巷に溢れる聖剣が、街に次々と騒ぎを引き起こすのである。
「これではいかん」と条令を制定することにした。
──"聖剣禁止令"である。
※この小説は「小説家になろう」にも投稿しています。
ドンドンパフパフと気の抜けた太鼓とラッパの音に、市民たちは視線を向けた。
音楽士たちを背にしているのは公示人。マニエルナラ市の大交差点の一角を陣取り、傾聴せよと声を張り上げている。
公示人が声を張り上げるときは、何かしらの報せあるとき。太鼓までついたとなると、王庁や法定府などによって新たな条令が公布されるということだ。
書くどころか読むこともできないものもいる、識字率の低いこの世には公示人は必要不可欠な存在である。
公示どころか探し人からお買い得情報まで、この街のことならば声にあげる彼らはいわば生きた新聞。
なんだなんだと暇をもて余したり幾ばくの余裕を持った市民は足を止め、周囲に集まっていく。
この公示人はベテランであり、見事な声の調べによって実に7割もの視線を釘付けにしてから、さらに声を張り上げた。
「新たな条例でーあーるー!」
歌い上げる。
ここに新たな条例が公示された。
一度耳にして、市民たちは動きを止めた。
凍った流れに気づかず、ぶつかってしまう少年がいた。
屋根に上っていた空き巣も、足を止めた。
荷運びの馭者は操縦も忘れ、馬がそばのおばさんの買い物袋に顔を突っ込んでいるのも気づかない。
遊んでいた子供たちは、その異様な空気に首をかしげる。
その時、大交差点にいた人の視線全てが公示人に集まっていた。
張り上げる声が届く限りの人は、その声に耳を澄ました。
その異様な空気に公示人も気づかない。彼もまた条文を読み上げるのに精一杯だった。公示人生活30年、このようなことは初めて街頭に立ったとき以来であった。
「──聖剣禁止令! 聖剣は全てマニエルナラ市が没収する。聖剣を持つものは直ちに出頭し、聖剣を提出せよ!」
再び大きく息をつぎ、同じ言葉を歌い上げる。いまだ公示に気づいてない市民まで、確実に伝えるために。
五度目の告知をしようとして、にわかに市民が色めきだった。束の間をおいて、感情が爆発した。
歓声が沸きに沸く。市民たちは腕を振り上げ、足をならす。不仲で有名な老夫と老婆は抱き合って見事なタンゴを舞った。
因縁をつけあっていたゴロツキたちは肩を組み、たからかに街をたたえる歌を歌う。
その隣では奥手同士の若者が情熱的な接吻をかわし、新たな夫婦が誕生した。
帽子に酒瓶や野菜が宙を飛び交い飲み騒ぐお祭りが始まった。
突然のお祭り騒ぎは、この日だけで両の指を超えた。
聖剣禁止条令。
マニエルナラ市庁法定部での数年の修行を経て法定官の任に就いた、うら若き才女ヨシュナの発案である。
市民のために法令・条令を定めるのが法定官の仕事だ。法定官としては新米であるヨシュナは、以前から聖剣での騒ぎに心を痛めていた。
近年、王国都市では外からの人民の流入が多くなっている。ここマニエルナラ市もその一つ。
多くは田舎からの上京であり、出稼ぎを目的としたものが大半だった。都会になかなか馴れず騒ぎを起こしてしまう者も多いが、すぐに都会に慣れていく。
しかし近年急増している、総じて"異邦人"と呼ばれるものたちは騒ぎを起こすことがとくに顕著であった。
テンセイ、テンイだのと素性をいうことの多い彼らは若者が多くをしめ、そしてほぼ全てが礼節はともかく著しく一般常識に欠けていた。
その彼らがよく所持しているのが、"聖剣"とよばれるものである。上記に漏れずその力を弁えていないものがほとんどだった。
あるものはそこに秘められた神力を街中で平然と放って見せた。ただの喧嘩だというのに。
あるものは聖剣を振りかざして「オレは勇者だ」と叫んで金品をせびった。勇者を自称するものも多いが、大型モンスターも減った御時世にそう需要はない。
