英雄とはこれ如何に   作:星の空

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第5話 異世界のレベルは地球の神代よりは確実に弱い件 -2-

石造りの長い廊下を進み、幾度かの曲がり角と渡し廊下を通って辿り着いた場所には魔王城の謁見の間へ繋がる入口というに相応しい威容を湛えた巨大な扉があった。権威を示しているのか太陽に見立てたと思われる球体と、そこから光の柱が幾筋も降り注いでいる意匠が施されている。

扉の前にいる魔人族にフリーザが視線で合図を送る。すると、その魔人族が扉の一部にスっと手をかざし、その直後、重厚そうな音を響かせて扉が左右に開いていった。

扉の奥は、フリーザが“仙鏡”で見せた光景が広がっており、レッドカーペットの先には祭壇のような場所と豪奢な玉座が見える。映像通りなら、玉座の脇、巨柱の後ろ側に檻が設置されているはずだ。

逸る心を抑え、空の玉座の傍へと近づいていく。そうして見えた映像通りの光景。

向こうからも俺達の姿が見えたのだろう。クラスメイト達が大きく目を見開き、肩を叩かれて気がついた愛子とリリアーナも驚いたように大きく息を呑んだ。あの二人、南雲にぞっこんだしな。

使徒に囲まれていることで表情を曇らせたが、南雲がここに来て始めて唇の端を吊り上げて笑ったのを見て、感極まったように涙ぐみ始める。そして、明らかに特別な感情の伺える乙女な表情で南雲の名を呼ぼうとして……

 

「パパぁーー!!」

「あなた!!」

 

ミュウとその母親?に持って行かれた。そして、ミュウの“パパ”はともかく、その母親?の“あなた”ってのはどういうことだぁ?という剣呑な視線を母親?と南雲に行き交わせる。

そんな状況を弁えない?二人を放置して、南雲は優しげに目元を緩めた。

 

「ミュウ、レミア。すまない、巻き込んじまったな。待ってろ。直ぐに出してやる」

「パパ……ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの。だから、わるものに負けないで!」

「あらあら、ミュウったら……ハジメさん。私達は大丈夫ですから、どうかお気を付けて」

 

不安を隠しきれない様子だったのに、南雲が現れた途端、満面の笑みを浮かべて心底安堵した様子のミュウ。そんなミュウを見て、母親……レミアも落ち着いた雰囲気で逆に南雲を気遣った。

フリーザが、勝手に騒ぐなと忠告しようと口を開きかけたそのとき、玉座の背後から声が響いた。

 

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というものは。私にも経験があるから分かるよ。もっとも、私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね」

 

玉座の後ろの壁がスライドして開く。そこから出て来たのは金髪に紅眼の美丈夫だった。年の頃は初老といったところ。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせていた。

もっとも漂わせているのは色気だけではない。若々しい力強さと老練した重みも感じさせる。見る者を惹きつけて止まないカリスマがあった。十中八九、彼が魔王だろう。そして、神を名乗る“アルヴ様”とやらだ。

というのは建前で、その歪さに気づいた。目の前の男の魂が偽りなのだ。そしてそれを俺とアタランテはよく知っている。

ヴラド三世(黒のランサー)をダーニックが令呪で乗っ取ったそれと同じなのだ。だから目の前の男の肉体と魂が噛み合ってないことにも気づいた。しかし、肉体の本来の持ち主は既に逝っていた。

俺たちがアイコンタクトで会話している間、穏やかに微笑みながら現れた魔王に南雲はスっと目を細める。そして口を開きかけて、フリーザと同じく機先を制された。但し、それは視線の先の魔王にではなく、傍らの愕然とした声音によって。

 

「……う、そ……どう、して……」

「ユエ?」

 

南雲の呼び掛けにも気がついた様子なく、酷く動揺したような、有り得ないものを見たような掠れた声を漏らしたのはユエさんだった。

(初めて知ったぞ、俺。)

その瞳は大きく見開かれており、真っ直ぐ魔王を貫いている。

 

「やぁ、アレーティア・・・・・・。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 

南雲の思考を遮って、魔王がユエさんに掛けた言葉は、とても初対面とは思えないほど親愛に満ちたものだった。

 

「……叔父、さま……」

 

ユエさんの掠れた声音が響く。その瞳は普段になく大きく見開かれ、小さくたおやかな手は内心の動揺をあらわすが如く小刻みに震えている。

南雲の呼び掛けに気がつかないという、いつもなら有り得ない有様が、その動揺の深さを示していた。

そんなユエさんの様子を見て驚愕をあらわにする南雲達を尻目に、金髪紅眼の魔王は殊更優しく微笑みながら再度、聞き慣れない名でユエさんに呼びかけた。

 

「そうだ、私だよ。アレーティア。驚いているようだね。……無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。三百年前から変わっていないね」

 

微笑む魔王。ユエさんは、そこに叔父を見て取ったのか一歩後退る。そして、震える唇でなにかを言おうとして、その機先を制するように使徒アハトが口を開いた。

 

「アルヴ様?」

 

能面のような表情で、しかし、疑問の呼びかけとわかる抑揚で魔王の名を呼ぶアハト。その様子からすると、まるでユエさんに対する魔王の態度が予想外の事態であるように見える。それは、使徒だけでなく、フリーザも同様らしく僅かに訝しむ表情になっていた。

そんな呼びかけに対して、魔王は薄らと微笑むと、おもむろにその手をかざした。……アハト達、神の使徒へと。

次の瞬間、ユエさんに似た金色の魔力光が閃光手榴弾の如く爆ぜ、一瞬、光で全てを塗り潰した。その光が、逆再生でもしているかのように魔王……ディンリードの手に吸い込まれて消えた後には、まるで電源が切れた機械のように崩れ落ちている使徒達の姿があった。

更には、ついでとばかりに、フリーザやなくむな恵里も倒れ伏している。何故か傍らの天之河は、いきなりの事態に呆然としているのか、微動だにせず硬直したままなくむな恵里を見つめている。

突然の出来事に唖然とする南雲達の前で魔王は如何にも緊張の瞬間を乗り切ったと言わんばかりに「ふぅ」と息を吐き、次いで、突き出していた手を頭上に掲げるとパチンッと指を鳴らしてなんらかの術を発動させた。

 

「盗聴と監視を誤魔化すための結界だよ。私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達は、ここで起きていることには気がつかないだろう」

「……なんのつもりだ」

 

まるで使徒と敵対している者であるような言動に、南雲がスっと目を細めながら問い質した。

 

「南雲ハジメ君、といったね。君の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう。私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」

 

魔王としての威厳を以て発せられた言葉が、広大な謁見の間に凛と響く。その言葉は、その場にいる者達へ本気で言っていると思わせるだけの力を持っていた。

南雲や俺とアタランテを除くメンバー達が驚愕の事実に息を呑む。まさか、人間族と敵対していた魔人族の王が、神への反逆者だったなど夢にも思わなかったのだ。当然の反応だろう。

そんな中、辛うじて我に返った谷口が、「恵里っ」と叫びつつ駆け寄ろうとするが、それを天之河が手で制した。俯せに倒れているなくむな恵里の首筋に手を当てて脈を図りつつ、心配ないというように微笑みながら頷く。どうやら、なくむな恵里は気を失っているだけのようだ。ホッと胸を撫で下ろす谷口に、ディンリードは「不安にさせてすまない」と謝罪を口にした。

ついでに、使徒については機能の停止を、フリーザ達は生体機能の停止――言い換えれば、仮死状態にしたという。

“魔王の謝罪”も相まって、一連の出来事に誰もが絶句する中、南雲が視線を周囲に巡らせつつ、ディンリードの真意を追及しようとした。と、そのとき、不意に叫ぶような声音が響いた。必死に、なにかを否定しようとしているような声音だ。

 

「うそ……そんなはずはないっ。ディン叔父様は普通の吸血鬼だった!確かに、突出して強かったけれど、私のような先祖返りじゃなかったっ!叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」

「アレーティア……。動揺しているのだね。それも……当然か。必要なことだったとは言え、私は君に酷いことをしてしまった。そんな相手がいきなり目の前に現れれば、動揺しない方がおかしい」

「私をアレーティアと呼ぶなっ!叔父様の振りをするなっ!」

 

南雲ですら見たことがないほど興奮した様子のユエさんに、ディンリードは悲しげに微笑む。

死んでいるはずのその相手が、突然、目の前に現れ、三百年前と変わらない様子で親しげに、愛しげに話しかけてくるのだ。いつも冷静だったユエさんも流石に冷静さを保つことが出来なかった。その心は、台風の直撃を受けた海の如く荒れ狂っている。

ユエさんは心ここに在らずという感じで雷龍を放ち、天之河らは緊張する。

それに対してディンリードは、微笑を浮かべたまま。余裕ともいえる態度で、再び、指をパチンッと鳴らした。その瞬間、玉座が置かれている祭壇の淵に沿って光の壁が立ち上った。雷鳴の咆哮を上げながらディンリードに肉薄した雷龍は、その障壁に激突したものの、余程強固な障壁なのか突破することは敵わない。

雷光が迸る中、障壁の向こう側からディンリードが優しい声音で語りかける。

 

「アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。歴代でもっとも美しく聡明な女王、私の最愛の姪よ。私は確かに君の叔父だよ。覚えているかな。私が、強力な魔物使いだったことを」

