ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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 息抜きに好き勝手書いてたら区切りが付かなかったので、作者換算で3話分の長さです。ご注意を。


第29話 ちょっとしたお節介

 お爺ちゃんに連絡を取った数日後。私は伊藤家別荘から離れた場所━━位置合い的にはトキワの森辺りかな?━━にある町を昔からのパーカーとジャージスタイルでぶらついていた。チラホラとポケモンや、その痕跡が見える町並みをポチを連れているとはいえ一人だけで。

 本当は護衛のボディーガードやシロ民に止められるし、押し通しても護衛が引っ付くのだが……まぁ、なんだ。ちょっと策を練って抜け出して来た。

 

 ━━だって息苦しいんだもん……

 

 彼らの気持ちや、自分の立場。そして現状が分からない訳ではない。

 規模や戦力はロケット団以下とはいえポケモンを悪用するテロリストが現れ、治安レベルが少しずつ低下している中での外出は危険を伴うだろう。私のポケモンの第一人者━━ただ知っていただけでこう言われるのは不満だし、植物学者さんみたいに頑張ってる他の人に不公平だ━━としての立場を思えば暗殺の危険性すらある。幾らポチといえど、超長距離からアンチマテリアルライフルで私を狙って狙撃されれば対応出来まい。あるいは区画ごと爆撃された場合も同じだ。私だと分からない程度にはぐちゃぐちゃな死体が出来上がること間違い無し。

 

「けど、息苦しい」

「グルゥ」

 

 例の襲撃事件からこっち、ユウカさんを筆頭に多くの人が過保護になってしまったのだ。私が襲われるのではないかと。次はここではないかと。私がお爺ちゃんを呼んでしまったのも状況を悪化させた。私が不安を持っていると。心細いのだと。

 それらはそこまで間違いではない。けれど、やり過ぎだ。24時間体制で監視され、常に誰かが護衛として側に居て、基本的に部屋に缶詰にされる身にもなって欲しい。カオリもサキも、シロ民達ですらポケモンバトルを受けてくれなくなったし。受けてくれなくなったし! なんで? ポケモントレーナー同士、目が合ったらバトルでしょう? なんで? なんで受けてくれないの???

 

「別にカツアゲする訳でもないのに」

 

 ゲームではポケモンバトルに勝ったら賞金が手に入った。あれはゲームシステム上の都合なのだが……一部ではカツアゲしてるのだと真しやかに語られた話だ。

 まぁ、前なら笑い話だったろう。しかし、今では真面目に考えるべき話だ。流石にカツアゲは良くない。かといって賞金無しはしっくり来ない。なので今のところポケモンリーグ公認の試合では、ファイトマネーを出したり、有力なトレーナーには希望次第で補助金を出したりする方向で調整している。

 

「むぅ……」

 

 だから、彼ら彼女らが私のポケモンバトルを断る理由はないはずだ。確かにポチが他のポケモンよりも遥かに強すぎて、私の勝ちがほぼ決まっているのはいささかつまらないだろうが、そこは一対多数等の非対称戦にする事で対応出来る。問題ない。

 けれど、彼らはそれでも断るのだ。曰く、ポケモンバトルをする度に私がケガをするからやりたくないと。解せぬ。

 

「ケガくらいどうでもいいじゃん……」

「グルゥ?」

 

 飛んで来た破片で服や肌、場合によっては頬がバッサリ切れて、血がドボドボ溢れて血濡れになった事は何度かあるが……それがどうしたというのか? オレンの実でもかじれば元に戻るし、何より、ポケモンバトルだぞ? ()()ポケモンバトルが出来るんだぞ!?

 ケガをした程度では、出血程度では、ポケモンバトルをやめる理由にならない。例え足が吹き飛んでも続行してやる。頭と胴体があれば最低限やれるのだから。

 

「血が出たからってピーピー泣いたりしないのに」

 

 私だって元男。血が出た程度で狼狽(うろた)えたりしないし、泣いたりもしない。むしろ勲章だと笑う胆力ぐらいある。

 現にケガしても直ぐにオレンの実をかじっているのだ……それをすると周りにドン引きされるが。カオリとサキのアイドル組に至っては顔を青くしていた。解せぬ。

 

「良いじゃん、別に。だって近くで指揮した方が、バトルがよく見えるんだもん」

「グルゥ」

 

 ポチが最も得意とするのは高速での超高機動戦闘だ。耐えてからのカウンターも出来るが、それよりも戦場を縦横無尽に駆け回り、相手だけでなくバトルの流れすらも支配する事こそポチのやり方。ならそれをサポートする為に、私も常に最適な位置取りで確かな情報を得て、常に最適な警告と指示を飛ばす必要がある。場合によっては戦闘に集中するポチの代わりに作戦立案も。結果流れ弾を食らおうと、それは必要経費だ。気にする事はない。

