ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第152話 The Unsung War 2

「よぉし、出てきたな。牽制射撃後、面舵20、仰角3、頭を抑えるぞ」

 

メンデルから出てきたアークエンジェルを確認すると、バーフォードは深く帽子を被りなおして、モニターに映る白き天使を見つめながら声を紡ぐ。

 

「チャフ、フレア展開!こちらも敵も電子の目に頼る傾向がある!この距離ならば、自分の目で判断した方が早い!」

 

まずは小手調べ。

 

バーフォードが行うのは、相手の目を潰すことだ。それは、メビウスライダー隊を率いていたクラックスの頃から、変わらずに受け継がれている基本戦術。

 

Nジャマーというジャミング作用を持つ兵器の登場で、この戦争の兵士の武器となるものは騎馬戦を行っていた中世時代まで退化ーーーしたわけではない。

 

Nジャマーといえど、強力なジャミング、核分裂反応を強制的に飽和分解する機能を持つ化学物質にしか過ぎない。

 

つまり、抜け道は探せばあるのだ。

 

特に無難なものが、高濃度レーザー回線またはレーザー標準システム。その値を持って目的の場所に攻撃を仕掛けることができる。通信回線も制限は受けるが、使えるものは使える。

 

Nジャマーはあくまで広範囲のジャミング。

 

局地的な扱いには向いていないのは、この戦争の中で誰もが理解し始めているだろう。

 

 

故に、バーフォードはそれを逆手に取った。

 

 

「あの動き、ナタルはどう思う?」

 

そんな彼を相手取るマリューは、ドミニオンの動きをつぶさに観察しながら、軍帽の奥で鋭い眼光を滾らせる。

 

彼は言った。

こちらの資質を見極めると。

 

ならば、それに答えずして何が艦長か。マリューの思いが伝わっているのか、ナタルの顔も真剣そのものであった。

 

「バーフォード艦長は、接近型の対艦戦闘戦術に長けています。迂闊に距離を詰めればこちらが不利になるかと」

 

彼女自身も一軍人として、バーフォードの迅速な指揮と的確な状況判断、必要とあれば味方艦の残骸すら敵を嵌める罠に使う大胆さに尊敬を抱いている。

 

バーフォードが得意とする間合いは、「乱戦」だ。情報は錯綜し、身近なデータも目まぐるしい速度でアップデートされていく距離でこそ、彼の先読みの目が活かされる。その距離は絶対の間合いだ。無策で飛び込めば即座に擦り殺されるだろう。

 

アラスカから飛び立った際ーー自らも地球軍から離反すると決めたあの日から、ナタルもマリューもあらゆる事を想定した艦戦シミュレーションを行って来た。

 

そのたびに、彼女らが最も警戒を想定する相手がバーフォードなのだ。起こることはないと思いながら想定していた相手が、目の前に立ち塞がっている。

 

「ここは相手の挑発に乗らずに座して待つべきです。相手は攻め、こちらは守り。誘いには乗らずに距離を取り、電子戦を逆手に取ったローカルな戦いを展開した方が良いと、私は具申します」

 

「そうね。あの人のことです。確実に電子の目も潰しに来る。各員、自動照準はセミオートへ!貴方たちの目が頼りになるわ!浮遊するデブリに気を付けて!」

 

方針は決まった。マリューの一声でCICを担当する全員が、オートマチックからセミオートへと切り替える。

 

手順が簡略化されたアークエンジェルだからこそ、「ローカルな戦闘」が弱点となる。

 

自動迎撃?自動照準?自動操舵?

 

そんなもの、電子の目とそれを担う標が無くなれば何の役にも立たない。それが失われ、自分たちが何もできなければ、この船は無駄に人を詰め込んで、宇宙を漂うただの棺桶と成り下がるだろう。

 

故に、このブリッジにいるクルーの全員がその弱点を理解しており、対空迎撃、ミサイル迎撃、レーザー照射装置と、各々が担当する装備の弱点を無くすために訓練を重ねている。

 

《クサナギも出るぞ!出港後、最大戦速!アークエンジェルの左舷に付く!》

 

アークエンジェルから一足遅れて、発艦準備が整ったクサナギもメンデルの港から出てくる。マリューはすぐに通信に応じ、キサカらに迂闊に追わず、こちらは防衛に徹するよう説明していく。

 

「艦長!アークエンジェル、及び不明艦1、港口から出て停止。進路グリーン94、マーク3、ブラボー」

 

そんなアークエンジェルの動きと変化を、バーフォードはその鋭い観察眼と、マリュー達には無く、自身にはある圧倒的な戦闘経験と勘から、彼女らが何を企ているのかは大体予想ができた。

