ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第26話 特殊弾頭輸送任務(後編)

 朝日が差し込み始めたビル街の端で、突如として始まった戦闘は既に終わりを見せ始めていた。

 警察車列を強襲したテロリスト一党はアサルトライフルやロケットランチャーで護衛部隊を攻撃するも、それを全て無力化された上にポニータの“ほのおのうず”に囲まれて身動きが取れず。一方のシロ民達は新たにイワークを加えて戦列を組み、突入の瞬間を待っていた。

 

「各員準備は良いな? “ほのおのうず”が消えたら突入するぞ」

「盾は使用限界だ。イワークを盾にして接近する。誰か、警官隊にもそう伝えろ」

「俺が行ってくる。手錠を連中にはめるのはあちらさんの仕事だしな」

「よーし、よし。いつでも来い……!」

「さて、俺はポニータに乗っていくか」

「なにそれ格好いい」

 

 次の攻防で勝負が決まる━━それはこの場にいる全員が確信している事。元ネト民らしくゆるゆるとしたシロ民達もそれは同じで、ふわふわとした態度の裏で密かに息を飲む。

 一拍。遂に“ほのおのうず”が霧散し始めた。

 

「突撃ィィィ!」

「イワーク、突っ込め! 突撃だ!」

「Ураааааааа!!」

「うおおおぉぉー!!」

「GO! GO!」

「突撃だぁぁぁ!」

 

 炎が消えたのを合図とし、各々が声を上げながら前へ踏み出す。

 先ずイワークが地を滑る様に前進。それを盾にポケモン達が続き、シロ民達も使い物にならなくなった盾を投げ捨てて走り出し、警官隊もその後に続いた。全軍突撃だ。

 

「撃ってきたぞぉ!」

「怯むな! 突撃しろぉぉぉ!」

「イワークの後ろに続くんだ!」

「イワークは鉄壁だ。この程度の攻撃では、びくともせんわ!」

 

 破裂音、金属音、爆発音。凄まじい音が響く道を、シロ民達はイワークを盾に前へ進む。シロ民達からはイワークの巨体で見えないが、辺りに響く凄まじい跳弾音とそれに混じる爆発音を聞くに、テロリストは全力でイワークと相対しているのだろう。

 そして、それは明らかにイワーク優勢だ。ライフル弾も、対戦車弾頭も、イワークを撃破するにはまるで足りていない。どう見ても豆鉄砲以下の効果しか与えれていないのだから。

 

「よーし、イワーク! 奴らを取り囲め! 動きを封じろ!」

 

 そうしているうちにイワークはテロリスト達に取り付き、トレーナーの指示に従って彼らをグルリと取り囲む様にとぐろを巻く。いつでも押し潰せるぞと。そんな圧力をかけながら。

 

「決まったな……テロリストどもに告げる! お前達は完全に包囲されている! 大人しく武器を捨てて投降しろ!」

 

 勝負は決まった。誰もがそう確信し、降伏勧告が始まる。武器を捨て、投降しろと。お前らは負けたのだと。繰り返し、繰り返し告げる。各々が反発に備えて銃を構え、ポケモンに指示を飛ばす準備を継続しつつ。

 それを知ってか知らずか、イワークのとぐろの中からまだ戦えると罵声混じりの日本語で反発の声が上げられ、連続した銃声が響くものの……悲しいかな、それに続くのは虚しい跳弾音だ。どうやらテロリスト達はポケモンを持っていないらしく、イワークのとぐろを突破出来ないらしい。

 

「……連中、武器を捨てんな。まだ撃ってるぞ」

「まさか、この段でまだ勝てると思ってるのか?」

「いや、どっちかというと発狂してるんじゃないのか……? あれ」

「あー、まぁ、どっちにしろ時間の無駄だな。お巡りさん方にも言ってくるわ」

「りょ。んじゃ、それで終わりだな。」

 