 まぁ、バトルが終わればポチにかなり心配されるが……生きていれば問題ない。彼女もその辺りは理解してくれたしね。強ければ、勝てれば、生きていれば、何の問題も無いと。

 

「ふんっ……」

 

 だというのに! それを彼らは危ないからとやらせてくれないのだ。気持ちは分からないでもないが、お節介も良いところ。書類なら幾らでも書いて上げるから、ポケモンバトルぐらい自由にさせて欲しい。私の数少ないストレス発散方法なのだから。

 そう内心ブチブチと愚痴を並び立て、ふて腐れながら町を歩いていれば……居た、ポケモンだ。

 

「あれは、ポッポか。……ぁ、行っちゃった」

「グルアァ」

 

 ポチの“いかく”が入ってしまったのか、ようやく見かけたポッポは慌てた様子でバサバサと飛び去ってしまった。

 まぁ、仕方ない。ポチの“いかく”はパッシブスキルの様な物。いちいちONOFFしろという方がおかしいだろう。そうまたふて腐れそうになる内心を納得させ、私は再び歩き始める。そうして目に入って来たのは、そこそこ大きな公園だ。人もチラホラと……いや、ポケモンも居るな。ポッポ、オニスズメ、コラッタ。そしてあれは、ポケモントレーナーか!?

 

「おぉ、ポケモントレーナーが居る……」

 

 ポケモンバトルをしている訳でも、その練習をしている訳でもなく、ただガーディを横に連れて散歩しているだけだが……あれはポケモントレーナーだ。間違いない。

 仮にペットの犬がポケモン化して、その後も前と同じ様に散歩しているだけなのだとしても、ポケモンを連れてるならポケモントレーナーだ。異論は認めない。今日の私はポケモンバトルがしたくて仕方ないのだ。会いたかったぞ! ポケモントレーナー!!

 

「よーうし……」

 

 ポケモントレーナーが二人。後は分かるな?

 おい、ポケモンバトルしろよ。

 そう声をかけようとしたとき━━別の物が目に入る。モンスターボールだ。

 

「あれは……?」

「グルゥ?」

 

 正確にいえば、モンスターボールを持って固まっているスーツ姿の男性と、その側に居る小さな女の子だ。距離感や気配から察するに、恐らく二人は親子なのだろう。しかし、休日に公園に遊びに来たという訳でもなさそうだが……?

 

「うーん、中々難しいんだな。やはり簡単だという虫ポケモンに……いや、それは怒られるか。アイツは虫が嫌いだからな」

「パパ、大丈夫?」

「大丈夫だ。パパは昔野球部でピッチャーだったんだぞ? 任せておけ……万年補欠だったけど

 

 ふむ? 近づくにつれて聞こえた声を聞くに、どうやら彼らはポケモンをゲットしに来た様だ。お父さんの方がスーツ姿なのは……仕事帰りか、あるいはこれから仕事なのか、どちらにせよ忙しい中時間を捻り出した結果と見える。

 良い話だな。感動的だ。無い時間を無理やり作り出しての家族サービス。だがポケモンをゲット出来なければ無意味だ。

 

「ポケモンのゲットですか? それでしたらお手伝いしますが」

 

 しかしそうはなるまい。ポケモントレーナーになろうとしているが、中々上手くいかない人。そんな人には思わず手を差し伸べたくなるのがポケモントレーナーという人種だからだ。

 そんな私の内心を知るはずもない彼ら親子は声をかけられた事に驚き、その相手がチンチクリンである事にクエスチョンマークを浮かべ、最後に私のポチを見て合点いった様子を見せる。父親は驚きを、女の子の方は喜びを。

 

「ポケモン、トレーナーの方でしたか」

「わぁー、おっきなワンちゃんだー」

 

 父親の方がポチに気圧されて口ごもる反面、女の子はタッと直ぐ様ポチを撫でにかかった。わしゃわしゃもふもふと両手で撫でる手に上手さはないが、しかし純粋だ。やはり子供はポケモンと仲良くなりやすいらしい。ポチも嫌がってはいないから、彼女は放置していいだろう。

 そう判断した私は父親に向き直り、再度問う。それで? と。

 

「どの子が良いんです? 虫ポケモンは駄目だと聞こえましたが」

「あぁ、聞こえてしまいましたか。はい。妻が虫嫌いなもので……そしてペットとして飼うつもりなので、出来ればピカチュウやイーブイ、ガーディが良いと」

「ママとねー可愛い子が良いねって、お話ししたのー」

「なるほど、なるほど……」

 