「なにをっ」

「今の君ならわかるはずだ。当時の私がどうしてあれほど強力な使い手だったのか」

「……っ、神代の……変成魔法」

 

まるで、昔、ユエさんの勉強を見て上げていたときのように、「よく出来ました」と微笑むディンリード。既視感が襲っているのか、ユエさんは表情を歪める。

 

「その通りだ。更に言うなら、私は生成魔法も修得していた。生憎、才能に乏しく宝の持ち腐れだったけれどね。代わりに変成魔法については頗る付きで才能があったと自負しているよ。相応の努力もした。その結果、単に魔物を作り出すだけでなく、己の肉体に対しても強化を施すことが出来るようになった。寿命が延びたのはそういうわけだよ」

 

実は雷龍に紛れてさり気なくレールガンを放っていた南雲が、簡単には障壁を突破できないと理解し、ユエさんの肩に手を置く。精神の乱れから普段とは比べるべくもなく効率も収束率も悪い雷龍では無駄に魔力を消費するだけだ。

ユエさんは、肩に置かれた温かな感触にハッと我を取り戻し、剣呑な眼差しでディンリードをひと睨みしてから雷龍を霧散させた。幾分取り戻した冷静さを以て、それでも語気が荒くなるのは隠せず追及する。

 

「……あの白竜使いの魔人族は、お前をアルヴという名の神だって。何百年も魔人族を率いて来たって!」

 

少なくともユエさんが幽閉されるまでの二十数年は吸血鬼の王国アヴァタールで宰相をしていたことと、フリードの発言との矛盾を叩きつけた。

それでも、ディンリードの余裕は崩れない。当然の指摘だとでも言うように、悠然と答える。

 

「フリードの言っていたことは間違ってはいない。アルヴとは確かに私であり、同時に私ではないとも言える」

 

禅問答のようなことを言うディンリードにユエさんの眼差しが険しくなる。ディンリードは、それに苦笑いしながら言葉を続けた。

 

「アルヴという存在は、神代においてエヒト神の眷属神だった。部下のようなものだね。アルヴは最初、エヒト神に対し忠誠を誓ってその手足となっていたのだけれど、ある日、疑問を抱いた。エヒト神の行う非道をこのまま見逃していいのかとね。その疑問を幾百年、幾千年を過ごす内に大きくなり、やがて彼は反逆の意思を抱くようになった」

 

コツコツと靴音を鳴らしながら玉座の周りを歩くディンリード。その落ち着いた声音は、決して大きくはないのに何故かよく響き、されど全く不快感を覚えさせない。

 

「だが、主神であるエヒト神に敵うはずもない。故に、アルヴは一つの策を練った。それが、エヒトの駒として地上に降り人々の戦争を激化させ、混乱に陥れる魔王役を担う――という建前の下、地上にて対抗できる手段と戦力を探すというものだ」

 

一度言葉を切ったディンリードは、自分の手をグッグッと開閉し、その感触を確かめるような仕草をしながら続ける。

 

「だが、肉体を持たない神が地上で十全に活動するには器となる肉体が必要になる。アルヴもまた、己の器となる者を探しては、その者に魂を宿らせた。本来、他人の体に魂を宿らせることは、本人の拒絶が強ければ神といえども容易ではないのだが……神として存在を示せば、拒否する者などいない。自分が消えるわけでもないのだから、むしろ名誉なことだろう」

「……そうして、ディンリードもアルヴに選ばれた?」

「アルヴは狂喜したようだよ。ただの適性者なら、エヒトの眷属神とだけ伝えるところだけれど、私は真実を知っていた。本当の、反逆の同志になり得たのだ。使徒の目がある中、内側から真意を聞かせてくれたよ。今も、私の中にはアルヴがいて、様々な面で助けて貰っている。一つの体に二つの魂。それが、アルヴであってアルヴでないという言葉の意味だよ」

 

玉座に手を掛けながらユエ達の理解が及んでいるか確かめるように一拍おくディンリードに、ユエさんは難しい顔をしながら尋ねる。

 

「……いつから」

「君が王位につく少し前だね。同時に、真実を知っていてもどうすることも出来なかった私にも、できることがあると分かった。使命だと思ったよ」

「……使命」

「そう、神を打倒するという使命だ。エヒト神や使徒達に真意を掴ませないようにするには大変だったけれどね。おかげで、本意でないことも幾度となくさせられたよ」

 

他に聞きたいことは?と微笑むディンリードに、教師役をしていた頃の思い出を呼び起こされたのかユエさんの心が揺らぐ。

 

「……どうして祖国を裏切ったの。どうして、私を……」

「済まなかった」

「っ……謝罪を聞きたいわけじゃないっ! 理由をっ」

 

沈痛な表情で謝罪の言葉を口にするディンリードにユエさんが叫ぶ。傍らの南雲が、肩に置いた手に力を込めて落ち着かせる。他のメンバーも、ユエさんの過去に関わることなのだと口を挟まずに真剣な表情をディンリードに向けていた。

 

「アレーティア。君は天才だった。魔法の分野において、他の追随を許さないほどに。神代魔法の使い手であった私ですら敵わないほどに。その強さは目立ち過ぎたんだ。だから目を付けられた。君の傍らにいる南雲ハジメのように」

「……イレギュラー」

「そうだよ。アレーティア、君は覚えているのではないかな?当時、既にアヴァタールの上層部はエヒト神を信仰する勢力に染められつつあった。それは、君の両親も、だ。その片鱗を端々に感じていたはずだ」

「……覚えてる。叔父様と父上はよく私の教育方針で口論してた。……私の教師役には叔父様が付いていた。だから、私は信仰とはほとんど関わらずに育った」

 

コクリと頷くユエさんに、ディンリードも頷き返す。

 

「真実を知っていたからね。解放者の言葉が真実かどうか確かめる術はなかったけれど、まだ幼い君に無条件に信仰させるのは危険だと考えた。君を守りたかったのだ。だが、そうやって信仰から遠ざけたことが徒となった」

「……思った通りに動かない駒は邪魔?」

「そういうことだ。君に対する暗殺の企みが本格的になった。君の不死性とて絶対ではない。特に、神が相手では尚更……神代魔法を修得していても、神の意思から君を守り切る自信はなかった。それに、アルヴを体に宿し使命に目覚めた私は、君という切り札の一つを失うわけにはいかなかった。だから、暗殺が成される前に、死んだことにして君を隠したんだ。いつか反逆の狼煙を上げることができるその時まで」

「……」

 

ユエさんの表情は行き場を失った感情を持て余しているような、あるいは迷子が浮かべる不安そうなものになっていた。

不安定な気持ちをあらわしているように力なく震える声音が、最後の疑問を投げかける。

 

「……人質は?貴方が本当にディン叔父様なら……私を裏切っていなかったというのなら、どうして」

 

俯くユエさんからの、非難混じりの言葉にディンリードは苦笑いしながら「そうだった」と呟く。そして、再び、指をパチンッと鳴らした。途端、檻を覆っていた輝きがスっと溶けるように消えて行き、檻自体の鍵も音を立てて開いた。

囚われていたクラスメイト達やミュウ達が、キョトンと鍵の外れた扉を見つめる。

 

「こうでもしないと会うことすらしてもらえないと思ってね。それに、いざというときのために彼等を保護するという目的もあった。怪我に関しては許して欲しい。迎えに行ったのが使徒だったことと、彼女達の手前癒して上げることが出来なくてね。一応、死なせないようにと命じてはいたんだ。これからアレーティア共々、仲間になるかもしれないのだしね」

「……なか、ま?」

 

ディンリード曰く、そういう理由らしい。反論らしい反論が尽きてしまったのか、ユエさんはディンリードの言葉を、疑問を含めて繰り返した。その声音に力は既になく、されど荒れ狂う心は更に波を高くしていた。一度に大量の、それもユエさんにとって無視し得ない重要な情報を与えられたせいで整理がつかないのだ。

ユエさんを見守るシオさん達も、どうしたものかと困惑を隠せずにいる。檻に囚われていた者達も、場の雰囲気を感じて動けずにいた。

そんな中、ユエさんの内心を見透かすように目を細めたディンリードが、微笑みを浮かべながら祭壇から降りて来た。ゆったりと歩いていく先はユエさんのもとだ。

 

「アレーティア。どうか信じて欲しい。私は、今も昔も、君を愛している。再び見まみえるこの日をどれだけ待ち侘びたか。この三百年、君を忘れた日はなかったよ」

「……おじ、さま……」

「そうだ。君のディン叔父様だよ。私の可愛いアレーティア。時は来た。どうか、君の力を貸しておくれ。全てを終わらせるために」

「……力を、貸す?」

「共に神を打倒しよう。かつて外敵と背中合わせで戦ったように。エヒト神は既に、この時代を終わらせようとしている。本当に戦わねばならないときまで君を隠しているつもりだったが……僥倖だ。君は昔より遥かに強くなり、そしてこれだけの神代魔法の使い手も揃っている。きっとエヒト神にも届くはずだ」

「……わ、私は……」

 

ディンリードの言葉に動揺するユエさん。そんなユエさんを包み込もうとでもいうのか、そっと両腕を広げるディンリード。

ユエさんの瞳が揺れる。

ディンリードの微笑みは益々深まり、ユエを迎えるための言葉を紡ごうとした。

 

「さぁ、共に行こう。アレーティ――」

 

刹那、

 

ドパンッ!!

