ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

170 / 213
第162話 ボアズ、進攻

 

 

月面基地、プトレマイオス基地の会議室に集まった地球軍高官たちは、今や主力軍隊の中枢部で権力を掌握していたウィリアム・サザーランドの提案した作戦書を眺めながら、顔をしかめていた。

 

「Nジャマー・キャンセラーのデータを手に入れたというのは見事です、サザーランド大佐。しかし…プラントを核で総攻撃というのは…」

 

一人の高官が、おずおずといった様子で口を開いた。その控えめな言葉に席の中央ーーまるで議長席のような場所に座るサザーランドの顔がぴくりと反応した。

 

「それよりも深刻となっている地上のエネルギー問題の解決を優勢させた方が…」

 

そう言ってもう一人の高官が続くと、他にも何名かの軍閥の人間が同意するように、サザーランドの作戦に難色を示した。

 

彼らの受け持つ場所は、今もなおエイプリルフールクライシスによって打ち込まれたNジャマーによって、深刻な経済危機に陥っており、その地に住む住人たちは、糧食を得るためだけの労働に従事するばかりだった。

 

だが、そんな懇願するような高官たちの言葉を、サザーランドは嘲笑うように一蹴する。

 

「何を今更仰っているのですか、この期に及んで」

 

それは常人の言葉の音色ではなかった。サザーランドは戸惑いに染まる高官たちを見渡しながら、さらに言葉を重ねた。

 

「撃たなければ撃たれる。撃たれれば我々は終わりだ。敵はコーディネーターだぞ!徹底的に、壊滅的な打撃を与えねば、あの野蛮人どもはどこからともなく現れ、我々に牙を向くのだ!」

 

エイプリルフールクライシスでNジャマーを打ち込んだのは誰か?そもそもNジャマーを作り出したのは誰か?そもそも、目先の困窮よりも自分たちはその根源を絶たなければならない。それは必要であり、絶対だ。揺るぎはしない。サザーランドは張り上げた声を落ち着かせて、緩やかに高官たちを見渡す。

 

「それに、すでに我々がもう前にも撃ったのだ。それを何で今更躊躇う?」

 

「あれは君達が…」

 

それでもなお、反対しようとする高官の一人へサザーランドが手をあげると、控えていた地球軍の士官が、乱暴に高官を立たせて会議室から引きずり出して行った。その様子を見て、賛同していた誰もが閉口した。

 

「わからない人たちだ。核は持っていて嬉しいただのコレクションじゃない。強力な兵器だ。兵器は使われてこそ、その真価を発揮する。高い金かけて作ったのは使うためだろう?」

 

抑止力と昔は言っていたが、撃ってしまった以上、その力は使わずにして意味を為さないのだ。その言葉に誰も反対しないことに満足したサザーランドは、満を待して自身が提案した作戦を発令する。

 

「第六ならびに第七機動艦隊は、月周回軌道を離脱。プラント防衛要塞ボアズ、及びプラント本国への直接攻撃を開始する!」

 

飛び立っていく艦隊を展望室から悠然と眺めるサザーランド。すでに彼の目には人としての道理など写っていなかった。底知れぬ憎悪と、怒り。その全てが孕んだどす黒い目と、笑みを浮かべて、艦船の光点を見つめたのち、副官が呼びにきたことにより、彼もまた自艦であるアガメノムン級艦、シンファクシへと足を向かわせていく。

 

「さあ。さっさと撃って終わらせるとしようーーこんな戦争は」

 

その先にある、自分の思うままの世界を夢見て。

 

 

////

 

 

「エターナル、発進!推力最大!」

 

バルトフェルドの号令で、飛び立ったメビウスライダー隊へ随伴するために、エターナルも最大船速でL4コロニー群から離脱を開始していく。フリーダム、ジャスティスのミーティアと、VOBに付いて向かえるのは、この艦隊の中でもエターナルしか居ない。

 

「行っちゃいましたねぇ、バーフォード艦長」

 

飛び立っていったリークやオルガたちを見送ったアズラエルが隣に立つバーフォードへそんな声をかける。すでに彼らは遥か彼方。目で追っていても、周りに瞬く星光と変わらない光点となってしまっていた。

 

「アズラエル理事。今回の戦い、私の勝ちです」

 

「はい?」

 

ふと、沈黙していたバーフォードがそんなことを呟く。思わず聞き返してしまったアズラエルに、彼は珍しく笑みを浮かべ、くたびれた帽子を脱ぐと星の大海を見据えた。

 

「見たまえ」

 

バーフォードが指差すのは、メビウスライダー隊が飛んで行った行く先だ。すでに星空となった場所。そこを見つめて、バーフォードは笑みを見せる。

 

「彼は飛び立った。白き流星の如く。彼らが宇宙にある限り、私たちに敗北はない」

 