 ピカチュウ、イーブイ、ガーディ。何れも━━ポケモンの“せいかく”次第なところがあるが━━育て易く、初心者向けで、人気も高いポケモンだ。

 特にピカチュウはアイドルのサキがコーディネーターとして活動するときに、パートナーとして連れている事から知名度に困らないポケモンだし、ガーディは警察組織に私が売り込んだ事から需要が高騰し、それにつれて知名度が上がったポケモンだ。ここで名前が上がるのはある種当たり前だった。イーブイは少し意外だが……ペット枠で、可愛いポケモンという事でポケモン図鑑から引っ張りだして来たのだろう。

 彼らが上げたのは良くも悪くも初心者が欲しがるポケモンだった。だからこそ、難しい。

 

「それは、難しいですね」

「やはり、難しいですか?」

「はい。その三匹は生息数が少なく……特にイーブイは無理でしょうね。希少過ぎる」

 

 イーブイはゲームの頃からして生息地不明で、ゲーム中に一匹しか手に入れれないポケモンだった。それ以上欲しいならタマゴを産ませるしかなかったのだ。

 現実となった今では多少マシだが……それでも珍しい事には変わりない。他のポケモンがうじゃうじゃいる中で、イーブイは未だにゲット数が十数匹程度だといえばその珍しさが分かるだろうか? 少なくとも、彼らの様な一般人が狙って手に入れる事は出来ないポケモンだ。

 

「狙うとすればガーディですが……主な生息地がここから離れてますからね。この辺りで狙うならピカチュウでしょう。まぁ、ピカチュウもかなり珍しいポケモンですが」

 

 サキという身近な人物が手に入れている事で勘違いしやすいが、ピカチュウも貴重なポケモンだ。次代のエネルギー源として期待されるでんきタイプのポケモンという事で、政府や大手企業が血眼で探しているが、それでも100匹程度しかゲット出来ていない。未発見を含めても現状では500匹居ないのではないかというのが政府の見解だ。彼らがピカチュウをゲット出来る確率は宝くじの一等に当選するのと同程度だろう。

 まぁ、何はともあれ先ずは行動あるのみだ。そう考えた私は父親を急かし、ポチを撫で回す女の子を諭し、彼らを連れて公園の端の方へと向かった。ポケモンが居るなら、人気のないこっちだと。

 

「あぁ、やっぱり。こっちの方がポケモンが居ますね。キャタピーに、ビードル。トランセルまで居る」

「あー……すみません。虫のポケモンは……」

「嫌だと? 彼らもポケモンですよ? それに進化すればバタフリーになる。テレビで見たことがあるのでは?」

「まぁ、そうなのですが……」

「ばたふりー……おっきなちょうちょさん!」

「うん。そうだよー」

 

 女の子はバタフリーと聞いてちゃんと連想出来たのか笑顔を浮かべているが、いかんせん父親の方が渋い顔をしている。

 まぁ、虫ポケモンだからな。人気は無い。キャタピーをゲットして家に連れて帰っても、嫁さんに叱られるのが目に見えているのだろう。

 

 ━━残念だったな。お前ら。

 

 カオリの活躍で多少はマシだが、虫は虫という事らしい。彼らの人気が出るのはまだ先になりそうだ。

 と、なれば……やるしかあるまい。

 

「さて、行きましょうか」

「行く? ……え、中に入るんですか?」

「? 当たり前でしょう。ポケモンをゲットするなら草むらの中を探さないと。……おいで、お姉ちゃんとワンちゃんと一緒にポケモン探そう?」

「ポケモン……うん!」

「あ、ちょっと!」

 

 父親の方を説得しても仕方ないと、私は女の子の方をポケモン探しに誘う。信用されるか怪しかったのだが……ポチをモフらせていたのが良かったのだろう。結果はこうかばつぐん。父親の方も慌てて森の中へと足を踏み入れて来た。

 ……自分の事をお姉ちゃんとか、変な笑いが出そうだけどな。我慢だ。我慢。

 

「危ないですよ! 森の中なんて。それにニュースでポケモンには危険なのもいると!」

「ポケモンはみんな危険ですよ。ピカチュウは“かみなり”を落とせますし、ガーディも“かえんほうしゃ”で家を焼ける。━━けれど、それでもポケモンと居たいのなら、ポケモンと居れるのなら、そこにはきっと、綺麗な景色が待っている」

「?」

「何を言って……」

 

 公園の横に引っ付く形で生い茂っている森の中に入って少し、ところどころに生えた“きのみ”の木を見ながらそれらしい事を喋ってみたが、いい加減父親の方がキレそうだ。そりゃ今の私がやってる事は誘拐犯と大差ないし、仕方ない。

 女の子も不安そうに私の服とポチの毛を掴んでいるし、そろそろ何か出て欲しいが……ん?

