ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第108話 先駆者の役目

SEEDを持つ者。

 

それが提唱されたのは、C.E.71年以前ーーこの戦争が始まる前のことだ。

 

それは、かつて一度だけ学会誌に発表され、議論を呼んだ概念。

 

Superior(優れた) Evolutionary(進化論) Element(因子) Destined(運命)=「優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子」の頭字語を取って名付けられた名。

 

ナチュラル、コーディネイターを問わず現れるものであり、発現した人間によって、人類は一つ上のステージに進む可能性が高まるとされる。

 

発現状態の人間は全方向に視界が広がり、周囲のすべての動きが指先で感じられるほど精密に把握できる。これによって運動神経と反射神経、並びに空間認識が大幅に向上し、戦闘やその他において多大な力を発揮するーーーと言ったものだ。

 

「その力が、俺にもあると?」

 

デュランダルの説明を聞き終えたラリーがそう問い返すと、彼は沈痛な面持ちで深く頷いた。

 

「それで済めば、事なく終わったのだがね」

 

見たまえ、とデュランダルはラリーが眠ってる間に検査した資料を見せる。隣に立っていたクルーゼも、その情報を覗き込んだ。

 

そこにあったのは、ラリーの遺伝子情報。これは高値で売れるな、とクルーゼがほくそ笑むのをラリーが睨むと、彼は数回咳払いして黙った。

 

SEEDを持つ者。

 

その因子を持つ者は、遺伝子に何かしらの特徴があるということは、マルキオ導師の研究の結果で明らかになっている。

 

たとえば、人間の設計図たるDNA。塩基配列などなど。

 

先天的、後天的を問わずに、そう言った特殊な遺伝子の起伏というものは観測されるものだがーーラリーのものは異常だった。

 

「はっきり言えば、君もSEEDを持つ者と言える。それも桁違いのものだ」

 

それを発見した時、デュランダルは自分の目を疑った。彼の遺伝子は正真正銘のナチュラルであったし、普通の科学者ならそこから先に踏み込んだ検査など行わない。

 

デュランダルが驚いたのはその塩基配列だ。

 

「個人差はあれど、SEEDという因子は人が極限状態に陥るか、過度な負荷やストレスを受けるかすることによって発現すると言われている」

 

人という種が極限に達した時。それは生き残ろうという意志からなのか。それとも何かをなすためなのか。はっきりとした起因は分からないが、少なくとも、 SEEDという物は人の精神状態に極端に左右される不安定な物でもある。

 

ただし、例外も存在する。

デュランダルは改めて、その例外を目にした。

 

「ラリー。君の場合は、常にSEEDが目覚めている状態なんだよ」

 

僅かな情報、僅かな因子。それがほんの少し人から検出されたのが始まりだというのに、ラリーの塩基配列の形は、それが夥しい数で発現していたのだ。

 

それは今まで見た事がない輝き。

 

まるでSEEDから生まれてきたような存在だとも言える。デュランダルが、ラリーに宇宙人なのかと尋ねたのはそれが理由だ。そして、その世界的な異例は、デュランダルとクルーゼしか今は知らない。

 

ただ、彼という存在が何かの〝トリガー〟であるということは間違いない。デュランダルは体を休めるように、取り出した端末を閉じて、背もたれに体重を預けた。

 

「今はまだ、君はその力に気付いていない。故に半分以下ほどの力しか発揮できていないのだよ」

 

検査でわかったことは、その因子のうち活性化しているのは半分以下であるということだ。もし、その全てを解き放つ事ができたなら、彼はーーいったい何になるというのだろうか?

 

「ただ、わかっていることは、君が自分の力を知った時、世界が大いなる選択を迫られることになる」

 

デュランダルは人という遺伝子の限界があると判断して、「願いが叶わぬ」という悲劇を回避するため、人間は「初めから正しい道」を選んでいるべきだと考えるようになっていた。

 

すなわち、人が人生の最初に予め、失敗や挫折、無用な争いや叶う可能性の低い目標への努力といったリスクが無い進路ーーつまりは運命を与えられていたほうがよい、と考えるに至っていたのである。

 

そういう道を見出したというのにーークルーゼはとんでも無いものを自分に見せたものだと、恨めしく思う。

 

人の可能性。遺伝子を解析した故に思い込んでいた種としての限界。目の前にいる男は、デュランダルが絶望したそれを、一足で飛び越えている。

 

そして彼に続く者たちも。

 

SEEDの中で生まれた彼を追って、進化しているのかもしれない。

 

隣にいるクルーゼも、あるいはーー。

 

「私は君に聞きたい。君は、その力を得たら何をするんだい?」

 

SEEDにより作られた存在。ジョージ・グレンが望んだ次のステージに至る人間の体現者。まさに変革者とも言ってもいい彼が、何を、どうするのか。

 

〝我々ヒトにはまだまだ可能性がある。それを最大限に引き出すことが出来れば、我らの行く道は果てしなく広がるだろう〟

 

そう掲げて、最初にコーディネーターを作った科学者たちが願った、行く道の水先案内人たる彼を、デュランダルは心の中では危険視していた。

 

彼の決断で世界は大きく変わる。彼が導く事で、人はまた五里霧中の世界へと歩み出していく。その先にある果てない闘争と苦しみをから目を背けて。

 

もし、彼がそれを先導するというならばーー。

 

「何もしないさ」

 

ラリーははっきりとした口調で、デュランダルの言葉に即答した。その言葉に、思わずデュランダルは目を見開く。彼には夢は?理想は?野心は?こうでありたいという願いはないのだろうか?そんなことがーーありえるのか?

