自分も幼女な軍医にお世話になりたい人生だった……。
「軍医殿、言われた通り全員集めたぞ」
手元にある薬品を整理したり嗜好品を片付けたりしていると、デグレチャフ殿からそう声を掛けられる。
「すぐに行きます」
そう応答し、この時ばかりは、普段は面倒だからという理由で肩から掛けている白衣にもしっかりと袖を通し、皆の元へ。
今から――――健康診断の時間であります。
*
私の目の前には下着姿で椅子に座らされている大隊の方がおられて。
別段いやらしいことではなく、先の通り健康診断な訳で。
聴診器を用いての各内臓機能のチェックや、擦り傷等の外傷の確認。
さらには触診にて些細な異常をも見落とさぬ覚悟。
どれだけ徹底しても、万全にしても、今回の上陸作戦にはやり過ぎというものはないでしょう。
「何か、体調面で気になる部分はありますか? 急な温度の変化もありますし、例えば――食欲が落ちた等は?」
個人個人、各項目をチェックし、書き留めながら、最後の問診をしていますと――。
「実は……最近あまり寝付けず――」
ほとんどの方が口にした問題が出てきました。
戦場という非日常でリラックスしろ等とはどだい無理な話。
ならば睡眠が浅くなることも必然で、ましてやいつ出撃の命令が下るかも分からないこの大隊ならば、皆の悩みの種であることはもはや自明です。
……私もあまり眠れない日々でありますし。
「皆さんそう仰っているので、何かしら対策を考えます。……他には?」
対策と言っても出来ることなど限られていますし、大隊の為――ひいては『白銀』の為ならば私は一肌でも二肌でも脱ぎましょう。
「いえ! 他は大丈夫であります!」
そう元気に答えられ、敬礼を向けられれば、軍医としては他に聞くこともないわけで。
退室を促し、次の方をお呼びすれば……。
「失礼します」
部屋に入ってきたのはデグレチャフ殿を除いて、唯一の女性である……確か――セレブリャコーフ殿でありましたか。
歩く度に揺れる豊満な胸が視界に入り、思わずたじろいでしまいます。
本当に、何を食べたらこうまで育つのでありましょうか。
……私も、育つでありましょうか。
「えぇと、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「あ、すいません。椅子に腰掛けて楽にしていて下さい」
恨めしさと将来の希望を合わせた顔で考えていると、心配そうに声を掛けられてしまいました。
個人の感情は抜きにしませんと――デグレチャフ殿が悲しむかもしれません。
非常に惜しいではありますが、これも神の試練と言うことで。
――――命拾いしましたね。
「上着を持ち上げて頂けますか?」
「は、はい」
言われた通りに持ち上げたセレブリャコーフ殿の胸へ、聴診器を押し当てて。
「んっ」
冷たかったのか、控えめな声をあげたセレブリャコーフ殿は恥ずかしそうに顔を伏せます。
心音を聴き、
……全く、忌々しい限りですね。
特に異常も無く、続いて外傷のチェックへ。
驚くほどに綺麗な身体ですが、よもや怪我をしていないとか?
幸運か、はたまた有能か。
悩みどころではありますが、『白銀』の元に無能はいない筈ですし、有能と言うことにしておきましょう。
まぁ、もし怪我をしたとしても、私は跡形もなく治療すると思われますが。
最後の触診に入りますが、まずは一番気になる所でも確認しますか……。
「ひゃっ!?」
触れれば驚いたのか、そんな声をあげたセレブリャコーフに私も驚いてしまいます。
――肩を触っただけでそこまで驚かれるとは思いませんでした……。
にしても、揉んで思うのですがやはり肩凝りに悩まされているようであります。
それが理由になるかは分かりませんが、念のため治しておきましょう。
眼精疲労も肩凝りの要因となり得ますので、そちらの方も揉みほぐしまして……。
脚気を確認し、異常も無いようで、問診へと移りましょう。
と思いましたが、
「肩凝りに悩んでいたのですが軍医殿のお陰で治りました!」
と言われ、他にはないようであります。
……神経が太いのでしょうか? 気にするほど眠れていないというようなことはないらしいです。
――――もしや他の人と何か違う……?
…………はっ!? まさか!?
で、デグレチャフ殿と添い寝とかしてたりしませんよね!? だから寝付きがいいとか!?
なんてうらやま……羨ましい事を!!
やはり生かしておくのは得策ではない気がします! 今すぐこの場で処理を――。
「軍医殿、私の番はまだかね? 随分時間がかかっているようだが?」
静かに両手へ魔力を込めていますと、ドア越しにデグレチャフ殿に声を掛けられました。
悪運の強い方で……。あ、なるほど。だから傷が無いのでしょうか。
とりあえずセレブリャコーフ殿には健康診断は終わりと告げ、いよいよメインディッシュ。
デグレチャフ殿の健康診断と参りましょう。
私は軍医、何も怖いことなどありませんので、さぁさぁ、身を任せて楽にして下さい。
非日常に身を置いていると、些細な日常に固執、執着するような方がおられますが、その方々はどうにも自分という存在をしっかりと認識できていないようで。
ご機嫌よう、フリューア・アーデルハイト軍医中尉であります。
日常から切り離されたという自覚を持てば、非日常を謳歌出来るというのに、どうしてそれをしないか甚だ疑問であります。
そもそも幼女が隊長で、幼女が軍医として帯同するこの隊こそが非日常の塊でありましょうに。
次回、幼女軍医 「働き」 ではまた、戦場で
作戦開始の作戦がターニャの作戦じゃなく、アーデルハイトちゃんの作戦だったという罠