ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第96話 今と未来の邂逅

 

 

オーブ、オノゴロ島。

 

モルゲンレーテ本社が鎮座するその島には、社の保有する軍事兵器製造工廠や関連企業が集約されている。さらにそこに勤務する職員、作業員、研究員達が住む社宅や住居エリア、果てには休日を楽しむためのショッピングモール、子育てに必要な学校施設まで揃い、島というよりは、その全体が一つの街を形成しているとも言える発展ぶりだった。

 

「見事に平穏ですね。街中は」

 

そんなオノゴロ島の繁華街を、モルゲンレーテ社の一般作業員のつなぎを着て歩く一行。その1人であるニコルが、賑わう街並みを見ながら呟いた。

 

「ああ。昨日自国の領海であれだけの騒ぎがあったって言うのに」

 

「中立国だからですかねぇ?」

 

「平和の国、か」

 

先頭を歩くアスランが、この島に潜入するときにかけられた言葉を思い出す。たしかに、上辺だけ見れば平和の国と言えるが、その腹の中が闇に閉ざされている以上、楽観的な考えは禁物だ。

 

この街に入る前に、ニコルとディアッカ、そしてアスランたちで島のあちらこちらを偵察してみたものの、アークエンジェルにつながる手かがりは何一つとして得られていなかった。

 

「そりゃ、軍港に堂々とあるとは思っちゃいないけどさぁ。あのクラスの船だし、そう易々と隠せるとは思えないよな」

 

ディアッカは露店で買った飲み物で喉を潤しながら恨めしそうに呟く。アークエンジェルはザフトの既存の軍艦よりも大型だ。そんな巨大なものを覆い隠せるほど、オーブの力は絶大な物なのか、アスランたちはまだ測りかねていた。

 

「まさかぁ、ほんとに居ないなんてことはないよねぇ。どうする?」

 

「とにかく欲しいのは確証だ。ここに居るなら居る。居ないなら居ない。軍港にモルゲンレーテ、海側の警戒は、驚くほど厳しいんだ。なんとか、中から探るしかないだろ」

 

外の後衛としてイザークが艦に残ってくれてはいるが、いつ探知されたとしてもおかしくはない。もし母艦がバレれば、自分たちの身元も危うい。下手をすればプラントとオーブ間の大きな外交問題になる。故にアスランたちは慎重にならざるを得なかった。

 

「言えてる。しかし厄介な国の様だなぁ、オーブってのは。もう元隊長もオーブに入ってる頃だろ?」

 

そう言って飲みきったドリンクをゴミカゴに捨てるディアッカの言葉に、アスランもただ肩をすくめる。

 

「ああ、そういう手筈にはなっている。けれど、あの人にはあの人の目的があるからな。あまり当てにはしてないさ」

 

「ワンマンアーミーねぇ…よく認めたもんだよ。ザフトの上層部も」

 

自分たちの元隊長は、全く別系統の命令で動く。今彼がどこで何をしているのかーー。アスランたちにはそれを推測することすら困難であった。

 

 

////

 

 

モルゲンレーテ、第六工廠。

 

厳重に隠匿されたその工廠内に格納されるストライクの中で、キラは凄まじい速さで、先ほどラリーの操縦で得られたデータの解読とデータ適合のプログラム作成、そして各種パラメータを設定するためのデータサンプル作成を行なっていた。

 

「うはー、速いなお前、キーボードーーって、なんだキラか。誰がストライクに乗ってるかと思った」

 

コクピットのすぐ前に設けられた空中通路から覗き込んできたのは、オーブの制服を脱いでだらしなくシャツを着流したカガリだった。

 

「工場の中、軍服でチョロチョロしちゃぁまずいってさ。でも…君も変なお姫様だね。こんなとこにばっか居て」

 

オーブの技術員用の作業つなぎに着替えているキラを見て、カガリは不機嫌そうに口元を尖らせる。

 