 

そんな聞き慣れた乾いた音が響いた。同時に、弾かれたように仰け反ったディンリードが、そのまま後ろに倒れ込んだ。

誰一人、なにが起きたのかを把握できず、目を点にして倒れたディンリードを見つめる。彼はピクリとも動かない。広い謁見の間に静寂が満ちた。

そんな中、ガキリと撃鉄を起こすような、いや、そのまんま撃鉄を起こした音が静寂を壊す。ビクリと体を震わせるその場の者達が一斉に視線を音源へと転じる。

そこには半ば予想していた光景が広がっていた。

すなわち、

 

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか」

 

白煙吹き上げるドンナーを構え、チンピラの如き悪態を吐きながら、額に青筋を浮かべた南雲の姿である。

南雲の、誰が聞いても分かるほど不機嫌度MAXの声音が響く。と、同時に、更に引き金を引かれ、炸裂の轟音が鳴り響いた。紅い閃光が四条奔り、倒れるディンリードの手足を撃ち抜いた。ビクンビクンと震えるディンリード。

南雲は“宝物庫”からボーラを取り出してディンリードへと投げつけながら、同時にオルカンを取り出して倒れている使徒に向けて引き金を引いた。

パシュンッパシュンッパシュンッと、連続した発射音が鳴り響き、宙に幾条もの火線が尾を引いた。

一拍の後、盛大な爆炎と衝撃が発生し、その絶大な威力を遺憾無く発揮したミサイル群が使徒達を吹き飛ばしていく。あちこち弾け飛んで壊れた人形のようになる使徒達。南雲は、オルカンを“宝物庫”にしまうと、更に、死んだように倒れているフリーザとなくむな恵里にドンナー&シュラークの銃口を向けた。

そこで、ようやく周囲が我を取り戻した。

まず最初に悲鳴じみた奇声を上げたのは谷口だ。「うわぁああっ!!」と、やけくそとも、パニックとも取れる絶叫を上げながらハジメの腕に飛びつきぶら下がる。そうでもしないと、なくむな恵里を粉微塵にされると思ったのだろう。涙目でハジメを見上げる瞳が、「約束を思い出してぇ~!!」と必死に訴えている。

次いで、シアが「ストップですぅうう!」と叫びながら谷口とは反対側の腕に飛びついた。

 

「ハハハハハハ、ハジメさん!?なにをしているんですかっ! ユエさんの叔父さんですよ!?」

「そ、そうだよ!脈絡がなさすぎるよ!ああ、頭を撃たれちゃってるぅ。は、早く再生魔法で……」

「か、香織ぃ、急いでぇ!超急いでぇ!どう見ても即死級だけど、貴女ならなんとか出来るかもしれないわ!」

「な、南雲。お前は、いつかやらかすと思ってたぜ……」

シオさんを皮切りに、白崎、八重樫が騒ぎ出し、坂上が冷汗を流しながら失礼なことをいう。ティナは唖然とした表情から考え込むように顎に手をやっている。こういうとき、天之河が真っ先に飛び出すかと思われたが、その天之河はなくむな恵里の前に立っている。南雲が銃口を向けた瞬間、割り込んだようだ。

そして、目の前で、恋人に叔父を銃殺されたユエさんは、

 

「……ハジ、メ?」

 

目を大きく見開きなら傍らの南雲を呆然と見上げていた。

その間にアタランテは白崎を止めた。「何故!?」と白崎が言っているのを窘めるのに忙しそうだ。

さらに南雲は物凄く自然に、誰も止める暇がないほど、素早く、視線すら向けずにドンナーでフリーザを撃ち抜き、ボーラをなくむな恵里に投げつけた。頭部がパチュンしたフリードと、体をぐるぐる巻きにされたなくむな恵里を見て、谷口が「ひっ」と短い悲鳴を上げ、「うわぁ」と坂上が引き攣ったような声音をを漏らす。

そんな二人には、やはり視線すら向けず、南雲は苛ついた表情で目元を歪めながら、それでも油断なく銃口を倒れたままのディンリードや使徒達に向けつつ口を開いた。

 

「ユエが自分で区切りをつけるまでは、と思って黙っていたが、どうもユエが動揺しすぎてあの戯言を受け入れそうだったんでな。強制的に終わらせてもらった」

「……戯言? どういうこと?」

 

大切な身内を最愛の恋人に撃ち殺されたかもしれないという衝撃の事実に、ユエさんの瞳が困惑したように彷徨う。そんなユエさんに、ここまで動揺させるくらいなら、さっさと殺っておくべきだったと少々後悔しながら南雲は

 

「いや、どういうこともなにも穴だらけの説明じゃねぇか。ユエだってもう少し冷静であれば気がついただろうけど……まぁ、身内と同じ姿でいきなり登場されちゃあ仕方ないか」

 

そう言って南雲が指摘したのは、ユエさんの存在を隠す必要があったと言っても、生きていたのなら、ディンリードがユエさんに会いに来ることは出来たはずだということだ。最愛の姪だというなら、三百年も暗闇の中に放置するはずがない。

また、ユエさんに対して施された封印処置は、どう考えても自分亡き後のことを考慮したものだ。自分がいなくなっても、決してユエの気配を察知されることなく、また自分の死をもって秘匿を完全なものにする。そういう意図が透けて見える対処なのだ。現存する者が取る方法としては、少なくとも愛情など感じられない。

また、戦力を集めていたというのなら、解放者の話が出なかったのは不自然であるし、アルヴ自身が知らなくとも、少なくともディンリードは【氷雪洞窟】や【オルクス大迷宮】の内部を熟知しているはずで、そうであればフリーザ以外にも使い手がいないのは不自然だった。

つまり、来るべきときのために戦力を集めているようには到底見えないのである。

ユエさんの記憶の断片と、ディンリードの昔語りが一致している部分もあることから、確かに一見すればディンリード本人であるように思える。しかし、南雲一行は、記憶を持った同じような存在と散々相対してきたが故に、そんなものは本人である証拠にはならない。ただ、魔王がディンリード本人でないにしても、記憶を引き継いでいるとすると、三百年前の時点で、力ある存在として神に目をつけられていたであろうユエを確保しに奈落へ来なかったことが疑問だ。

それ故に南雲は、ユエさんが納得するまで邪魔はしないという目的の他、魔王の言葉が真実かどうか、本当にディンリードというユエの叔父なのかどうか、その決定的証拠について注意に注意を重ねて探っていたのである。

その方法とは、本当にディンリードの魂が肉体に宿っているのか、魔眼石で確認するというものだ。昇華魔法により、より多くの能力を付与できるようになったことで、魔眼石には魂魄魔法により、相手の魂魄を見ることが出来る機能が追加で組み込まれていたのである。

結果、南雲の魔眼には、一つの薄汚い魂魄しか見えなかった。まるで、蜘蛛が張り巡らせた巣のように肉体を侵食している魂魄。普通は溶け込むように調和した状態で、体の中心に燦然と輝いているはずなのだ。

そういうわけで、肉体はともかく、中身はディンリード本人であるはずがないと確信した南雲は、祭壇という強力な防壁アーティファクトの範囲から出た瞬間を狙って、ユエさんの大切な叔父を騙った何者かに先制攻撃を仕掛けたというわけらしい。

また、中身が偽物である以上、使徒達を封じたという話も信憑性に欠けるので、そちらにも先制攻撃を仕掛けたというわけである。

もちろん神が絡む話であるから、ディンリードの魂が封じられているという可能性もゼロパーセントではない。が、その場合でも、魂魄魔法でディンリードを語る何者かの記憶を探り、その可能性の有無を確かめることは可能であるし、肉体的損傷も、再生魔法でどうにでも出来る。つまり、相手の真実を更に探るのは、ぶちのめしてからで十分ということだ。

以上のことを手短に纏めて説明した南雲に、ポカンとするメンバー達。怒涛の展開に、そこまで頭が回っていなかったが、言われてみれば、南雲が指摘した部分以外にも矛盾や不自然な点はボロボロと出て来る。

まるで、ユエさんの身内で、魔王で、神に対する反逆者で、というインパクトの強すぎる事実によるゴリ押しで、一時的にでもユエさんを引き込めれば、それでいいとでもいうかのような……

納得顔をし始めたメンバー達に、南雲は、油断のない目つきで周囲を探りつつ結論を述べる。

「そういうわけで、野郎の言葉を信じる理由なんざ、微塵もないってことだ。なにより……」

そして、一度、言葉を切ると、未だ収まらない苛立ちを滲み出しつつ言葉(本音)を続けた。

「なにが“私の可愛いアレーティア”だぁ、ボケェ!こいつは“俺の可愛いユエ”だ!大体、アレーティア、アレーティア連呼してんじゃねぇよ、クソが。“共に行こう”だの抱き締めようだの、誰の許可得てんだ?ア゛ァ゛?勝手に連れて行かせるわけねぇだろうが。四肢切り取って肥溜めに沈めんぞ、ゴラァ!!」

「「「ただの嫉妬じゃない(ですかっ)!」」」

要するにそういうことだった。九割方、嫉妬である。額に青筋を浮かべ、銃をチラつかせながら、メンチを切って悪態を吐くその言動は、完全にチンピラである。

これが本当の叔父との対面だというなら、南雲も襟を正して「はじめまして、恋人のハジメです。お嬢さんを頂きに参りました。反対は認めません」と真面目に挨拶したことだろう。

