「アスランが戻った!?」
公安部が急ぎ足で執務室に入ってきた時、ついにクラインを捕らえたかと期待が膨らんでいたパトリックの思惑は、予想外の言葉によって打ち砕かれた。
「はっ!特務隊、アスラン・ザラが、単身オーブのものと思しきシャトルにて、ヤキン・ドゥーエへ帰投致しました」
「なに!?オーブのシャトルだと!!」
聞き間違いではなかろうか、そんな馬鹿げた考えにもすがりたくなるような事態だった。オーブのシャトルで戻ってきたーーージャスティスは?フリーダムは?同じくオーブで確認されたザフトの最新鋭機。連絡を寄越さなかったアスランの予想外の帰還に、パトリックの思考は漂白された。
「事態が事態ですので、身柄を拘束しておりますが…」
「ええい!すぐここへ寄こせ!」
狼狽える公安部の人間に、パトリックは投げつけるように言葉を吐いた。漂白された思考でいくら考えようとも推測でしかない。とにかく息子に確認を取らねばーーー事と場合によっては。そう考えるパトリックの顔は険しさを増していくのだった。
////
テヤンデイ!
薄暗い部屋の中で、ラクスのハロが飛び回っている。部屋の各所には臨時で設置された映像機器とネットワークが構築されており、多くの人間がそのデスクへと向かって情報収集に精を出していた。
「御苦労様です。どうですか?街は」
そんな中で、オペレーターたちに声をかけるラクスもまた、姿を隠しやすい服装に身を包んでいる。彼女が声をかけたのは、そんな情報を取りまとめているマーチン・ダコスタだ。彼はラクスからの問いかけに、映像に視線を固定したまま深いため息を吐き出した。
「上手くないですねぇ。エザリア・ジュールの演説で、市民はかなり困惑しています」
ダコスタが言うように、今のプラントはあらゆる手を使ってクラインの行く先を血眼で探すものたちが跋扈している状況だ。メディア、映像媒体、街を歩く監視人たちによって、もはやプラントの街はラクスたちを囚える牢獄と化している。
「…そうですか」
「予定より少し早いのですが、動かれた方がいいだろうと」
先程、暗号通信で受け取った電文に目を通しながら、ダコスタはラクスへ内容を伝える。どうやら、自分たちを待っている者たちの準備も整っているようだ。
「分かりました。時なのでしょうね。私達も行かねばなりません」
ミトメタクナイ!そうハロが飛び回っている通路から、ひとりのオペレーターが血相を変えてラクスとダコスタの元へと駆け込んできた。
「ラクス様!これを!」
そう言ってノートパソコン型の端末を開くと、ラクスは目を見開いた。そこに映っていたのは監視カメラをハッキングした映像であり、映し出されていたのは手錠を嵌められ、銃を持った公安部の兵士に連行されるーーアスランの姿だった。
「まぁ、これはいけませんわね。どうにか出来まして?」
そう言うラクスの問いかけに、ダコスタはすぐさま連絡端末を取り出して暗号通信を発信し、数名の武装兵を連れて部屋を飛び出していった。
////
シャトルから降り、公安部の兵士に連行されてすぐさま通されたのは、やはりと言うべきか、父が座す議長執務室だった。扉を抜けてアスランの目に飛び込んできたのは、扉に背を向けてエヴィデンス・ゼロワンを見つめる父の背中だった。
「ーーアスラン」
「ーー父上」
ゆっくりと振り返る父と、アスランは久しく顔を合わせていなかったような気がした。険しい顔をする父は、そのままアスランの両隣にいる公安部の人間に合図を送る。
「お前達はよい。下がれ」
カツン!と規律ある足踏みと敬礼をし、公安部の人間はアスランを置いて部屋を出て行く。扉が閉まる音の後、父と息子がいる空間はやけに静かで、ひどく冷たく感じられた。
「ーーーアスラン。どういうことだ。何があった!ジャスティスは!フリーダムはどうした!!」
開口一番に怒ったように声を荒げるパトリックをアスランはただ黙って見つめる。今のアスランにとって、フリーダムとジャスティスのことなど、二の次だ。
「……父上は、この戦争のこと、本当はどうお考えなのですか?」
しばらくの沈黙の後、アスランは溜め込んでいた枷を外して、ザフトに入ってから、母が死んだあの日から、初めて父親に自分の心の内を打ち明ける。
「…なんだと?」
「何のためにこの戦争を続けるのですか。俺達は、コーディネーターとナチュラルは、一体いつまで、戦い続けなければならないんですか?」
どうか、答えて欲しい。その真摯な眼差しを送るアスランの声に、パトリックは震える手で机を叩き、金切り声で空気を震わせた。
「何を言っておる!そんなことより命じられた任務をどうしたのだ!報告をしろ!」
「ならば!父上も答えてください!!俺は、どうしてもちゃんと一度、父上にそれをお聞きしたくて戻りました!!」
