ポケットモンスター 侵食される現代世界 作:キヨ@ハーメルン
関東へと向かう事を決意し、アイドルネキと簡単に打ち合わせを行った翌日の昼間。私はポチの散歩の途中に、ある人物の家へお邪魔していた。
目的は、主に挨拶だ。場合によっては長期間に渡って家を空ける事になるので、心配させないように事前に報告しておこうという話……なのだが。
「…………」
「…………」
非常に、空気が、重い。
家主も私も、それどころかポチすらも一言も喋らない。
家主と私が喋ったのは私が家に上がる際にお互い社交辞令を交わしたときと、招かれた居間で交わした挨拶のみで、その後は畳の上の座布団に座ってお茶を飲んでいるだけ。ポチに至っては私の近くで行儀よくしているのみ。
もう何度目か。沈黙に耐えかねて家主が出した湯飲みに手を伸ばし、冷めてきた緑茶を少しだけ啜る。それはロリボディ故なのか、甘党な私からすればいささか以上に苦味が強く、とてもではないが落ち着ける代物ではない。
「…………」
「…………」
苦さで顔をしかめない様に注意する私とは打って変わって、低い机の向こう側に座る家主は落ち着いた様子で苦い緑茶を一飲み。その有り様は実に堂に入っており、貫禄や威厳すら感じさせる。あるいは『プレッシャー』なのか。
凄まじい圧を発する家主を見つつ、流石はSATUMA人かと何度目かの変な納得をする。……そう、今私がお邪魔しているのはネットではSATUMA人で通っている人の家、鹿児島から移住してきたという東郷お爺ちゃんの家だ。
思えば、東郷お爺ちゃんには本当にお世話になった。この辺りに住んでいる人達には軒並みお世話になったが、東郷お爺ちゃんはその中でも特に私が頼った人だ。
例えば拾ってきたポチの躾を手伝って貰ったし、簡単にだが護身術を教えて貰ったりした。暇なときに話をしに来た回数も多く、まるで孫の様に可愛がって貰えたと……勝手ながら思っている。それと、これは推測になるのだが……私が住所バレしていたのに未だに無事なのは東郷お爺ちゃんが頑張ってくれたからだろう。ポチが番犬だったのもあるだろうが……東郷お爺ちゃんは警察にコネがあると聞く。巡回中の警察が多いのは、恐らくこのおかげだ。
……そう思えばこの重々しい『プレッシャー』もさして気にならなくなる。いや、いつもより重々しいのは気になるが、それは脇に置いておけるだろう。
「東郷お爺ちゃん」
「……何かな」
厳格。そうとしか言い様のない声で、しかしどこかに優しさを持って東郷お爺ちゃんが私に声を返してくる。
厳格さに食われかけた私は一拍息を飲み、優しさを頼って口を開く。
「私、関東に行こうと思う」
「関東」
ふむ。と東郷お爺ちゃんは頷き、少し考えた様子を見せた後。
「引っ越すのか? それとも旅行か?」
「旅行、の予定。ただ、かなり長期になるかも知れないから。一応話しておこうと思って」
「なるほど。……他の者にはもう話したのか?」
「ううん。まだ」
「なら話しておきなさい。ワシが話しておいてもよいが、シロから話された方が彼らも嬉しいだろうからな」
「うん。分かった」
私から話された方が嬉しいのかは正直分からないし納得し難いが、東郷お爺ちゃんがそういうならそうなのだろう。もともと私がやるつもりだったが、しっかりやっておこうと思った。
「して、出発はいつ頃かね?」
「だいたい、一週間後」
「シロ一人か?」
「ううん。ポチも一緒の予定。迎えの人もそれが良いだろうって」
「迎え」
妙な事でも言っただろうか? 東郷お爺ちゃんはそうポツリと呟いて目を閉じる。そうして十秒は悩んでいた様子だったが、やがて。
「それは、知り合いかね?」
「うん。知り合い。ネットでね。アイドル……と、女優やってる人」
「…………」
私の言葉に東郷お爺ちゃんは一気に顔をしかめた。空気が、重くなる。まるで逆鱗に触れたかの様な反応。恐らく、引き金はアイドルや女優ではなく『ネット』なのだろう。しかし……東郷お爺ちゃんはネット嫌いという訳ではなかったはずなのだが。
数秒たっても強まり続けるプレッシャー。この重さに反応したのは、今まで黙っていたポチだ。
「グルゥ━━」
ホンの一鳴き。まるで「落ち着け」と言わんばかりのそれの効果は劇的で、東郷お爺ちゃんのプレッシャーはみるみる元の大きさに戻っていく。
そうして平常に戻った東郷お爺ちゃんは少しだけバツの悪そうな顔を見せた後、私に質問を投げ掛け始めた。
「その人物は信用出来るのか? 事前に話はしたか? 不審な点は無かったか?」
