ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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第30話 私には夢がある

 慣れというのは恐ろしい物だ。それは人間が猿から進化し、現代に至るまで生き抜くのに大きく役に立った能力だが……だとしても恐ろしい事に代わりはない。何せ最初は嫌だった事も、慣れてしまえば大した苦痛もなく受け入れられてしまうのだから。

 空腹を感じてもやがて希薄になり、突然暴力を振るわれても痛みを感じず、世界で独りボッチの孤独感は当たり前になり、ボロ着れ一つで外に居ても寒さは遠退き、やがて全ての苦痛を認識出来なくなる。……それらは全て慣れによる物。ブラック企業のサラリーマンなんてその最たる例だ。

 

 ━━だから、これも慣れてしまったという事なのだろう。

 

 今私が着ているのは気楽なパーカーやジャージではない。ヒラヒラとした……いわば年頃の女の子が着るような服だ。Tシャツはお上品なブラウスに、ジャージのズボンは清楚なロングスカートに、パーカーはシルクのスカーフに、ダボダボはヒラヒラに。

 ハッキリ言おう。落ち着かない。

 だが、これも仕方なかったのだ。先日の責任を取る為に、着せ替え人形にさせられたのだから。

 

 ━━反省は、まぁ、してるけども……

 

 先日別荘を抜け出してゲットの手伝いや、寝起きのせいか暴走状態のスピアー達の撃退をやった。やってしまった。そう、やってしまったのだ、私は。

 勿論、無視するべきだったという話ではない。ゲットの手伝いは少々強引だったし、お節介だったが、それでも新たなポケモントレーナーを生み出した。スピアーの撃退は人とポケモンの関係が壊れてしまう事を未然に防いだ。どちらも必要な事で……しかし、抜け出してまでやる事ではなかった。特に後者は事前に一報を入れ、増援を頼むべき案件だったのだから。

 

『怪我でもしたらどうするの!?』

『そうだよ! スピアーって狂暴なんでしょ? 危ないよ!』

『……? シロちゃん、その手のひら……何か、おかしくない?』

 

 万が一の事を指摘されるだけなら……まぁ、なんとかなった。しかし、サキが看破した手のひらの“やけど”痕。まだ完全な完治には至っていなかったそれを見抜かれては、もうどうしようもなかった。

 あれよあれよという間に追い詰められ、自覚持ってクレメンス……等とシロ民ですら敵に回って打つ手が無くなり、私は泣く泣くケジメとして受け入れなければならなかったのだ。着飾っての、テレビ出演を。

 

「間もなく本番再開しまーす」

「あー、不知火白さん? 間もなく出番ですので、準備をお願い出来ますか?」

「……了解です」

 

 あぁ、どうやら私には悲嘆にくれてる暇すらないらしい。そう吐きそうになったため息を呑み込んで、私はテレビ局の人についていく。出番だからと。

 確か……予定では番組途中からの登場だったはずだ。他のキャンペーンとの兼ね合いや、各々のスケジュールの関係で生放送形式となっていたはず。

 

 ━━幸いなのは、このテレビ局はユウカさん達の一党が買収済みな事か。

 

 ユウカさんが方々に声をかけ、根回しをし、その結果ポケモン賛成派の資産家達が多くスポンサーとなっているのがこのテレビ局だ。なんでも人員の入れ替えや部署異動、場合によっては退職すらさせたという。おかげで変な質問や意味不明なヤジが飛んで来る心配はしなくていいはずだ。天下のスポンサー様にブン屋は逆らえないだろうし。

 そんな事を考えながら私は廊下を歩き、周りの人達に合わせて……気づけばいつの間に舞台へと立ってしまっていた。あぁ、スポットライトが眩しい。何か紹介を受けている。大勢の人の前で、こんなヒラヒラした服で━━いったい、なんだってこんな事に? 不幸だ……

 

「若きポケモンの専門家。不知火白さんです!」

「……どうも」

 

 緊張されている様ですね! 等とフォローか茶化しか分からない言葉を入れた後、進行役の女性が私に話題を振ってくる。いきなりですが、そもそもポケモンとはなんなのでしょうか? と。

 ポケモンが何か? そんな当たり前の話、答えは決まっている。

 

「ポケモンとは、不思議な生き物です。今までの動物達とは全く違う、不思議な、不思議な生き物達……それがポケモンです」

 

 そこで一度言葉を切った私は、腰元からモンスターボールを取り出し、中からポチを外に出して見せる。それは丁度、ゲームのオーキド博士と同じ様に。これがポケモンだと。

 

「ある人は新たな家族として、またある人は戦友として、彼らポケモンと共に生きています。私もその一人、という訳です」

 

 何気なく出したポチを一撫でして心を少しだけ落ち着かせ、私は進行役の人と軽く言葉を交わす。ポケモンとは不思議な生き物で、危険でもあるけれど、友達なのだと。

 

「なるほど。白さんに取ってポケモンは友達なのですね」

「はい。一番近くに居る友達、家族。そう言えるでしょうね」

 

 そうして幾らか言葉を交わした後、別の人から声が上がる。どうやら話題が変わるらしい。

 