激昂する父にアスランは一歩も引かず、臆することなく問いを、父の真意を聞く言葉を投げ続ける。その瞳にパトリックは嫌悪感を感じたのか、怒りを宿す目をさらに鋭くさせていく。
「アスラン、貴様ぁ!いい加減にしろ!何も分からぬ子供が何を知った風な口を利くか!!」
「何もお解りでないのは父上なのではありませんか!俺は人を撃った!子供だからといって、その事実から目を背けることなんてできません!!アラスカ、パナマ、ビクトリア!!撃たれたら撃ち返し、撃ち返してはまた撃たれ、今や戦火は際限なく広がるばかりです!!父上!!これ以上、憎しみを増やして、一体何になると言うのですか!!」
「何処でそんな馬鹿げた考えを吹き込まれてきた!あの女、ラクス・クラインにでも誑かされおったか!」
「送り込まれた戦場で見てきたからですよ!!撃つ苦しみも、憎しみも、死への恐怖も知ったんです!!父上!!力と力で、ただぶつかり合って、わからずといって聞かず!!自分たちが正しいと盲目的に信じて戦って!!それで本当にこの戦争が終わると本気でお考えなのですか!?」
「ああ、終わるさ!ナチュラル共が全て滅びれば、戦争はすぐにでも終わる!!」
そう言い放った。重ねた言葉で出てきた父の思いーー考えーー思惑。言葉は少ないが、アスランにはわかってしまった。
「ち、父上…」
自分の唯一の肉親だ。父が言う言葉が本心であるかどうかなど、直感的に分かる。
少なくとも、ナチュラルを滅ぼすと豪語した父の言葉には、嘘の色は見られなかった。それが、アスランの気持ちを急速に冷ましていくことになる。
パトリックは足取りを強くし、手を封じられたアスランの襟首を掴み上げた。
「言えアスラン!ジャスティスとフリーダムをどうしたのだ!返答によっては、お前とて許さんぞ!!」
乱暴に掴まれるアスランには、パトリックの姿が父のように見えなかった。何を言っている。いったいーー何を成そうとしている。そんな父の荒れる言葉にも、アスランは臆する事なく疑問を投げかけた。
「父上…本気で仰ってるんですか?ナチュラルを全て滅ぼすと!」
「アスラン!お前もわかっているだろう!?これはその為の戦争だ!我等は、その為に戦っているんだぞ!ナチュラルを滅ぼし、あの野蛮な種族をこの世から抹消するために!!それすら忘れたか!お前は!!」
そう言ってパトリックは、呆然とするアスランの頬を平手で殴って地面へと叩き落とした。為すすべもないアスランは、受け身も取れずに床に転がる。
「父上…!!うぐっ…!」
「奴らが撃ったのだ!!あの野蛮人どもが核をな!!妻を殺したのだ!!この愚か者が!!そんなことも忘れてーーーちっ!!くだらぬことを言ってないで答えろ!」
パトリックは執務室の机から拳銃を取り出すと、床に転がるアスランの元へと歩み寄り、愚かな思考に傾倒した息子を見下しながら、拳銃の撃鉄を起こして銃口を向けた。
「ーージャスティスとフリーダムはどこだ!!答えぬと言うなら、お前も反逆者として捕らえるぞ。それともこの場で撃ち殺されるのが望みか!?」
その眼を見て、その姿を見て、アスランの脳裏にウズミが言った言葉がリフレインする。
〝そしてプラントも今や、コーディネイターこそが新たな種とする、パトリック・ザラの手の内だ。このまま進めば、世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うばかりのものとなろう〟
父が目指す世界…。それがまさにウズミが懸念していた未来だ。誰の存在も許さず、コーディネーターがこの世界を統治する優秀な人種であると言うことを信じてやまない狂気の目が、そこにあった。
「父上…そんなになのですか…!!」
だからこそ、アスランは諦めなかった。膝の力でなんとか上体を起こしたアスランは、光のない眼をする父を見上げる。
「そんなに…そんなに認められないんですか…滅ぼさないと気が済まないんですか…母さんのことを…悲しいことを起こさせないために…悲しくならないようにするために…!!」
あんな思いはたくさんだ。あんな思いは二度と起こさせてはいけないんだ。そうやって、そう感じたからこそ、命をかけて皆が戦ってきた。イザークも、ニコルも、ディアッカも、ラスティも、ミゲルもーーーキラも、トールも、ラリーも、そしてアスラン自身も。
「俺は父上がそのために戦っているのだと信じてきました!!けど、間違ってる!!誰かに悲しみを、怒りを、憎しみを押し付けるのですか!!人の命を、踏みにじって!!その先にある明日なんて、俺はーー!!」
慟哭するアスランの叫びを、銃声がかき消した。咄嗟のことで何が起こったか分からなかったアスランだったが、立ち上がろうとした身体が仰向けに倒れてしまった。肩から燃え上がるような痛みが広がり、血が赤服へと染み渡っていく。