 

結果としても、勇ましく前進してくると予想された二隻は、まるでこちらを待ち構えるようにある程度進んでから、すっかり停止しているのだ。

 

「勇ましく出ず、守りに徹するか。なるほど、こちらに警戒して前に出ることを早々に絶ったか、ラミアス艦長」

 

すでに彼女の前では何度か戦術を見せてはいるし、彼女への教育や知識の共有を兼ねて、何度かこの戦術の有効性と打開力の高さを説明したことはある。向こうがそれを警戒してくるのは必然であっただろう。

 

しかし、それを踏まえての戦術だ。

 

「プラン25、想定ケースは6を適用する。行けるな?ニック」

 

さて、とバーフォードが切り出した言葉に、副官を務めるニックは数秒のズレもなく頷いて切り返した。

 

「アイアイ、キャプテン!プラン25、想定ケース6!ミサイル発射管6番から10番、スレッジハマーの終端誘導を自律制御パターンBにセットして装填。照準、オレンジアルファ17から42まで、5ポイント刻みの射角で発射。発射後はコリントスを装填!同時に転進!」

 

ニックの指示が淀みなく遂行されるドミニオンは、火の付いていないスレッジハマーを存分に吐き出した後、大きくその機体を転進させる。

 

それは攻め立てようとしていたメンデル、ひいてはアークエンジェルとクサナギに大胆にも背を向ける行為に他ならない。向こうで驚くマリューを尻目に、ドミニオンは何の躊躇いもなく、浮遊するコロニーの残骸であるデブリ郡へとその姿を覆い隠していった。

 

「進路インディゴ13、マーク20チャーリー、機関最大!」

 

「バーフォード艦長、そんな明後日の方向にミサイルを撃ってどうするんです?」

 

航路の指示を出すバーフォードに、アズラエルは不思議そうに問いかけた。

 

彼がやってることは、見る側からすれば敗走とも捉えられぬ行為だ。それでアークエンジェルを討ち取るというのか。ビジネスマンであるアズラエルの素人目から見ても、バーフォードの行為は不思議でならない。

 

そんなアズラエルに、バーフォードは航路図と周辺の磁場観測の結果を見つめる。

 

ドミニオンが突入したデブリは、停滞しているわけではない。メンデルを含めたL4コロニー郡の、重力場によって生まれた流れに沿って移動するデブリだ。たとえアークエンジェルが座して待とうとも、彼らが望む、望まざるに関係なく、このデブリ郡は直にメンデルのあるポイントへ流れていく。

 

その情報を確かめたバーフォードは、ニヤリと笑みを浮かべてアズラエルの問いかけに答えた。

 

「艦戦とは詰め将棋のようなものです。相手には情報を錯乱させ、こちらは正確な情報を握る。つまりは敵の裏をかくんですよ。アズラエル理事」

 

 

////

 

 

「敵は1隻だ、エンジン部を…うわ!」

 

バーフォードの読みは的中する。

 

「なんだ!?」

 

「解りません!いや…何かケーブルの様な物が船体に!」

 

まず最初に被害にあったのは、流れてきたコロニー外周部の残骸だ。

 

外周部から伸びるさまざまなワイヤー、たとえば電線、たとえば通信用配線、たとえば空気を送るための配管と、上げればきりがない設備が外周部には詰め込まれている。

 

その残骸からワイヤーが、まるで無数の足のように伸びまわり、それがアークエンジェルの斜め後ろ側にいたクサナギの船体へ絡みついたのだ。

 

「引きちぎれ!」

 

「出来ません!」

 

めいいっぱい出力を上げてみるものの、クサナギの出力ではコロニー全体の送電を支えたワイヤーを引きちぎることは叶わない。

 

ハッとキサカが横をみると、デブリの残骸がメンデルの下側へと流れ始めていた。その小さな残骸はアークエンジェルにも、クサナギにも少なからずの影響を及ぼすことになる。

 

「アサギ、船体に何か絡んだ。外してくれ!」

 

「了解!」

 

カガリの問いかけに答えたアサギは、書き換えたばかりの宇宙用OSでアストレイR型を操作しながら、船体に絡みつくワイヤーの元へと急いだ。

 

 

////

 

 

「クサナギ!」

 

『よそ見をしてる場合かよ!!』

 

その様子を見ていたアスランの前に、オルガの操るカラミティが立ちふさがる。

 

ワイヤーに絡みとられたクサナギを見ることなく、オルガはアスランとの戦いを第一優先とする。ビームという極光の連射に、アスランは思わず引き下がった。

 

「くうっ!」

 

