ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第24話 ステイツ、介入

 都内某所でお偉いさんの悪巧み会議が進行していた頃、別の場所でも会議が行われて……いや、こちらの方を会議というのは少し難しいかも知れない。何せ片方に話し合う気がまるでないのだ。

 

「貴方のご託は聞き飽きたわ。ハッキリ言いなさい。ホワイトハウスはシロちゃんを殺す気があるのか、否か」

 

 礼儀正しくソファーに座り、その後ろからまるで巻き付かせるかの様にドラゴンポケモン、ハクリューを従えた黒髪の女性……伊藤ユウカは脅す様に相手を問い詰める。いや、実際脅しているのだ。ふざけた事をいえばハクリューを暴れさせるぞ、と。

 

「いや、私にそんな事を聞かれてもね……?」

 

 その怒りを一身に受けるのは対面のソファーに座った中年の━━しかし美容に大金でも使っているのか、まだ若さの見える━━金髪の男だ。ユウカの怒りをなんとか受け流そうとする彼は資産家であり、リヴァイアサン号の艦長であり……

 

「ハッ。貴方がCIAのエージェントから協力を依頼され、複数の仕事を請け負った事は掴んでるのよ。私達をあまりなめないでくれるかしら?」

 

 CIAの協力者だった。

 男はユウカ言葉に引きつった笑みを浮かべつつ、ダラダラと汗を流す。その有り様はとても演技には見えず、もし演技なら彼は仕事を間違えているとしかいいようがないだろう。具体的にいえば、ハリウッドに行くべきだ。

 

「Shit……! これだから気の強い女はニガテなんだ」

「あらそう。うやむやにする気ならこの船沈めるわよ? この子の力を知らない訳ではないでしょう? それと、次汚い……いえ、そうね。日本語以外を使ったら沈めるわ」

「ぐっ、く……」

 

 脅迫の上に恐ろしく横暴、だがぐぅの音しか出ない……男がそんな様子になるのも仕方あるまい。何せユウカの手持ちであるハクリュー……それも6Vハクリューの力は本物だ。

 

 最初にミニリュウとしての姿が確認されてから幾人ものシロ民やハンター達が挑むも、その手は全てはね除けられ続け、誰の手持ちにもならなかった一匹。

 やがてユウカ主導の大捕物が企画、実行され、大勢のシロ民に囲まれてそれでも落ちず。

 戦いによってポケモン持ちの一般シロ民が50名、エリートシロ民10名が戦闘不能判定。公共物、車両、持ち込まれた備品の損壊及び破損が多数発生。

 やがて戦いの中でミニリュウはハクリューへと進化し、局地的な竜巻及び暴風が発生。遂に歴戦のシロちゃん親衛隊所属シロ民5名が撃破。

 そんな攻防が半日近くに及び、いよいよシロちゃんの出陣が願われだして……すんでのところでユウカが淑女にあるまじき()()でゲットしたのは、界隈では知られた話だ。

 

「あ、あー……私ニホンゴワカリマ「ハクリュー?」分かった! 話す! 話すから沈めるのは止めてくれ!」

「ふん、最初からそうすればいいのよ」

 

 ちなみに。ユウカとハクリューの仲は当初あまり良くなかったが、今では上下関係が確立されたのかそれなりに従順だ。少なくともこんな茶番に付き合って、瞬間的かつ局所的な風雨を起こす程度には。

 とはいえ、ハクリューの目には常に試す様な色合いが浮かんでおり、少しでも自分の主に相応しくないと判断されれば主従関係は壊れるだろうが。

 

「さぁ、さっさと話しなさい。貴方が知っている事を洗いざらいね」

 

 しかし、この自信に満ちた高圧的な態度で相手を気圧せている間は問題ないだろう。何せそれは自身が強者だと確信しているからこそ出来る事で……その姿にハクリューは満足しているのだから。

 

「そういわれてもね……正直私が知っている事はあまりないんだよ。確かに君の言う通り私はCIAの協力者だが、それだって熱心に協力している訳でもない。だからそちらに提供出来る情報も大した物は「さっさと吐け」オーケー、分かったらポケモンをけしかけるのを止めてくれ」

 

 高慢なお嬢様とプライドの高いドラゴンポケモンというある種最悪のタッグを前に、遂にリヴァイアサン号艦長はポッキリと折れた。

 そうして彼はシブシブといった様子で口を開く。知りうる情報のうち、喋っても問題無いものを選びつつ。

 

「まずホワイトハウスが不知火白の殺害を……あー、悪かった。言い換えよう。彼女の排除をするかだが、今のところ不明だ。が、特にイレギュラーが起きなければ放置されると思われる」

「放置? 随分消極的ね?」

「ホワイトハウスは……というよりステイツとしては今回の騒動には前向きなんだ。しかしどの程度のリスクが潜んでいるかも分からないのに突っ込む気もないらしくてね。故に様々なオプションを考えつつ、介入の瞬間を待っているのが現状だ」

「……随分と鈍い動きだこと」

 