 これ以上は時間の無駄だ。それを感じたシロ民は警官隊に話をつけに行き……やがて双方納得の上で協力して次の段階へと移る。つまり、突入だ。

 

「話つけて来た。早期突入に賛成、タイミングはこっちに合わせてくれるってよ」

「そりゃ、意外だな。素人には任せられない! ……とか言われなかったのか?」

「いや、まぁ……普通ならあるんだろうけど、俺とあちらさん顔馴染みだし。一時期教官だったし、俺」

「あぁ、ポケモン教習の関係か……」

「コネの力だな。お嬢様々だ」

「なるほどな。んじゃ、前準備と行くか」

 

 シロ民と警官隊の一部がお互い顔馴染みである事、準備がポケモンに関する専門家であるという世間風潮……そういった要素が噛み合って、シロ民主導の突入がスムーズに開始される。

 その最初の一手はイワークニキ。彼がイワークに指示を出した事で、イワークがテロリストを囲ったままグルグルと身体を動かし始めたのだ。それはまるで、回転する石壁。

 

「良いぞイワーク。回れ、回れ。圧迫し、かき乱せ……!」

 

 グルグル、グルグルと、しかし地響きを立てながらイワークは回る。その圧迫感たるや凄まじく、中にいるテロリスト達は混乱の極みにあった。

 このまま磨り潰されるのではないか、押し潰されるのではないか、もし当たればひき肉にされるのは間違いない……あぁ、これは一体いつになったら止まるのか、止まったとして突入してくる方向はどちらなのか。自分達は、どうなるのか?

 

(やっこ)さん、酷く混乱してるな……そろそろじゃないか?」

「そうだな。そちらの準備は?」

「終わってる。後は訓練通りにやるだけだ」

「よーし……イワーク、“いやなおと”! そろそろ決めるぞ!」

 

 テロリストと呼称されてはいるが、彼らは歴戦の傭兵でもなければ狂気に染まった信仰がある訳でもない。ただのチンピラに毛が生えた程度の連中だ。故にイワークが恐怖を煽る度に容易く戦意が削れ、“いやなおと”による精神ダメージが刺さり、統制は崩壊寸前。

 やがて恐怖からデタラメに撃っていた銃が弾切れになり、あるいは運悪く跳弾で自分を撃ち、味方に撃たれ、戦う力を失っていく。

 そして。

 

「イワーク! ポケモン達の前に穴を開けろ!」

 

 イワークニキの声でイワークの回転が止まり、一ヶ所だけ包囲に穴が空く。それも人が並んで通れる程の穴が。

 これに戦意が崩壊したテロリスト達が遮二無二飛び付く。我先にと包囲から抜け出そうとし……

 

「サンド、“たいあたり”! 突入だ!」

「シェルダー、“たいあたり”! 続けぇ!」

「ポニータ! “たいあたり”だ! 行くぞっ!」

 

 包囲の直ぐ側で待機していたポケモン達の“たいあたり”を食らって薙ぎ倒され、直ぐ様シロ民か警察に捕縛された。武器を取り上げられ、拘束された彼らに反撃の手はない。

 一方、まだ武器を持っている者達は反撃を試みるが……やがて等しく反撃の手を失った。シロ民一番乗り! 手錠を振り回しながらそう叫ぶポニータに乗ったシロ民を先頭に、素早く接近してきたポケモン達の“たいあたり”を避けきれず、吹き飛ばされ、武器を破壊、もしくは取り上げられたのだ。狙いを定める暇すら与えない速攻で。

 

「突入! 突入! 抵抗する者はポケモンに制圧させろ!」

「手錠をかけてパトカーの後部座席に突っ込んでやる!」

「こら、大人しくしろ!」

 

 文字通りポケモンに薙ぎ払われたテロリスト達に、打てる手は最早なかった。スーパーマサラ人でもなく、元が一般人に過ぎない彼らは体術に優れる警察や、囲んでポケモンで抑えるシロ民に抵抗出来ず次々と捕縛される。