だが、明らかに偽物のくせに、ユエさんを散々動揺させた挙句、気安く昔の名前を連呼し、更に抱擁しようとしたのだ。自分の目の前で、ユエさんに対し、肉体はともかく中身は見ず知らずの男おそらくが抱きつくなど……万死に値する。ハ南雲的に。

そんなある意味重い愛をこれでもかと撒き散らす南雲に、謁見の間に入ってから揺れ続けていたユエさんの心がピタリと定まる。それを示すように彷徨っていた瞳もピタリと定まった。今はもう、南雲しか見えないというように一心に見つめている。頬は徐々に夢見るような薔薇色に染まっていき、砂漠のように乾いていた瞳はうるうると潤み始めた。

 

「……ハジメが嫉妬。私に嫉妬……ん。嬉しい」

 

ユエさんは、そっと南雲の腕に額を擦りつけながら、甘く濡れた声音を響かせた。

 

「……ハジメ、格好悪いところを見せた。ごめんなさい。もう大丈夫だから」

「謝る必要なんてない。ユエの中で、奈落に幽閉される前の出来事がどれほど大きいものか、俺はよく知っているから」

「……ハジメ。好き。大好き」

 

と、そのとき、パチパチと拍手が響いた。

 

「いや、全く、多少の不自然さがあっても、溺愛する恋人の父親も同然の相手となれば、少しは鈍ると思っていたのだがね。まさか、そんな理由でいきなり攻撃するとは……人間の矮小さというものを読み違えていたようだ」

 

先程までと異なり全く温かみを感じないどころか、むしろ侮蔑と嘲笑をたっぷりと含めた声音でそんなことを言いながら立ち上がったのは、頭部と四肢を穿たれ、ボーラで何重にも拘束されていたはずのディンリードだった。

その身に纏う魔王の衣装に乱れはなく、本当に撃たれていたのか疑わしいほど。足元にボーラの残骸が落ちていなければ、白昼夢を疑うところだ。

 

「せっかく、こちら側に傾きかけた精神まで立て直させてしまいよって。次善策に移らねばならんとは……あの御方に面目が立たないではないか」

「……叔父様じゃない」

「ふん、お前の言う叔父様だとも。但し、この肉体はというべきだがね」

「……それは乗っ取ったということ?」

 

ユエが右手に蒼炎を浮かべながら尋問する。その姿に、ディンリードはニヤーと口元を裂きながら嗤った。

 

「人聞きの悪いことを。有効な再利用と言って欲しいものだ。このエヒト様の眷属神たるアルヴが、死んだ後も肉体を使ってやっているのだ。選ばれたのだぞ? 身に余る栄誉だと感動の一つでもしてはどうかね? 全く、この男も、死ぬ前にお前を隠したときの記憶も神代魔法の知識も消してしまうとは肉体以外は使えない男よ。生きていると知っていれば、なんとしても引きずり出してやったものを」

「……お前が叔父様を殺したの?」

「ふふ、どうだろうな?」

「……答えろ」

 

ユエさんから殺気が噴き出す。紅の瞳が爛々と輝き、手元の蒼炎が煌きを増していく。その青き焔は“神罰之焔”だ。選別した魂のみを焼き滅ぼすことも出来る凶悪なもの。その脅威は、標的にされている魂そのものが感じ取るはずだ。

だが、相対するディンリード──否、その皮を被った悪神は、人を食ったような笑みを浮かべるだけで、なんの威容も感じていないようだった。

 

「ほぅ、いいのかね? 実は、今の言葉も嘘で、ディンリードは生きているかもしれんぞ? この身の内の深奥に隠されてな?」

「っ……」

 

思わず息を呑むユエさん。キッと睨みながらも、惑わされるものかと焔を放とうとする。が、次の言葉で手を止めてしまった。

 

「くくっ、いい顔をする。その滑稽な表情に免じて、一つ教えてやろう。……死ぬ直前のディンリードの言葉だ。お前に宛てた最後の言葉だ」

「……叔父様の……」

 

ユエさんを嬲るような言葉の連続に調子に乗ってんじゃねぇぞと銃口を向けた南雲も、ユエさんが手を止めたことで同じように動きを止めてしまう。

嫌らしい笑みを浮かべながら、たっぷりと勿体振って、アルヴは口を開いた。

 

「ディンリードはな、お前の名を呟きながら、こう言っていた」

 

 

燦嘹朱爀side out

 

────────────────────────

 

南雲ハジメside

 

――苦しんで死んでいればいい

 

「っ……」

 

言葉の矢がユエの胸に突き立った。精神を乱すようなことは無くとも、鋭い痛みを感じずにはいられない。

ちっ、油断した!!止めれた筈だ!!!!

そう思ったその瞬間、それらは全て同時に起きた。

 

「うぉおおおおおっ!!」

 

──アルヴと対峙する俺達の後方で、なくむな恵里の傍らにいた天之河が、雄叫びを上げながら俺に(・・)斬りかかった。

 

「っ」

 

──天から白銀の光が降り注いだ。天井を透過した綺麗な四角柱の光は、頭上から真っ直ぐユエに(・・・)落ちて来る。

 

「――“堕識ぃ”」

 

──そのユエに向かって、倒れたままの恵里の体とは、全く別の方向から、恵里の(・・・)闇系魔法が放たれた。見れば、なにもない空間から、倒れている恵里と寸分違わない無傷の恵里がにじみ出て来るところだった。そして、明滅する闇黒色の球体がユエの眼前へと出現する。

 

「――“震天”!」

 

──恵里と同じく、やはり粉砕された肉体とは別の場所から、フリードが空間を割って出現し、既に詠唱を完了した空間爆砕魔法を、ミュウとレミアに向けて放った。

 

「お返しだ。イレギュラー」

 

──アルヴのフィンガースナップと同時に、俺目掛けて特大の魔弾が飛んだ。

 

「駆逐します」

 

──なにもない空間が波打ち、にじみ出るように現れた数十体の使徒達が、俺達へと一斉に襲いかかった。

 

タイミングを見計らっていたとしか思えない完璧な同時奇襲攻撃。頭部を穿たれたフリードの残骸と、体を拘束されたままの恵里は、まるで役目を終えたとでも言うかのように、サラサラと微塵となって崩れ去っていく。

どうやら、光で視界が埋め尽くされたあの瞬間に、何らかのアーティファクトと入れ替わっていたようだ。俺の魔眼すら欺くなど尋常ではない。

俺は、してやられたことに苦虫を噛み潰したような表情をしつつ、咄嗟に“瞬光”を発動して、刹那を数十秒へと引き伸ばす。時の流れが緩慢となり色褪せた世界で、ゆっくりと襲い来る数多の攻撃。

背後から聖剣の唸りが聞こえる。ユエの頭上から光の柱が落ちて来て、その眼前では明滅する黒い球体が不気味に脈動を打つ。前方から灰色の魔力弾が螺旋を描きながら迫る。ミュウとレミアへ不可視の衝撃が奔り、使徒達が愛子達へと大剣を振りかぶる。

放置すれば、待っている未来は悲惨の一言。

しかし、ハジメ一人では手が足りない。思わず歯噛みするハジメに、ある一言がやけに鮮明に響いた。

 

「…………あぁらよっと」

 

その一言の直後、数多の黄緑色の閃光(・・・・・・・)が閃いた。

 

その閃きは光輝を横に弾き、

螺旋を描きながらミュウとレミアに迫る灰色の魔力弾を呑み込み、

アルヴの放った魔弾が南雲とその周囲にいたシア達に襲いかかり、ユエを除いた全員に当たるよう逃げ場をなくして破裂し、散らばるも、その散らばった全てを飲み込んだ。

 

「させません!」

 

襲撃してきたことを認識したシアは己の為すべきことを理解しているのか、砲撃モードのドリュッケンを愛子達と使徒達との間に照準し、刹那の内に引き金を引いた。飛び出した炸裂スラッグ弾は、愛子達の手前の地面に突き刺さり、淡青色の波紋と共に衝撃を撒き散らした。

 

「きゃぁあああっ」

「うわぁあああ」

 

シアの狙いは時間稼ぎ。数人の使徒を一度に止められるとは思えなかったことから、使徒と愛子達、両方を吹き飛ばして、とにかく距離を取らせようとしたのだ。その目論見は成功して、衝撃に息を詰まらせながらも愛子達は吹き飛び使徒達の大剣から辛うじて逃れることが出来た。

体勢を立て直す使徒へ、シアと我を取り戻した香織が向かおうとする。同時に、ティオがこれ以上好きにさせるものかと、両手を突き出してブレスを放とうとした。目標は、魔王と、全くの無傷で、使徒達と同じように空間のゆらめきから姿を現したフリードだ。

だが、実際に行動を起こせたのはシアだけだった。

 

「はぁあああっ!」

「こ、光輝くん!?」

 

緑閃に弾かれたはずの光輝が、いつの間にか戻ってきて香織に斬りかかり、

 

「――“堕識”」

「っ、あ?」

 

恵里の詠唱と同時にティオが僅かな間、呆けてしまったからだ。

意識が数瞬とはいえ飛んでしまい隙を晒してしまったティオに、素人とは思えない恵里の飛び蹴りが炸裂し、ティオは雫と同じく盛大に吹き飛ばされた。香織の方は、聖剣の一撃を大剣で受け止めながら信じられないといった表情で鍔迫り合いをしている。

