ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第147話 セラフ

 

 

 

「でやぁああああ!!」

 

《はぁあああああ!!》

 

二人にしか聞こえない、耳に入らない咆哮を上げながら、二つの光は宇宙に絡み合うような線を描いて交差を繰り返し、火花を散らし、閃光を放ち、刃を翻し、装甲に覆われ巨大な城壁と化した体を翻す。

 

「ーーっがぁっ!!この野郎!!」

 

幾度めなのか、それすら数えることをやめた中で、ラリーは機体にかかる負荷を一身に受けながら目の前にいるクルーゼを睨みつけた。その目は高負荷による影響か、真っ赤に充血し始めている。

 

《アーハッハッハッ!!どうだ、ラリー!!私は!!君と同じ場所にいる!!この私を見ろ!!》

 

対するクルーゼも、手足の感覚がすでに無いものになっていた。

 

セラフを操るために特注で作られた対高圧ノーマルスーツを着用し、しっかり着膨れしてしまっているクルーゼだが、レスポンスの一歩先を行くホワイトグリントに追いすがるために負ったダメージは計り知れない。

 

その殺人的な加速力に内臓は圧迫され、末端には血液が行き渡らず、交差を繰り返すたびに手足は痺れ、今では感覚すらない。込み上げてくる痛みと吐き気。視界がわずかにブレる。

 

まさに命を削る操縦。

 

だが、クルーゼにとってはそれがちょうどよかった。

 

どうせ短い命だ。座して待つ死ならば、その間に充足した生を謳歌しようではないか。

 

アデスやクルーから再三忠告されたプロヴィデンス・セラフのスペックを十二分に理解した上で、クルーゼは前人未到の脅威のモビルスーツをスペック限界まで振り回している。

 

「しっつこいんだよ!貴様はぁあ!!ーーーぐっ…はぁ!!いつもいつも、俺の前に現れやがってぇ!!」

 

《本物だからだよ!!私も!!君も!!それ以外何もいらない!!》

 

ラリーのビームマシンガンの隙間を最短距離でカットし、ホワイトグリントに肉薄しながらクルーゼは恍惚とした笑みを浮かべながら叫んだ。

 

《理由?!主義!?そんな生ぬるい幻想など、我々には必要ないのだよ!!我々の戦いには、そんなものは不必要だ!!》

 

そんなくだらないものなんて、もう必要はない。私は見つけたのだ。私を充足させる芽を。息吹を。それが芽吹き、花をつけて私の前にいる。まだ蕾ではあるが、刈り取るには充分なほど育った。

 

あとは、それを自分が狩れるかどうか。

 

「ああ!それは同感だ!!」

 

ラリーもクルーゼの言い分に同感だった。この機体を渡したクルーゼは、なにも戦争を止めるためにホワイトグリントを託したわけでも、なんでもない。

 

ただ、単純明快に。

 

ホワイトグリント。

 

プロヴィデンス・セラフ。

 

ラリー・レイレナード。

 

ラウ・ル・クルーゼ。

 

 

 

 

ただ、どちらが強いのか。

 

 

 

 

まったく同じ力、能力、性能を持つ二人が競い、殺しあった先にある結論。クルーゼはそれを欲している。そして同時にラリー自身も。

 

 

 

《私と君、どちらが強いか!!どちらが本物か!!》

 

「ああ、はっきりさせようじゃないか!!この野郎!!」

 

 

 

 

極光のビームブレードの一閃が薙ぐ。

 

その振られた閃光の根本であるプロヴィデンス・セラフの腕を多重装甲が備わった肩で牽制し、ラリーはさらにクルーゼへ肉薄した。

 

やはりこの距離は不利か!