 やがて警察車列を強襲したテロリスト十数名は全員捕縛され、自体は終息を迎えた。警察車列側の死傷者0。テロリストは全員捕縛済み……圧倒的な勝利だ。

 

「終わったな……」

「あぁ、勝った」

「他愛ない」

「まぁ、これでポケモンが最強だってのはハッキリしたろ。どこの国か企業か知らないが、バカ騒ぎを煽るのはこれで終わりにして欲しいもんだ」

「それな。今回のはシロちゃん的にも、俺らとしても完全に寄り道……というか、どうでもいい結果だからなぁ」

「ほんそれ」

 

 人間は銃を持ったくらいではポケモンに勝てない。

 それはシロ民や政府機関では周知の事実であり、日本国においては精度の高い噂話で……この瞬間、観戦していたスパイ達が目撃した事により、世界の常識となった。ポケモンに銃は効かず、接近されれば狙いを定める事すら困難だと。

 

「この、化物どもめ! インベイダーの手先どもめ! 滅びろ、死に絶えろ、貴様らのせいで人は死ぬんだ!」

「ボスさえ、ボスさえ来れば貴様らなんぞイチコロだ!」

「ポケモンがなんだ、ポケモンがそんなに偉いか! 貴様らのせいで、どれだけ消えると思ってる! 狂人どもがぁ!」

 

 だからテロリストとは名ばかりの連中の……その中の数人がそんな事を叫んでも、誰も聞きはしない。敗者の()れ言、負け犬の遠吠え、狂人の妄言。誰も、本気にはしない。他の有象無象と喚き声と同じと片付けてしまう。

 だって、ポケモンに勝てるのはポケモンだけなのだから。こちらの有利は絶対なのだから。そう、ポケモンに勝てるのはポケモンだけだ。ならば━━ポケモンにポケモンをぶつけたとき、どうなるか? 観戦者達の興味が移り()()()()()される。

 

「──了解した。スリーパー、イワークへ“ねんりき”。締め上げつつ、ビルに叩き付けろ」

 

 その“わざ”が、辺りに響く。狙われたのはイワーク。200キロを越える巨体が突如として持ち上がり、地面から離れ、ブンッと近くにあった廃ビルへ叩き付けられる! 凄まじい衝撃と揺れが響き、廃ビルの外壁が吹き飛ぶ。

 

「イワーク!?」

「何だ!? 何が起こった!?」

「誰だ! どこからの攻撃だ!?」

 

 突然の事にポケモンもトレーナーも混乱し━━

 

「スリーパー、“サイケこうせん”。イワークを落とせ」

 

 次の瞬間には追撃の光線が刺さる。それはイワークに向けるにはお世辞にも相性がいいとはいえないエスパータイプの“わざ”。だが、放たれた二つはいずれも“とくしゅわざ”で、イワークは“とくぼう”が低い。そして何より、その“わざ”はかなり鍛えられた一撃だった。

 イワークが、沈む。ズルズルとビルを背に崩れ落ち、地響きを立てて地面に横倒しに。その目は……完全に回っている。戦闘不能だ。

 

「ば、馬鹿な。イワークが……?」

「あり得ない! 対戦車弾頭すら弾くんだぞ!?」

「いや、今のはエスパータイプの……そもそもどこから撃ってきたんだ!」

「確かあっちの……おい、あれを見ろ!」

 

 一人のシロ民がビルの屋上を指差す。逆光でよく見えないが、そこに居るのは複数のニンゲンの姿と……シロ民の知識と目が正しければ、さいみんポケモン、スリーパーに見えた。

 

 ━━まさか、奴らが?