肩の傷が痛むことを歯を食いしばって耐えながら、アスランは目の前の戦闘に集中する。

 

隣を見れば、クロトのレイダーとシャニのフォビドゥンを相手取って、キラのフリーダムが苦しげな立ち回りを強いられているのが見えた。

 

『シャニは横から回り込め!俺はこっちだ!』

 

オルガからの適切な指示で、三人は前衛から後衛へ、攻めから守りへ切り替わる。その驚くべき正確なコンビネーションは、機体性能では上回るはずのフリーダムとジャスティスを翻弄した。

 

『てりゃああああ!!撃滅!!』

 

「このぉお!!」

 

レイダーから放たれた鉄球を受け流しながら、キラは叫んでビームサーベルを腰から引き抜く。こうも乱戦になっては、取り回しに制約があるビームライフルよりもこちらの方が対応しやすいからだ。

 

キラはカラミティから放たれるビームの嵐を、シールドとビームサーベルの磁場反応を利用しながら相殺していく。

 

《身軽になったみたいだね!ラリー!》

 

その裏側では、宇宙用の装備に切り替わったリベリオンと、軽量されたホワイトグリントが、宇宙に交差のリボンを描きながらぶつかり合っていた。

 

「リークか!お前のしつこさは堪らないな!!」

 

リベリオンの装備は地上で使っていたものではなく、完全に宇宙用として開発された専用のものだ。地上の装備など、残りの3機をテストするための急増品にしか過ぎない。

 

リークは背中から肩へ貫き出てきてるビーム砲のレンジを調整しながら、ターゲットにホワイトグリントを映し出して、ニヤリと往年の戦友へ邪悪な笑みを浮かべた。

 

《そっちこそ!!》

 

放たれたビームは線ではなく巨大な球の形をしていた。まるで柔らかいゴムボールが高速で投擲されたように、緩やかな楕円をしたビームはラリーの元へも迫る。

 

当たってやるつもりはないーー!!

 

ラリーはすぐさまホワイトグリントのスラスターを吹かしてその光球を躱す。そして次の瞬間、ラリーのコクピットは閃光に照らされることになった。

 

 

////

 

 

「さてと、どうしたものかな。既に幕が上がっているとは」

 

ふむ、と顎に指を添えるクルーゼは、始まってしまっている戦闘の光を見つめながら、顔につけた仮面の奥で思考を巡らせていた。

 

「エターナルの他に4隻。一つは足つき、オーブ軍のものです。交戦している相手の地球軍側は1隻のようですな」

 

ヴェサリウスの艦長であるアデスも、考えをこまねいている様子だった。議長閣下のオーダーは、エターナルとそれに関わる艦船の捕捉、可能であるなら鹵獲もしくは撃破といった、なんという横着さと無茶振りであった。

 

しかし、彼のクルーゼに対する信頼は厚い。このヴェサリウスやクルーゼにオーダーが来たのも、議長の意思と信頼があってこそなのだろう。

 

「ともあれーーこうも状況が解らぬのでは手の打ちようがない。私ともう一人で潜入し、まずは情報収集にあたる」

 

「隊長、自らですか?」

 

クルーゼの言葉に、アデスは「あ、これはダメなやつだ」と直感的に理解しながらも、形式的と化した問いをクルーゼに投げかける。すると、彼はいつもと同じような笑みを浮かべて答えた。

 

「ああそうだ。それに戦闘となればセラフの新装備のテストにもある。アデス、ヘルダーリンとホイジンガーはここを動くなと伝えろ」

 

そう言って、ブリッジの床を蹴って通路へと飛んでいくクルーゼ。彼の笑顔。

 

ヘリオポリスの時、クライン嬢捜索の時、低軌道会戦、そしてアフリカ、オーブ、と。

 

その全てに流星が絡んでいるときに見せる笑顔だ。きっとあれが、本来の彼の笑顔であり素顔なのだろう。ああなると自分の言葉程度では止まらない。

 

そんなアデスの憂鬱をどこへやら、クルーゼは耐圧服に着替えるために更衣室に向かいながら、自分の宿命の場所であるメンデルのことに思いを馳せ、ゆるかな笑みを浮かべた。

 

「コロニーメンデル。やはり忌むべき遺恨は断ち切れぬ、か。しかし、上手く立ち回ればこの遺恨にも片が付く…」

 

《隊長のセラフが出るぞ!随伴機は、ハーネンフースを!》

 

更衣室の前にたどり着いたあたりで響いたアデスの艦内放送を聴きながら、クルーゼは「わかってきたじゃないか、アデス」とニヤリと笑みを浮かべながら、その扉をくぐっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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