「悪かったなぁ。あと姫とか言うなよ…、全然そう思ってないくせに。そう言われるのほんと嫌いなんだ」

 

その姿を見て、あぁほんとに嫌なんだなとキラは納得する。彼女の気性の荒さーーもとい、豪胆な性格を考えれば、お姫様だの首長の娘だともてはやされるのは、何とも居心地の悪いものだったに違いない。

 

「けど、やっと分かったよ。あの時カガリが、モルゲンレーテに居た訳」

 

そう懐かしそうにいうキラに、カガリは少し目を細めて言葉を選んでつなげていく。

 

「……モルゲンレーテがヘリオポリスで、地球軍のモビルスーツ製造に手を貸してるって噂聞いて、父に言ってもまるで相手してくれないから、自分で確かめに行ったんだ」

 

「それであれか…。でも、知らなかったことなんだろ?お父さん…てか、アスハ代表って」

 

「内部ではそういう者も居るってだけだ。けれど、父自身はそうは言ってない」

 

「え?」

 

「知っていた知らなかった、そんなことはどうでもいいと。ただ全ての責任は自分にある。それだけだと。それでも私は、父を信じていたのに…」

 

「カガリ…」

 

そう寂しそうに言うカガリに、キラは思う。彼女はただ、父親に本当のことを話して欲しかっただけなのだろうと。たとえそれが知らなかったことであったとしても、それすら自分の責任にして背負ってしまう父に、頼って欲しかったのだろう。

 

今振り返ると、彼女の無鉄砲さはいつもどこかに、誰かに認めてもらいたいと言う承認欲求があったようにも思えた。

 

「ヤマト技術士!」

 

通路の端から小走りでやってきた若い女性と男性の技師が、端末から印刷したてのデータシートを両手に抱えて、キラのコクピットを覗き込んできた。

 

「ちょっとこれを見て欲しくて。電磁流体アクチュエータの負荷が、今までのデータとは違うんですよ」

 

「駆動系はどこもかしこもですよ。限界超えて機体が悲鳴上げてるような感じですね」

 

そう言って、データシートの要点をまとめた紙を差し出してくる2人からキラは受け取ると、素早く速読してデータの規則性やバラツキの数値を暗算で弾き出していく。

 

「ありがとうございます、確認しますね」

 

一応、規定に則ったアストレイの稼働試験だったので、負荷が掛かる割合などには均一性があった。データを手早く入力していくキラに、2人は一礼して元の道を戻っていった。

 

「すっかり人気者だな」

 

「はじめての試みばっかりだからね…アストレイもボロボロになっちゃってるし」

 

キラが視線をあげると、四肢がバラされている試験用のアストレイの姿があった。試験用にばらしやすく作られた装甲からは、負荷データなどを読み取るコードがタコ足のように繋げられており、下ではハリーとエリカの2人を軸に、忙しなく作業員が動き回っているのが見える。

 

「モビルスーツってあんな動きができるんだな。まぁデータとしてはあまり応用が利かないけど」

 

カガリが遠い目をしながら角が折れたアストレイを見つめる。

 

歩行や四肢の稼働、重心移動などのテスト動作は順調に行ったが、途中でラリーが「マニュアルも使っていいか?」と聞いてきてエリカが了承した途端。

 

アストレイは今までの鈍重な動きが嘘のように加速して、各部スラスターを全開で使用しながら数回ステップを踏んでから、バランスを崩して頑丈なドームの壁に突っ込んだのだった。

 

カガリたちが事態を把握できたのは、アストレイから聞いたこともない異音が鳴り響き、ズゥンと倒れ伏せる音が轟いたあたりだった。

 

「あはは…」

 

その光景を見て、ハリーは頭を抱えて、キラは乾いた笑いしか出せなかった。というか、ストライクでもあの速度は出せないような気がする。結果、各部モーターやアクチュエータが信じられない負荷を受けることになり、アストレイは絶賛総点検中となっている。

