ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第110話 疑惑の城

 

 

「嫌です」

 

その一言に、ハンガーにいる全員が静まり返っていた。

 

同行していたマリューとムウも、フレイの表情を見て固まるばかりであったし、現場主義のマードックは逆鱗に触れないように、ひたすらにスカイグラスパーの整備をしているし、サイはあまりのフレイの怒気の強さに、メガネにヒビが入りそうになっていた。

 

フレイは低軌道から今まで、ハリーとマードックの隣で技術者として大きな成長を見せていた。それと同時に、荒事の多い職人連中の仲裁に入ったり、ハリーと一緒にラリーを説教したりと、そんな事が積み重なった為、彼女の本来の持ち味である「母性の強い姉御肌」が完全覚醒していた。

 

ハリーの次に怒らせたらやばい相手にまで上り詰めたフレイが、眉間にしわを寄せて明らかな怒りに震えている。そんな姿を見て、おいそれと話しかける命知らずなど、ハンガーの作業員達には存在しない。

 

ハリーはその行く末を、ただ奥でじっと腕を組んで見守っていた。

 

その中で唯一、臆することなくナタルが不機嫌全開のフレイを見て深いため息をついた。

 

「はぁー、いい加減にしろ、アルスター。これは本部からの命令だ。君は従わねばならない」

 

たしかに、オーブのミサイルの件では知らぬ存ぜぬの一点張りで、会話すら成り立たなかった上層部相手の査問会であったが、ブルーコスモスであり大西洋連邦事務次官でもあるアルスターの一人娘を、戦艦に乗せ続ける判断は下せなかったのだろう。

 

共に船を降りるように命じられたナタルは、言ってしまえばフレイのお目付役。僻地での教官を命じられたムウは、さしずめメビウスライダー隊を他所にやって監視しておきたいーーという思惑でもあるのだろうか。

 

しかしながら、軍本部から出た命令は絶対だ。その覆しようのない現実に、ナタルはほとほと嫌気がさす。

 

そんな軍人の都合など御構い無しに、フレイは溜め込んでいでいた怒気を爆発させた。

 

「ふざけないでください!キラを、レイレナード大尉をーーーボルドマン大尉を!!背後から撃った相手の命令に従え?本気で言ってるんですか?!」

 

見てくださいよ!周りを!とフレイが指をさすのは、未だにボロボロのままコクピットにシートが被せられた、ボルドマンが最期に乗っていた痛ましい姿のスカイグラスパーだ。

 

それが答えであり、真実だ。

 

相手がどう言い繕おうと、あのミサイルのせいで自分たちが必死で整備した戦闘機は、敬礼で見送ったパイロットは、無事に戻ってこれなかったのだ。

 

それを知らぬ存ぜぬで通す軍を、ブルーコスモスを信じろ?ふざけるのも大概にしろ!とフレイは怒りを露わにしている。

 

「やっぱり、そう言うことになってしまうわね」

 

「ラミアス艦長」

 

単なる子供の癇癪ではない。彼女の目は、完全に地球軍を信用していないのだ。後ろから撃ってきた相手をどう信用しろという話だ。

 

しかし、相手は地球最大級の組織だ。そんな疑いを持っても、その組織に属する自分たちではどうすることもできない。

 

「……軍本部からの命令では…私にはどうすることも出来ないの。ごめんなさい。異議があるのなら、人事局に申し立てをします」

 

「しかし、今の軍部が取り合うわけが…」

 

そこまで言って、ナタルは口を噤む。あの上層部の態度を見る限り、人事局も彼らの手中なのだろう。フレイの顔にも暗い影が差した。

 

「ーーナタル」

 

「アルスター二等兵、我々が反抗的になれば、どうなるか予測できん。何せ相手は味方がいるにも関わらず、弾道ミサイルを撃った相手だ」

 

そう。

 

ナタルが恐れているのはーー次の段階だ。

 

命令に従わない目の上のタンコブ。そしてここは、彼らのお膝元であるアラスカだ。

 

外はそのまま、中身だけをごっそりすり替えるなどーー造作もないことだろう。カバーストーリーなど、いくらでもでっち上げられる。

 

あとでバレようが、すでに自分たちが処理されているなら何の意味もなさなくなってしまう。マリューがハルバートンとドレイクから受け継いだ、果たすべき使命もーー。

 

「バジルール中尉…」

 