ここまでの出来事が、全て刹那の内に起きた。

そうして、ハジメがドンナー&シュラークの銃口をフリードとアルヴへ向け引き金を引こうとし、シアが愛子達を背に庇い使徒達と対峙し、ティオと雫が痛みを堪えながら立ち上がろうとし、香織が光輝へ説明を求めようと口を開きかけ、龍太郎と鈴がようやく我を取り戻したそのとき、

 

「うっ、あ?」

 

小さな呟きが響き、ユエの姿が光の柱に呑み込まれた。

 

 

南雲ハジメside out

 

────────────────────────

 

燦嘹朱爀side

 

 

「ユエっ!」

「ユエさん!」

 

南雲とシオさんが焦燥に駆られた声音で叫んだ。

正体不明の明らかにユエさんを狙っている、嫌な予感しかしない光の柱に呑まれたのだ。焦らないわけがない。

燦然と輝く半透明の光の柱の中で、体を硬直させていたユエさんがようやく拘束を解かれたように動き出した。

ユエさんは破壊しようと魔力を高めた。

 

「っ」

 

しかし、驚いたことに発動した空間の断裂は、光の柱の境界部分だけ効果を及ぼすことができず、亀裂一つ与えることができなかった。それどころか降り注ぐ光は、益々輝きを増し、荘厳さと不気味さを増していく。

ユエさんは次にゲートを開こうとする。

しかし、ユエさんが僅かに焦燥を浮かべた視線の先では、歪みかけては直ぐに何事もなく元に戻る空間があった。ゲートが、発動しかけては、何らかの原因で強制的にキャンセルさせられているのだ。

 

「チッ。ミュウ、レミア、ここを動くなよ」

「はいなの!」

「あなた……」

 

ユエさんの窮状を見て取った南雲は、クロスビットによる結界をミュウとレミアの周囲に張り、光の柱を破壊せんと飛び出す。

 

「ふふ、させるわけがなかろう?」

 

アルヴが、南雲の険しい表情を見て愉悦に表情を歪めながらパチンッと指を鳴らした。

その瞬間、謁見の間におびただし数の魔物と使徒、そして魔人族や人間族が出現した。先程、使徒達が現れたのと同じ、ゆらめく空間から滲み出るように。

人種は一人の例外もなく虚ろな瞳をしているが、その身が放つプレッシャーは魔物にも引けを取らない。おそらくなくむな恵里の傀儡兵──それも相当強化された者達だろう。

ユエさんの救援に向かおうとした南雲に、使徒が一斉に飛びかかった。

 

「邪魔だ、木偶共がっ!」

 

怒声を上げて紅い魔力を噴き上げる南雲。“限界突破”だ。南雲はレールガンで的確に使徒達を穿つ。相手を分析しているのは使徒達だけではなく南雲もまた一日たりとて研鑽を怠ってはいないそうだ。

それでも相手は使徒という逸脱したスペックを持つ正真正銘の神兵なのだ。そう易々と突破されたりはしない。数の有利も利用して南雲をユエのもとへ近づけさせない。

他のメンバーも同じような状況だった。

シオさんはクラスメイト達を守るのに精一杯で、ティナ、八重樫、坂上、谷口も使徒や魔物、傀儡兵に囲まれて身を守るので精一杯だ。

俺やアタランテはまだ力を魅せない。何があるかわからないからだ。

 

「っ、光輝くん、正気に戻って!“万天”!」

 

そして、天之河に襲われている白崎も、同時に襲い来る使徒の攻撃を凌ぎながら、天之河が何か魔法を掛けられているのだと判断し状態異常回復の魔法を掛けたのだが……

 

ギィイイン!!

 

その結果は、聖剣の一撃だった。再び鍔迫り合いになる。香織は動揺の声を上げた。

 

「どうしてっ!」

「正気に戻るのは君の方だよ、香織。いつまでこんなことを続けるんだ?」

「何を言ってっ」

「ディンリードさんの話は聞いただろう? 彼はこの世界を救おうとしているのに、そんな立派な人を南雲は……許せないよ」

 

訳の分からないことをのたまう天之河に、白崎は困惑の表情を浮かべる。そして、闇系魔法で意識に干渉して八重樫達の戦闘を嫌らしく、しかし、的確に妨害するなくむな恵里と眼を合わせてた。途端、ニヤァーと邪悪に嗤うなくむな恵里。

 

「っ、恵里、あなたがっ」

「くふふ、違うよぉ~、ボクはちょ~と意識を誘導しただけ。都合のいい話だけを光輝くんの中に根付かせただけよぉ? あとは光輝くん自身がそう信じただけだも~ん」

 

どうやら、天之河は最初のディンリードの戯言部分だけを信じるように洗脳されたらしい。元々の思い込みの強さとご都合解釈の悪癖、そして度重なった精神への負担が容易になくむな恵里の洗脳を許したのだ。俺の努力は水の泡か。

 

「“縛魂“するんじゃなかったのっ」

 

白崎が自分となくむな恵里の会話など耳に入っていないかのように、そして何故か自分ばかり狙ってくる天之河に疑問を抱きながら、どうしてこの機会に天之河を殺して念願の“縛魂”をしないのかと疑問を飛ばした。

それに対する恵里の返答は、

 

「してるよぉ?」

「え?」

 

白崎は意味が分からず呆け、その隙を突かれて使徒の猛攻を受ける。どうにか回避と受け流しで致命傷を避けるものの、体にいくつもの浅傷を作られてしまった。それを瞬時に治癒しながら、疑問顔をなくむな恵里に向ける白崎。

そんな白崎の様子が心底楽しいらしく、ケラケラと嗤いながらなくむな恵里が答える。

「ボクだって遊んでいたわけじゃないんだよぉ? より良い光輝くんを手に入れるために努力を怠らない“いい女“なのさぁ~」

「それはっ、どういうっ」

「“縛魂”はねぇ、改良して残留思念だけじゃなく、生きている者の思念にも直接作用できるようになったんだよぉ!言ってみれば、生霊を隷属させるようなものだねぇ。生きながらにして、自分でも違和感を抱かずに隷属しちゃうのぉ!意識誘導してぇ、光輝くんにとっての正しさを植え付けてぇ、それを支えてあげる健気なヒロインにボクはなるんだぁ!ギリシャ擬きに邪魔された時はヒヤヒヤしたけどねぇ!」

 

なくむな恵里の話を聞いて、白崎の表情に戦慄が走った。適当にノイントをいなしていた俺でさえ思わず顔を顰めたほどだ。なくむな恵里が、魔王城に到着してからやけにベッタリと天之河に張り付いていたのは、この進化した“縛魂”を掛けるためだったのだ。恐るべきは、呪文の詠唱が詠唱と分からないところ。その者にとって納得し易い言葉がそのまま思念を縛る詠唱となるのだ。

しかも、誘導を終えた後は、魔法の使用を止めても効果が切れない。何せ、自分で考えて決断したと本人が信じ込むのだ。それは時間が経てば経つほど、本人にとって真実となる。天之河のような人間には効果抜群の術だ。

実際、今の天之河は、なくむな恵里やディンリード達こそが世界を救う為に奔走する正義の味方に見えているのだろう。それを邪魔した南雲は悪で、そんな南雲を慕う者達は皆、洗脳でもされてしまった被害者というわけだ。

白崎ばかり狙うのは、なくむな恵里に言われたからだろう。使徒の力で暴れられるのを嫌ったなくむな恵里が、白崎なら問答無用にすぐさま天之河を殺しにかかることはないだろうと推測し、使徒と連携して足止めするよう天之河に指示したのだろう。天之河は、無意識レベルでそれが“正しい”と判断する。どんな理屈を付けてでも。

つまり、天之河は生きながらにしてなくむな恵里の傀儡兵と化してしまったわけだ。殺されさえしなければなくむな恵里の術中に落ちることはないという考えは甘かった。天之河は既になくむな恵里の手中に堕ちていたらしい。

この先、どんな事実や言葉を並べても、なくむな恵里の悪魔の甘言一つで容易に操られることだろう。しかも、それを自分で決断した“正しいこと”だと信じるので、戦闘能力が落ちることはない。奇しくも南雲の指摘した天之河の弱点──意志の弱さによる土壇場での迷いというものが解消されてしまった。

白崎が、そんな天之河と使徒の相手に苦慮している内に、他のメンバーも相当苦境に陥っていた。

そんな中に3人陥ってはいない人物がいた。

一騎当千の如く、ノイントや魔物関係なしにミンチにして前に進む南雲、何千何万もの矢を放って誰も気にしてないのがおかしい程蹂躙している咫藍弖、こんな状況なのに手を抜いているのが自他ともに分かる俺だ。

南雲に至っては、この瞬間にも使徒達の連携を読み取り、新種の魔物の弱点を分析し、傀儡兵の行動パターンを理解しつつあるのだ。

 

「っ、止まりなさいっ。イレギュラー!」

 

使徒の一人が、双大剣をクロスさせながら残像を幾重に生み出して急迫する。以前は互角だったというのに、複数の使徒が同時に仕掛けておいて、完全に機能停止に追い込まれる者は少ないとはいえ一方的に吹き飛ばされ、進撃を止められないという事実に、本人も意図せず声が荒ぶる。