「個人的にも社会的にも信用出来る人だよ。話はちゃんとしてある。段取りも決めた後。不審な点は無かった」
「ふむ。……ポチは連れていくんだな」
「うん。連れて行くよ」
そこまで聞いて東郷お爺ちゃんは納得した……というより諦めた様子を見せ、ポチに視線を投げる。
その視線はまるで相手を試すかの様な鋭いものだったが。
「ワンッ!」
ポチはその視線に鋭く一鳴き。まるで「当たり前だ」と言わんばかりに答えた。どうやら先生と教え子で何かしらのアイコンタクトを交わしたらしい。内容は分からない。私も一応、東郷お爺ちゃんの教え子なのだが……
「ふぅ……まぁ、良いだろう。…………出発は、一週間後だったな。見送りたいから出発前に連絡をくれるか?」
「いいよ。家に電話すればいい?」
「そうしてくれ。携帯電話は……どうにもな」
東郷お爺ちゃんはポツリと溢すと湯飲みに手を伸ばし、緑茶を飲んで一息吐く。空気が弛緩する。
そのまま数十秒。緩い沈黙が場に降りた。
私の目的は既に達しているので帰っても良いのだが……何となくそのまま沈黙を感じていると、東郷お爺ちゃんが口を開く。
「実は、ワシも旅行に行く予定なのだ」
「東郷お爺ちゃんが?」
「うむ。……故郷の、何というか。教え子から相談されてな。馬鹿馬鹿しいと思ったが……事が事だったし、最近は何やら妙な空気だから、一応な」
「事が事……?」
妙な空気というのは、恐らくきのみ等のポケモン化の事だろう。きのみの事は話してないが、東郷お爺ちゃんなりに何かを感じ取ったらしい。流石だ。……時期を見てポケモン化の事を話すのもありか。
だが、今は事とやらを聞いてみよう。
「うむ。━━何でも『出る』んだそうだ」
「出る? ……まさか、ポケモンが!?」
「……ポケモン? あぁいや、違う。それではない」
まさかカントーではなくホウエンからかと焦った私に、東郷お爺ちゃんが生暖かい目で否定してくる。……これは、恥ずかしい。あぁやめて! 見ないでぇ!? もう、続き! 話の続き行こう!
「と、東郷お爺ちゃん。……何が出るの?」
「うむ。……そう、そのな。奴がいうには、幽霊、だそうだ」
「幽霊」
幽霊。おばけ、ゴースト、死者の魂。オカルト。そう、普通ならオカルトと、幻想だと笑える話だ。
……しかし、ポケモンもつい最近までその手合いだった。ならば、笑う事は出来まい。
「……笑わないのか?」
「笑えないよ。……それで、東郷お爺ちゃんは幽霊を見に行くの?」
「そう、だな。正直迷ってはいる。故郷には帰るし、話も聞いてくる。だが……彼らに会っていいのか、悩んでいるのだ」
「彼ら?」
「━━幽霊はな。私の、昔の仲間の姿だったそうだ」
昔の、仲間。幽霊。東郷お爺ちゃんの年齢と、経歴。それを考えると……どんな姿の幽霊なのか、ボンヤリと浮かんで来た。
だがボンヤリだ。それに……もう七十年以上が経っている。七十年だ。それも考えると……何となく気が進まないのも理解できた。少なくとも私なら、七十年もの長きに渡ってさ迷い続けた魂に掛ける言葉なんて、見つからないのだから。
「だが、そうだな。会わねばなるまい。シロちゃんも旅行へ行くというのなら……いや、そう、きっと、これも必然か」
「……東郷お爺ちゃん?」
「……いや、何でもないよ」
自虐する様に、しかし柔らかに笑った東郷お爺ちゃんはお茶を一飲みして、どこか遠くを見る。
その姿になんと言えばいいのか、私は分からなかったが……黙っているのはつらかったので一つ聞いてみる。
「ねぇ、東郷お爺ちゃん。その、幽霊が出たのってどこなの? 答えにくいなら、答えなくても良いんだけど」
「……うむ。それがな。不思議な事に、桜島だそうだ」
「桜島? 鹿児島にある、あの火山の?」
「そう、その桜島だ。……あぁ、そこもまた迷っている原因なのだ。彼らの遺骨はなんとか回収したから、ちゃんとした墓地に墓がある。そして彼らと別れたのは南方の島で、日本の大地、ましてや桜島ではないからな。どう考えても繋がりが無い」
だから嘘臭いのだと疑問を口にする東郷お爺ちゃん。しかし直ぐに情報源が嘘を言う人物ではなく信用できる人物なので、どういう事なのかと思っているとも私に伝える。
そうして思うのは……90度傾いた九州。つまりは、ホウエン地方の事だ。そこでの桜島の位置にあったのは……確か━━
「東郷お爺ちゃん」
「……何だ?」
「行った方が、良いと思う。たぶん、来てるから」
「…………そうか」
不思議ちゃんか電波か、あるいは狂人か。そう取られてもおかしくない物言いだったのだが、東郷お爺ちゃんはすんなりと、見て分かる程に納得してくれた。
