ポケットモンスター 侵食される現代世界   作:キヨ@ハーメルン

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 わたしは、記憶にない……この世界をいつも夢見ていた。まだ生まれてもない頃に。……わたしはあの誰かが飛び立っていったあの世界を、忘れない。



第36話 やせいのミュウツーがあらわれた!

 突如として襲撃されたポケモンリーグ会場。今や全ての観客が避難し、誰も居なくなったそこ──ポケモンバトル用に特別な調整がされた陸上競技場を備えたドーム──に、私はただ一人佇んでいた。

 最初こそ大人しく控え室にジッとしていたのだが、ユウカさんやアイドルコンビが避難民の誘導と護衛に行ってしまった辺りで……まぁ、その、暇になってこちらに来てしまったのだ。中止になってしまったポケモンリーグ、その大舞台に。

 

 爆発音が響く。この連続した爆発は……ロケットポッドの斉射だろうか? 以前自衛隊の物を見せて貰った事がある。それにそっくりだ。

 

 ──そんな事をしても無駄なのに……

 

 意地なのか? プライドなのか? あるいはもっと実利的な話なのか? 私としてはかなり和解の為の努力をしたつもりだったのが……結局は力のぶつかり合いになってしまった。人類史が始まって何度となく繰り返されたエゴとエゴのぶつかり合いだ。

 これでポケモンはその立場を確固たる物にするだろう。……軍事的な意味合いも含めて。ポケモンが負けるはずがないのだから。

 

「ポケモン同士の戦争は、“波動の勇者”でも描写されていけど……」

 

 やがてはああなるのだろうか? いや、ああしたいのなら、これは必要なステップだ。

 世界を、変えたいのなら。

 

 ──革命、か。

 

 ある幼女は言った。平和、革命、戦争。それは終わらないワルツ……Endless Waltzなのだと。

 今までは間違いなく平和だった。それが上辺だけの、嘘にまみれた物であっても。ならばここから先は革命、そして戦争。激動の炎が燃え盛る時代がやってくる。

 

「……良かったのかな。これで」

 

 ポチが入っているモンスターボールを撫でながら、私は立場上言ってはならない疑問を口にする。

 私だって、一応はヒトだ。幾らポケモンが大好きで、彼らと共に在れるならなんでもするとはいえ。それでも迷う事……はあんまりないけれど。それでも良かったのかと疑問を持たない訳じゃなかった。

 だって私は…………異物だから。

 

 好き勝手にポケモンを広めて、世界を変えてしまって。

 それで増えた笑顔もあるけれど、失われた物だってあるのだ。

 勿論、後悔なんてしてない。何度やり直したって、私はポケモンを広めるだろう。布教するだろう。何度だって世界を書き換える。ポケモンの無い世界に消えてくれと、何度だって言うだろう。その責任を命で払う覚悟も……一応は出来ている。最終的にそうなるなら仕方ないと、その程度になら。

 

 それでも、私だって一応はヒトなのだ。流石にこうも強く反発されると思わずにはいられない。私のやってきた事は……

 

「やっぱり、間違ってたのかな……」

 

 モンスターボールを撫でながら、言ってはならない迷いを口にする。踏み潰したはずの妄言を。誰にも聞かれていないとはいえ。

 ──それが、切っ掛けになったのか。

 

『ならば、終わるか? ここで』

 

 瞬間、膝が屈しそうになる程の強烈なテレパシーが脳に直接叩き込まれる! 唐突な、それでいて強過ぎる衝撃に思わずうめき声を上げながら頭を押さえた……丁度その時、競技場の中心部にバチリッと紫電が走った。

 一度、二度。紫電は幾度となく空間を引き裂き────そして。

 

 ──あれは、あの姿は……!? 

 

 私が眩い紫電に目をつむった一瞬。その一瞬でどこからともなく現れたのは、人型をしたポケモンだった。くすんだ白い身体、紫色の尻尾、鋭い眼光と重さすら感じるサイコパワーに……強烈なまでの“プレッシャー”! 間違いない。あれは、あのポケモンは! 