そして、南雲のサイドへと回り込み、荒ぶる声音のまま大剣の暴虐を叩きつけようとして、

 

「邪魔だっ」

 

まるで、最初からそこに出現することが分かっていたかのように南雲の義手が伸び、顔面を鷲掴みされた。思わず息を呑む使徒を南雲は怒声とともに“豪腕”を以て前方へと投げつける。

ついでとばかりに、手離す瞬間、掌から弾丸を放って頭部を粉砕することも忘れない。美しい造形の顔半分を吹き飛ばされた使徒が砲弾の如く空を滑り、迫っていた使徒や魔物を巻き込んで雪崩を打つ。

強制的に作り出した一瞬の道を、南雲もまた残像を引き連れながら突破する。

 

「っぁああああああっ!!」

 

雄叫びを上げ、一秒、一手、生き延びる度に戦闘能力を向上させていく南雲に、余裕の態度を崩して渋い表情となったアルヴとフリーザが南雲に攻撃の意思を見せた。当然、使徒達も、それに合わせて強襲を仕掛ける。

 

『させんぞっ』

 

直後、謁見の間に影が差した。

それは、竜化したティナさんの巨体だった。変成魔法を使ったのか、いつもより一回りサイズが大きい。色合いもより深い黒となった気がする。

いくら謁見の間が広いとはいえ、このような限定された空間で竜化などしても、いい的にしかならない。それはティナ自身も分かっているはずで、それにもかかわらず竜化したのは、その身を以て南雲の盾となるためだ。

南雲とアルヴ達の間に陣取り、その竜鱗によって城壁となす。

 

「小賢しい」

「ふん、以前の返礼とさせて貰おうか」

 

アルヴとフリーザが容赦なく攻撃魔法を放った。周囲の使徒達も、容赦など一切なく分解の能力でティナさんを殺しにかかる。

昇華魔法と変成魔法、そして“痛覚変換”を最大効率で発動させ、竜鱗硬化の技能を極限まで高めた挙句、風の障壁を幾重にも展開して威力の分散を図るが……相手が悪すぎた。ティナさんの美しい黒鱗は、みるみるうちに削り取られていく。

 

『ぐぅ、ぅうう……』

「ティオっ。無茶するな!」

 

衝撃音と共にティナ…………ティオさん自慢の竜鱗が欠片となって飛び散り、あるいはごっそりと抉られていく様を見て、ハジメが堪らず叫んだ。

ブレスと尻尾、周囲へ展開した無数の風刃で反撃しながら、ティオさんが長い首を回して縦に割れた黄金の瞳を、燃え盛るような決意を宿したそれを、南雲に向ける。

 

『今、無茶をせんでいつするのじゃ!さっさと行かんかっ』

「ティオ……」

『あの光は尋常ではない!早く助けよっ。……安心せい。ご主人様に抱いて貰えるまで、妾は絶対に死なん!』

「……ったく、ありがとよ。任せた」

『うむ、任されたっ』

 

そうして数人の使徒を粉砕したハジメは、遂に光の柱へと辿り着いた。

 

「ユエっ!!」

「――ッ!!」

 

人混みから飛び出して来た南雲に、捕われのユエさんが口を開くが声は届かない。ユエさんは肩で息をしており、あらゆる魔法を試した後なのだということが分かる。それでも破れない光の柱は、ティオさんの言う通り尋常ではない。のだろう。

光の中のユエさんは、手で胸元をギュッと握り締めながら、表情に焦燥と苦痛を浮かべており、降り注ぐ豪雨のような光の奔流によって、何かしらの悪影響を受けているようだった。時折、なにかを振り切ろうとしているかのように頭を振る姿も、南雲に焦燥を抱かせる。

 

「ぶち壊してやるっ」

 

南雲は、“宝物庫”からパイルバンカーを取り出し光の柱に当てた。背後から襲って来る使徒達にはクロスビットによる掃射によって時間を稼ぐ。

パイルバンカーの発する特徴のあるチャージ音に焦れながら、やはり昇華魔法でスペックの上がった最大威力の攻撃に期待して、チャージの完了と同時に引き金を引いた。

 

ゴガァアアアアアアアン!!!

 

凄まじい衝撃音が響き渡り、漆黒の巨杭が光の柱を貫通した。

ユエさんの魔法ですら傷一つつかなかった光の柱が、何故、あっさりと貫通を許したのか……その疑問を抱く暇もなく、その貫通痕を中心にビキビキと亀裂が奔っていく光の柱に、南雲は義手の振動粉砕を発動させながら渾身の拳撃を裂帛の気合と共に放った。

 

「らぁっ!!」

 

“豪腕”と“衝撃変換”も合わせて発動された絶大な威力を秘めた拳は、真っ直ぐに光の柱に突き刺さり、パァアアンと破砕音を響かせながら粉微塵に砕いた。地上へと降り注いでいた光は氾濫したように荒れ狂い、光の粒子を撒き散らしながら、一時的に南雲とユエさんの姿を隠してしまう。

 

「っ、ユエ!」

 

纏わりつく不気味な光の粒子を振り払い、ユエさんがいた場所に向かって手を伸ばす南雲。光の柱を破壊して尚、南雲が焦ったようにユエさんへ呼び掛けるのは、光の柱が崩壊する寸前に目の合ったユエさんの表情が悲痛に歪んでいたからだ。嫌な予感が全身を駆け巡る。

 

「ユエっ」

「……ここにいる」

 

何度目かの呼び掛けに、ようやくユエさんが応えた。

 

「よかった。ユエ、なんともないか?」

「……ふふ、平気だ。むしろ、実に清々しい気分だ」

「あ? ユエ? お前――ッ」

 

南雲の胸元に顔を埋めたまま、どこか楽しげな声音で答えたユエさんに、南雲は目を細めた。

そして、再会したというのに止まらない嫌な予感が、悪寒と嫌悪に変わった瞬間、一気に距離を取ろうとした。

が、それは少し遅かったようだ。

 

「ガハッ……てめぇ……」

「ふふふふ、本当にいい気分だよ、イレギュラー。現界したのは一体、いつぶりだろうか……」

 

南雲は距離を取れなかった。

ユエさんの声音、ユエさんの姿、されどユエさんではないと確信させる、どこか怖気を震うような雰囲気を纏う“何者か”によって――腹を貫かれたからだ。

凶器は、ユエさんの細腕。それが、手刀の形になって真っ直ぐに突き出され、背中まで完全に貫通していた。ふだんはたおやかなユエさんの小さな手が、凄惨な赤に彩られて濡れそぼっている。

その直後、乱舞していた光の粒子が逆巻くようにして頭上へと消えていく。いつの間にか動きを止めていた使徒達に、訝しみながらも警戒の眼差しを向けていたシオさん達が、ハッとしたように南雲とユエさんの方へ視線を向けた。そして、理解し難い光景にポカンと口を空けて呆ける。

南雲は、咄嗟に魔力の放出と“衝撃変換”でユエさんを吹き飛ばそうとした。今のユエさんが明らかに普通の状態でなく、自分に対して攻撃の意思を見せている以上、とにかく、距離を取るべきだと判断したのだ。

しかし、それもまた叶わなかった。

「エヒトの名において命ずる――“動くな“」

「ッ!?」

南雲が驚愕に目を見開く。理由は二つ。

ユエさんの口から飛び出した“名”と、その命令に己の体がなす術なく従ってしまったこと。まるで、体中の神経を遮断された挙句、標本のように固定されてしまったかのようだ。

そんな南雲に、ユエさんの姿をした、その言葉通りなら“創世神エヒト”は、艶然と微笑んだ。

エヒトは、動けず脂汗を流す南雲の腹部から腕を引き戻した。途端、南雲の腹部からブシュッと盛大に血が噴き出す。その飛沫を浴びながら凄惨な赤に彩られたエヒトは、手に滴る血にゆるりと舌を這わせる。

 

「ほぅ、これが吸血鬼の感じる甘美さというものか。悪くない。お前を絶望の果てに殺そうと思っていたのだが……なんなら、家畜として飼ってやろうか?うん?」

「ふぅ、ふぅ、ッッアアアアアアッ!!」

 

にこやかに微笑みながら悪意に満ちた言葉を吐き出すエヒトの前で、正体不明の術に拘束されていた南雲が絶叫を上げた。穴の空いた腹部からおびただしい量の血が噴き出すが、気にした様子もなく力を込めていく。“限界突破”の輝きも更に増していく。

そして、バキンッとなにかが壊れるような音が響くと同時に、体の自由を取り戻した南雲が一気に後方へと飛び退いた。同時に、ドンナーがエヒトに向かって咆哮を上げた。

 だが、その弾丸は……

 

「っ」

 

悠然と佇むエヒトの手前の空間でピタリと止まり、触れることすら叶わなかった。

 

「これはこれは、私の“神言”を自力で解くとは。流石、イレギュラーといったところか。――“天灼”」

 

直後、南雲の周囲に十二個の雷球が浮かび雷で出来た壁を形成した。そして、刹那の内に凄絶な雷撃の柱を南雲に奔らせた。

それは、かつて奈落の底で最後の試練であるヒュドラに痛恨のダメージを与えた雷系最上級魔法だ。だが、その威力は桁違い。生じた雷球の数も、展開速度も、そして本命の雷撃も。“瞬光”状態の南雲が雷球の結界から逃れられなかった時点で、その異様さが分かるというものだ。

