ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第118話 大罪の爪痕

 

 

 

 

「何をしている!ジブラルタルからも応援を出させろ!」

 

「無人偵察機じゃ駄目だ。今欲しいのは詳細な報告なんだよ!」

 

「そんな話は聞いてないぞ!どこからの情報だ、それは!」

 

地球からプラントの作戦本部に戻ってきたアスランは、錯綜する情報に混乱するザフトの将校たちを目にしながら、自分が目指す目的地に向かって歩みを進めていた。

 

「失礼します!」

 

たどり着いた場所は、プラント最高評議会の議長に就任した人間が座する議長専用の執務室だ。中に入ると、父であるパトリック・ザラを中心に、ザフトの上層部の人間がずらりと顔を揃えているのが見える。

 

「ハァ…ともかく、残存の部隊をカーペンタリアに急がせろ!」

 

「は!」

 

「浮き足立つな!欲しいのは冷静且つ客観的な報告だ!クライン等の行方は!」

 

議長の鋭い言葉に反応して、控えていた側近が頭を下げて報告する。

 

「まだです。かなり周到にルートを作っていたようで。思ったより時間が掛かるかも知れません」

 

「……司法局を動かせ。カナーバ等、クラインと親交の深かった議員は全て拘束だ」

 

「し、しかし…ザラ議長閣下…」

 

「スパイを手引きしたラクス・クライン!共に逃亡し行方の解らぬその父!漏洩していたスピットブレイクの攻撃目標!」

 

バンッと机を叩いて怒声を上げる議長の様子は、明らかに冷静さを欠いていた。ここに来るまでに聞いたオペレーション・スピットブレイクの出来事。

 

目標をパナマに定めていたのを急遽、アラスカに変更したザフトの電撃的な作戦だったが、地球軍はあろうことか、アラスカ本部でサイクロプスを起動させる暴挙に出ようとした。

 

しかし、間一髪のところで地球軍側のメビウスライダー隊がサイクロプスを停止させ、難を逃れたというがーーー例のミサイルのせいで状況が掴めなくなってしまっているのだ。

 

「何よりも、スピットブレイクの目標がバレ、あまつさえもサイクロプスなどという非道な兵器を持って待ち構えていた地球軍!それが不味いのだ!アラスカが攻撃目標だったと、どこから情報が漏れたかわかるか!?子供でも解る簡単な図式だぞ!あのクラインが裏切り者なのだ!」

 

父であるパトリック・ザラの怒りは収まらず、顔を上げて報告した側近たちを睨みつけるように低い声で唸る。

 

「なのにこの私を追求しようとでも言うのか、カナーバ等は!!奴等の方こそ!いや、奴等こそが匿っているのだ!そうとしか考えられん!」

 

「…解りました!」

 

敬礼を打って早々に退室していく将校や側近たち。その脇を抜けて、アスランは恐る恐る、自分の父に話しかけた。

 

「ち、父上…」

 

そんなアスランに、パトリックは深いため息をついた。

 

「なんだ、それは」

 

まるで他人に向けるようなーーまるで、自分の思うように動く駒を眺めるような目つきで、アスランに細めた視線を向けた。

 

その目に気がついたアスランは、戸惑いながらも敬礼を打って、パトリックの息子ではなく、ザフトのパイロット、アスラン・ザラの仮面を被った。

 

「あ、いえ、失礼致しました!ザラ議長閣下!」

 

それに満足するようにパトリックは頷くと、さっきのやり取りから目の前のパイロットがどれほど察せられたかを期待して、言葉をかけていく。

 

「状況は認識したな?」

 

「は!…いえ、しかし、私には信じられません。ラクスがスパイを手引きした等と…そんなバカなことが…」

 

すると、パトリックはテーブルに設けられた起動キーから、監視カメラの映像を、アスランに見えるように表示していく。

 

「見ろ。設計局の極秘地下工廠の、監視カメラの記録だ」

 

そこには、見知らぬザフト軍服を着た人間と、微笑みながら話をするラクスの姿が映っていた。

 

「フリーダム、およびホワイトグリントの奪取はこの直後に行われた。証拠がなければ誰が彼女になど嫌疑を掛ける。お前がなんと言おうが、これは事実なのだ」

 

アスランが言葉を発する前に、パトリックはまるで洗脳するかのように、強い力でアスランの心を掌握していく。

 

いつものように。

 

自分の妻がナチュラルどもに殺された、あの時のように。

 

「ラクス・クラインは既にお前の婚約者ではない。まだ非公開だが、国家反逆罪で指名手配中の逃亡犯だ」

 