アスランは、父に、撃たれたのだ。
「小賢しいことを口にするな!アスラン!!」
硝煙を上げる拳銃を我が子に向けるパトリックの怒声が、頭が真っ白になったアスランの胸にこだまして、何も残さず消えていった。
銃声を聞きつけたパトリックの側近と、待機していた公安部の兵士が部屋へと走りこんできて、肩を撃ち抜かれたアスランを無理やり立たせる。状況だけ見れば、息子が錯乱し、父を襲った。そうとも受け取れるし、父の権力があればカバーストーリーなどいくらでも用意できる。
「殺すな!これにはまだ訊かねばならんことがある!!ジャスティス、フリーダムの所在を吐かせるのだ!!多少手荒でも構わん!!」
そう公安部の兵士に伝えて、パトリックは側近に拳銃を預けてアスランの横を通り過ぎる。
「ーー見損なったぞ、アスラン…恥さらしめ」
すれ違ってから呟かれた父の言葉に、アスランは何も映ってない眼差しでパトリックを見つめて、力なく答えた。
「俺もです…俺の知っている父は…もう完全に、死んだのですね…」
「ーーー連れて行け」
半ばひきずられる様に連れて行かれる息子の背中を見て、パトリックはただ、名状し難い感覚に襲われ、その震える手で顔を覆い隠したのだった。
///
執務室から公安部の本部へと連行されるアスランは、議事堂を出た先に止まっている公安部の車の前に歩かされていく。
「乗れ!」
肩を押されて無理やり後部座席へと乗せられそうになるアスラン。だが、今の彼には抵抗する気力など残っていなかった。このまま連れて行かれれば、自白剤、尋問、あらゆる手を使ってフリーダムとジャスティスの所在を探られーーそして処刑されるだろう。父の手によって。
父の真意を聞いたアスランは、虚無感に包まれながら暗闇の様に広がる車内を見つめる。このまま乗ればーーいっそーー。
〝アスラン。ライトニング隊に入った以上、お前は俺たちの仲間だ。だから俺はお前を諦めない。お前も、諦めるな〟
〝必ず生きて戻ってこい!ライトニング隊の隊長としての命令だ!〟
〝君も、僕も、まだ死ねないんだ。忘れないで〟
ふと、ここに戻る直前にかけられた言葉がアスランの中で蘇る。そうだ。自分はまだ死ねない。こんなところで、諦めていいはずがない…!!
アスランは折れかけた心を奮い立たせて、抵抗をやめていた身体を再起動させた。振り返れば公安部の人間が周囲を警戒する様な挙動をしている。アスランから見れば隙だらけの様子だった。
「…でええい!!」
その直感に従ってアスランはすぐに行動した。キョロキョロとする兵士の足を払い、そのまま体重をかけたタックルを炸裂させ、転倒させると、歩道沿いを縫うように全速力で走り出した。
「ああ!?」
誰かが驚いた声を上げた様だったが関係ない。アスランは振り向かずにただ前を向いて走った。
「あ!止まれ!!待て!!」
そんなアスランの後ろで面を食らった公安部の兵士は手に持つライフルを人混みへと逃げていくアスランの背中に向けて構えた。
「えええい!」
すると、公安部に混ざっていた一人の男が、銃を構える他の兵士に向かって銃を放つ。足や手を撃ち抜かれた兵士はうめき声を上げてその場に倒れこむ。銃を放った兵士の脇を素早く駆け抜け、両手が縛られながらも走るアスランの背中を捉える。
「ああもう!何だってんだよ!アスラン・ザラ!早くこっちへ!」
公安部に紛れていたマーチン・ダコスタは、戸惑うアスランを連れて、人目のない裏路地へとその身を押し込める。
「背中をこっちに向けて下さい!手錠を撃ちます!無茶な人ですねぇ、あんたも。死ぬ気ですか?こっちのメンバーも一人蹴倒しちゃって…」
サプレッサー付きの拳銃でアスランの手錠を撃ち抜いたダコスタに、アスランは声をくぐもらせながら首を傾げた。
「き、君等は?」
保安部のヘルメットを脱ぐダコスタは、呆れた様子でアスランを一瞥する。
「所謂クライン派って奴ですよ。あーまったくもう、段取りが滅茶苦茶だ」
「すまない。知らなかったからって…」
「そりゃぁそうでしょうけどねぇ…まぁ、こちらの被害は蹴飛ばされた構成員だけでーー」
タタンッ!!と乾いた銃声が響くと裏路地に隠れていたダコスタたちの元へ、ほかのクライン派の兵士が合流する。どうやらこちらも勘付かれた様だ。
「ダコスタ!どうした!?早く!!」
「行きますよ!走って!!」
手で呼ばれながら走り出すダコスタ。壮大な鬼ごっこが始まる中、アスランは痛む肩を庇いながら、ダコスタに続いて走り出すのだった。
キャラデザイン
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他キャラも見たい
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キャラは脳内イメージするので不要