「最近超能力の様な力を持っていたり、凄まじい身体能力を持つ人達が現れ、これもポケモンのせいではないかと噂されてますが……専門家としてはどうなのですか?」

「あぁ、スーパーマサラ人ですね」

「す、スーパー?」

「マサラ人」

 

 スーパーマサラ人。それはポケモン世界に生きる人々の事であり、そして人間を超越した新人類とも言うべき存在だ。圧倒的な身体能力は勿論、適性次第で超能力すら使いこなし、状況次第でポケモンの“わざ”すら生身で使ってみせる。その能力はどこぞのバトル漫画もかくやといった有り様だ。

 

『タケシ、“こうそくいどう”だ!』

『おう!』

 

 ふと思い出すのはアニメの一幕。ギャグ描写の一つとは分かってはいるのだが、真面目に考察すれば納得出来てしまう背景もまたある訳で……うん。お前ら人間じゃねぇ! ……それは図らずも、スーパーマサラ人を言い表した言葉なのだろう。

 いやー、突然ポケモンの“わざ”を使おうとするサトシもアレだが、それに『おう!』の一言で答えてしまうタケシも中々にアレだ。スーパーマサラ人ならぬスーパーニビ人だな。うん。

 

「なるほど。しかし、その“マサラ”というのは何を意味するのでしょう? 聞いた事がありませんが」

「……さぁ?」

「え?」

 

 さて、マサラとは何を意味するのだったか? まっさら、つまりは白い事、何も無い事、原点、始まりの地……そんな意味が合った様な気がするが、イマイチ定かではない。

 ゲーム、漫画、アニメ。様々な媒体で説明されていたはずなのだが、詳しいところを“ド忘れ”してしまったぞ? まさかテレビで不確かな事を得意気に言うなれば訳にはいかないし、知らない事にしておくしかないが……うん、後で覚え直さないとな。最後にマサラタウンの看板を読んだのは二十年以上も前の事だし、覚え直しはやむを得まい。過去の私がwikiにまとめてあると良いのだが……

 

「さ、さて、次の話題に行きましょう! 次の話題は、ポケモン危険等級についてです! 最近政府が決定したポケモン特別法ですが、その中でも一番気になるのによく分からない……そんなポケモン危険等級についてお聞きしたいと思います!」

 

 私が答えられないのを見てマズイと感じたのだろう。進行役の人が次の話題を振ってくれる。次の話は危険等級の話らしい。

 なるほど、それならよーーーく覚えている。つい最近アドバイザーとして意見と書類を求められたからな。同じ事を何度も何度も何度も何度も何度も……部署事に聞いてくるな! まとめて聞いて来い! まとめて! そして聞いた事は他部署とも共有しろ!! ━━え? 縦割りぎょーせーの弊害? 利権の奪い合い? マニュアルに無い? はー……ホンマつっかえ。止めたらその仕事??

 

「では、白さん。危険等級とはなんなのでしょうか?」

「……そうですね。この危険等級ですが、一言で言えばポケモンの危険度を種族事に表した物です。これはAからEの五段階に分かれており、それぞれの階級で危険度が異なります。例えば一番上の危険度Aは、怒らせると国が滅びるレベル。その一つ下の危険度Bでも町一つ消し飛ぶ……となっていますね」

「そ、それはまた……」

 

 他の分類だと危険度Cが死傷者多数。危険度Eまで下がって、ようやく非常に危険という表記に収まってくれるレベルだ。マニュアルがー利権がー支持率がー等と、散々に呻いていた割には上出来な仕事をしたと言えるだろう。

 しかし、こうしてみるとポケモンがいかに規格外かがよく分かる話だ。弱い弱いといわれるコイキングも進化すれば容易く町を吹き飛ばし、上を見れば時空間どころか創世神までいる始末。今私の足元で目を閉じてリラックスしているポチも、その気になればこの場の全員を瞬時に惨殺出来るのだ。見た目では計れない戦闘能力だろう。

 ……ホント、ポケモン世界の人達はどうやって生き延びてるんだろうね? いや、スーパーマサラ人が発生してしまう様な彼らが、地球人と同じホモ・サピエンスとは限らないけども。

 

「有り難うございました。……っと、どうやらここでお時間の様です。それでは白さん、最後に何か一言!」

「━━そうですね。私には夢があります」

 

 スッ、と。特に考えた訳でもないのに出てきたのは、そんな言葉だった。I Have a Dream━━私には夢がある、と。

 

「それはポケモンと共に生きていく事であり、ポケモンと人が共に生きる世界を見る事であり……いつの日か、ポケモンと共に世界を旅する事です」

 

 ポケモンと共に生きたい。ポケモンと人が共に居る世界に行きたい。ポケモンと共に、世界を見ても周りたい。

 それは、私の原点だ。私の夢だ。まだ少年だった頃の、青い夢。だが、しかし、それはどうしても叶えられず……無念の中で死に、そしてそんな事は一度で充分だから。だから、もう、私は二度と止まる気は無い。

 

「私は私の夢を、全力で叶えたいと思います」

 

 その為なら、例えどんなことでもやってやる。そんな覚悟の笑みを浮かべて、私は微笑む。

 恐怖にかられたテロや、利権絡みの下らない思惑で、そんな物で私を止めれるものなら、止めてみろと━━


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