そういうと、パトリックはプラント最高評議会議長としての署名をしたザフトの命令書を、アスランの前に差し出す。

 

「アスラン、お前は奪取されたX10Aフリーダムと、X07Sホワイトグリントの奪還と、パイロット、及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除にあたれ。工廠でX09Aジャスティスを受領し、準備が終わり次第任務に就くのだ。奪還が不可能な場合は、フリーダムとホワイトグリントは完全に破壊せよ」

 

機体だけではなく、施設も、人物も…?湧いた疑問に従って、アスランは震える声で父にその真意を聞いた。

 

「接触したと思われる人物、施設までをも全て排除…ですか?」

 

「X07Sホワイトグリント…あれはあくまで、フリーダムとジャスティスのフレーム実証試験をする機体だ。もともと人が乗ることを想定していない。開発完了後に凍結する予定だったため、奪われても痛手は少ないが、X10Aフリーダム、及びX09Aジャスティスは致命的だ。あの二機は、ニュートロンジャマー・キャンセラーを搭載した機体なのだ」

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラー…?そんな…何故そんなものを!プラントは全ての核を放棄すると…!」

 

母を殺したのはナチュラルだが、放った核も許してはならないと強く言ったのは父のはずだ。

 

故に、二度と核を使えなくするニュートロンジャマーという楔を地上に放ったというのにーー。それで地上に起こる被害に目を瞑ったというのに…!!なのに…!!

 

「勝つ為に必要となったのだ!あのエネルギーが!」

 

揺れるアスランの心をパトリックは感じ取ることなく、激情に任せて執務用のテーブルに拳を落としながら叫んだ。

 

しばらく沈黙が続き、パトリックは深く息を吐いて、アスランの肩に手を置いて、優しげな笑みを浮かべた。

 

「お前の任務は重大だぞ。心して掛かれ」

 

だが、そこにはアスランが見てきた父の眼はなく、議長という役目を担った、冷たく張り付いた瞳しか見えなかった。

 

 

 

////

 

 

 

太平洋沖。

 

アラスカ、パナマからも離れた海上では、モルガンの脅威から生き延びた地球軍とザフト軍の混在艦隊が、その傷ついた互いの傷を癒やすために、手を取り合っていた。

 

「とにかく、怪我人の手当てが先だ!地球軍の医療班はこっち!ザフトはあっちだ!」

 

「薬はナチュラルとコーディネーターで成分が違うから、取り間違いには要注意だぞ!」

 

両軍に残った僅かな医療船は接舷しあい、互いに不足している薬品や治療器具を融通しあって、傷ついた兵士たちの治療に専念している。

 

「大丈夫だ、これくらいの怪我どうってことない!コーディネーターの底力を見せてやれ」

 

「ほら、水だ。ゆっくり飲め」

 

「ああ、すまない」

 

さっきまでは考えられなかったなと思いながら、怪我をしているザフト兵に水を飲ませる地球軍の兵士。今は互いに助け合う時だと、誰もが理解していて、そこにいがみ合う気持ちなど存在しなかった。

 

「海に放り出された奴らの捜索だが…」

 

「今、手隙のディン隊が捜索に出てくれている。何かあったらそちらの周波数に連絡を」

 

「助かるよ」

 

モルガンの衝撃で海に投げ出された両軍の兵士もいる。すでに何班にも別れた戦闘機とモビルスーツの捜索隊が編成されており、発見し次第、地球軍の海兵隊が小型艇で救援に向かっていた。

 

「各整備班は船の整備だ!動かせるやつだけを何とかするぞ!牽引船は応急修理だけにしろ!」

 

船の修理も、手を動かせる者達が自然と加わっていて、両軍の工作兵達が隣同士で船を修理したり、協力して点検などを行なっていた。

 

そんな状況の中、傷ついたアークエンジェルのハンガーには、地球軍とザフトの小型VTOL機が着艦しており、それらを降りたそれぞれの指揮官が挨拶を交わした。

 

「地球軍、ユーラシア連邦所属のハインズ・ボルドマン中佐だ」

 

「ザフト軍所属の、パトリック・J・ホークです。PJと呼んでもらって構いません」

 

敬礼した二人に、艦を預かるマリューとナタルも敬礼で答えた。

 

「第八艦隊所属のアークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス少佐。副官のナタル・バジルール中尉です」

 

形式ばった挨拶を交わしていると、ハインズを乗せてきたVTOL機を操縦してきたトールが、おずおずとハインズの前に歩みを進めた。

 

「あの…ボルドマン中佐って…」

 

そう問いかけるトールに、ハインズは向かい合って優しく微笑んだ。

 