 

「どうしたの? ポチ」

「グルゥ」

 

 森の中を歩く事暫し、唐突にポチが立ち止まった。声を掛ければ鼻先で向こうの茂みを指し示して……まさか、何か見つけたのか?

 

「ふむ……ここでポチと少し待っててね?」

「あ、おねーちゃん……」

 

 ポチが指し示したのなら、何かあるのだろう。そう思ってポチに女の子を任せて、ポチが指し示した茂みに近づく。

 何も無いし、居ない様に見えるが……うん。手でも突っ込んでみるか!

 

「よっ、と……」

 

 毒蛇に噛まれても、さっき生えてたモモンの実を使えば良い。ケガならオレンの実がある。そう思って勢い良く茂みに手を突っ込めば━━

 

「痛っ……!」

 

 ヒット。何かに噛まれた。

 直ぐ様手を引っ込め、地を蹴って全力で茂みから離れるが、茂みに隠れた何かは茂みから出て来て追撃してくる。瞬間、“ひのこ”が走った。

 

「ぁぐっ、ぅ……痛い━━」

 

 咄嗟に左手で顔を守ってはみたが、変わりに手のひらが軽く“やけど”してしまった。チラリと見れば、白い肌が醜く焼け爛れている。

 だが、これもこの子が手加減してくれたからこれですんでるのだ。この子が本気なら今頃私は火だるまか……さもなくばポチが我慢仕切れず介入して来てるはず。

 

「! あれは、ガーディ!?」

「ワンちゃんだー!」

 

 茂みから現れたのは、こいぬポケモン。ガーディ。彼らが狙っていたうちの一匹だ。ようやく見つけたといったところか。

 変わりに私は“やけど”を食らったが……後ろに居た彼らは私が“ひのこ”を避けれたと思っているのか、幸いにも気づいてない様子だった。好都合。この程度の“やけど”、手のひらを握り混んでいればバレない。……だからポチ、そんな目で見るな。大丈夫だから。怪我は勲章。そうだろう?

 それよりも━━

 

「パパ! ガーディいた!」

「よしっ、パパに任せろ!」

「あ、ちょっと、待っ!?」

 

 確認すべき事がある。そう言おうとする前に、娘の手間功を焦ってしまったらしい女の子の父親が、モンスターボールを野球ボールよろしくブン投げてしまった。豪速球がガーディへ向かう。

 私も、ガーディも、誰も対応仕切れず、ある意味的確なタイミングでモンスターボールがガーディへと当たり━━弾かれる。

 

「……ん?」

「やっぱりか……っと、ポチ。ポケモンバトルだよ。前に出て」

「グラァ」

 

 モンスターボールがポケモンに命中すれば、どんなポケモンでも一度はボール内に収まる様子を見せる。その後直ぐに破壊されたり、抵抗されて入りきれなかったりするが……弾かれるなんて事はまず無いのだ。

 故に、弾かれる原因は限られる。“ゆうれい”の様にそもそもポケモンではないか、モンスターボールが不良品か、対象のポケモンが強すぎて当たった瞬間に壊れたか……あるいは、既に人のポケモンか。

 

「貴方のトレーナーは、誰? どこに居るの?」

 

 ポチを前に出してポケモンバトルの形を取りながら、ガーディへと語りかける。トレーナーは? と。

 人間の言葉なんてガーディには分かるまい。しかし、ガーディはポチの強烈な“いかく”を受けてなおこちらへ唸り声をあげている。震えながら、脅えながら、こっちに来るなと。どこかの鏡で見た、荒んだ瞳で。

 

「そう。一人なんだね。分かるよ。私も、つい最近まで同じ目をしてたから」

 

 はぐれたのか━━捨てられたのか。どちらなのかは分からないが、ガーディは一人ぼっちらしい。目を見れば分かる。あれは世界で一人だけの異物だった頃の私と同じだった。

 そして汚れ、荒れきった体毛を見るに……今日昨日はぐれた訳でもなさそうだ。本来の生息地からも遠く離れている。恐らく、捨てられた可能性が高い。

 

 ━━捨てられた、か。可能性は考えてたけど……

 

 捕まえたポケモンを捨てる人が居るだろう事は分かっていた。だからこそユウカさんを通じて法律による重い罰則を用意して貰ったのだが……それがあってもやる奴はやるのだろう。バレなきゃいいと、知らなかったと、そんなつもりはなかったと。全く、ままならない。

 ポケモンの命を預かるのだから、トレーナーも命を賭けるべきだろうに。最後まで共にいるべきだろうに。それが出来ないならゲットなんてするな。街灯に吊るされたいのか?