 

そう判断したクルーゼは、咄嗟にセラフで宙返りを打つように飛び上がりながらホワイトグリントを蹴り飛ばした。乱れた姿勢にチェーンビームガンとリニアカノンを叩き込むが、堅牢なホワイトグリントには傷一つ付きはしない。

 

《やはり硬いな!!それに……機体をわずかに傾けて衝撃を逃しているのか…!!》

 

「盾だからって甘く見るんじゃない!!」

 

乱れ撃たれるチェーンビームガンの嵐に盾を前面に押し出して、ラリーは再びクルーゼへ突貫。身を翻して避けようと試みるも、その爆発的な加速性能に間に合わず、セラフとホワイトグリントは腕を交差させながら超接近戦を繰り広げた。

 

《ぐうぅう!!正面からか!!思い切りのいい…!!だが、これを忘れてないか!!》

 

膝蹴りでホワイトグリントをかち上げると同時に、真下から極太のビームブレードがラリーの首元に迫った。

 

「やっば…!!」

 

止まるな!止まるな、止まるな、止まるな!!動き続けろ!!思考を続けろ!!反応を上げろ!!神経を研ぎ澄ませ!!熱を感じ、逃すな!!前を見ろ!!まだ戦いは終わっていない!!!

 

「でやぁああああ!!」

 

頭の中で高速に駆け回る思考に従うまま、ラリーは装甲に覆われた片足をビームブレードに突き出した。ビームブレードは装甲に食い込むが、難を逃れた脚部はそのままクルーゼが居るコクピットハッチへ叩きつけられる。

 

《がっは…!!なんと…やるな!ラリー!!》

 

苦しみに耐えながら負けじとクルーゼも刃を振るう。蹴りで姿勢が崩れたホワイトグリントの片腕装甲とビームマシンガンを削ぎ落とす。

 

二人は息を合わせたように距離を開けた。

 

「片腕のシールドがやられたか!だが、これで身軽にもなる!!武装は!!」

 

片腕の稼働を妨げていた装甲と溶断されたシールドとビームマシンガンをパージして、ラリーは腰部に格納されていたビームサーベルを身軽になった片腕に装備させる。

 

《やはり君は素晴らしい…!!こうも私の予想を凌駕するか!!ラリー・レイレナード!!》

 

クルーゼもホワイトグリントの体当たりで破損した予備スラスターをパージし、多連装ビームブレードの出力を上げて再びラリーに向かって飛び出した。

 

「クルゥウウーーゼエェエエ!!!」

 

《ラリィイイイーー!!!》

 

残骸だらけになったヤキンドゥーエの中で、二機の光が再び激突していくーー。

 

 

////

 

 

そんな二人の攻防をヤキンドゥーエから離れた場所から観測するエターナルの周辺では、あの戦いに加わるか、加わるまいかでトールとキラが言葉を交わしていた。

 

「キラ!!援護は出来ないのか!?」

 

「あんな機動で交戦されたら、狙いが定まらない!!」

 

動きが異質。戦いが異質。キラもトールも、まだ見たことない壮絶な戦いがそこには繰り広げられていた。2機が肉薄し、交差するたびに凄まじい量の光量の閃光が発生し、ビーム同士で起こる稲妻が辺りに轟く。

 

「バルトフェルド艦長!!エターナルで援護はーー」

 

ブリッジにいるアスランも、なんとかラリーの援護をできないかと手をこまねいているとーー。

 

「手出しは無用です」

 

凛とした声で、ラクスが動揺するキラやトール、そしてアスランに対してそう言葉を紡いだ。

 

「ラクス!?」

 

「そういう約束なのだよ」

 

驚いたアスランたちの疑問に答えたのは、艦長席に座って二人の戦いを見守っていたバルトフェルドだった。

 

「ラウ・ル・クルーゼ。彼が我々にホワイトグリントの譲渡に協力してくれた見返りとして、ラリー・レイレナードとの一騎打ちには決して介入しない。それを条件として、彼は我々と交渉しに来たのだ」

 

なにもただで、ザフトの最高機密であるフリーダムとジャスティス、そしてホワイトグリントを手に入れた訳ではない。特にホワイトグリントは、データ取りが終わった後は凍結される予定だったものだ。

 

あれをクライン派が押さえられた理由としては、クルーゼの協力があった故だろう。

 

「クルーゼ。何を考えてるか分からん胡散臭い奴だと思っていたが…存外、単純な奴かもしれんな」

 

バルトフェルドはモニターから二人の死闘を見つめながら、クルーゼがこちらに交渉しに来たときの言葉を思い返した。

 

〝主義も主張も憎しみもない。私はただ、彼と戦いたいのだよ。ひとりの兵士として、人間として。それをわかってほしいとは言わんよ、バルトフェルド隊長。だが、流星と私。どちらが本物で、どちらが強いか。私にとっての興味はそれ以外、ありえないのだよ〟