「ああ、アークエンジェルに所属していたアイザックは、私の息子だ」

 

それを聞いたトールの顔に、深い影が差した。前髪で目元が隠れるほどに俯いて、ハインズに敬礼を打つ。

 

「ボルドマン中佐…お…自分は、ア、アークエンジェル所属、メビウスライダー隊のトール・ケーニヒ二等兵です!」

 

それを聞いていたホークが、「まさかトンネルに入った戦闘機のパイロットか?」と聞くと、トールは言葉を発さずに頷く。それを聞いて彼はマジかよと顔をしかめた。

 

「おいおい、あの飛び方で二等兵だと?冗談キツイぜ」

 

きっと佐官クラスのベテランだと思っていたのに、とホークは自分のパイロットとしての自信が崩れ落ちてしまったような気がした。

 

けれど、それは自分の力ではないんです、とトールは言葉を紡ぐ。

 

「ボルドマン大尉に、自分は育てられました……彼のおかげで、俺は…」

 

ハインズはアークエンジェルが到着した時に、自分の息子の戦闘中行方不明の一報を聞いていた。彼もパイロットであり、自分もそうであった。その覚悟はしていたがーー。

 

「そうか。息子が君を…」

 

トールの敬礼を見て、ハインズは改めて息子の死を思い知らされた。

 

自分に憧れて戦闘機パイロットになった息子。

 

本心では、そんな道に進んで欲しくないと思いながらも、どこかで喜んでいる浅はかな自分がいて、ハインズはこの日までそんな自分を恥じていた。

 

「見ての通り、私は目を悪くしてな。空は諦めたがーーあいつは私と同じように空が好きなやつだった」

 

ハインズは戦闘機パイロットの命とも言える眼と、それを補正する眼鏡にそっと手を添えた。色素の判断ができなくなった彼の意思を継いで、アイクは空を飛んでいたのかもしれない。

そう思っていたが、そんなことは無かったのだと、ハインズは安心してトールに微笑む。

 

「アイクは、これと決めたことに対して妥協しない奴だった。そんなアイツが君を選んだんだ。きっと満足だったろう」

 

彼はきっと渡せたのだろう。

 

若い頃、自分が息子にした事と同じように。

 

技術ややり方では無い。

 

空を飛ぶ者の心の在り方を。

 

「今の君を見ればわかる。アイクの決断は、本望だったはずだ。だから君は誇れ。息子から引き継いだものをな」

 

涙を湛えた目で顔を上げたトールを見て、その姿にハインズは、アイクの面影を確かに見たのだ。

 

「はい…ありがとうございます……!!」

 

肩を揺らすトールの肩を叩き、僅かに抱き寄せてからハインズは父の顔から、将校の顔へと戻った。

 

「で、だ。これから我々はどうする?それに彼らのこともある」

 

ハインズが見る視線の先。

 

「キラ・ヤマト少尉と…ラリー・レイレナード大尉のことですね」

 

そこには、フリーダムと、格納されたホワイトグリントが静かに佇んでいた。

 

 

 

////

 

 

 

「間に合って、本当に良かった」

 

フリーダムから降りたキラは、集まってくれたアークエンジェルのクルー達を見て、安心するようにそう呟いた。

 

「お前……一体どうして?ほんとに…ほんとに…幽霊じゃないんだな?足はついてるよな!?」

 

真っ先に駆けつけたのは、サイとカズイ、ミリアリア、そしてフレイと、キラの学友たちだった。

 

「サイ…フレイ…カズイ…ミリアリア…」

 

「よく生きてた…お前…本当に良かった」

 

「ほんとに……キラなのね…」

 

全員がキラを抱きしめる。そんな彼らにキラは戸惑いながら、困った笑みを浮かべた。

 

「…うん、ただいまって言えばいいのかな」

 

そう呟いたキラに、フレイは全く!!という風に腰に手を置いて顔をしかめた。

 

「当たり前じゃない!もう!全く!心配したんだから!」

 

そうだそうだ!心配かけやがって!とマードックやノイマンたちが、キラの頭を撫で回してしっちゃかめっちゃかになっていく。ひとしきり落ち着いてから、キラは全員に向き直って頭を下げた。

 

「ごめんなさいーーでも、ありがとう」

 

笑顔で答えるキラに全員が暖かな気持ちになっている時、キラの後ろに格納されているホワイトグリントのコクピットから、ザフトのノーマルスーツ姿のラリーが姿を現した。

 

「レイレナード大尉!!」

 

「おう、良かったな。何とかなったよ」

 