 

「ミュウツー……!」

 

 ポケモン図鑑ナンバー150。ぶんるい、いでんしポケモン。

 一人の科学者が何年も恐ろしい遺伝子研究を続けた結果誕生した、凶暴なポケモン。遺伝子はミュウとほとんど同じだが、大きさも性格も恐ろしいほど違っている……

 

 ──それが、今、私の目の前に居る。

 

 フリーザー、サンダー、ファイヤー……三鳥が編隊飛行を披露──映画“ルギア爆誕”の事を思い出して、すわ世界の滅亡かと焦ったのは今では良い思い出──し、ミュウまでもが出て来てしまったとは聞いていた。

 ならミュウツーも当然居るだろうと、そう思ってはいたが……まさか、まさかこうして目の前に出て来てくれるとは! 

 湧き上がる歓喜。それを口から出してしまわなかったのは、ミュウツーから敵意にも似たプレッシャーが放たれていたからだ。私を試す様な、様子を伺うような、何とも判断つきかねる重苦しいプレッシャーが。

 

 ──これが、ミュウツーの力……! 

 

 凄まじい、としか言いようがなかった。まさかゲームの中では大して役に立たず、フレーバーテキストにしか過ぎない“プレッシャー”が、こうまで重苦しい物だったとは! 放っているサイコパワーもかつてない程に圧倒的で、その力強さには息苦しい圧力や重量を感じずにはいられない。

 次の瞬間ひねり殺されてもおかしくないというのに……あぁ、私は感動すら覚えていた。最強のポケモンは伊達では無かったと。

 そうして、暫く。お互いに動かないまま十秒ばかりの時間が過ぎた頃、ミュウツーが再度テレパシーを発する。強烈過ぎるそれを、ダイレクトに。

 

『ミュウツー……確かに、私はそう呼ばれる様だ。そして、やはり、わたしを知っているのだな。不知火シロ』

「当たり前、でしょう……! 貴方を知らないはずがない!」

『わたしでさえ、わたしが分からないというのに』

「それ、は……」

 

 ゆるり、と。首を横に振りながら自分で自分が分からないというミュウツーに、私は返す言葉を失ってしまう。私は誰だ? と。その問いに答えを返せないから。

 思い出すのは、映画“逆襲のミュウツー”だ。

 科学者達の狂気の果て、人造的に作られた最強のポケモン、ミュウツー。誕生と同時に研究所を破壊し尽くしたミュウツーはロケット団の手に落ち、酷使され……ついには人間に絶望するに至る。そうして始まるのが、ミュウツーの逆襲だ。

 私は誰だ? 

 何の為に生まれて来た? 

 そんな問いと共に。

 

 ──文字通り、ミュウツーは生まれたばかりで……いや、だからこそ、か。

 

 まだ赤子でしかないミュウツー。その生まれ、育ち、そして問いは、私にはあまりに重すぎた。映画を見た当時ですらテキトーな答えが許されない程に。そして今では……言うまでもないだろう。

 あぁ、ロケット団に拾われたミュウツーは、力が強いだけのゼロ歳児だったんだ。親も無く、その上──端的に言ってしまえば──虐待されて育った。ああなるのは必然でしかなく。だからこそミュウツーの哲学的問いは、ひたすらに重い。

 

『緑豊かな森、遥かな霊峰。そして高く青い空。わたしには、わたしのモノでは無い記憶があった。人間に作られたポケモン。いや、ポケモンですらないポケモン……それがわたしだと』

 

 人造的に作られたポケモン、ミュウツー。彼に掛ける言葉が見つからないまま、私はミュウツーの独白を聞くしかない。心のどこかで、親近感を感じながら。

 思わず手のひらの中にあるモンスターボールをホルスターまで戻して……瞬間、ミュウツーが握り込んだ拳にバチリッと紫電が走る。だが、と。

 

