幼女軍医   作:瀧音静

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色々と書けなかったり、白銀の百合の方に集中していたり、病んだりしていましたが無事です。

やはり悩むより書く方が精神衛生上何倍もいいと実感した数日でありました。


狂乱の最中

 多数の兵士の呻き声と、殺してくれと譫言(うわごと)を漏らす弱気な声。

 すすり泣く声が混じる三重奏の阿鼻叫喚。

 あぁ、懐かしい。まさしく戦場と呼ぶにふさわしい素敵なコーラスではありませんか。

 絶望と諦め、残してきた者への懺悔が渦巻く中、皆さんこんにちは。

 ()()()()()()。そして、ごきげんよう(おかえりなさい)

 

「大変遅れました! 自分は、フリューア・アーデルハイト軍医中尉であります!! 現在援軍へと駆けつけた『ピクシー』大隊の専属軍医であります!!」

 

 なるべく大きな声で。絶望を打ち消すほどに、僅かでも希望が見えるように。

 

「名前をご存じの方も居られるかと思いますが、私は『奇跡』、あるいは『天使』であります!! 時間も惜しいのですぐに治療の方へ移らせていただきます!!」

 

 既に出来る限りの処置は施してあるのだろう。

 そして、その上でこの場に集められ、見捨てられていたのだろう。

 肩口から腰に掛けて撃たれ、穴だらけの兵も。

 顔面に銃弾を受け、変形している兵も。

 そして、片足が千切れ飛び、無理矢理に止血して、アトは衰弱するのを待つだけの兵も。

 全て等しく我らが帝国の軍人であり、戦力であり、見過ごしてよい命ではありません。

 だから私は、この腕を振るうのです。

 

「衛生兵さん」

「は! 何でありましょうか!?」

「兵士達が元気になるような物を、許されている物資から持ってきていただけますか?」

「元気が出る物……でありますか?」

「はい。全員治るので、元気を出して貰って、すぐに戦地へ送り出そうかと」

 

 私を除くその場に居た全員が、冗談を、とでも言いたげな表情をしますが、私の顔が冗談を言うように思えるのでしょうか?

 表情でふざけていない事を理解したであろう衛生兵は、早足にその場から動いてくれました。

 さて、『奇跡』の――『神の御業』のお時間です。

 

「主よ。慈悲深きそのお心で我が祈りを聞き、我が願いに耳を傾けたまえ。天上の世界より祝福を与えたまえ」

 

 慣れない長距離飛行で魔力が心許ないですが、応急処置程度にはなるでしょう。

 最も、私の言う応急処置とは、連休明けで戦場へ向かった時程度のパフォーマンスが期待できる程度の回復度合いの事で、他の軍医からしてみれば、全快と何ら変わらないようですが。

 

 悲鳴も怯えも、恐怖さえも。

 怪我も含めたこの場所の一切を私が管理致しましょう。

 ――一人目。

 首に手を当て感覚を遮断。肩口から腰までの銃創に沿って切開、体内に残った弾をほじくり返し。

 視界を彩る真紅は一旦凍結。砕けた骨、千切れた筋繊維、神経全てに直接触れそのまま縫合。

 傷を完全に閉じる前に血の凍結を解除し、首に当てた手を離して感覚を戻し、特別サービスで痛覚を一定時間遮断。

 次、二人目。

 両手で顔面に触れ、まるで粘土でもこねるが如くぐにゃりぐにゃりと骨格矯正、欠けた骨の補完に皮膚、肉、その他細胞全ても補完し、はい元通り。

 次、千切れた足は残念ながらまだ回収されていない様子。

 断面に触れて止血縫合。キツく締めすぎていたせいか一部壊死の兆候が見られたのでその部分を治癒し、痛覚を遮断。

 これで飛行するには困らないでしょう。

 まだまだ続きます四人目。

 肺に穴が空きどうやら先ほど事切れたようですが、残念。

 臨死体験ツアーはここで終了でございます。

 躊躇いなく胸部切開。口元の血を白衣で拭い、死亡後縮小する肺を膨らますため無理矢理口から空気を送り込みます。

 肺の膨らんだことを確認し、露わになっている心臓を直接掴んでマッサージ。

 数秒後に鼓動は戻り、自律呼吸を開始したため喉や食道に残った血を私に吐きかけますが、気にもしません。蘇生していただきなによりです。

 流石に自分の胸の中を見る趣味は無いと思うので、本人が気付く前に切開した部分を閉じて指でなぞれば、開閉した痕などどんなに目を凝らしても見受けられません。

 こんな調子で倒れている兵士一人一人に応急処置を行い、丁度最後の一人の治療が終わる頃。

 

「失礼します! 元気が出る物とは、これでよろしかったでしょうか?」

 

 先ほど使いに出した衛生兵が戻ってきたようです。

 振り返って確認してみると、その手には一本のボトルが。

 ……なるほど。ふさわしい品かと思います。

 さて、これを皆さんに振る舞って――。

 

「待ってくれ。確かにソイツは飲みたいが、やられていた俺たちが飲んだら、俺らの分も頑張って居る他の奴らに合わせる顔が無くなる。帰って来てからみんなで飲ませて貰う。……いいだろ? みんな!?」

「応よ!」

「まずは鬱憤晴らしてからだ!」

「元々死んでた命だ! 惜しみなく使えるぜ!」

 

 隊長格の方でしょうか。

 その方の檄に、周りの兵士が呼応していきます。

 

「と言うわけだ。無事に戻ってこれたらいただくさ」

「では、気の済むまで出撃を。やられたら、また私が治しますので」

「そりゃあいい。心強い『天使』様だ」

 

 死の淵を見たからか、それとも九死に一生を得たからか、どこか吹っ切れたような表情のその方は、皆を連れて再び(せんじょう)へと向かいました。

 さて、これで少しは私は休めますでしょうか。

 

「白衣を、新しい物にお替え致します」

「む。すまない。お願いするよ」

 

 返り血で一部が色を変えた白衣を、どうやら新調してくれるらしい。

 衛生兵の好意をありがたく受け入れ、治療した者達が向かった空へと視線を上げると……。

 数機の鉄の塊が、緩やかに高度を下げてきているではありませんか。

 ――煙を噴きながら。

 何でしょう、私も大概常軌を逸しているとは思うのですが、流石に生身で爆撃機を撃墜する方が上な気がします。

 あぁ、どっちもどっちと言う意見は却下させていただきましょう。

 新しく持ってきて貰った白衣を肩に掛けつつ、誰の仕業か言われなくても分かるその功績に、私は一人、頬を緩めておりました。




上からの命令に振られて東奔西走。
心安まる日はどこだと嘆いても一向に見つからないのならば、戦場を安息の地に定めればいいことに気が付いた次第。
人間気の持ちようで存外何とかなるもので、どんなに絶望的な状況でも縋るものさえあれば何とかなるようであります。

申し遅れました、フリューア・アーデルハイト軍医中尉であります。
最近戦場で治癒する度に、手を握ろうとしたり、肩を抱こうとしたりする兵士の肩が増えたのですが、治療の邪魔なので動かないでいただきたい。
……そう言えば、気まぐれで治療後に頭を撫でた頃からそのようなことが増えたような気がしますが、どうも皆さんの考えが分かりません。

次回、幼女軍医 「報酬」 ではまた、戦場で

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