幼女軍医   作:瀧音静

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平成最後の僅かな期間でしたが、本作を楽しんでいただいた読者の皆様方に改めてお礼を。
新元号「令和」となってからも『幼女軍医』、並びに『白銀の百合』、『blank page』をどうぞよろしくお願いします。



あ、連休とか欠片も無いです。


フィヨルドの攻防(準備)

「以上の点から、意図的に戦線を後退させ、兵站における距離的負担を軽減させる事で、春期以降の攻勢計画を容易たらしめると確信致します」

 

 つらつらと、淡々と読み上げたデグレチャフ殿はそのまま椅子へと腰を降ろします。

 北方方面軍の運用における大隊としての動き方、及び意見を聞きたいと呼び出されたデグレチャフ殿――と何故だか私。

 しがない軍医である私になぞ、一体何を問うと言うのでしょうか?

 よもや寒中水泳が健康に良いか、等という質問ではないでしょうね?

 

「やはり実際の現場で働く士官の提言は中々斬新ですな。それで? 北方方面軍としての見解は?」

 

 重い空気のままに進む話し合い。

 正直この場から飛び出したくなりますが、そうするとデグレチャフ殿の傍を離れることになってしまうため、グッと堪えております。

 そもそも、戦場の知識などほんの少し囓っただけの私は場違いでありましょう?

 

「デグレチャフ少佐……だったか。貴官は越冬を想定しているようだが、これ以上の長期戦は望ましくない。早期解決こそが当面の課題だ」

 

 口には出しませんが心の中で吐き捨てるのならば許されるでありましょうか。

 この方は『寒さ』という自然を舐めすぎではありませんかね?

 体温の低下に伴う体力の消費、減少。思考力の低下に判断力の低下。

 さらには反応が鈍くなりますし、動きすらも当然奪います。

 いくらデグレチャフ殿率いる大隊が、並外れた魔力で体温を確保していようと、それら以外の部隊はどうなされるおつもりでありましょうか?

 動かなければならない我らと違い、向こうは引きこもって迎撃にのみ集中すれば良い。

 どう考えてもこちらの不利でありましょう?

 故にデグレチャフ殿は越冬を提言したのでありましょうに。

 

「しかし、攻勢に出たところで程なく物資が枯渇。攻勢限界に直面します。物資と兵員を浪費し、敵を喜ばせる道理はありません」

 

 死ぬほどつまらない顔で、そんなことも分からないのか? と投げかけるデグレチャフ殿。

 ある程度の死者ならば蘇らせますが、流石に死体を回収できなければ私もお手上げ。

 結局は物資を独りよがりに消費することには一切変わりませんね。

 

「少なくとも三週間の攻勢は可能だ! 表面戦力さえ突破出来れば良い!」

 

 たった三週間で? 表面戦力()()

 そのような言い方ならばわざわざ我らに頼る必要性を見いだせませんね。

 自分らには出来ないが『白銀』率いる大隊なら簡単だろ? ん? と喧嘩でも売っているのでありましょうか。

 

「共和国、連合の介入により敵の抵抗は頑強です。とても短期間で――」

「もうよい!!」

「……小官の義務として、断固異議を申し立てます。このままでは現場の部隊に甚大な被害を及ぼすばかりかと」

 

 デグレチャフ殿が務めて感情を出さずにそう口にした直後。

 握りこぶしをテーブルへと叩き付ける音が響きました。

 ――――ふぅ。思わず飛び上がってしまいましたが、果たしてどういうつもりなのでありましょうか。

 

「そこまでだ!! 我々が現場を軽視しているとでも言うつもりか!!」

 

 言葉の端に、『どうせどんなに無茶に使っても『白銀』と『白翼』がなんとかするだろう』という意味を含みすぎていると私が感じているのは気のせいと?

 そこからデグレチャフ殿の苦言は止まらず、とうとう「西方へ帰れ!!」とまで言われ、特に言い返す事も無く、「失礼します」と出て行くデグレチャフ殿。

 ――どうしましょうか。完全に出て行くタイミングを見失いました。

 

「『白銀』はあのような意見だが、『白翼』としてはどうだ? もちろん、軍医である以上戦略や戦術に対して疎いのは承知だ。デグレチャフ少佐にこれまで付いてきて、何か含んだ行動と思うかね?」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 唐突に話を振られ、また参加していた全員から視線で射貫かれ、変な声をあげて飛び上がってしまいました。

 ――デグレチャフ殿の真意……?

 

「残念ですが、私は心理学などの類いは未修学でして。……ただ――」

「ただ、何だね?」

「もしあそこまでデグレチャフ殿が反対するのであれば、思いもよらぬ作戦への布石、とかでありましょうか?」

 

 大隊のみでダキア首都へピクニックに行くような、聞けば誰もが耳を疑うような、そんな作戦。

 

「例えば、と聞いて思いつくかね?」

「いいえ、全く。残念ながら私の頭はデグレチャフ殿に遠く及びません。似ているのは身長程度のものでありましょう」

「そうか。……デグレチャフ殿に後で私の部屋に来るように伝えてくれるか? それから、君も一緒に来るように」

 

 それだけ告げたルーデルドルフ閣下は、椅子から立ち上がると……。

 

「この辺でお開きだ。外せない人員を欠いたままでは意味が無いからな」

 

 とだけ残して部屋から出て行かれました。

 デグレチャフ殿にいいように言われ、まるでそのデグレチャフ殿を追いだしたことを責められたような北方の司令官殿は額に青筋を浮かべて怒り心頭のようです。

 ……後で高血圧用の薬でも処方するとしましょう。




上官のご機嫌取りに嫌気がさし、いっその事誰かマニュアルでも作ってくれないかと切に願う今日この頃。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
フリューア・アーデルハイト軍医中尉であります。

どうやら私が口にした通り、デグレチャフ殿はとある作戦に気が付いていたようであります。
本当に、同じ年齢とは思えません。……故に、惹かれるのでありましょうな。

次回、幼女軍医 「続 フィヨルドの攻防」 ではまた、戦場で。




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