『誰が、わたしを作ったのだ?』

「誰って……」

『科学者だと? なるほど、不知火シロはそう思うか。……確かに、東西の大陸のあちこちで、あるいはこの島の中ですら、ポケモンの遺伝子研究は行われている。確かにわたしが生まれる土壌はあるのだろう』

「ッ! そんな、ポケモンの遺伝子研究!? そんな物を許可した覚えは!」

『事実だ。……だが、そのどれもがわたしを作れる程の物では無かった』

 

 ポケモンの遺伝子研究。そんな禁忌の研究を許可した覚えも、許した覚えも私にはない! だが、確かに、それらはあちこちで行なわれているのだとミュウツーはいう。見て来た様に。

 ……正直な事を言えば、誰かがやるだろうとは思っていた。全く未知の、大いなる存在の遺伝子は研究に値してしまう。論理感を投げ捨ててのソレすら。だからこそ、私はポケモン絡みの案件には神経を尖らせていた。いや、尖らせているつもりだった。

 

 ──甘かった……! 

 

 まだ、まだ足りなかったんだ。監視が、規制が、理解が、許しが、戦力が、抑止力が! 何一つ足りていなかった! 私の努力は、まるで何一つ……! 

 不幸中の幸いは、ミュウツーを作れる程の研究はまだ行われていない事だろうか? まだミュウツーを、クローンポケモンを作れていないというなら…………いや、待て。

 

 ──なら、このミュウツーは? 

 

 この世界のどこにも、ミュウツーを作れる場所は無かったのだと、当のミュウツーが言っている。

 なら、このミュウツーはいったいどこから……? 

 

『わたしは、誰に作られたのだ。何の為に』

 

 人間に作られたはずなのに、人間が作っていないミュウツー。

 自己矛盾を抱え込んだミュウツーが、私に問いを投げ掛けて来る。誰に作られ、何の為に生まれたのだと。

 

『わたしには、記憶に無い記憶がある。強さの頂きに至った赤い帽子の少年、ピカチュウを連れた心優しき少年、あるいはわたしを作り出した科学者……実に多くの記憶が、わたしにはある。わたしではない、わたしの話が』

 

 赤い帽子、ピカチュウを連れた少年。まさか、レッドと、サトシの事だろうか? それにミュウツーを作り出した科学者……ポケモン屋敷の所有者であるフジ老人の事か? それともカツラやオーキド博士? 

 いずれにせよ、このミュウツーはゲーム版の主人公と、アニメと映画の主人公である二人との記憶に加え、更に大きくの経験を記憶している……

 

 ──目の前のミュウツーが、逆襲のミュウツーよりも大人びている様に感じるのは……そのせい? 

 

 それだけの経験を積めば、否が応でも精神的に成長するだろう。

 いや、だとしても……

 

『誰かがわたしを作った。だが、誰も作っていないという。記憶も、わたしではないわたしの、夢の話ばかりだ。────お前は、何を知っている? わたしが知らないわたしを知るモノ、不知火シロ……!』

 

 そう私の名前を呼びながらギッと睨んでくるミュウツーに、思わず後ずさってしまう。問いに返せる答えを持たない私には、彼の“プレッシャー”に耐えられない。耐えられるはずがない。息が、詰まる。

 ミュウツーの“プレッシャー”にのまれ、呼吸を忘れて呆然とミュウツーを見上げ……しかし、窒息する事も、膝を屈する事も無かった。ただならぬ気配を感じたのだろう。今までを沈黙を保っていたポチがモンスターボールから出て来てしまったのだ。

 

「グラァァア!」

「──ッ、ポチ……」

 

 助かった。そう頼れる相棒が来てくれた事に安堵したのもつかの間。私は現実に直面する事になる。

 ポチの“いかく”が、効いていない。今までどんなポケモンも怯み、“こうげき”を一段階……いや二段階は下げてきたポチの“いかく”が、ミュウツーにはまるで効いていないのだ。

 

 ──やっぱり、ゲームと同じ様にはいかない……! 