 

「ポチ、暫くお願い」

「グラァ」

 

 なんにせよ、このまま放置は出来ない。そう決断した私はポチにガーディを抑えて貰う。

 普通なら私が指示を出して的確に、やり過ぎない様に制圧すべきだろうが……見たところガーディのレベルはそう高くなさそうだし、ポチなら指示無しでも本能に負けず、冷静に戦えると思ったからだ。普段から一対多をこなしているのは伊達ではない。彼女なら問題なくやり遂げるだろう。

 その間に私は……ガーディの新たな飼い主を見つけなければならない。

 

「さて、見ての通りです。ガーディは見つけましたが……どうやら捨てられた子の様です」

「捨てられた……捨て犬、の様なものですか?」

「おおよそはあってます。ただ、先程も見たようにモンスターボールの連れ去り防止の安全機能が働いてゲット出来ませんし、人間を怖がっています」

 

 モンスターボールの連れ去り防止機能は優秀だ。優秀過ぎてボールごと捨てられた子が居ると、こうしてゲット出来ないポケモンが生まれてしまう。

 こうなった子を再度ゲットするには複数の手順が必要で、その苦労たるや一苦労どころか十苦労は要る。ほぼ不可能だ。

 

 ━━それに、こうなった子は初心者では重荷が過ぎる。

 

 チラリ、と。ポチとガーディの様子を見てみれば……そこにあるのは激しい戦闘だ。

 勿論、ポチが終始優勢だし、億が一にもガーディに勝ち目は無い。だが、ポチの目的はあくまでも制圧と時間稼ぎで、ガーディには反撃の余地がある。

 有利なポジションを取ろうと走り回り、“たいあたり”や“かみつく”でポチに飛び掛かって軽くあしらわれ、森の中だというのに“ひのこ”を放ち、それをやむなくポチが身体で受け止める。万が一の森林火災の危険を防ぐ為だ。全く、彼女の“かしこさ”といったら! ……だがその“かしこさ”故に戦闘が成立してしまっているのも事実。そろそろお仕置きが必要だろう。

 

「お姉ちゃん」

「なにかな?」

「あのガーディ、さみしいの?」

「……そうだよ。一人ボッチ。さみしいだろうね」

 

 さてどうやって制圧して心を折るか? 折った後はどのぐらいの時間をかけ、どの様に心を癒していくべきか? それを考えていた私に、女の子が私の服の袖を引いて聞いてくる。ガーディはさみしいのかと。

 驚いた、というのは女の子に失礼だろうが、正直驚いた。どうやら感受性が強い子らしい。経験など無いだろうに、ガーディの心境を的確に読み取っていた。

 

「パパ、わたし、あのガーディがいい」

「え゛。いや、でもあれは……」

 

 この子なら、このレベルの感受性をポケモンに向けれる子なら、あるいは。そう期待した私は間違っていなかった。女の子はあのガーディが良いと父親にねだったのだ。火を吹き、暴れ狂うポケモンを!

 父親はそれに答えたい様子だったが、暴れ狂うガーディを見て腰が引けていた。あれを家の中でもやられると困ると。あんな狂犬の面倒は見れないと。

 

 ━━大人と子供では見る世界が違う、か。

 

 自己保身をはかる父親と、そんな親とは違うモノを見ている子供。今女の子の目に映っているのは怖いバケモノか、それとも……

 

 ━━そういえば、ポケモントレーナー達の独り立ちはだいぶ早かったな。

 

 基本的にポケモントレーナーは小学校を卒業して直ぐの子供達が挑むものだ。十代になったばかりの子が最初のパートナーを選び、旅立ち、成長していく……あれは子供の高い感受性がポケモンとのコミュニケーションに大事だからかも知れない。感受性が腐らないうちにポケモンと接する為に、ああも早く旅立たせる……ガーディに心を寄せる女の子を見ていると、ふとそんな気がしてきた。ポケモントレーナーとして最適なのは、感受性の高い子供だと。

 ならば、私の様な人間がする事は一つだ。

 

「ポチ! “なきごえ”。押さえ付けて」

「……お姉ちゃん?」

「大丈夫だよ。ガーディと、お話してみよう?」

 

 その為の時間は、なんとか作り出してみせる。そう女の子に笑いかけ、迷いまくっている父親を視線から外し、私はガーディとのポケモンバトルに戻る。

 勝利条件はガーディの無力化。

 敗北条件はガーディの戦闘不能。その他被害が周囲に発生する事……中々に難しい。だがポチとなら、楽勝だ。

 