謁見の間に凄絶な雷光が迸り、その場の者達の視界を真っ白に染め上げ、鼓膜を轟音で埋め尽くした。

 

「ハジメさんっ」

「ハジメくん!」

「ご主人様っ」

 

シオさん、白崎、竜化を解いたティオさんの悲鳴が轟音の中に木霊する。

駆けつける自分達を何故か邪魔しない使徒達を疑問に思う余裕もなく、激しくスパークする雷光の余波に、顔をかばうように腕をかざしながら足踏みするシオさん達。

やがて、絶大な威力の雷撃が収まり、白煙の上がる中心から現れたのは、同じく全身から白煙を上げる南雲だった。どうやら、“金剛”の防御を突破されて直撃を受けたようだ。

見れば、南雲の周囲に展開していたはずのクロスビットが全て地面にめり込んでいる。クロスビットによる結界を張ろうとして、その前に叩き落とされたのだろう。状態から見て、おそらく重力魔法でもかけられたようだ。

しかし、南雲とて“限界突破”を発動しているのだ。全身に火傷を負いながらも意識は飛ばさず、ギリギリと歯を食いしばりながらユエさんにとり憑いたエヒトを睨みつけた。

 

「耐えるだろうな。イレギュラー、お前ならば。だが、電撃をそれだけ浴びれば鈍ることは避けられまい? ――“四方の震天”――“螺旋描く禍天”」

 

南雲が反射的に飛び退こうとして、周囲全ての空間がグニャリと歪む光景に、既に逃げ場がないことを悟り、再度、“金剛”を最大展開すると同時に大盾を取り出した。

直後、空間を爆砕する衝撃波が四方から南雲を襲い、同時に頭上からハリケーンのように渦巻く重力の砲撃が墜落した。

 

「っぁ、ぁああああああっ」

 

大盾が冗談のように粉砕され、展開した“金剛”があっさり貫かれる、絶大な衝撃を伝える途轍もない神代魔法の嵐。明らかに、今のユエさんを軽く超える力の行使だ。

 

「止めやがれですぅ!」

「ハジメくんとユエから離れてっ」

「ユエの身でご主人様を打つとは……万死に値するのじゃ!」

 

ユエさんの言動と、アルヴとディンリードの関係から大体の事情を察したシオさん達がエヒトを取り押さえようと一斉に飛びかかった。

しかし、そんなシオさん達に、放たれたのは言葉一つ。

 

「エヒトの名において命ずる――“平伏せ”」

「あうっ」

「きゃあっ」

「ぬぉ!?」

 

 それだけでシオさん、白崎、ティオさんの三人は、上から巨大な力に押し潰されたかのように地面へ叩き付けられ身動きが取れなくなった。それは致命の隙だ。

 

「――“喰らい尽くす変生の獣”」

 

その言葉と共に、シオさん達の周囲の床が盛り上がり瞬く間に石造りの狼のようになった。そして、その鋭い爪で倒れ伏すシオさん達の背中を突き刺しながら押さえつける。シオさん達から苦悶の声が上がるが、石の大狼は煩わしそうに顎門を開き、黙れと命ずるように首筋へ鋭い牙を当てた。

白崎が分解能力で全てを吹き飛ばそうとする。しかし、それが発動するよりも早く、

 

「エヒトの名において命ずる――“機能を停止せよ”」

「ぁ――」

 

エヒトの命令により、白崎の瞳から光が消えた。まるで唯の人形になってしまったかのように。言葉から判断すれば、使徒の肉体を活動停止状態にしたようだ。創造主の特権というやつかもしれない。

シオさん、白崎、ティオさんが完全に抑えられたと同時に、南雲を襲っていた魔法の嵐がようやく終息する。南雲は、僅かな間佇んでいたが、直ぐにゴパッと口から滝のように吐血し、糸の切れたマリオネットの如く膝を折った。

南雲やシオさん達の有り様に、八重樫達も名を叫びながら駆けつけようとする。

だが、やはり、その前に、

 

「――“捻れる界の聖痕”」

 

膝を折ったものの、両手を地面につけようとしない意地を見せる南雲の頭上で、グニャリと歪んだ空間が十字架の形をとった。空間の歪みそのもので形作られたそれは、まるで極めて透明度の高いガラス細工のようだ。それを、エヒトは視線だけで誘導し南雲の背中に落とした。

 

「ガハッ」

 

強烈な圧迫に、更に吐血する南雲は、そのまま為す術なく押し潰される。南雲の背中からは墓標のように空間が歪んで作られた十字架が突き立った。それはそのまま空間に固定され南雲を地面に縫い付ける。

エヒトは、そのまま流れるように八重樫、坂上、谷口へ指を向け言葉を紡いだ。

 

「――“捕える悪夢の顕現”」

「っ、あ」

「ひっ」

「う、あ」

 

それだけで八重樫達は顔面蒼白となりながら転倒してしまった。そして、まるで自分の首が繋がっていることを確かめるように首筋を撫でたり、足があるのを見て震える手で感触を確かめたりし始める。だが、感覚がないようで青褪めた顔は元に戻らない。立ち上がることも出来そうになかった。

使徒や魔物、傀儡兵の群れ相手にも戦えていたメンバーが、ユエさんに憑依したエヒト一人にあっさりと全滅させられてしまった。その結果に、地面に這い蹲らされているシオさん達が驚愕と同時に歯噛みする。

 

「ふむ。まぁ、こんなものだろう。我が現界すれば全ては塵芥と同じということだ。もっとも、この優秀な肉体がなければ、力の行使などままならんかっただろうがな。聞いているか? イレギュラー」

「ぐっ……」

 

 コツコツと足音を響かせながら地面に磔にされている南雲に、エヒトが悠然と話しかけた。南雲は、クロスビットを操作しようとするが途轍もない重力が掛かっているようで地面にめり込んだままピクリともしない。

 

どうにか首を曲げて視線を向けてみれば、いつの間にかミュウとレミアを守っていたクロスビットも同じような状態だった。ミュウが「パパ」と呟きながら、泣きそうな表情で南雲を見つめている。

クラスメイト達が、南雲達を助けようというのか一歩踏み出そうとするが、それは使徒達によって為す術もなく止められてしまう。

南雲は、“宝物庫”から爆発物の類を取り出して諸共に吹き飛ばしてやろうとした。“金剛”の“集中強化”で急所だけ守れば助かるかもしれないし、神水さえ飲めれば復活できる。

だが、その意図を読んだかのように、南雲が“宝物庫”を起動しようとしたその瞬間、エヒトが、どこか優雅さすら感じさせる所作でパチンと指を鳴らした。

すると、南雲の指に嵌っていた“宝物庫”の指輪がフッと消えて、次の瞬間にはエヒトの掌へと転移してしまった。南雲の“宝物庫”だけではない。その掌には、他にいくつかの指輪が置かれている。シオさん達宛に南雲が造った“宝物庫”だ。ゲートも作らず、ピンポイントで、複数同時に、空間転移させたらしい。

それだけでなく、直後には、エヒトの周囲にドンナー・シュラークやドリュッケン、黒刀など、南雲が手掛けたアーティファクトの数々が転移してクルクルと回りながら浮かんだ。

 

「よいアーティファクトだ。この中に収められているアーティファクトの数々も、中々に興味深かった。イレギュラーの世界は、それなりに愉快な場所のようだ。ふふ、この世界での戯れにも飽いていたところ。魂だけの存在では、異世界への転移は難行であったが……我の器も手に入れたことであるし、今度は異世界で遊んでみようか」

 

クツクツとユエでは絶対しないような邪悪な笑みを浮かべて“宝物庫”を弄ぶエヒトは、おもむろに手を握り締めた。そして、僅かに掌中から光を漏らしたあと開かれた手の中からは、砂のように砕け散った“宝物庫”の慣れの果てが現れた。そのまま、ゆらりと手を傾ければ、光の残滓を纏う砂状の残骸が、サラサラと零れ落ちていく。

まるで絶望を見せつけるかのように南雲の眼前に散らばる“宝物庫”の欠片。それは、纏う光に呑み込まれていくように、遂には塵すら残さず消えていく。

収納されていたものは飛び出して来ない。なんらかの方法で纏めて消滅させられたのだろう。目を見開くジメの眼前で、更に、ドンナー・シュラークを始め、他の武器も粉微塵になった後、光に呑まれて消滅していった。

 

「おっと、忘れるところであった」

 

絶対に忘れていなかったと確信できる笑みを浮かべながら、エヒトの視線が南雲の義手に向く。そして、他のアーティファクトにそうしたように魔力を放ちながらパチンッと指を鳴らした。

それだけで、南雲の義手がゴバッと音を立てて崩壊する。

確か、南雲の義手は魔力による擬似的な神経が通っており触感も温度も感知できる。当然、痛みも、だ。調整は出来るとはいえ、いきなり左腕を粉砕され激痛に苛まれた南雲は怒り混じりの咆哮を上げた。

 

「くそったれがぁああああ!!」

「よく足掻くものだな。もう中身がぐちゃぐちゃであろうに。お前を器とするのも良かったかもしれんな。三百年前に失ったはずの我が器が、生存していたことに心が逸ってしまったか……いや、魔法の才が比較にならんか」

 