 

 そう彼らが思考した次の瞬間、ニンゲン達とスリーパーの姿が突如としてかき消える。まるでそこには誰も居なかったかのように。

 そして。

 

「これが、噂のインベーダー精鋭戦力か? 思ったより脆いな」

「我々が出る必要は無かったのではないかね?」

「なら黙れ。この件は私に一任されている」

「なっ!?」

「馬鹿な!?」

「瞬間、移動……!?」

 

 シロ民達の背後、そこから聞こえた声に思わず振り替えれば、そこにはビルの上に居たはずのニンゲン達と一匹が居た。声に出るのは動揺と疑念。

 そんなシロ民達にニンゲンの一人が薄笑いを返しつつ、指を向ける。

 

「アタリだ。スリーパー、“サイケこうせん”。薙ぎ払え」

 

 放たれたのはポケモンへの指示。スッ、と動かされた指先に従う様に強力な光線が走り、無双を誇ったポケモン達を薙ぎ払う。

 突然のポケモンバトル開始に、対応出来た者は半数。ポニータがトレーナーを庇い、タマタマとマダツボミは逃げ遅れ、それぞれ一撃で撃破されたのだ。生き残ったのは咄嗟に“まもる”を指示された三匹だけ……その結果に満足しているのか、いないのか、男は曖昧な頷きを打つ。悪くないはないと。

 

「しかし、足りない。それでは“伝説”にすり潰されるぞ。……スリーパー、“ねんりき”。まとめて締め落とせ」

「っ! サンド、スリーパーに“ころがる”だ!」

 

 手加減の欠片も見えない、押し潰すかの様な連続攻撃。“ころがる”で突っ込んだサンドを除いたシェルダーとクラブが地面から浮き上がり、苦しそうに悶え始める。このままでは数秒で落とされてしまうだろう……だが、そうなる前にサンドの“ころがる”がスリーパーに刺さる!

 そうサンドのトレーナーが笑みを浮かべ、期待通りにサンドの“ころがる”がスリーパーにドスリと当たる。だが、当のスリーパーは何の痛みも感じていないのか、平然と“ねんりき”を使い続けていた。

 

「シェルダー! スリーパーに“みずでっぽう”」

「クラブ! スリーパーに“バブルこうせん”!」

 

 このままではやられる。そう確信した二人のトレーナーは、サンドの二次攻撃を待たずに自身のポケモンに指示を飛ばす。例え接近出来なくとも、遠距離系の“わざ”でスリーパーを落とそうと。

 その目論みは━━半分上手くいった。ポケモン達は棒立ちのスリーパーに水と泡をぶつける事に成功したのだ。しかし、やはりスリーパーに目立ったダメージは見られない。多少鬱陶しそうにするだけで、“ねんりき”を止める事すらしなかったのだ。

 

「スリーパー、その二匹に止めを差せ」

「サンド、行けぇぇぇ!」

 

 サンドの二回目の“ころがる”がスリーパーに刺さる━━その寸前、“ねんりき”によってシェルダーとクラブがガツンッと激しくぶつけ合わされ、両者共に目を回して戦闘不能に陥ってしまう。これで、残るはサンドのみ。

 その頼みのサンドは二回目の“ころがる”に成功し、一回目より激しい体当たりをスリーパーに敢行。僅かだかよろめかせる事に成功した。そしてそのまま第三次攻撃への準備へと走り抜ける。

 

「ふむ、“めいそう”を事前に積んでいたのが功をそうしたな……さて」

「何……?」

 

 “めいそう”を()()に積んでいた。そうポツリと溢す男にサンドのトレーナーの注目が向くが、男はその注目に薄笑いを返すだけでそれ以上は何も言わない。

 疑念、不審、推測。

 シロ民達の脳裏に様々な思考が走る中、サンドの三回目になる“ころがる”がスリーパーへ向かい出した。……“ころがる”は成功する度に威力が上がり、最終的にはロマン砲じみた火力を発揮する“わざ”。その三回目ともなればそれなりの威力がある。当たればそれなりのダメージが見込めるが……

 

「スリーパー、”ドレインパンチ“だ」

 

 流石に黙って見る気はないらしく、男はスリーパーに指示を飛ばす。向かい討てと。

 その指示に男と似たような薄笑いを浮かべ、スリーパーは持っていた振り子を握った拳の中にしまいこむ。そのまま腕を引いて、転がってくるサンドを睨み、そして。激突。

 