 

「カガリは、お父さんに反発してレジスタンスに入っちゃったの?頭来て、飛び出して」

 

気を取り直して、キラはカガリに改めて問いかけた。カガリははたと止まったように目を見開いてから、少し考えるような仕草をしながらキラに答える。

 

「父にお前は世界を知らないと言われた。だから見に行ったのさ」

 

初めは父への反抗心ーーというより、父の言葉を鵜呑みにして飛び出したと言った方が正しいだろう。現に、アフリカに渡れたのも、父からの言付けでついてきてくれたキサカのおかげだ。

 

「砂漠ではみんな、必死に戦っていた。戦いにすらなっていなくても、守るために必死に」

 

「カガリ…」

 

「私は運が良かったのだなと、つくづく思い知らされたよ。キラ達に出逢えてなかったら、きっと今頃砂漠の中で眠っていたさ。私が焚きつけた戦士たちと一緒に」

 

そう答えたカガリの表情には暗い影が差す。

 

父が言った世界を知り、そこで何かを守れると思っていた浅はかな自分のせいで、多くの人が犠牲になった。砂漠の上で冷たくなっていく幾人もの戦士を見送って、カガリは今ここにいる。

 

「なのにオーブは……これだけの力を持ち、あんなこともしたくせに。未だにプラントにも地球軍にも、どっちにもいい顔をしようとする。それで本当にいいのか?」

 

それは父への不満ではなく、単に自分の納得できない疑問であった。プラント、地球、それぞれが多くの命をチップにして戦争をしているというのにーーまるで、オーブは賭け事を見る観客、もしくはそれを調整する死のディーラーのようにも思えた。

 

「カガリは戦いたいの?」

 

そうキラに言われて、カガリはすぐに首を横に振った。

 

「違う!私はただ、戦争を終わらせたいだけさ」

 

戦争を終わらせたいだけ。ただそれだけなのに、それが如何に難しいか。キラはヘリオポリスから今までで嫌という程痛感していた。ラリーに問い、リークの生き様を見て、そしてムウの言葉を聞いても、まだ答えは得られていない。自分が為すべき使命さえも。

 

「そうだね。…でも、がむしゃらに戦っても終わらないよ。この戦争は、色々なものを飲み込みすぎてるんだ」

 

ただ討って討たれてを続けても戦争は終わらない。それだけははっきりとわかっている。

 

「じゃあどうやって終わらせるんだよ」

 

カガリのまっすぐな問いに、キラは砂漠の決戦前にムウから聞いた言葉を思い出しながら答えた。

 

「僕たちはそれを探さなきゃならないんだよ。地球もプラントも納得できる落とし所ってやつをね」

 

「落とし所…か…」

 

結局、最後は政治なんだよなぁと、カガリはうんざりしたような声で言い、キラは困ったように笑う。まだまだ彼女の父のあり方を、カガリは掴めずにいるのだった。

 

 

////

 

 

「やばい。迷った」

 

巨大なオノゴロ島のモルゲンレーテ社内。

 

ハリーとエリカからの説教を受け終えたラリーは、少し休憩と近くの売店を目指して工廠から出てきたのだが、完全完璧まごうことなく道に迷っていた。

 

案内してくれるはずのテストパイロット三人娘は、少し歩いた途端に呼び出しを受けて他の工廠に行ってしまったし、近くにいる武装した監視員はおっかなくて声はかけられないため、ラリーは案内板を頼りに歩き回ってみたのだが、見事に道に迷ってしまった。

 

「オノゴロ島全部がモルゲンレーテの施設だもんなぁ…広すぎるだろ…」

 

しばらく歩いて疲れた足を止めると、カランと軽いプラスチックの音が、足先に当たって響いた。

 

「ん?携帯電話…?」

 

ピンク色の曲線的なデザイン、そして一昔前の宝石チックなストラップが付いた二つ折りの携帯を持ち上げながら、ラリーは首を傾げた。

 