「“ひのこ”を受け止めて、もう一度“なきごえ”」

 

 これなら避けないと学習したのだろう。頻繁に撃ってくるようになった“ひのこ”をあえて受け止めさせ、更に“なきごえ”を重ねて“こうげき”を下げる。

 バトルは長期戦の構え。しかしポチはまだ余裕があり……その一方ガーディには疲労が見えた。ポチを圧倒しようと動き回る足は鈍り、ポチにマウントを取られる回数が目に見えて増えている。必殺だと再度放たれた“ひのこ”もイマイチ勢いが無い。ポチに当たる前に殆んど消えてしまっているような有り様だった。

 

 ━━気力と、あとPPも尽きたかな?

 

 PP。それはポケモンが使用する“わざ”の使用回数制限の数値の事だ。“はかいこうせん”なら5回、“なきごえ”なら40回といった風に使用できる回数が制限されており……“ひのこ”のPPは25。つまり“ひのこ”は25回が使用限度の技だ。

 とはいえ、それはゲーム時代の話。現実化して個体差がより顕著になった今ではかなりのバラつきがあったりする。例えばその辺野生のポケモンはゲーム時代よりPPが少ないのか直ぐにバテてしまうが、ポチぐらいにまで鍛えればゲーム時代以上のPPを持てるのだ。勿論、“ポイントアップ”等のドーピングアイテムを使わずに、である。その力量たるや頑張れば“はかいこうせん”10連射もいけるのだから、レベル差は残酷としかいいようがない。

 そして目の前のガーディがどちらなのかは……最早言うまでもなく前者だろう。しかも“ひのこ”の撃ちすぎで他の“わざ”のPPまで釣られて減っていると見える。このまま放置すればHPが削れて早晩気絶するだろう。

 

 ━━ここだ。

 

 火を吹き、暴れ、噛みつかんと暴走するガーディを適度に追い詰めれるチャンス。そう判断した私はポチに指示を出す。

 

「ポチ、手加減しつつ“たいあたり”」

 

 伝説のSATUMA人と噂されるおじいちゃんに鍛えられたのは伊達ではない。彼女の絶妙な手加減がされた“たいあたり”は、暴れ狂うガーディを的確に軽く突き飛ばす。

 背後から息を飲む声。一瞬不安になるが……まだガーディは確りと地に足をつけ、意識を保っていた。流石はポチだ。ひょっとして“てかげん”も覚えてるんじゃないか?

 

 ━━賢い。うちの子賢い。見てた? ねぇ見てた!? 私の指示を的確に読み取って、本能を抑えての絶妙な手加減。流石ポチ。賢い!

 

 そう内心気分を跳ね回りさせながらも、外面では平静を取り繕う。後ろのギャラリーに説明しないといけない故に。

 

 ━━さて、どう説明しようかな?

 

 私からすれば今のはポケモンバトルでしかなく、それ以上でも以下でも以外でもない。だが、ポケモンバトルを知らない人からすればどう映るだろうか?

 闘犬、リンチ、弱いものイジメ、動物虐待、野蛮……そう指を指されて批判される可能性はゼロではない。勿論それらは真実ではないが、同時に嘘でもないからだ。

 だからこそ、ポケモンバトルとは何なのかを説明しようとして……どうやらその必要が無い事に今更ながら気づいた。女の子が、一歩前に進んでいたのだ。

 

 恐らく彼女の目に見えているのは暴れ狂うガーディでも、野蛮な闘犬でも無い。もっと違うものが終始見えていたのだろう。

 ……あるいは、ポケモン達の声すら聞こえているのか。

 

 ━━子供は、純粋だな。それとも、私が歳を取ったのかな?

 

 ポケモン達の声が聞こえる程の純粋さ。最近お腹真っ黒な大人達の相手をしていたせいか、すっかり忘れてしまった感覚だ。それも取り戻せそうにないソレ。

 だが、目の前の子供はそれを持っている。ならば、私の様な老人がやる事は背を押すこと、後ろを守る事だろう。

 

「お姉ちゃん。あのね……わたし、ガーディとお話したい」

「うん、良いよ。今なら聞いてくれると思う。……行っておいで」

 

 ガーディと話がしたい。そう言う少女に道を譲り、危ないからと女の子を制止させようとする父親を睨んで止める。勿論、安全の為にポチは女の子の方につけておく。

 

 ━━まぁ、かみついたりはしないだろうけどね。

 

 今のガーディのHPは十中八九レッドゾーン。その上心は殆んど折れ、くっ殺状態だ。話の1つや2つはスムーズに出来るだろう。

 そう確信する私の予測は正しく、ガーディは女の子が近づいても噛み付かず、火も吹かず、威嚇の唸り声を上げるのが精一杯だった。私に噛み付き、“やけど”させた力は既にガーディには無い。……最初からその調子だと私も“やけど”しなくて済んだんだけどなぁ。そういう“せいかく”なのだろうか?