「っ!」

「ふん……」

 

 凄まじい衝撃音と共にぶつかった両者の拮抗は、一瞬。

 互角に見えた次の瞬間にはスリーパーの拳が丸まったサンドを押しきり、そのまま殴り飛ばしたのだ。ブンッと空に叩き上げられたサンドは、やがてボールが落ちるかの様に地面に叩き付けられる。その目はまだ回っておらず、闘志に燃えていたが……

 

「止めだスリーパー、“ねんりき”」

 

 間髪入れずに放たれた追撃によってあえなく意識を刈り取られ、そのままトレーナーに向かって放り投げられた。

 

「なっ、サンド━━!?」

 

 ドスッ、と。想像よりも重い衝撃を受け、サンドは受け止めたトレーナーを巻き込んで地面に転がる。その目に闘志は無く……どう見ても戦闘不能。全滅だ。

 

「ば、馬鹿な。こんな事が……!?」

「ぜ、全滅? 六匹のポケモンが全滅? 五分も経たずにか?」

「化け物め……!」

 

 たった一匹相手に六匹が戦闘不能……それも僅か数分で全滅したという現実にシロ民へ動揺が広がっていく。負けた、勝てない、強すぎる、レベルが違う。まるで“めのまえがまっくらになった”かの様な感覚に打ちのめされる。

 その一方で活気に湧くのはテロリスト達だ。

 

「良いぞ! やっちまえ!」

「流石ボスだ!」

「ボスが助けに来てくれたぞ!」

 

 手錠をはめられてなお歓声を上げ、男をボスと呼ぶテロリスト達。その様子にシロ民達の脳裏に一人の人物か浮かび上がっていく。

 テロリストの、ボス。まさか、奴が。

 

「まさか、元シロ民のハッカーか?」

「! 変態から犯罪者に、犯罪者からテロリストになったあの豚か!? いや、だが……」

「顔が違うぞ。痩せてる」

 

 口から出てくるのはやはり一人の人物だ。シロちゃんに邪な考えから凸を敢行し、ポチネキとSATUMA人に阻止され、敗北。そのまま刑務所に叩き込まれるも脱獄し、今日まで密かに戦力増強と情報戦に励んでいた男。元シロ民のハッカーにして催眠術師、現テロリストのボス。その男だと。

 しかし、その男の顔や体型は事前に周知された物とはだいぶ違っていた。具体的にいうと痩せてる。それどころか鍛えてすらいるのだろう。手足は力強く、顔立ちも精悍……とまではいえないが、それなりに鍛えている男の顔つきだ。

 

 ━━聞いていた話と違う。

 

 敵のボスは豚だと聞いていたのに、会ってみればマッチョだった。そう思わずシロ民達が互いの顔を見合わせれば、男はその顔に似合わぬ気味の悪い薄笑いを浮かべて告げる。それも仕方ないと。

 

「……デブだったのかね? テロリストのボス殿?」

「その呼び名は止めろ。スパイどもが。それに、あんな“伝説”を見れば、少しは鍛えようという気にもなる」

「あんな伝説、だと……!?」

「この世の……いや、人間の歴史の終わりだ。お前らがそうと知らずに人間を消し去る未来だよ」

「……は?」

 

 何言ってんだ、フジャケルナ! そうシロ民から声が上がるが、男は薄笑いをより一層強くするばかりで、訂正する気配は見られない。それどころかやはり分からんか、と言葉を繋げてくる。

 

「ポケモンと人との共存? 大いに結構! 今見たように人はポケモンに勝てん。それが最善の道だろう……だが! お前らはそれに固執するあまり多くの者を見捨てている! 大事な事に目をつむっている! 知らず、聞かず、分からぬと逃げ。それが何を招くか考えもせずに!」

 

