカから帰ってくるのが合図になるだろう」
「アメリカか……」
どうやらようやく法案が施行されるらしい。そんな事実から一安心といった空気が部屋に流れ……やがて一人の大企業の社長が手を上げた。質問だ。
「そういえば、諸外国の動きはどうなのだ? 私の方では酷く鈍い様に感じているが……」
「そちらもか? あぁいや、実はこちらも外国の動きが鈍いと感じているのだ」
「ふむ……?」
諸外国の動き。それは日本人としては気を緩めれば直ぐに無知になりやすく、だからこそ酷く気になる部分でもあった。政治、軍事、経済……そういった物は日本単独で完結する物ではないのだから。
そして、大企業の社長にまで上り詰めた男の感覚は正常だった。
「あぁ、その感覚で間違いない。あちらさんも混乱しているらしくてな……まぁ、総理がアメリカに行った事でホワイトハウスも方針をある程度固めるだろうし、他も動きを決めるだろう。彼はその辺りが得意だからな」
「なるほど、外交屋の面目躍如という訳か?」
「変わりに国内はガタガタだがね。まぁ、リーグさえ設立できればそれも落ち着くだろう」
殆んど国内に居ない総理ではあるが、その分諸外国の動きはある程度まとめてくる予定らしい。その情報を改めて共有し、更にその後二、三言葉交わされ……権力者達の方向は固まった。
ポケモンリーグは何としても早期に設立すると。
そこには決して口には出さないものの、新たな利権を狙う一手、自身の保身、純粋な発展を願う考え等様々な思惑が絡んでいたが……しかし、ポケモンリーグの設立が本格的に開始される事に決まる。それに一番喜ぶのは誰か……少なくともこの場には居ないと、元総理やチョビヒゲは考えずにはいられなかった。
「では、他の話題と行こう。何か報告のある者は━━」
会議は続く。利権、保身、願い、様々な思惑がぶつかり合いながら━━