 

 現実化したポケモンバトルでは、ゲームとは同じ様にいかない事が多々あった。それは“わざ”の応用の幅であったり、そもそもの仕様だったり、“とくせい”の強弱だったりと様々だったが……まさか、ここにきて通常ポケモンと、伝説や幻のポケモンとの『格』の違いを思い知る事になるとは。

 これは、ポチの初黒星になるかも知れない。そう嫌な汗が頬を伝い、ポチが全身の毛を逆立てながら唸り声を上げる中。当のミュウツーはポチや私を気にする事もなく、独白を続けていた。あるいは、と。

 

『お前が、わたしを作ったのか』

「…………ぇ?」

『ポケモンは151匹……お前はそう言った。だから、わたしが作られたのではないのか? 世界が整合性を取る為に、まだ生まれてもないわたしを作った』

 

 何を、言っているのだろう? 私がミュウツーを作った? 世界の整合性? 

 私を冷たく見下ろしながら語られたミュウツーの問いは、今や哲学的に過ぎて、妄言の域に入ってしまっている。だが、私はそれを笑えなかった。むしろ心臓を掴まれたかの様に硬直してしまう。心当たりが、あるような気がして。

 

 ──私が、ミュウツーを……? 

 

 不可能だ。私にいでんしポケモン、ミュウツーを作り出す力は無い。遺伝子をどうこうできる知識も技術もありはしないのだ。そもそも当のミュウツーが言っていたではないか。この世界ではわたしを生み出せないと。

 なら、私にも不可能だろう。

 不可能、のはずだ。切っ掛けさえ、作れるはずが…………

 

『自覚は無いか。それとも、無関係か。……いずれにせよ、お前には問わねばならない』

 

 ミュウツーを作れない理由を探して思考の深みに入り掛けた私を引き戻したのは、やはりミュウツーのテレパシーだった。

 問いがあると。

 ミュウツーの問い。私にとっては最早鬼門にも等しいそれに思わず息を呑み、見上げていれば……やがて、ミュウツーはポツリと呟く様に問いを投げ掛けてくる。

 

『不知火シロ、お前は……何の為に生きる?』 

「──ポケモンの為に」

『…………そうか、狂っているのか』

 

 失礼な。そう反射的にムッとした私の視界に映るのは、やれやれだと首を横に振るミュウツーの姿だ。……誰がどう見ても、明らかに呆れていた。

 

 ──失礼な奴……

 

 ポケモンの為に生きて何が悪い! そう食って掛かろうとした私を遮ったのは、再びのテレパシーだ。問いはまだ終わっていなかったのか、今度はポチに語り掛けていた。お前も、不思議だった。と。

 

『お前は、何故そのモノを守る。一匹で生きていけるというのに、何故。義理か? それとも責務でも感じているのか? まさか群れのボスとして認めている訳でもあるまい』

「グラァ……」

『……なるほど。それは確かに、守らなければなるまいな』

 

 むー……私のときは失笑物だったクセに、強者同士何かシンパシーでも感じたのか? ミュウツーはどこか苦笑する様に納得していた。なるほどと。

 ちょっぴりポチに嫉妬仕掛けて──だが、そんな暇は無かった。ミュウツーのサイコパワーが増大し始めたのだ! 今までが穏やか過ぎる凪だったのだと言わんばかりに、ミュウツーのサイコパワーは空間を揺らす程に高まっていく。今やミュウツーの周りには、風が……いや、嵐が吹いている! 

 

「っ、これは……!」

『お前達の事はある程度分かった。その関係性も。わたしが誰なのか? なぜ生まれたのか? それもおぼろげながら見えてきた。……だが、まだ分からない事がある。知りたい事がある。そして、知る方法はただ一つ』

「グラァ……!」

『そうか。ならば、守ってみせろ!』

 

 ミュウツーが勝負をしかけてきた!

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