怒気を納めて不安げな目で揺れるフレイの肩に、ナタルは優しく手を置いた。

 

「いざとなれば、私が守ってやる。それでいいですね?艦長」

 

そういうナタルの目には、今まで見たことのない燃える何かがあった。彼女もまた、今の地球軍を信用していないのだろう。そんなナタルに、マリューは頷いて敬礼を行った。

 

「ありがとう。バジルール中尉。また、会えるといいわね」

 

「その時は、またあなたの下で働きたいものです」

 

「貴方こそ、いい艦長になれるわ。彼女をお願いね」

 

任せてくださいと握手をしてナタルは、荷物を持ってフレイと共に行こうとしたがーー。

 

「待ってください。ハリー技師や、整備班の皆さんにも挨拶だけでも」

 

そう懇願するフレイに、ナタルは優しく微笑んで頷いた。

 

「わかった。終わったら第八エリアに来てくれ。そこで待っている」

 

皆さんもどうかお元気で、とナタルはハンガーにいる整備員達にも敬礼をして、ハンガーを後にしていった。フレイは気丈に振る舞いながらも、ハリーの元へと歩んでいく、

 

「さぁて俺も、言うだけ言ってみっかな。人事局にさ」

 

感慨深く見守っているマリューの隣で、ムウがフレイの怒気で強張った頬をほぐして、気だるげな声で呟いた。

 

「ーー取り合う訳…ないそうよ」

 

「しかし、何もこんな時にカリフォルニアで教官やれはないでしょ。トールもほっぽり出してさ」

 

肝心のトールは、ミサイルの影響で負った怪我とメンタル面のケアのために、ミリアリアの付き添いの元、まだ療養の身だ。そんな隊のメンバーを置いて自分だけ後方に行くなど…。

 

「貴方が教えれば、前線でのルーキーの損害率が下がるわ」

 

そんなことを言っても慰めにもならないということを分かりながらも、マリューはそれしか言葉を掛けられなかった。不満そうな顔をするムウに向き合って、彼女は笑顔を作った。

 

「ほら、遅れますよ」

 

「あぁもう!くっそ!」

 

その無理して張り付けたような笑顔に観念したのか、ムウはガシガシと頭を掻いて、隣に置いてあった荷物を担いだ。

 

「今まで、ありがとうございました」

 

「…俺の方こそ、な」

 

部下を任せたぞ、と言って、ムウもまたアークエンジェルを降りていくのだった。

 

 

 

////

 

 

 

雨。

 

ヘリオポリスで見てきた、規則正しい雨が、庭園の外を濡らしている。

 

キラは窓から見える景色と雨音を聞きながら、静かに息をひそめるように、自分の思考と向き合っていた。

 

「キラは…雨がお嫌いですか?」

 

紅茶を持って入ってきたラクスがそう言って、キラは力無い笑顔を貼り付けたまま振り返った。

 

「いや…不思議だなって思って。今まで拒んでいたプラントが、こんなにも平和で…」

 

〝ふざけるな!僕はザフトになんか行かないぞ!〟

 

〝良い加減にしろ!キラ!お前は俺たちの仲間なんだ!俺がお前を討たなくちゃならなくなるんだぞ!!〟

 

アスランの言葉が蘇ってくる。自分は、親友の声を聞かずに、ただ大切なものを守るために、我武者羅に戦ってきたというのにーー多くの命を、奪ったというのに…なのに。

 

「そんな場所にーー僕は居ていいのかなって」

 

そう呟くキラの近くに、ラクスは腰を下ろした。

 

「キラは、どこに居たいのですか?」

 

えっ、とキラは言葉に詰まった。できることなら、メビウスライダー隊のみんなの元へ戻りたい。自分を信じてくれた仲間の元へ。

 

けれどそれでいいのか?

 

同じことを繰り返して、また大切なものを守るためと言って、敵と、味方と、区別をして、そして味方からも撃たれて、それでもザフトを敵と決めつけて戦うのか?

 

そもそも、敵と味方ってーーいったい何なんだ。

 

「……わからない」

 

気がつくと、そんなことを口走っていた。

何をどうすればいいのか。何を信じて?何のために?何を成すために、自分は戦う場所に戻るというのか?

