まぁ、多少はね?
突然ではありますが皆様、我らがライヒの食事情。
それも特に前線の食事情はご存じでありましょうか?
デグレチャフ殿の口にする、『腹が減っては戦は出来ぬ』という言葉は的を射ていると言えるでしょう。
当然の様に食事は配られるのでありますが、この配られる食事というのが問題なのであります。
K-Brotと通称される黒パン。
鳥さえ食わぬと評判のその味は、……察していただきたい。
そんな黒パン生活が続く中で、ごく稀に……本当に稀にスペルト小麦という小麦の原種を使って作られた、美味しい美味しい白いパンが支給されることがあります。
当然全兵士が楽しみにしているものでありまして、私はこれまで、その白いパンはほぼ全数を周囲の兵士達へ譲っていたのでありますが……。
ここにきて、なんと周囲の兵士から譲られることが多くなったのであります。
理由を聞いてみると、
「軍医殿から受ける施しは治療という奇跡だけで十分。その奇跡の対価として白いパンを受け取って欲しい。自分らにはこれくらいしか出来ないから」
と返答されました。
戦場に出ず、皆様を治癒して送り出すことしか出来ない私に、なんたる過ぎた言葉でありましょうか。
……とはいえ、流石に治癒した兵士全員から貰い続けると、私一人では消化すること叶わず。
治癒の後に皆様へ少しずつお返ししながら日々過ごしておりました。
そんなある日のことです。
夜間の救護テントへの訪問を終え、汗と血と泥にまみれた白衣を脱ぎながら自分のテントへと戻っていると。
「? 軍医殿ではないか。このような時間まで仕事をしていたのか?」
デグレチャフ殿と運命的な出会いをしました。
「攻撃が止んだ後こそ我々の仕事の時間であります。……少佐殿は本部からの呼び出しか何かで?」
「いや……。アーデルハイト殿にちょっと相談事がな……」
返答し、デグレチャフ殿が私のテント付近にいたことに対する理由を尋ねてみると、私に会いに来た、との嬉しい答えが。
……落ち着きましょう。興奮しすぎると警戒され、帰ってしまうかも知れません。
「立ち話もなんですからどうぞ中へ」
「すまないね、失礼するよ」
中へおびき寄せ――招き入れ、ベッドに座るように促して、自分はデグレチャフ殿の為にコーヒーを淹れる準備を致します。
「それで……相談というのは?」
「先ほど連絡があったのだが――」
説明を始めたデグレチャフ殿でありましたが、その直後に、なんとも可愛らしい空気の動く音が、お腹の辺りから聞こえてきました。
「空腹……ですか?」
「まぁ、かなり気の重い連絡でな。これでは喉を通る物も通らない」
「食べないと身体が持ちませんよ? ……そうだ! デグレチャフ殿はこちらのパンなどはお好きですか?」
ため息をつきながらコーヒーを啜るデグレチャフ殿へ、結構な量の白いパンを見せると……。
「なっ!? 何故そのような量が!? 軍医殿への優遇措置かっ!?」
「あ、いえ。これは治療した兵士の方々から譲り受けたもので……」
「なんだと!? このクソみたいな娯楽の無い戦場で、食事という娯楽を軍医殿に献上する奴らが居るのか!?」
デグレチャフ殿? 口調が悪いのと声が大きいです。誰かに聞かれでもしたらどうするのですか?
「ぐ、軍医殿は食事はこの白いパンを?」
「はい。食べねば腐ってしまいますから……。とはいえ自分一人では消化できない量でして……一緒に食べませんか?」
「いいのか!?」
「はい、むしろお願いします。嗜好品のチョコレートや、火傷治療用のハチミツもございますよ?」
「あぁ、ここは桃源郷か何かのようだ」
喉も通らないと言っていたのはどこへやら、白いパンにハチミツを塗ってかぶりつき、本当に可愛らしい笑顔で食事をされました。
合間にコーヒーを挟み、チョコを楽しんでまたコーヒー。
おかわりを注いでパンを頬張り、口の周りが汚れるのを気にすらせずに、無邪気に食べる姿は私の心を満たします。
口に付いたパンくずやハチミツ、チョコの汚れを拭き取ると、恥ずかしそうに顔を背けるその姿は、私の胸にクリティカルヒット。
……結婚しましょう。
「いやぁ、久々に食事を堪能した。尋ねた甲斐があったというものだ」
「配給される度に白いパンは増えますので、またいらしてください。……それで? 食事が喉を通らなくなるほどの連絡とは一体何が?」
コーヒーを飲み干し、満足げな笑顔を見せたデグレチャフ殿にそう切り出すと、その表情は一気に陰りを見せました。
「後方にある重要都市で蜂起。鉄道が抑えられて前線への補給路が圧迫されているらしい」
「……マズいですね」
「で、我々二○三大隊に白羽の矢が立ったわけだが、どう考えても市街戦になる」
「…………つかぬ事を尋ねますが、その市街にライヒ国民は残されていますのでしょうか?」
つまりは、そういう事なのだろう。
「これから避難勧告を出すらしい。国際法的に、避難勧告後も市街に残っている民衆は敵国の民兵として扱う。我らはこの民兵を含めた共和国軍全てを排除せねばならん」
私達は……いや。
デグレチャフ殿達は、初めて武器を持たぬ人々を殺さなければならない。
だからこそ、気が重いのだ。
……であるならば。
私が出来ることは一つ。
「ですがデグレチャフ殿――いいえ、大隊長殿」
「なんだ?」
「私が勝手に動き、武器を持たぬ民兵を蘇生させることは、縛られていますでしょうか?」
「……! そうだな、確かに敵兵を治療させるなという命令は下っていないな」
「では、私は逃げ遅れてしまった市民と独断した者に関しては治療を施させていただきます」
この言葉から、デグレチャフ殿の表情が、徐々に明るくなってきます。
奇跡を知っているから。
私が、何を言っているのかを理解しているのだから。
「もし仮に、誤射や建物の倒壊などで市民が傷ついたとしても、全て無視してください。私が、その過ちを白紙に戻させていただきますので」
「そうだな。そうして貰うとしよう。この事は、大隊各員によく伝えておかないとな」
「そうですね。そうすれば、全員気兼ねなく戦闘に注力出来ることでしょう」
私に出来ることは、治療以外の何ものでもありませんから。
それがデグレチャフ殿の為になるというのなら、喜んで敵にすらソレを振るいましょう。
「やはりアーデルハイト殿は名医だな。私の不安のタネを取り除き、食欲すらも回復して見せた」
「私は患者の持つ力を、本来より強くすることは出来ませんよ。デグレチャフ殿の元が強かったのでありましょう」
「またご馳走になりに来るよ。……出発は明日の朝だ。頼むぞ」
「了解であります」
敬礼をもって我らが隊長を見送った私は、先ほどまで彼女が座っていたベッドに潜り込み、幸せを噛み締めながら明日以降の地獄へと身構えるのでありました。
そもそも戦争という行為自体に乗り気ではありませんが、そこに市民を入れられたら果たして誰がやりたがるでありましょうか。
全く、上も重々承知でしょうに。
こうなった以上、それ相応のご褒美でも無ければモチベーションが保てないでしょう。
はぁ、目の前で倒れ続ける敵兵を……敵民兵を、治療する時間の始まりです。
次回幼女軍医 「豪雨」 ではまた、戦場で