 

ただ単純。それがクルーゼが動いた理由だ。腹黒さも裏も表もない、純粋な闘争心と自分に従った行動だと言える。

 

「あのとき、まるで新品のおもちゃを前にした子供のような純情さがありましたよね」

 

その場に共にいたラクスも可笑しそうに眼を細める。その様子を見てアスランが呆れたように息をついた。

 

「そんな楽観的な…」

 

「けど、実際にあそこまでやられてしまうと、こちらとしても任せるしかないのだよ」

 

そうバルトフェルドに言われて、キラもトールもアスランもなにも言えなかった。仮に、あの激闘に横から入ったとしても、戦って勝てるビジョンがまったくイメージできないのだ。

 

良くて流れ弾が突き刺さって大破。最悪、二人が気付かぬ合間に流れ弾に当たって戦死になりかねない。

 

「地球の流星とザフトの閃光。果たして強いのはどちらか…か」

 

すっかり静かになったエターナルの中で、バルトフェルドは感慨深そうに因縁深い二人の戦いの行く先を見守っていた。

 

 

////

 

 

『た、隊長…』

 

キラたちにこっぴどくやられたヤキンドゥーエのパイロットたちは、偶発的にも奇怪な場面を目撃することになった。

 

突如として現れたザフトのIFF信号を発する謎の可変モビルスーツと、どこからやってきたのかーー流星の盾を体に備えたようなモビルスーツが目にも留まらぬ速さで激戦を繰り広げている。

 

『ああ、見えているよ』

 

若手の部下の言葉に、宇宙を漂うしかなくなった隊長はモニターに映る二人の戦いを見つめながら、気のない返事を返すだけだった。

 

『頭部をやられたパイロットは不運よね。記録は?』

 

真っ先にやられたジンに乗るジュリアは、二人の戦いに感銘を受けたように息を吐きながら食い入るように見入っている。

 

『撮ってる。けど、凄いやつだな…あの二機』

 

『私じゃ10秒も持たないよ』

 

ジュリアの言葉に、誰もが頷いた。よくもまぁ、あんな動きをするバケモノと戦って、生き延びて戦場を漂えるものだ。

 

『流星…まさか、ここまでとは…しかし相手をしているあの機体は一体…』

 

《先発隊!第二部隊の出撃準備が終わった!これより向かう!》

 

隊長のつぶやきをかき消すように、ヤキンドゥーエの司令部から通信が入る。どうやら手配していたシグーとジンの第二部隊が出撃するらしい。

 

そんな言葉を通信機越しに聴きながら、隊長はふと思っていた。

 

果たして止められるのだろうか。我々の力だけで。

 

 

////

 

 

軽くなった片腕でビームサーベルを振りかざし、クルーゼの多連装ビームブレードにヒットアンドアウェイで切り結んでいくラリーは、ヘルメット内に浮かぶ大粒の汗も気にせずに眼を血走らせて再びセラフへと突っ込む。

 

「このぉおおお!!」

 

《はぁああああ!!》

 

ラリーのホワイトグリントが、クルーゼのプロヴィデンス・セラフが、それぞれにビーム刃の突きを放ち、その一閃は互いのモビルスーツの頭部の横を掠めて交差する。

 

《くそっ!!うまく避ける!!》

 

すれ違ってから振り向くクルーゼは、同じく振り返ったホワイトグリントへ垂直ミサイルの嵐とチェーンビームガンの咆哮を浴びせた。

 

その迫り来る暴風雨を、充血したラリーの眼はしっかりと捉えていた。血で滲む視界の中、迫る全てがラリーには何故かスローモーションのように見えた。

 

「なんだ…これは」

 

クルーゼの存在を、息遣いを、キラたちの気配を、ここに漂うパイロットたちの存在。ラリーの中に流れ込んできたもの。今まで感じたことのない生々しい命の感覚。

 

「見えた…!!」

 

ラリーはホワイトグリントと自分自身の息遣いを感じながら、操縦桿を巧みに操る。微かに見えた水の一雫のようなイメージ。点は線となり、線が連なり、ホワイトグリントは垂直ミサイルとチェーンビームガンの隙間を思い描いた通りに通り抜けてーーークルーゼの眼前に迫った。