 

もしかすると、このままいっそ、戦いから遠ざかってしまえばーー。

 

「ここはお嫌いですか?」

 

ラクスの言葉に、キラは息を飲んだ。それはまるで、甘美な色で染められた誘惑のようで。

 

「ここにいて…良いのかな」

 

そう呟くキラに、ラクスは微笑んでーー。

 

「私はもちろん、とお答えしますが、それを決めるのはキラですわ」

 

そう言ったのだ。

 

決めるのは、自分だと。

 

キラは目の前に生まれた甘美な景色から遠ざかって、また思考の海に沈んでいく。

 

「うんーーそうだね」

 

ひどく雨の音が聞こえる。地球でも激しい雨が降った時はあったというのに。

 

みんなで干したばかりの洗濯物を、ずぶ濡れになりながら取り込んでーーフレイとも、ラリーとも、みんなで笑いあってーー。

 

僕は……僕が……果たすべき……使命は……。

 

 

 

////

 

 

 

「状況は?」

 

アークエンジェルのブリッジの中で、マリューは補給を受ける船の様子をサイに確認する。

 

「順調です。全て予定通りに始まり、予定通りに終わるでしょう」

 

サイが答えている最中に、司令部にいる将官から連絡が繋がった。

 

《暫定の措置ではあるが、第8艦隊所属艦アークエンジェルは、本日付で、アラスカ守備軍第5護衛隊付きへと所属を移行するものとする。発令、ウィリアム・サザーランド大佐》

 

「は!」

 

マリューはひとまず、相手の機嫌を損なわないように敬礼を打つが、モニターから見えないところでは、クルーからの不満が爆発していた。

 

「アラスカ守備軍?」

 

「アークエンジェルは宇宙艦だぜ?」

 

司令部は素人の集まりか?とぼやくクルー達に、マリューは咳払いを打ってひとまず黙らせる。この会話が向こうに聞こえたら、少々まずい。

 

《それを受け、1400から貴艦への補給作業が行われる。以上だ》

 

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 

通信を切ろうとした将官を、マリューは毅然とした声で呼び止めた。

 

《なんだ?不服か?》

 

「そうではありませんが、こちらには休暇、除隊を申請している者もおります。処理したいこともありますので」

 

まっすぐ、相手の顔を見ながら伝えるマリューに対して、将官はあからさまにめんどくさそうな顔をして、聞こえないように舌打ちをするとマリューに向き直る。

 

《こっちはもう、パナマがカウントダウンのようで大変なんだよ。大佐には伝えておく》

 

通信終わり、と一方的に切った将官に、再びクルー達の不満が溢れ出した。

 

「まるで腫れ物を扱うような言い方だな」

 

「やな感じ…きな臭いぜ」

 

その言葉に、マリューも同感だった。正直に言えば、万全の補給を受けれれば、この船を使う道などいくらでもあるというのに、わざわざアラスカ専属の守備隊に配属するというのも腑に落ちない。

 

「ラミアス艦長、やられっぱなしでいいんですか?」

 

そう振り返るノイマンに、マリューはくたびれ始めた地球軍の帽子をかぶりながら、ツバの下で目を光らせる。

 

「わかってるわ。そう簡単に事が進むと思うのは大間違いよ」

 

自分のクルー達をここまでコケにした代償は、必ず払わせる。マリューもまた、上層部への不信感を募らせて、覚悟を決めていくのだった。

 

 

////

 

 

《作戦開始は定刻の予定。各員は迅速に作業を終了せよ》

 

その頃、アラスカの北回帰線線付近では、ザフトの地上戦力が集結しつつあった。目標はパナマ。

 

ザフトは、地球軍の重要拠点であるパナマを陥落させ、地上制圧への大きな一手を打とうとしていた。

 

《降下揚陸隊、配置完了。作戦域オールグリーン。レーザー通信回線、最終チェック。0300現在、気象部報告。第25管区は晴、北北西の風4.2m。気温18.7度》

 

いつでも行けます!と通信官からの報告を受けて、旗艦の艦長兼司令官が、今作戦の開始の合図を出した。

 

「この作戦により、戦争が早期終結に向かわんことを切に願う。真の自由と、正義が示されんことを。オペレーション・スピットブレイク!開始せよ!」

 

「スピットブレイク発動!目標アラスカ……!」

 

その言葉に、ザフト中に衝撃が走った。目標はパナマではなくーーー。

 

《事務局発、第6号作戦開封承認。コールサイン、オペレーション・スピットブレイク、目標、アラスカ、ジョシュア!》

 

この時、歴史は大きく、動き始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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