 どこかなじる様なユウカの発言に、艦長は苦笑しつつステイツも一枚岩ではないんだと返す。

 

「勿論全体としては乗り気さ。我々ステイツは常に新しいフロンティアを目指す開拓者だからね。ポケモンが生み出す利益や市場にはホワイトハウスも財団も、事によれば一般市民さえ興味津々だ。しかし……どこにも変化を嫌う者は居るし、敵対する者も当然いる」

 

 艦長はそこで一度言葉を切り、揃えていた足を崩して足組みをする。その一連の動作は慣れと、余裕を感じさせる物だ。事実艦長の額から出ている汗は格段に減っていた。

 

「アジア地域の不安定さを嫌う者、推し進める者。現政権の支持率向上、あるいは下落を狙う者。新たな紛争を望む者、望まない者。現状に満足している者、してない者。何よりポケモンを良しとする者、しない者……そういった者達の対立と衝突。これがある程度沈静化されない事には、いくらステイツといえどあまり強引な事は出来ないんだよ。他の国々と同じ様に、ね」

「ハッ……つまり、そちらに動く気はないという訳? 火中の栗は日本に拾わせ、肝心な部分は自分達が横取りすると? なめてくれるわね」

「そうは言わないさ。事態が落ち着けばちゃんと同盟国として支援もするだろう。現にCIAのエージェントが数人とはいえ、人とポケモンとの友好関係の為に動いてくれている。君達の望みは叶うと思うけど? ミス・ユウカ?」

 

 相手を落ち着かせる声音で淡々と語り掛ける艦長。その姿に当初の焦りはまるでなく、ギガヨットを所有する資産家として相応しい余裕が見えた。

 一方でユウカの方といえば……自信と高圧的な態度は変わらない。だが、その姿にはイマイチ余裕を感じられなかった。

 

「えぇそうね、おかげで予想以上にスムーズなポケモンリーグ設立が出来そうだわ。勿論、その後の事も。ただ━━」

 

 お礼……というにはいささか以上に気持ちのこもっていない言葉を投げた後、ユウカはそのキツイ視線で艦長を睨み付ける。一辺の嘘も許しはしないとばかりに。そして。

 

「テロリストのクズどもと接触したのは、どういうつもり? 説明して貰うわよ」

 

 そう言ってユウカは壁際で気配を消していた付き人のマネージャーに指示を出し、お互いのソファーの間にあった高級感溢れるテーブルに数枚の紙をぶちまけさせる。

 そこに記されているのはシロちゃんを狙うテロリストと化した変態どもや犯罪者と、CIAないし米国の人間が接触していたという報告だ。写真の一枚すらなく、裏付けは超能力を使ったというファンタジーな物だったが……現状、それで問題はなかった。信じようと、信じられまいと、どちらでも。

 

「……随分と、ファンタジーな報告書だ。こんな妄言を信じると?」

「えぇ、信じるわ。なんとも貴方達らしい話でしょう? 対立する両者にそれぞれ接触して支援するなんて。それに……超能力が信じるに値する物だと、貴方は認めているでしょうに」

「なんの事かな」

「惚けなくて結構。貴方が超能力関係に多額の投資をしたのは掴んでるのよ。アメリカが超能力関係の研究施設を拡張したのもね」

「…………なるほど。随分と鼻の良い犬を飼っているらしい。それとも、君自身が犬かい?」

 

 あくまで穏やかだった目を尖らせ、嘲る様に疑問を投げる艦長。それは犬と呼ばれる事もあるシロ民を揶揄している様であり、同時にユウカの立場を問う物でもあった。誰かの下に居るのか、それとも独立しているのか?

 そんな疑問に対しユウカはハッと鼻で笑った後、お生憎様と断りを入れて言葉を繋げる。

 

「どちらかといえば私は狼よ。……犬は、貴方でしょう?」

「…………」

 

 自身を狼だと主張し、犬は艦長の方だと薄く笑うユウカ。その言葉に艦長は冷たい視線を返す。

 彼が犬。何の? 誰の? それは恐らく……

 

「故国を捨てて飛び出した貴方が、今更国家の犬とはね。笑い話だわ」

「……賢い選択を、したまでだ」

「ならこの船を沈めなさいな。国や権利者に尻尾を振るのは愚かしい事だと、そう言ってた頃に造ったこの船を。あれは若さ故の過ちだと……そう言えばいい。違うかしら?」

 

 国家の犬となったのなら、さぞ忌々しい記憶でしょう? と。相手の神経を逆撫でる様な笑みを浮かべ、ユウカは笑う。

 それに対する艦長は……最早睨み付けているのと変わらない有り様だ。ユウカの肩に暇そうに顎を預けているハクリューがいなければ、懐から銃を抜き取って脅し出してもおかしくない形相。とてもではないが余裕がある様には見えず……その状態のまま彼は反論の為に口を開く。

 

「ステイツは本気だぞ。大きさ故に直ぐには動けないが、一度動き出せばあっという間だ。個人なんて簡単に叩き潰される。君のお気に入り……いや、信仰している不知火白とてそれは変わるまい」