 

「怖くないよー、怖くない」

 

 腰を落とし、ガーディとなるべく視線を合わせて、女の子は手を伸ばす。怖くないから、一緒に来ない? と。

 その手はガーディまであと少しのところまで来たが……ガーディがその手を取る気配は一向にない。昔の私そっくりな目でニンゲンを見て、唸るだけだ。こっちに来るなと。

 

 ━━願わくば、上手くいって欲しいけど……

 

 そうは思うが、こればっかりはガーディと女の子次第だ。彼女の父親ですらガーディを刺激する事を考えてか口が出せない。

 出来れば今日公園で見たガーディの様に、微笑ましい関係を手に入れてほしいが……

 

「さて、どうなるか」

「グルゥ」

「ん? あぁ、有り難う。ポチ」

 

 後は女の子とガーディの問題だ。ガーディが本能を暴走させる気配も無いし、私達が出来る事は無い。

 それを察したのか、ポチは女の子の側から少しだけ離れ、近くにあった茂みの中をから“チーゴの実”を確保してきて、私に渡してくれる。これで“やけど”を治せと。

 

「ん、うぇっ……苦いぃ」

 

 気掛かりを解消し、やる事はやったと女の子の護衛に戻るポチを見送りながら“チーゴの実”を口に含む。瞬間、凄まじい苦味が味覚を叩き潰しに来た。私が甘党という事もあってか、吐き気寸前の苦味が暫く口の中を蹂躙し……気づけば手のひらの“やけど”は消えていた。流石は“きのみ”だ。物理法則さんは青吐息だな。

 そんな風に私が物理法則の脈を測っている間にも女の子とガーディの会話は続いていて……いつの間にかガーディの唸り声が消えていた。

 

「! ……へぇ?」

 

 見ればガーディの目に光が見える。それは私がポケモンの絵を描き始めた頃そっくりで……ホンの僅かな、しかし、希望の光だった。

 どんな言葉を投げ、どんな光を見せたのか? どうやら女の子はガーディの説得に一先ず成功したらしい。

 

 ━━しまった。友情シーン聞き損ねた……

 

 ユウジョウ! ユウジョウ! とアイコンタクトを交わす女の子とガーディ。その切欠を見損ねてしまった事に今更気づく。“やけど”の傷があんまりにもじくじくと痛むから、つい意識を逸らしてしまった……不覚。

 だが、ここから先のゲットシーンは見ておかねば。そう確りと見張っていると、唐突にガーディが茂みの中へと消えていく。

 

 ━━? 和解はしたけど、ゲットはしない感じかな?

 

 そう思考するのはホンの少し。直ぐにガーディが茂みから出て来た。その足元には……泥で汚れたモンスターボール。どうやらガーディの“もちもの”らしいが……いや、まさか。

 

「よろしくね。ガーディ」

「がぅ」

 

 私が邪推する隙に、女の子がモンスターボールを拾って、ガーディをその中に入れてしまう。ゲットではない。ボールに戻しただけの光。つまり、あのモンスターボールは……

 

「そっか。捨てられても、ずっと持ってたんだ」

 

 恐らくあのガーディの前のポケモントレー……いや、根性無しのゴミ虫はモンスターボールごとガーディを捨てたのだろう。

 やがてガーディは捨てられた事に気付き、自らモンスターボールから出てくるが、その後の行き場所も無く……今に至ると見えた。

 

「……捕まえた、のですか?」

「えぇ。娘さんが、一人でね」

 

 怒涛の展開について行けなかった大人に、置いてけぼりにされた老人が肯定を返す。見ての通りだと。

 ……次いでに、老婆心も出しておくか。

 

「分かっていると思いますが、ポケモンの所有には重い責任がのし掛かります。決して捨てたりしないで下さい。ましてや一度捨てられたガーディを……もう一度捨てるなんて事は」

「……はい。分かっています」

 

 確かに予想外の事ばかりだったが、こうなった以上そんな事をするつもりはない。そう男気を見せる父親に頷きを返し、嬉しそうにモンスターボール片手にトテトテと走り寄ってくる女の子を迎える。良かったねと。

 