 

「ーー何もしないのか?」

 

戸惑った風に言うデュランダルに、ラリーは困ったように笑った。

 

「正直、SEEDに目覚めていると言われても実感湧かないし、それで?俺が偉くなるわけでもないしな」

 

「君という存在そのものだけでも、世界を大きく変えることができるのだぞ!?」

 

立ち上がったデュランダルはそう声を荒げたが、ラリーは変わらない口調でこう答えた。

 

「たとえ俺の存在が世界を変えるとしても。俺は俺の周りに居てくれた人の先をマシにするために戦う」

 

たとえそれが間違った道でも、茨の道でも、踏み倒していくための力だ。

 

SEEDが目覚めていたからといって、自分がこの世界に来て何が出来た?グリマルディ戦線から今まで、何が出来たというのだ?

 

死地に向かう戦友を救うことはできたか?

 

死ぬとわかっている戦いに赴く船を守れたか?

 

ゆっくりと背中で息絶えていく戦友の命を救うことはできたか?

 

何も出来なかった。何一つとしてだ!

 

SEEDで世界を変えられる?そんな虫のいい話があるならーーあの時、こうしていれば、そう何度も自分を悔やみ、呪い殺したくなる気持ちに襲われることもなかったはずだ。

 

結局のところ、自分にどんな力があろうと、この場所に立つ自分というーーラリー・レイレナードという人間は「一兵士でしかない」という本質をラリーは弁えている。故に、ラリーは真っ直ぐと答える。クルーゼはその言葉に満足そうな笑みを浮かべて、デュランダルは呆れたように椅子に腰を下ろした。

 

「言っただろう?俺にとって人類の救済なんてどうでもいいからな。ただ、もしもあの時ーーと、後悔するくらいなら、俺はマシになる道を選ぶ。そのために戦っている」

 

それだけは変わらないと、ラリーはハッキリと断言する。その言葉にデュランダルは苦笑を浮かべた。

 

「なんとも…身勝手な先駆者だ」

 

「いつだって世界はそうだろう?身勝手で理不尽。人のことなんて構いはしない。だから、それくらいが丁度いいんだよ」

 

そう答えるラリーに呆気にとられるデュランダルへ、「疲れたから寝る」と布団を被ったラリーは、すぐに寝息を立て始めた。

 

やはり無理をしていたのだなと、クルーゼが思っていると、名状しがたい顔をするデュランダルがこちらを見ていた。

 

「だから言っただろう?面白い男だと」

 

 

 

////

 

 

 

「報告は聞いた。君たちはよくやってくれたよ」

 

カーペンタリアに帰還したアスランたちを出迎えた基地司令の賛辞が、アスランの心に突き刺さる。

 

「対応が遅れてすまなかったな。確かに犠牲も大きかったが、それもやむを得ん。それほどに強敵だったということだ」

 

そう続ける基地司令は、プラント本国から送られてきた資料を眺めながら、戦いに疲れているであろうアスランたちを労わるように声をかけるが、その全てがアスランにとっては逆効果だった。

 

「辛い戦いだったと思うが、ミゲル、バルトフェルド隊長、モラシム隊長、他にも多くの兵が彼によって命を奪われたのだ。それを討った君の強さは、本国でも高く評価されているよ。君には、ネビラ勲章が授与されるそうだ」

 

親友を見殺しにしてーー今度は勲章か。おめでたいやつだな。そうアスランは心の中で、冷たく自分自身を罵る。無意識に怪我をした手を握りしめていて、包帯にはわずかに血が滲んでいた。

 

「基地司令である私としては残念だが、本日付でアスラン・ザラには国防委員会直属の、特務隊へ転属との通達も来ている」

 

その言葉で、おぉと驚いたような声が響く。振り返るとイザークは不機嫌そうに腕を組み、ディアッカとニコルは祝福するような目を向けてくれていた。

 

「ひゅーー」

 

「やりましたね、アスラン」

 

「まさにトップガンだな、アスラン。君は最新鋭機のパイロットとなる。その機体受領の為にも、即刻本国へ戻ってほしいそうだ」

 

本国に?アスランが基地司令の方に向く。地球軍が放ったであろう、あの新型ミサイルの調査すら十分でないというのに?

 

「しかし…」

 

「お父上が、評議会議長となられたのは、聞いたかね?」

 

アスランの言葉を遮る基地司令の言葉に、アスランは頷くしかなかった。

 

「……ザラ議長は、戦争の早期終結を切に願っておられる。本当に早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」

 

嘘だ。

 

基地司令の言葉に、そのセリフが喉元まで出かかったが、アスランは必死に噛み殺す。カガリが言った戦争を終わらせたいという言葉と、基地司令が言う言葉には明らかな重さの違いがあった。

 

彼は何を考えているのか?ナチュラルの全てを滅ぼして、地球軍を抹殺してーー自分がやったように、親友すら見殺しにしてーーそれで平和になると、本気で思っているのか?

 

「その為にも、君もまた力を尽くしてくれたまえ」

 

肩に置かれた手が、ひどく冷たいように思えた。ただ、アスランの中で渦巻く疑問をぶつける術はない。

 

彼は黙って、その言葉に敬礼を打つことしかできなかった。

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
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