「……そうね。それは否定しないわ。国家という大集団と正面から戦えば負けるでしょう」

 

 国家というのは強大だ。ましてやそれが地球最強の超大国ともなれば、いくらポケモンが居ても勝てるビジョンは思い浮かび難い。だが……

 

「けど、戦う必要があるの? 国家と? 否よ。その必要はない」

「……何?」

「ふふっ。勘違いしているようだけど、私は聞きに来ただけよ」

 

 その報告書は差し上げるわ、と。なんとも優雅な笑みを浮かべながら告げ、今までの高圧的な態度も消し去ってユウカはスッと席を立つ。それに釣られる様に目を閉じていたハクリューも覚醒し、やっと終わったかーとでも言わんばかりにゆるゆるとユウカに続いて……一人と一匹は部屋の出口へと向かう。

 そこまで事が進み、そこでまさかと艦長は顔を改める。

 

「……謀ったな」

 

 苦々しく、艦長はその言葉を捻り出す。謀られたと。今の今までに至るやり取りで、彼女は必要な情報を自分から抜き出したのだ。何一つ交換せず、こちらの情報だけを抜き取っていった……それが具体的に何かは艦長には分からなかったが、謀られた事だけは確信出来た。

 それに対するユウカの返答はない。ただ自信に満ちた笑みを艦長に向け、ごきげんようと優雅な礼を見せて退出していく。

 

「あぁ、最後に一つ。言わせて貰うわ。……貴方達、ポケモンをなめすぎよ」

 

 そう言ってユウカは今度こそ部屋から出ていった。ハクリューと付き人のマネージャーを連れ、勝ったといわんばかりの余裕と自信を見せながら。

 そうして彼女が出ていった後の部屋に、暫く沈黙が降り……

 

「Shit! やってくれるじゃないか。……なるほど、母親に似たな? 忌々しい」

 

 ギリッ、と。凄まじい歯ぎしりの音を響かせ、艦長は心底忌々しそうにユウカが出て行った扉を睨み付ける。

 そんな彼の様子を見かねたのか、壁際の影となっていた護衛らしい大柄な男が艦長に近づき声を掛けた。何か手を打ちますか? と。

 

「ふむ……」

 

 護衛の提案に艦長は普段の平静さを取り戻し、軽く思案する。彼はいささか精神やテンションが安定しない嫌いはあるものの、決して無能ではなく……短い時間で結論を弾き出す。

 

「いや、必要ない。この船に滞在しているシロ民への教育も引き続き……いや、より濃密に行いたまえ」

「しかし、宜しいので?」

 

 シロ民からはリヴァイアサン号研修と呼ばれるそれは、ユウカのゴリ押しと艦長の打算から行われてきた物だ。既に多くのシロ民がこの船で軍事的な知識や経験を積んでおり、それをいきなり取り止めるとなればそれなりの嫌がらせになるのは間違いない。

 それを今回の報復にする事も可能だが……しかし、艦長はそれを含めた報復の全てを腹の中にしまい込んだ。勿論、打算からだ。

 

「恐らく、彼女は幾つかの確信が欲しかっただけだ。後は我々への警告、私の立場の確認。そしてオペレーションの時期を計りに来たのだろう。それぐらいならとやかくいう事ではないし……シロ民への影響力確保はCIAの希望でもある。切り上げる訳にはいかない」

 

 人は善意では動かない。暇な日本人ならいざ知らず、艦長はアメリカンドリームを掴んだステイツの人間だ。当然誰かへの支援の裏には理由がある。それも利益に繋がる理由が。

 今回でいえばリヴァイアサン号を通じてシロ民とCIAエージェントを結び付ける事であり……その行動には既に利益が出ていた。

 

「それより、ホワイトハウスからのオーダーを片付けなければなるまいよ。……例の特殊弾頭の輸送時間は?」

「口の軽いシロ民がおおよその時間を漏らしました。一般車の少ない早朝に行う様です。具体的な事は漏らしませんでしたが……」

「充分だ。直ぐにでもエージェント達に教えてやりたまえ。後は彼らが好きにやるだろう。結果がどうなろうと、それで最低限オーダーには答えられる」

「yes sir!」

 

 ビシッと敬礼を返し、指示を受けた男が退出していく。

 あぁ、口を滑らせたシロ民は夢にも思わなかっただろう。まさか酒場で退役軍人に漏らした情報がCIAエージェントに届けられ、それがまた別の━━自分達の敵の手に渡るとは。リヴァイアサン号艦長の、そして米国の利益に使われるとは。

 だが現実とはそんな物であり、既に事は起こった後。覆水盆に帰らず……手遅れだ。

 

「ステイツやコミーの軍人ども程ではないが……私も興味はある。遠くから聞かせて貰おうか。ポケモンが現代兵器にどの程度耐えうるのか? その序曲を」

 

 様々な人の努力、思惑、暗躍……それらが重なり、激突は決定した。開幕は、間もなくだ。


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