 

クルーゼは戦慄した。

 

さっきは自分も、ラリーのビームマシンガンを掻い潜って迫ったが、今の動きはそれを遥かに上回る動きだった。まるで飛んでくるものがどこを通るのか、その全てを察知しているかのように、ラリーは驚くほど直線的に、真上と真正面からの挟撃を避けて来たのだ。

 

《なにぃ!?だがーー読んでいたよ!!》

 

それくらいできなければなーー!!戦慄がさらにクルーゼの熱に拍車をかける。突撃してきたラリーが突き出すビームサーベルの腕を、リニアカノンを犠牲にいなしたクルーゼは、空いたもう片方の腕に備わるビームブレードで、ラリーが構えようとしていたビームマシンガンの銃身を叩き切った。

 

《軽くなった分、威力も下がる!!》

 

「武装が!?しかし、そっちも同じだろうがぁ!!」

 

両手でもつれ合った機体を大きくのけぞらせて、ラリーはプロヴィデンス・セラフの頭部へ装甲で覆われたホワイトグリントの頭部を、まるで頭突きをするように叩きつける。プロヴィデンスの頭部のカメラアイは大きくひしゃげ、特徴的だったブレードアンテナも大きくへし折れる。

 

そしてクルーゼも、受けた衝撃のお返しと言わんばかりに、半壊したプロヴィデンスの頭部で逆に頭突きし返し、ラリーの機体と額をガリガリとぶつけ合った。

 

《ラリィイイイーー!!!》

 

「クルゥゼエェーー!!!」

 

両手を互いに掴みながらスラスターを噴かして押し相撲になっていく両者。そんな二人の通信回線に、ノイズが走りながら声が響く。

 

《そこの二機!!》

 

ふと、ラリーがその声に耳を傾けた。さっきまで見ていなかったサブモニターを見れば、ヤキンドゥーエ方面から更なる部隊がこちらに向かって飛んできているのが遠くに見える。

 

《こちらはヤキンドゥーエ所属部隊である!速やかに停戦し、武装を放棄せよ!さもなくば撃墜する!!》

 

エターナルとフリーダムたちは先に退避したのだろう。機体が破損しているとはいえ、今から逃げれば充分ラリーも逃げ切れる距離にいる。

 

《ーーどうやら邪魔が入ったようだな》

 

クルーゼも同じように迫るザフトの軍勢に眼を向けたのだろう。鍔競り合っていた2機は徐々に出力を落としていっている。

 

「どうした、来ないのか?」

 

《やめだ。邪魔が入っては楽しみが無くなる》

 

そういうクルーゼの声には敵意は感じられなかった。彼は音声通信越しに、ヘルメットの中でニヤリと笑みを浮かべる。

 

《君との戦いは私だけのものだ。横槍は認めない。ここで出てきた奴らを落とすのも後々に面倒だからな》

 

「そうかい…!!」

 

そう返したラリーは、反動をつけるようにプロヴィデンスの機体を跳ね返して、その反動を利用して大急ぎでヤキンドゥーエの防衛圏内から離脱していった。

 

こっ酷くやられたものだ、とクルーゼは疲れ切った体を脱力させて機体のチェックを行う。

 

リニアカノン破損、垂直ミサイルの三番ポッド全壊、補助スラスター破損、機動力が40%も落ちており、各部アクチュエータにも大きな負荷が掛かっているようだった。

 

『フフフ……アーーハッハッハッ!!!』

 

ボロボロになったセラフの中で誰にも聞こえない笑い声をあげるクルーゼは、遠くなり、宇宙に瞬く一つの星のようになったラリーのホワイトグリントを見つめながら、口元を歪め、笑みを作った。

 

『最高だ。最高だよ…ラリー。やはり君を殺せるのも…私を殺せるのも…!!』

 

私と、君しかいない。

 

この戦いで自分の体がどうなっているかなんて、知ったことではない。生きて戦い、そして生き残った。またあの戦いをすることができる。体の筋が動かなくなるまで、息が止まるまで、心臓が止まるまで、自分はあの戦いに身を投じられるならーーー

 

もはやクルーゼに、迷いはなかった。

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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