あるものは聖剣の盗難を訴えた。あるものは聖剣で嵐を呼んだ。雪を降らした。大地を揺らした。夫を奪った。悪魔を呼んだ。ゾンビを作った──
毎日のように空に光が走り、地上で爆発が起きる。
一部の異邦人だけが原因というには、事件があまりに多すぎた。
いくら騒ぎ好きが多いマニエルナラ市民も、度を越えてばかりの騒ぎにうんざりしていたのだ。
大喜びで迎えられた聖剣禁止令に、異邦人はすぐさま動き出した。
あるものは正直に聖剣を提出し、またあるものは抵抗して没収された。
街を流れる川の底から聖剣が引き揚げられることもあれば、すぐさま聖剣をかついで街から出ていったものもいた。
街から聖剣が消えた。
平穏が町に流れる。あちこちで喧嘩騒ぎが絶えない普段通りの町。
しかしそれも束の間のこと。
表で咎められるのならば、裏でこなせばいいだけのことだ。
「すみません、"こいつ"にきれいな服を着せてやりたいんですが」
「──こっちに来な」
ひっそりと聖剣の装丁や研磨などを行う闇事業が現れた。
「ほはう、これが」
「はい。聖剣ゴッツヨイデーにございます」
「これならマドロス会の連中も──」
どこからか裏組織に聖剣が出回る事態も発生。
そしてもっとも多かったことは、
「おい、そこの黒髪の異邦人! 貴様、聖剣を持っているな!」
「違いますよ、こいつは──槍です!」
言い逃れである。
聖剣の柄を竹や木に鉄棒などで継ぎ足し、剣ではないと言い張ることが横行。
それは槍にとどまらず、穂先が明らかに剣である鎌や斧などが町に溢れた。
その光景にヨシュナは対抗した。
「──柄継ぎ足し禁止令! 武具の握り手に新たに継ぎ足しを禁ずる。これは軽率な作業による不慮の事故を憂いてのことである!」
新たな条令の制定である。
ならばと、新たな動きが起きる。
「大人しく抵抗を止めろ。貴様、聖剣を持っているとはな!」
「ち、ちがわい。こいつはどう見ても斧だろ!」
聖剣の打ち直しである。
継ぎ足しではなく、聖剣を元に斧や槍など新しい武器を作り出した。
どうも聖剣を使う異邦人はなぜか剣に慣れていないせいか、好きな形に作り直しても気にしない。
不思議なことに神力はそのままであるから、余計タチが悪かった。
「ええい、異邦人めぇ! 作り直すかよ普通!?」
鍛冶屋の摘発を進め、聖剣を持つ教会と折衝をしながらもヨシュナは憤慨する。
「教会も神力を持った武具を持っている。ならば──」
「──聖刃禁止令! 聖剣及びそれを原料とする、神力と刃を持つ武具の許可なき所持を禁ずる!」
一般市民に許可は出されない。異邦人ならばなおのこと。
当然、市民は対抗する。
「ねぇ、坊や。この国じゃ聖剣みたいに神力と刃を合わせ持つものは没収されちゃうわよ」
「ええ?! そんな、どうすれば……」
「いい方法、教えてあ・げ・る」
「聖棍!? 聖模造剣!? 聖リボルバー!? ふざけやがってぇ!」
ヨシュナは憤慨し、条令を放つ。
「──聖武装禁止令! 神力と殺傷力を有する武器の許可なき所持を禁ずる! 」
ならは当然、対抗される。
「おい貴様。チンピラ押さえつけてる"そいつ"は明らかに神力を放っているが、聖剣じゃないのか?」
「やだなぁ、これは盾ですよ?」
「聖盾、聖籠手、聖面、聖スカートぉ…………ぉッ!」
「──聖装禁止令! 聖剣及びそれを原料とする服装とその所持を禁ずる!」
当然。
「すみませーん、おじさーん」
「はいはい、出来てるよ。ほら、特製の包丁だよ」
「ありがとう!」
「それと扇屋のヤツから伝言。出来たってよ」
「ホントぉ!」
ヨシュナは憤慨する。
「包丁、ハサミ、定規に扇ぃぃィッ!」
「──聖具禁止令。聖剣を原料とする道具の所持を──」
「──聖部品禁止令。聖剣を原料とする部品──」
