幼女な軍医しかないけど、いいかな?
内から溢れるは灼熱の痛み。
喉を焼く、温い液体。
自身の身体に起こった症状から察するに……肺でも撃ち抜かれてしまったようです。
とはいえ私を狙い、撃ち抜いた弾丸を止められるほど、筋肉も、厚みも無い私の身体ですし……。
当然、治療していた正真正銘の民間人にも、私の身体を貫通した弾丸は突き刺さります。
あぁ、困りました。
これでは民間人の死傷者ゼロの公約を果たせぬではありませんか……。
右半身を潰されていた民間人を、治療後すぐに別の治療をするはめになるとは。
中々運がありませんね……。
「主よ――っ!」
あぁ、そうでした。
肺を貫かれているのでありました。
声など出せようはずがありませんね。
(主よ。我らの目の前で、救いを求める羊に安寧を。その偉大なる力を持って、奇跡を発現させ給え)
頭の中で神への賛美を謳い、エレニウム特式が歪に音を立てるのを確認。
右手に魔力が宿った感覚を合図に、鮮血が吹き出る民間人の胸へ、手を添えます。
心臓を貫通し、突き抜けずに停止……。
最悪……ではありませんか。
左手で衣服ごと胸の肉を切断。躊躇わずに開いて撃ち抜かれた心臓さんとこんにちは。
その心臓も開いて私ごと撃ち抜いた弾丸さんとご対面。
感動でもない対面は瞬時に済ませ、指で摘まんでそこら辺へポイ。
右手と左手、両手で包み込むように心臓を掬い上げ、生成……。
ですが、手が震えてうまく出来ませんね……。
私の出血も酷いようで……何だか寒くなって参りました。
「軍医殿! 大丈夫か!?」
――っ!
そうです……デグレチャフ殿の為に、この市民は救わねばならぬのです。
震えている場合では……ありませんね。
彼女の言葉を胸に、無理矢理に奮い立たせれば、苦戦していた心臓の形成も、驚くほどに簡単に出来てしまいました。
そのまま開いた胸も縫合し、流した血も補填して。
最後に胸をノックして鼓動を再開させれば――。
ふぅ……私の仕事は完遂出来たようでありますな。
「やめろ!!!」
辺りに響くのはデグレチャフ殿の声でも、大隊の方々の声でもなく……。
どうやら共和国軍側の声のようで――。
「ぎっ!?」
今度は右肩を撃ち抜かれてしまったようです。
あぁ、笑えてくるくらいに、痛いものでありますなぁ。
「軍医殿!!」
撃ち抜かれて吹き飛ばされた私のもとへ。
『白銀』殿が舞い降りてくださいました……。
「すぐに自分にも『奇跡』を――」
デグレチャフ殿、そのような顔をなさらないでください。
他の大隊の方々がその表情を見ると……不安になってしまうでしょうに。
そもそも、自身の命はいらぬ、と神の奇跡を願った私であります。
それがどうして、その神の奇跡を自分の身に振るえますでしょうか。
……どうやら、私はここまでのようです。
震えが止まらず、力が入らず。
眼は霞んでほとんど何も見えなくなってきました……。
最後に。
最後に――デグレチャフ殿の顔を見ることが出来て……私は満足です。
デグレチャフ殿の腕の中で絶えることが出来、私は幸せです。
ですので、ですのでどうか、
「私の……死を――。……
*
力が抜け、急に重くなる肉体。
徐々に消えゆく体温は、その存在が、居なくなったことを如実に表していた。
「少佐……殿」
一体何と声を掛ければいいのか。
それほどまでに軍医を抱くデグレチャフの背中は、荒んで見えた。
「……大隊各員、退避だ。司令部より掃討戦へ移行との連絡が入った」
しかし、デグレチャフはこれまで通り、極めて平常的な口調で各員へと伝達した。
*
その日、ライヒのとある場所には、これでもかと人が押しかけた。
場所は教会。
その場所には、その日の主役である少女、フリューア・アーデルハイト軍医少佐の遺体が安置されていた。
最後に……『白翼』を、『天使』を、と休暇中や入院中で動ける者。
家族や愛する人、仲間を彼女に救われた者など、そのほとんどが彼女に手を合わせに来たのだ。
軍発行の情報誌、その号外。
突如として無料で配られたソレに書かれていたのは、我らがライヒの為に尽力していた、まだ幼い天使の……訃報だった。
ある作戦に従事し、治療に当たっていたところ、あろうことか治療中に敵からの狙撃を受け。
それでも自分の身を顧みずに治療を終えた直後、さらに狙撃され……やがて力尽きる。
残酷で、生々しいその映像に、ライヒの人間全員が憤った。
国際法すら無視したその野蛮な行為は到底認められぬ、と。
許していいはずが無い、と。
葬儀に参加した全員が、彼女の無念を晴らすために、と喜んで税金を徴収された。
休暇を謳歌していた者は即座に上に掛け合い、共和国軍との戦線への参加を熱望し。
入院中の者は悔し涙で枕を濡らした。
動けぬ自分が情けない、と。
自分は助けて貰っておきながら、彼女の為に動けない……と。
「どこまでが予想通りだね?」
そんな上がり続ける報告を受けたゼートゥーアは、目の前で微動だにしない葬儀の立案者へと一言、尋ねた。
「はい。……いいえ、全て小官の予想外であります」
「しかし、葬儀を行うことを提案したのはデグレチャフ少佐だ。何故その考えに至った?」
「はい。彼女の……フリューア・アーデルハイト軍医少佐の遺言であります」
「遺言……か」
どう見ても少女にしか見えぬその体躯で、方や前線に出続け戦果を挙げる者。
方や負傷兵をおびただしい程治療し、前線維持に貢献した者。
そのどちらもの思考が、ゼートゥーアに取って掛け替えのない物になっていたようにさえ思う。
数々の論文にてソレを残したデグレチャフと違い、論文を残せるような環境に居なかったアーデルハイトを、今更ながらに悔やんだ。
「では、私はこれにて」
「もう行くのかね?」
「彼女に階級で追いつかれてしまいました。これでは立つ瀬がありませんので」
「そうか」
望んでいなかったであろう二階級特進。
故に少佐と――デグレチャフと肩を並べる階級になった彼女は、今後その階級は上がることは無い。
そんな少女に一礼し、弔砲を背に教会を後にしたデグレチャフは、先んじて済ませていた別れと共に、強い想いを胸に秘める。
この――クソッタレの戦いを終わらせてみせる、と。
*
はて? 見覚えの無い天井であります。
――へ? こ、ここはどこでありますか!?
どうして私、赤ちゃんになっているでありますか!?
「あら? フローレンスが起きたみたい」
フローレンス? どなたでありましょうか?
……真っ直ぐに私の方へと歩いてくる? まさか……まさか私がフローレンス!?
一体全体何がどうなっているのでありますか!?
はい。
と言うわけでこちらで完結と言う事になります。
感想で尋ねられたりして普通に答えていましたが、フリューアちゃんの元ネタは婦長ことフローレンス・ナイチンゲールでありまして……。
ぶっちゃけ現実離れした数々の事をしている辺り、大分ファンタジーよりな方なのですが、こうして幼女戦記の世界の人間が転生してきた、となれば多少納得出来ませんか?
という作者の妄想でありました。
書いててかなりかなーり楽しかったです。
と言うわけで一先ず幼女戦記二次創作は完結と言う事で、今後は止まっている他の二次創作を書いていく次第。
新作の構想も練りつつやっていきますので、これからもよろしくお願いするであります!!