「おねえちゃん! ガーディ、ゲットできた!」

「うん。おめでとう。……ところで、なんてお話したの?」

「んー、一緒に居ようって。一人はさみしいよねって。そうお話ししたの」

「……そっか」

 

 チラリ、と。女の子の目に独りボッチの寂しさが見えた。親との仲が悪い訳でもなさそうだが……いや、両親共働きで一人でのお留守番が多いのかも知れない。

 だとすれば彼女もまた孤独を知る者。ガーディはそこに共感出来たのかも知れないな。

 

「ねぇ。良かったらお姉ちゃんにガーディ見せてくれる?」

「うん。良いよ」

 

 ガーディの興奮を収める為とはいえ、ボコボコにした張本人に見せるのは嫌かも知れないと思ったのだが、女の子は快くガーディをモンスターボールから出してくれた。

 

 ━━やっぱり。彼女にはポケモンバトルが見えていたんだ。

 

 野蛮な闘犬なんかではない。絆や、魂の輝きが見える美しきポケモンバトル。それが見えていた同志……立派なポケモントレーナーに深い満足と感謝を感じながら、私はモンスターボールから出て来たガーディに手を伸ばす。

 噛み付かれ、火を吹かれて“やけど”させられるかとも思ったのだが……それは杞憂で、ちょっとやさぐれた様子ながらもガーディは確りと撫でさせてくれた。二度、三度と撫でていると直ぐに嫌がりだす辺り、気を許したのはそこまでらしいが。

 

「グラァ」

「ガゥ」

 

 私の手からガーディがスルリと抜け出し、そんなガーディにポチが近くから取って来たらしい“オレンの実”を渡す。良い根性だったと言わんばかりに。

 

「お姉ちゃんはやる事があるからここでお別れだけど……ガーディ。大切にね?」

「うん」

 

 ポケモン達がお互いに健闘を称え合う横で、私は女の子に別れの言葉を告げる。勿論、話したい事はシロガネ山ほどあるし、教えたい事もテンガン山ほどあった。

 だが、少しばかりやる事がある。それをやらずして先輩面するのは……残念ながら、最初のポケモントレーナーのやる事ではなかった。

 

━━微かに聞こえるこの()()……流石に、初心者は巻き込めないかな。

 

 私は女の子に言葉を送り、父親に再度釘を刺し、森の中から見送る。女の子からは純粋なお礼を。ガーディと父親からは複雑な感情が混じったお礼や視線を向けられて。

 ……さて、と。

 

「ガーディを捨てたクズの身元洗い出し、ポケモンを捨てる事による罰則の更なる強化、既に捨てられたポケモンの捜索とケア。やる事は幾らでもあるけど…………彼らの相手が先だね」

「グラァ……!」

 

 ガーディを相手していたときとは比べ物にならない闘気をまとわせ、ポチが吠える。戦いだ、闘争だと。

 その声を聞いて私も頭のギアを入れ換えておく。平時のものから、闘争の為の物に。

 

「ポチ、“とおぼえ”。戦闘準備っ」

 

 ポチの勇ましい“とおぼえ”が森に響く。私はここだぞと、挑む者はいないのかと。

 そもそも今日、この辺り……“トキワの森”近くに来たのは気紛れではない。先ほどのガーディゲットの手伝いは完全に気紛れだし、息苦しかったのも事実だが、私にはそれらとは別の目的があったのだ。一応。

 ひょっとしたら無駄になるかとも期待したのだが……森の奥から聞こえる、先ほどよりも大きくなった()()を聞くに無駄にはならなさそうだ。

 

「━━来た。スピアーの大軍……! やっぱり、今日がここの羽化の日っ!」

「グラァア!」

 

 私達の目の前に現れたは無数のどくばちポケモン、スピアーだ。巨大な毒針を持つ彼らはさなぎポケモン、コクーンから進化するポケモンで……そのサナギからの羽化と言える進化は往々にして一斉に行われ、辺りに居たポケモンや人を襲う災害となる。

 

 ━━そうは、させないけど……!

 

 ようやく今日会った人達の様に、自分からポケモンと接しようとする人や子供が現れたのだ。そんなときにポケモンが人を殺したなんてニュースが流れればどうなるか……考えたくもない。

 だから、今日、彼らにはここで止まって貰う。他ならぬ、ポケモンバトルで!

 

「ポチっ! “シャドーボール”!」

 

 私がポチに指示を飛ばした牽制の“シャドーボール”━━最近訓練の結果取得した数少ないポチの射撃“わざ”━━が合図となって、スピアー達とのポケモンバトルの火蓋が切って落とされた━━




 この後めちゃくちゃポケモンバトルした(容赦の無いカット)

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