「──聖インゴット禁止令──」
毎日と言っていいほどに制定の太鼓が鳴らされ、公示の声が響き渡る。
そこかしこを公示人たちと警団が歩き回り、辺りを気にせず巻き込む大騒ぎが毎日起きていた
ヨシュナが制定し、市民が対策する。その合間をぬって裏組織が暗躍し、官憲が摘発する。
制定、摘発、対策、制定。終わりのないワルツに市民も警団も公示人も、人々はみんな疲弊していた。
そして限界が訪れた。
通勤の傍ら、新たな対策条令を思案していたヨシュナは道半ばで足を止めた。職場である市庁を数多くの市民が取り囲んでいたのだ。
「改定反対!」
「いたずらな制定は反省せよ!」
「朝三暮四を戒めよ!」
老若男女、多くの人が声をあげ、旗や看板を振りかざしている。怒号は地を響かせ、天まで揺らさんばかりだ。
その光景に、ヨシュナは震えるしかなかった。
「なんだ、これは……!」
「こちらに居られましたか、法定官どの」
「おお、警団長どの。これはいったい」
「ひとまずこちらへ」
案内のもと、隠し通路というほこり臭い地下道から市庁へと入る。
その言葉が告げられたのは、法定部へといつもの通りに入った時だった。
「ヤリスギ」
突然の法定部長の言葉にヨシュナは実績をもって答えた。もはやただの口答えであったが、口にするほどにはヨシュナも若かった。
「教会からも抗議が来ているよ」
「そちらは許可を出しています。聖剣による被害はこの条例で確実に減って──」
「だからヤリスギ。摘発は警団がやってくれる。それでダメなら警団や市民から嘆願も来る。持ちつ持たれつ、絞めすぎはこのように爆発を生むだけです。もう少し他人に任せなさい」
「…………はい」
ヨシュナは項垂れるしかなかった。
この日、うず多く積み上がった聖剣関係の法令は全て撤廃された。
────
酒場の店先で騒ぎが起きていた。異邦人にゴロツキが因縁をつけ喧嘩となったのだ。ゴロツキは店先に異邦人を連れ出し、拳を振りかざして、あっさりと叩きのめされた。
拍手と歓声に包まれるなか「オレ何かやった?」と頭をかく異邦人の青年は当然のように背中に聖剣を担いでいた。なおこの騒ぎでは触れもしていない。
その肩を誰かが叩いた。青年が振り向けば、全身鎧がいた。その後ろにも全身鎧の集団がいる。胴を包むサーコートに描かれているのは折られた剣。
わっと野次馬は散っていく。遅れてつられたように異邦人も走り出す。
全身鎧たちは剣を振り上げ叫んだ。
「聖剣を持っているなぁ!」
「わあぁ、聖剣自警団だぁ!」
散らばる人々の姿を街の片隅から覗きながら、ヨシュナは満足そうに頷いていた。
暴動の日を境に法定官の任を解かれたヨシュナは、再び修行と研鑽を積むこととなった。そしてその傍らに自警団を結成した。
その名も聖剣自警団。聖剣が関わる騒ぎを鎮圧するのが役目だ。
なお、聖剣が騒ぎの野次馬にいるだけでも自警団は関与を認定する。
「ずいぶん聖剣摘発の効果は上がっているようですね。これからもお願いしますよ!」
ヨシュナは法定部の片隅にうず高く積み上がった聖剣の山を思い返しながら、団長の肩をたいそう嬉しそうに叩く。
忠告どころか当初の目的からもずれてきていることに、ヨシュナはいまだ気づいていない。
「今回は急ぎすぎただけです。再び法定官となり、次こそ聖剣完全撤廃で平和を取り戻しますよぉ!」
街の人から目をそらされていることなどいざ知らず、高らかに空へと吠えた。
ヨシュナはまだ知らない。町のいたるところでひっそりと新たな"聖剣"が、次々と生み出されていることを。
神力を維持したまま聖剣を加工するという狂気を成し遂げた職人たちに、神力というさらなる力を"引きずり出す"などもはや当然のことであった。
官憲と役人、異邦人と職人たち。
新たな戦いはすぐそこまで迫っている。