はて、この携帯のデザインーーどこかで。

 

すると、向かいの歩道から若い男女の声が聞こえてきた。

 

「マユー、ここは探したんだろ?とりあえず守衛室とかに問い合わせてみようぜ?」

 

「んんー、たしかにここで最後に使ったんだけどなぁ…どこにいったんだろう、マユの携帯」

 

あっと喉に声が出そうになって詰まる。まさかーーこんなところで会えるとは。

 

なんとも自分の運命というのは不可思議なものだとラリーは小さく笑うと、2人揃って歩道の脇や整えられた街路樹の根元を見渡す2人に向かって声をかけた。

 

「失礼、君の探してるものはこれかな?」

 

まず若い男の子が女の子の前に素早く回り込み、声をかけたラリーをわずかに警戒しながら見つめる。だが、庇われた少女の目は、すでにラリーの手に握れるものへ注がれていた。

 

「あーー!マユの携帯!」

 

そこで拾ったんだよ、と答えるラリーに、マユと自分を指した少女は、かばう男の子の脇を飛び出して、手渡すラリーから携帯を受け取った。

 

「ありがとうございます!!お兄さん!!」

 

「大事なものらしいから、もう落とすんじゃないぞ?」

 

「うん!」

 

天真爛漫に笑う少女が元気よく答える隣で、警戒していた男の子は申し訳なさそうにラリーに頭を下げた。

 

「あの、ありがとうございます」

 

「いや、ただの偶然だったからな。君たちもモルゲンレーテの関係者?」

 

そんなラフに話しかけるラリーに面を食らったのか、男の子は小さく数回頷いて、遠くにある真っ白な建物を指差した。

 

「え、まぁ両親があそこで研究をやってて…」

 

「そうか。じゃあ俺はこれで」

 

そう言って、ラリーは2人の脇を通りすぎる。振り向くと少女が「バイバーイ!」と大きく手を振っているのが見える。男のはラリーに小さく会釈していた。

 

「よかったな、マユ。親切な人に拾って貰えて」

 

「うん!」

 

そう言って、2人も指差した白い建物に向かって歩き出していく。しばらく歩いてからラリーは再び振り返る。小さくなって見えなくなっていく兄妹の姿をみて、ラリーは小さく呟いた。

 

「もう、落とすんじゃねぇぞ」

 

この物語の中で不運に合う2人の運命。

 

シン・アスカ

マユ・アスカ

 

願わくば、あの家族が不運に見舞われることなく無事でいてくれるようにと思うばかりだ。

 

「ハァ、それにしても、第六工廠ってどこだよ…広すぎ」

 

解決していない悩みに頭を抱えるラリー。そんな彼の後ろから、1人の人影が近づいてきた。

 

「どうやら道に迷っている様子だな、君は」

 

ラリーは声をかけられた方を一瞥する。ラリーが着るオレンジ色の技師用作業着とは違う、一般作業員の装いである相手は、ラリーを見てにこやかに語りかけてきた。

 

「ええ、まぁここが広くて…」

 

「実は私も、人を探していてね」

 

ふと、ラリーは立ち止まる。この声ーー聞いたことがある。しかもつい、最近。戦闘機の中の無線機越しにだ。

 

「地上に身を置く、流星を」

 

改めてラリーは相手を見る。

 

普段はマスクをつけるその顔には、どこぞの偽名を使ったノースリーブ彗星と同じような、馬鹿でかいサングラスが備わっている。

 

そして、相手は驚くラリーを見てさらに笑みを深めた。

 

「ラウ・ル・クルーゼ…!!」

 

「少し、話をしたいのだよ。ラリー・レイレナード」

 

そう言って辺りを見れば、ラリーを囲むように何人かの作業員が行く手を遮っているのだった。

 

 

 

 





▼ラウ・ル・クルーゼがオーブにログインしました。

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