良かった、というべきなのか。それとも眠りが妨げられたのか。それは……東郷お爺ちゃんが行けばハッキリするだろう。それに、もし桜島が変質しているなら……
「後、東郷お爺ちゃん。幽霊の話がホントだったら教えてくれる?」
「あぁ、構わんよ」
「……なんで、とか聞かないんだ」
「聞かんよ。シロは人の大事なところに土足で踏み込まんし、そういう顔をしているときは……何をどうしても退かないからな」
誰に似たのか、と小さく呟いて。東郷お爺ちゃんは苦笑いしながら答えてくれた。
旧友、あるいは戦友との話を笑い話にされるとは思っていないらしい。勿論そんな事をするつもりは微塵もないが、だとしても……信頼されている? まさか。今回だって桜島の変質具合で証拠にしようかどうか考えていたのだ。それこそまさかの話だろう。
有りそうもない可能性を蹴飛ばし、残り少なかった緑茶を一気に飲み干す。苦い。帰ったらチョコでもかじるか。
「…………」
「…………」
そのまま緩い沈黙が支配する事、数十秒。
このまま雑談に入るか、それとも帰るか……いつもなら雑談なのだろうが、今日はやる事もあるし、考えたい事も出来た。今日は帰ろう。
「それじゃあ、東郷お爺ちゃん。今日は帰るね」
「そうか」
小さく頷いた東郷お爺ちゃんは空になった湯飲みに急須から緑茶を入れ、一飲み、二飲み。
「ポチ、行くよ」
「わふぅ……」
「━━あぁ、そうだ」
私が立ち上がり、ポチを連れて居間を出ようとしたとき、背後から声が掛かる。
いったい何だろうと振り返って見れば、東郷お爺ちゃんが湯飲みを片手に口を開く。
「旅行。楽しいものになると良いな」
それは祈りの言葉だろうか。あぁ、そうだろう。
「うん。たぶん、楽しいよ」
「そうか」
今度の旅行は楽しいものになると、私はそう確信している。
だからその確信を東郷お爺ちゃんに告げれば、何とも微妙な声が帰って来た。嬉しい様な、迷う様な。やはり……幽霊の件は悩みの種らしい。
とはいえ私がどうこう言える話でもないので、その後東郷お爺ちゃんに挨拶してから東郷家を出る。背後を振り返れば古めかしい日本家屋。思い出すのは東郷お爺ちゃんとの話━━特に桜島の幽霊の事だ。もしこの世界にポケモンが来るならば、桜島は桜島ではなくなる。そう、ポケモンが来たなら桜島は━━
「━━おくりびやま、か」
「わふぅ?」
「ううん。何でもないよ」
ポチの頭を一撫でし、フードを深く被って道を歩く。
おくりびやま。ホウエン地方にある特殊な山。濃い霧と無数の墓、そして多くのゴーストタイプのポケモンが待ち受けるその場所は、死者の魂と関係深い場所だ。ならば、東郷お爺ちゃんの戦友が居ても……おかしくはない。それが良いことなのか、悪い事なのかは、分からないが。
「ポケモンが来ている。……けど、喜んでばかりもいられないか」
ポケモンが来れば私は嬉しい。だが、事はそれだけではすまない。大きく変わり過ぎるのだ。
故に、備えなければならない。今回の話だって人の幽霊で済んでいるが、もしゴーストタイプのポケモンが出現していたら? 彼らが町に出て悪さをしたら? 確実に死者が出る。そうすればポケモンを知らない人は、全てのポケモンを排斥しようとするだろう。殺そうとするだろう。
「それは、駄目」
駄目だ。認められない。そんな現実はいらない。
だから、備えよう。関東に行って、ポケモンを探して、元総理と話して……日本国として備えよう。そうすれば、きっと。
「……あぁ、きのみの栽培を頼んでおくのも良いかもね」
「わふぅ……」
私は「やれやれだ」とでも言いたげなポチを連れて、オレンの実を貰った老夫婦の元へと向かう。そこで報告と、きのみの栽培を頼もう。他の近所を回って同じ事を頼もう。備えるのだ。そうすれば、そうすれば。
「仲良く、出来るよね」
まだ見ぬポケモン達に語り掛ける様に、そう溢す。
その私の声は……ずいぶんと、自信に欠けていた。
Q.要するに?
A.シロちゃんがスーパーマサラ人みたいな事を出来たり、ポチネキが異様に強いのは全部SATUMAのせいなんだよ!
人物ノート03
東郷お爺ちゃん
年齢 100歳超え
見た目 筋肉の衰えていない厳格な爺さん
服装 基本的に和服
種族 SATUMA人
特性 SATUMAの波動
Sクラフト 奥義・SATUMA神剣
歴史が大きくかわるとき『SATUMA』は、その姿を現す。はじめには漆黒の悪魔として。悪魔はその力をもって大地に死を降り注ぎ、やがて死ぬ。しばしの眠りの後『SATUMA』は再び現れる。英雄として、現れる。