 両手で天をあおぎ、高らかに歌い上げる様に声を上げる男。その姿は控え目にいってマトモではなく……しかし、その言葉はどこまでも真摯だった。

 

「少し考えれば分かる話のはずだ。このまま進めば人はどうなる? えぇ?」

「……ポケモンと、共にある。彼らと共に前へ進む。そのはずだ」

「違うぞ。ポケモンに食われるのだ」

 

 ポケモンと共に。シロ民の、元を辿ればシロちゃんの願いを男はバッサリと切り捨てる。それは違う。あり得ないと。

 狂気に沈んだ、しかし冷静な目でシロ民達を睨み、男は続ける。確かにシロちゃんに従えばポケモンとの友好関係は不可能ではないだろうと。だが。

 

「シロちゃんが導くのは、人を切り捨てた、ポケモン優位の友好関係だ」

「ポケモン優位……?」

「分かるか、シロ民ども。やはり分からんか。だから貴様らはインベーダーなのだ。人間を辞めた化け物が。その怠慢と狂信が人を、人間の歴史を、人類史を、忘却の彼方へ追いやるのだ!」

「……?」

「彼女は、不知火白は人など見ていないぞ? 長く調べ、観察したからこそ分かる。彼女は人に、ニンゲンに関心がない。関心事は常にポケモンのみだ! ……まぁ、当たり前だな。彼女が一番ツラいときに隣に居たのは人ではなく、ポケモンなのだから」

 

 そこで男は言葉を切り、ギョロリとシロ民達を見回す。そうして口から出てくるのは一つの問い。貴様らなら助けてくれた者と助けてくれなかった者、どちらを取る? と。

 

「簡単だ。助けてくれた者を取る。信頼する。優遇する! そして、彼女を助けたのは人ではなく、ポケモンだ。……分かるだろう? 彼女はポケモンを取るぞ。千人の人間を見捨てても、一匹のポケモンを取るぞ、不知火白は。何度でも、何度でも人を見捨てるぞ。彼女にとってニンゲンは、価値がないからな」

「何を、馬鹿な……」

「そう思うか? 思うだろうな。私もそう思った。……しかし、違うのだ。それでは説明がつかない。普段の行動や言動は勿論、死を初めて向けられたはずの少女が……いや」

 

 疑問符を浮かべるシロ民を置き去りに、そこまで一気に喋った男だったが……様子を窺っていた別の男から割り込まれ、口を閉じる。喋り過ぎだと。

 

「そろそろ仕事をして貰うぞ。サイキッカー」

「……言われるまでもない。スリーパー、“さいみんじゅつ”。細部は私が調節する。やれ」

「くっ……!?」

 

 “さいみんじゅつ”を指示した男はスッと手をかざし、スリーパーは振り子を降り始める。ゆっくり、ゆっくり、独特のリズムで。

 これにシロ民は慌てて目や耳を閉じ、辺りへ警戒の声を飛ばそうとするが……もう遅い。ドサリドサリと次々に警察官達が、そしてテロリストまでもが眠りに落ち、崩れ落ちる。そしてシロ民達も強烈な眠気に襲われ……その景色の何が不満なのか男は不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「やはり信仰心の厚いシロ民は人間を辞めているか。私も貴様らも、哀れだな。気づかぬうちに人間ではなくなっているのだから……」

「何を……クソッ……」

 

 自分も含めて哀れだと嗤う男にシロ民は噛み付こうとするが、激しい眠気がそれを許さない。一人、また一人と崩れ落ちていく。

 

「俺らを倒しても、シロちゃんはお前の物にはならんぞ……!」

「ん? あぁ……そうだろうな」

 

 負け惜しみ。そう自覚しながらもこれだけはと放った言葉は、サラリと流される。どうでもいいとばかりに。

 これに驚くのはシロ民達だ。事前情報と違い過ぎる。彼らはシロちゃんを狙う悪質な犯罪者ではなかったのかと。そんな彼らを置き去りに、男はゆっくりと首を振って言葉を繋げる。仕方ない事だと。