紅い魔力がうねりを上げ、空間魔法の拘束すらギチギチと軋ませる中、しかし、エヒトは特に気にした様子もなくユエさん自身の体をじっくりと観察しながら思案顔をする。南雲の足掻きなど取るに足りないと思っているようだ。

それをを見た南雲は……直後、その紅い魔力を脈動させた。ドクンッドクンッと波打ち、“限界突破”の魔力が更に際限なく上昇していく。直後、噴火したかのように紅の魔力が噴き上がった。螺旋を描きながら天を衝く紅い魔力の奔流――“限界突破”の最終派生“覇潰”だ。

今まで、南雲が強すぎて“限界突破”で倒せなかった敵がいなかったため目覚めなかったそれが、創世神の圧倒的な力を前にして、遂に開花したのだ。我が物顔でユエさんの体を使うエヒトに、溜まりに溜まった怒りが導火線に火を点けたとも言えるかもしれない。

少し離れた場所でエヒトの降臨に恍惚の表情を浮かべながら涙していたアルヴが、ハッと我に返り戦慄の表情を浮かべた。それは、南雲の発する力の奔流が、ディンリードという優秀な男に憑依して現界した、神格を持つ自分に匹敵していたからだ。自分の力はエヒトには遠く及ばないとは言え、驚愕せずにはいられない。

 

「我が主!」

「よい、アルヴヘイト。所詮、羽虫の足掻きだ。エヒトルジュエ・・・・の名において命ずる――“鎮まれ”」

 

先程と名が違う。いや、更に付け足された。その効果は、南雲に対し絶大な力を以て作用した。それこそ、先程の“動くな”という命令よりも遥かに。

うねりを上げていた魔力光が徐々にその輝きを収めていく。まるで、南雲自身がエヒトの命令に従ったように、自分の意思で“覇潰”を解除しようとしているのだ。

 

「ぁああああっ!!」

 

南雲が再度絶叫を上げた。紅い魔力が、主の中のせめぎ合いを表すように明滅を繰り返す。それを見て、エヒトは、ユエさんの顔を邪悪に歪めた。心底、面白い余興を見たとでもいうように。あるいは、必死の足掻きを嗤うように。

 

「ほぅ、まさか我が真名を用いた“神言”にすら抗うとはな。……中々、楽しませてくれる。仲間は倒れ、最愛の恋人は奪われ、頼みのアーティファクトも潰えた。これでもまだ、絶望が足りないというか」

「……当たり、前だ。てめぇは……殺すっ。ユエは……取り戻すっ。……それで終わりだっ」

「クックックッ、そうかそうか。ならば、そろそろ仕上げと行こうか。一思いに殲滅しなかった理由を披露できて我も嬉しい限りだ」

 

血反吐を吐きながら殺意を溢れさせる南雲に、エヒトは満面の笑みを浮かべた。そして、敢えて、ユエさんが作り上げたオリジナル魔法を発動する。

 

「――“五天龍”……中々に気品のある魔法だ。我は気に入ったぞ」

 

ユエさんを中心に、五体の魔龍が出現した。だが、その威容はユエさんが行使していたときのそれを遥かに越える。存在の密度が桁違いなのだ。今の五天龍ならば、あの大型のアブソドであっても一体一撃で消滅させることが可能だろう。

五属性の魔龍は鎌首をもたげ、その眼光をそれぞれの標的に向ける。ミュウとレミア、畑山教論やリリアーナ達、八重樫達、シオさん達、俺とアタランテ、そして南雲だ。

何をする気なのかは明白。南雲の目の前で、シオさん達を魔龍達に喰らわせようというのだ。南雲の全てを、最愛の恋人の魔法を以て目の前で奪い、絶望の果てに苦しむ南雲を存分に楽しんで、そして止めを刺そうというのだ。

 

「ユエッ!目を覚ませ!」

「ふふ、遂に恋人頼りか?無駄なこと。これは既に我のものだ。それとも時間稼ぎか?今こうしている間も、お前への戒めは解けてきているからな。全く、大したものだ。……だが、所詮は矮小な人間よ」

「ユエッ!俺の声が聞こえるはずだっ。ユエッ!」

 

南雲の殺意に当てられて近場にいた魔物の数体が意識を喪失し倒れるが、エヒトは心地よいそよ風でも受けたように目を細めると、愉悦と共に、身動き取れない者達へ、ユエさん自身が研鑽を積んできた魔法の牙を剥こうとした。

見せつけるように掲げられたたおやかな指が、命脈を断つように振り下ろされようとした──その時、

 

「ッ!? 何だ……魔力が……体が……まさかっ、有り得んっ」

 

突然、エヒトが大きく目を見開き、その身を震わせた。まるで体の自由が利かないとでもいうようにふらつき、魔力の制御もままならい様子で五天龍が明滅する。動揺するアルヴとフリーザ。シオさん達も絶体絶命の窮地において、エヒトが苦しみ出したことに瞠目する。

そこへ、声が響いた。

 

――させない

 

念話のように謁見の間に響いたそれは、苛立たしげに悪態を吐くエヒトと同じ声音。されど、南雲達からすれば、ずっと可憐で愛らしい声音だ。

 

「ユエっ!」

「ユエさん!」

 

南雲とシオさんが声に喜色を乗せて叫ぶ。白崎達も口々にユエさんの名を叫んだ。俺もアタランテも叫んでる。

南雲が、既に致死量に近い出血をしているにもかかわらず活力を取り戻したかのように肉体と魔力を唸らせる。背中の十字架がビキビキと亀裂を浮かべ始めた。シオさん達も気合いの雄叫びを上げて立ち上がろうとする。

 しかし、

 

「くっ、図に乗るな、人如きが。エヒトルジュエの名において命ずる! ――“苦しめ”!」

 

脂汗を流しながらも、エヒトは真名による強力な“神言”を放った。それにより、体全体に凄まじい激痛が奔り、シオさん達は苦悶に満ちた表情を晒し、悲鳴を上げて身悶えする。

痛みに強い南雲が、表情を歪めながらも声一つ上げずに耐えていたが、それでも直ぐに拘束を破れるという状態ではなくなってしまった。

 

「……アルヴヘイト。我は一度、【神域】へ戻る。お前の騙りで揺らいだ精神の隙を突いたつもりだったが……やはり開心(・・)している場合に比べれば、万全とはいかなかったようだ。我を相手に、信じられんことだが抵抗している。調整が必要だ」

「わ、我が主。申し訳ございません……」

 

恐縮するアルヴヘイトに、エヒトは軽く手を振って答えた。

 

「よい。三、四日もあれば掌握できよう。この場は任せる。フリード、恵里、共に来るがいい。お前達の望み、我が叶えてやろう」

「はっ、主の御心のままに」

「はいはぁ~い。光輝くんと二人っきりの世界をくれるんでしょ? なら、なんでもしちゃいますよぉ~と」

 

苦しみに悶える南雲達を尻目に、エヒトはどうにかユエさんの意識を抑え込んだようで、アルヴ達に指示を出すと手を頭上に掲げた。

すると、その手から先程降り注いだのと似た光の粒子が今度は舞い上がり、謁見の間の天井の一部を円状に消し去って、直接外へと続く吹き抜けを作り出した。

光の粒子はそのまま天へと登って行き、魔王城の上空で波紋を作りながら巨大な円形のゲートを作り出した。天地を繋ぐ光の粒子で出来た強大な門――まさに神話のような光景だ。おそらく、エヒトの言う【神域】という場所へ行くための門なのだろう。

エヒトは、掲げた腕を下ろすとふわりと浮き上がり、天井付近から南雲達を睥睨した。

 

「イレギュラー諸君。我は、ここで失礼させてもらおう。可愛らしい抵抗をしている魂に、身の程というものを分からせてやらねばならんのでね。それと、三日後にはこの世界に花を咲かせようと思う。人で作る真っ赤な花で世界を埋め尽くす。最後の遊戯だ。その後は、是非、異世界で遊んでみようと思っている。もっとも、この場で死ぬお前達には関係のないことだがね」

 

どうやらエヒトは、本気でこの世界を終わらせて、新天地として地球を選ぶ気のようだ。そして、そのタイムリミットが三日。ユエさんの肉体を掌握するのに必要な時間。

 

「ま、てっ、ユエを、返せ……」

 

地の底から響くような声で南雲がユエさんに手を伸ばす。いつの間にか、十字架を破壊し、“神言”の影響すら跳ね飛ばして起き上がっている。足元には文字通り血の海が出来ており、まるで体中の血液が全て流れ落ちてしまったかのようだ。

南雲が、紅い魔力を纏いながら飛び出そうとする。だが、それを使徒達が背後から強襲して組み伏せてしまった。更に、アルヴがなにかしらの術を行使して南雲の体を硬直させる。組み付いた使徒は分解の能力で、纏った魔力や衣服等に仕込まれた錬成の魔法陣を全て霧散させてしまった。

それでも、出血多量で霞む意識を殺意と憎悪で繋ぎ留め、なお足掻き、南雲はユエさんへと手を伸ばす。

完璧に組み伏せて、既にいつ死んでもおかしくない状態なのに、少しずつ前へと進んでいく南雲に、使徒達がどこか畏れを抱いたかのように瞳を揺らした。

それを一瞥したエヒトは口元を歪めて鼻で嗤った。

 

 

 

そして、そのまま天に輝くゲートへと上って行く─────────────────ことが出来なかった。

 

 


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