ワイヤーウィンチで降りてくるラリーに全員が近づこうとしたが、パタリと足が止まる。ふと、ラリーが横に目をやると。

 

「ハリー」

 

そこには俯いたハリーが立っていた。彼女はおぼつかない足取りでラリーの元へ歩み寄っていく。全員が静かになる中で、ラリーは両手を広げて彼女を抱き留めようとしてーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に無防備だった顔面に、手袋越しの全力正拳突きを食らうのだった。

 

「おごふぅ!!!」

 

ハリーから繰り出された遠慮なしの全力全開の打撃に、ラリーは無防備だったその体をハンガーに叩きつけられて、ピクリとも動かなくなってしまった。

 

「「「ええぇええ!!?」」」

 

驚愕したアークエンジェルのクルーたちを放っておいて、ハリーは「まだ私のバトルフェイズは終了してないわよ!」と言わんばかりに、完全に白目を剥くラリーの首根っこを持ち上げて、今度は平手を打ち込んでいく。

 

「バカ!バカ!!バカ!!!バカァ!!!!」

 

もちろん、作業用手袋をしたままで。

 

しばらく呆けていたキラとフレイは、気を取り直すとすぐに、ラリーに馬乗りになっているハリーを取り押さえようとした。

 

「し、死ぬ!!待って!?ハリーさん待って!?ラリーさん死んじゃうから!!死んじゃう!!」

 

「グリンフィールド技師!お、抑えて!抑えて!!」

 

しばらくもがいていると、ピタリとハリーの動きが止まる。何事かとキラがハリーの顔を覗き込むと、彼女は怒ったままの表情で、瞳から涙をハラハラと落としていたのだ。

 

「うえええーん……ほんとに死んだと思ったんだからぁぁあぁばかぁああ!うわぁああああん!!」

 

そう泣きじゃくって気絶するラリーの胸元に顔を埋めるハリー。その様子を見ていたキラは、ふとフレイと目があって、可笑しそうに笑うのだった。

 

「キラ君!レイレナード大尉…は置いときましょう!」

 

「ラリー…は、まぁいいや!無事だったかキラ!」

 

「いえ、ダメでしょう!?」

 

そんな三者三様な反応をしながらやってきたマリューたちに、キラは改めて向き直った。

 

「ラミアス艦長、隊長、バジルール中尉…皆さんに、お話ししなくちゃならないことが沢山ありますね」

 

そう静かに言うキラに、マリューやアークエンジェルのクルーたちも頷く。

 

「僕もお聞きしたいことが沢山あります」

 

「そうでしょうね」

 

「なぁ、お前とラリーは、ザフトに居たのか?」

 

ムウの問いかけに、キラは頷いて答えた。

 

「…ザフトというより、プラントにですね。それに僕もレイレナード大尉も、ザフトではありません。うまく説明はできませんけど」

 

「…分かったわ。とりあえず話をしましょう。あの機体は?私たちはどうすればいいの?」

 

マリューの質問に、キラはフリーダムとホワイトグリントを見上げた。

 

「整備や補給のことを仰っているのなら、フリーダムは今のところは不要でしょう。ホワイトグリントはラリーさんが目を覚ましてから情報を聞くとして…」

 

「フリーダム?っていうのは、なんなんだ?バッテリーの補給とか、いらねぇのか?」

 

首をかしげるマードックやフレイの疑問に、キラは少し考え込んでから意を決して答えた。

 

「細かい日常点検は従来のモビルスーツと変わりませんが……あれには、ニュートロンジャマー・キャンセラーが搭載されています」

 

「ニュートロンジャマー・キャンセラー?」

 

聞き直して、アークエンジェルのクルーやマリューたちは互いの顔を見合わせた。その名前が通りのことならばーーー地球に打ち込まれたニュートロンジャマーを打ち消す効果があるということか?ならばーー。

 

「じゃぁ核で動いてるってこと?そんなもんどっから…」

 

「ーー艦長たちが、フリーダムのデータを取りたいと仰るのなら、お断りして、僕はここを離れます。奪おうとされるのなら、敵対しても守ります」

 

真っ直ぐとした目でそう言うキラに、マリューは思わず顔を硬らせる。

 

「キラ君…」

 

「それがーーあれを託された、僕の責任です」

 

そう答えるキラに何かを感じたのか、マリューは頷いてすぐに指示を出した。

 

「解りました。機体には一切、手を触れないことを約束します。いいわね?」

 

「ありがとうございます」

 

とにかく、今は状況を整理するのが先決だ。マリューはキラたちを交えて、地球軍とザフトの両軍との話し合いの場に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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