 

「非常に、非常に残念だが、仕方ない事だ。それに、前の私ならともかく今の私にとって彼女は最優先目標ではないし、固執する事でもない」

「何っ……!?」

「勿論、手に入れれるなら好きにさせてもらうさ。私の好きに、使わせて貰う。だが、今やるべき事は彼女の、特異点の確保でも、排除でもない。……戦力を増強し、防波堤を作り、最終的に、決定的なタイミングで、流れを変える事だ」

 

 そうでもしなければ人の世界が終わるのだからと。薄笑いを浮かべながら男は肩をすくめる。そこに狂気はなく、真摯さと疲れが見えるのみ。

 だが、やはり男はどうしようもなく狂気に落ちていた。

 

「最早ポケモンの侵食が止まらない以上、ポケモンとの友好関係は必要不可欠だ。それに関しては裏から手を回してやろう。……だが、作られるべきはポケモン優位の世界ではない。人間優位の世界だ。彼女には悪いが、ここは人間の世界だったのだ! ならば、作られるべきは人間優位の世界であるはずだ。残されるべきは我々の世界の歴史だ!」

 

 高らかに人の世界を守るのだと、壮大な事を語るその有り様は狂気に満ちているとしか言いようがない。

だが……男の周りに居る者達は正気であるはずなのに、演説を止めはしなかった。それどころか、もっともだと頷いている。我々こそが勝者であるべきだと。

 

「さて……諸君らはよく健闘したが、現代兵器の前に敗北した。ポケモンは現代兵器でダメージを受ける。その結果少数のテロリストを逃してしまい、手持ちポケモンは全滅した。当然テロリストのボスは居なかったし、何も聞いてはいない……ここであったのは、そういう事だ」

「な、に……?」

「そういう事になるんだよ。その為の“さいみんじゅつ”だ。だいたいそうでもなければ、国外勢力を割れないじゃないか」

 

 実際あった事実と別のストーリーを語る男は、一層笑みを深めるとスリーパーに指示を飛ばす。仕上げの“さいみんじゅつ”だと。

 そうしてリズムを変えてスリーパーの振り子が振られ、男が何やら集中し、遂に全てのシロ民が眠り落ちる。その後も暫く“さいみんじゅつ”が続き……やがて一人と一匹が“さいみんじゅつ”を切り上げたとき、そこにあったのは薄笑いだ。バカバカしいと。

そんな男によくやったと、共に居たものが声をかける。男にスパイだと言われた者達が。

 

「今頃あちらは完全に失敗した頃合いだろう。これで現代兵器が効いたグループと、効かなかったグループの二つが出来る……仕込みはこれで良いだろう」

「そう上手く割れると思っているのか? 割れるのは貴様らだろう」

「口のきき方に気をつけろよ。貴様。……まぁ、割れなくともそれでいい。だが、人は信じたい情報を真実だと思う生き物だ……割れるだろう」

「そして、割れてしまえば動きは鈍くなり、各個撃破も行える。この島国を制圧し、我々の旗を突き立ててやる日は近い」

「──笑い話だな。“伝説”が目覚めるその日までに、人類は団結しないといけないというのに。誰も彼もまとまらない。まとまる気がない。あぁ、残念だ。残念だなぁ」

 

 心底残念そうに、しかしどこか嬉しそうに笑う男。ある種矛盾した感情だったが……狂気に沈んだ男からすれば大した事ではない。ただ残念なのも、嬉しいのも真実なだけだ。“伝説”が目覚めるその日までに、全てを間に合わせなければならないのだから。

 

「さて、そろそろ先に片付けた他国の観客が起きる頃だ。撤収するぞ。次のターニングポイントまで潜む。……おい」

「──了解だ。スリーパー、“テレポート”だ」

 

 “テレポート”。その“わざ”が使われたのか、テロリスト達が突如としてかき消える。後に残ったのは“さいみんじゅつ”に掛けられた人々のみだった……


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