私? 私は――――花粉とかいう全人類の敵によって呼吸すらままならない日々であります。
ファッ菌花粉。全ての花粉に災い有れ!!
小屋の窓から部屋を満たす光は、太陽と、その光が雪に反射された光。
どうやらそろそろお時間のようでして、私はのそのそと小屋の外へ出ます。
「あっという間の三十六時間だったな! 優秀な諸君の事だ。まだまだ遊び足りないだろう!?」
砲弾が降り注ぐこの場所にタコツボを掘り、防殻術式を展開して待つ三十六時間は、さぞかしスリリングなものだったでしょうね。既に穴から這い出る事が出来ないほど疲弊しきった方も居るようです。
「そこでだ! 諸君らは次のポイントへ移動したまえ!! 制限時間は四十八時間! あらゆる魔法術式を禁止。もし感知したら私が魔導砲撃をお見舞いしてやろう! 一つだけ忠告しておくが、くれぐれも気をつけて行軍するように」
そう言って絶望の色を前面に押し出した志願兵の皆様へ、目的ポイントへの地図を投げたデグレチャフ殿は監視の為に上空へと身を翻しました。
私も急いでついていきますが、飛ぶ姿はお世辞にもうまいとは言えません。
「一応光学術式で姿を隠すが、もし万が一誰か死にかけるような場合は即座に頼むぞ?」
「デグレチャフ殿、そのための私なのです。……大隊が編成されれば今以上に動かねばならないでしょうし、いい訓練。と思ってますよ」
疲弊した兵士は脱落とし、原隊送りとなるようです。――おっと、生き残りの方々が移動を始めました。
雪の降り積もった山道。途中には爆撃機も通過し、疲弊した体に追い打ちをかけるこの行軍は、心の底から参加させられなくて良かった、と安堵できるものでありました。
途中で体力が無くなり、雪に埋もれて動けなくなった者を、脱落させ原隊送りにする。という条件で治癒し、軍用犬に見つかり襲われた者も同じく治療の代わりに原隊送り。
徐々に数を減らしていく志願兵ですが、正直現段階で全員脱落になっていないことに驚きです。
このような方々が居ますのでしたら、我がライヒにとって、心強いではありませんか。
さて、目的のポイントに近づき、その距離は残すところ少し。
体力もいい加減限界のようで、足下がおぼつかない方々が数名見受けられます。
詳しく診断するまでも無く、疲労。
そんなときに、紛らわそうと思ったのでしょうか? それともこの再教育プログラムを理不尽だと思ったのでありましょうか?
「ふざけんな~~~!!!」
名前も知らない一人の兵士が、そう叫んだのであります。
「あのバカ! 雪山で大声を出したらどうなるかくらい判断出来んのかっ!?」
――――その判断力を奪うほどの極限状態を作ったのはどこのどなたでありましょうか?
とはいえ流石に雪崩はマズいです。いくら『神の奇跡』とはいえ、治す本人の姿が無ければ奇跡なぞ起こりえません。
雪崩に巻き込まれ行方不明にでもなってしまったら……。
どうするのかとデグレチャフ殿の方を見れば、なんと! デグレチャフ殿が神に祈っているではありませんか!
「偉大なる主と我らは何人にも切られることは無く、また何人にも妨げる事は出来ない。主はいつでも我らを案じ、いつでもわれらの側に居て下さる」
「我らの耳に、主の声を届け給え。我らの手に、主の温もりを与え給え。我らの身に、主の奇跡を宿し給え」
私はその後に続いて神への祈りを捧げます。
デグレチャフ殿の金になった瞳の中に、私の銀になった瞳が映ります。
「さて、アーデルハイト殿。激しい運動になるぞ?」
「どこまでも、お付き合い致しましょう。運動後には、コーヒーなどいかがで?」
「それはいい! では、コーヒーを美味しく頂くために張り切らねばならんなっ!」
術式を制御し急降下。既に雪崩に飲み込まれた者達をどうやって感知したのか、積もった雪の中から次から次へと引き抜いていくではありませんか。
……孤児院時代の畑仕事を思い出しますね。
おっと、思い出に浸っている場合ではありません。
雪崩に巻き込まれると、外傷や低体温症、窒息等で死に至るのでしたか。
迅速な救助で対応できる後ろの二つはいいとして、雪崩内で岩や氷の塊などにぶつかり、骨折や出血をしていると私が居ないとどうしようもないでしょうね。
一人一人確認していくしかありませんね。まずはデグレチャフ殿が最初に救助された――ああセレブリャコーフ殿ではありませんか。
外的出血及び骨折無し。顔色よし、念のため首に手を当て体温を確認しますが異常なし。
であるならばすぐに意識は戻るでしょうし、その時にどこか痛むようでしたら処置致しましょう。
「訓練中に昼寝とはいい度胸だな! 職務怠慢で銃殺されたいのか!?」
雪のベッドに雪の布団。氷の枕でお昼寝ですか。私は是非とも勘弁願いたいものでありますな。
「雪崩すら躱せぬ無能が……」
そう吐き捨てたデグレチャフ殿は、先ほどから揺すられているものの反応せず、ついでに呼吸も止まっているらしい兵へと突撃。乱暴に背中を蹴飛ばし、雪を吐かせて呼吸を無理矢理確保しました。
――あの、デグレチャフ殿? 対応は間違っていないのですが、一応、その――殺さないでくださいね?
地面を転がりなんとか呼吸が復活したその方を触診してみると、案の定背中側の骨が折れています。
全く、デグレチャフ殿は。――私が居なかったら同胞殺しと言われ、白銀に錆が付いたかもしれません。
――が、私が居ますのでご安心を。
こんな骨折等という怪我、チョチョイのチョイであります。
手で触れただけで骨折を完治。ついでに骨折した骨が傷つけた内臓も治療し、特別サービスで体温も戻しておきましょう。
他の方々も同様です。怪我は完治させ、意識を失っていれば戻し、体温が下がっていれば平温にまで持って行きます。
あぁ、いいことを思いつきました。デグレチャフ殿、一度低体温になっていただけませんか?
そうすれば既成事実として私が肌を密着させて体温を上げるお手伝いが出来ます。
なんと素晴らしきかな我がライヒ!! さぁ、デグレチャフ殿。今すぐやりましょう!!!
「さて、リタイアするなら今のうちだが……」
私の考えなど露知らず、そう口にしたデグレチャフ殿。
しかしその言葉を投げかけられた志願兵の方々は皆、口々に行軍を完遂すると宣言して再開したではありませんか。
――――少し元気にし過ぎてしまったようです。
謙虚に生き、平穏を望み、税を納めて毎日を過ごす帝国国民の皆様。
ご機嫌よう、フリューア・アーデルハイト航空軍医中尉であります。
早速ですが皆様にお知らせがございます。圧倒的、まさに圧倒的な大隊が発足されるに至りました。
あの名の知れた『白銀』殿を隊長に、選び抜かれた精鋭でのみ編成された航空魔導大隊であります。
さぁ、皆様、祝福の鐘を鳴らしましょう。我らがライヒの約束された勝利を祝う、その鐘を。
次回 幼女軍医 「参謀の虎の子」 ではまた、病院で