その言葉と共に、どこかで一人の光が流れた。それはアズラエルが見た幻なのか、それとも本当に流星だったのか、それは定かではない。だが、そんなこと、アズラエルたちにとってはどちらでも良かった。

 

たしかに、この宇宙には流星がいるのだ。

 

「ですね。信じましょうか、我々が信じた流星の力を」

 

なにせ、悪党の僕を認めさせたんだ。簡単にはおちませんよ?そう言ったアズラエルにバーフォードは帽子を深く被りながら頷く。ブリッジから見える隣に並んでいたアークエンジェルがゆっくりと進み出した。

 

「アークエンジェル、発進します!」

 

「ドミニオン、発進」

 

マリューとバーフォードの声に応えて、二隻は加速していく。その後方に待機していた艦艇も次々とエンジンへ火を灯した。

 

「クサナギとヒメラギもあとに続くぞ!」

 

「モントゴメリより各艦、防衛陣形!主力艦に指一本触れさせるなよ!」

 

オーブ艦隊、そしてコープマン大佐とジョージ・アルスターを乗せたモントゴメリを旗艦にした防衛艦隊もアークエンジェルの前に出るように艦隊へ加わる。残っているのは、ハルバートン提督のメネラオスと、地球軍、ザフトの混成艦隊だ。

 

「メネラオスも発艦します。良いですな?提督」

 

「うむ、全艦発進!目標、プラントへ!」

 

メネラオスを始めた艦艇も、第三波として出撃していく。今の地球軍でも、ザフトでもない勢力。アークエンジェルから始まった同盟ーーいや、三隻艦隊は、その足を地球軍の凶刃が迫るボアズへと向けた。

 

「食い止めるぞ!こんな馬鹿げた戦争を終わらせるために!!」

 

ハルバートン提督の声に、その場にいる誰もが同じ気持ちでそれぞれの艦の指揮を取るのだった。

 

 

////

 

 

《作戦コード、レッジオックワン!展開フォーメーションはシシリアン3。以後、指示はゴーメンガスト暗号によって伝達される。全機、ナチュラル共の細胞を真空にぶちまけてやれ!》

 

プラントは混乱の中にあった。まだ先だと予想されていた地球軍の総攻撃が、かなり前倒しとなって今や総力と言える地球軍艦隊がボアズに向けて進行していると言うではないか。

 

エザリア・ジュールも急すぎる報告を受けてすぐにプラント最高評議会へと足を運んだ。そこにはすでに報告を受けて集まった議員たちがおり、その誰もが驚愕と困惑の表情に染まっている。

 

「ボアズへの侵攻が始まった?!」

 

「ザラ議長閣下!」

 

「狼狽えるな!!!」

 

動揺が広がる議員たちへ、パトリック・ザラは一際響く深い声色で一喝した。静まり返った議員たちを一瞥し、パトリックはすぐさま左右に控えているザフト軍高官へ声をかける。

 

「月艦隊のボアズ侵攻など想定外のことではなかろう!全軍への招集は?」

 

「完了しております!」

 

「報道管制!」

 

「は!既に」

 

「状況を詳細を報告しろ」

 

パトリックの声から、議員たちは冷静さを取り戻していく。そうだとも。想定はしていたのだ。宇宙に上がったナチュラルどもがプラントに攻め入るには、まずはボアズを抑えなければどうしようもない。

 

ボアズを制圧したのち、彼らは最終防衛ラインであるヤキンドゥーエへ進行していくるだろう。ただ、まぁ上手くいけばの話だがーー。

 

『ナチュラルどもめ!こんなちゃちな人形で!』

 

『ボアズ守備軍を舐めるなよ!』

 

先鋒として展開された地球軍のモビルスーツ部隊を、新型のゲイツで蹂躙していくザフト軍。だが、数で勝る地球軍は、力量はわかったと言わんばかりに大量のダガー隊をボアズへと送り込んでいた。

 

「敵艦、左翼に展開!ムーア隊、チェリーニ隊より支援要請」

 

「砲火を左翼に展開させい!支援にはネール隊を!中央はどうなっているか!」

 

「アイザー隊が防衛しております!」

 

「ネール隊、発進は五番ゲートから!進路クリア!発進よろし!」

 

ボアズの司令室も、地球軍の物量に驚きを隠せずにいた。複雑な反応も熟れるザフトのモビルスーツに比べ、地球軍のモビルスーツはひとつひとつの脅威度は低い。だが、数は膨大だ。防衛網ひとつでも空きがあれば、まるで蟻のように群がって蹂躙してこようとする。数に飲まれれば、ザフトとは言えひとたまりもない。

 

「このボアズ、抜けるものなら抜いてみろ!思い上がったナチュラル共め!」

 

たが、ここはボアズ。プラントの防衛網の要だ。そう易々と明け渡すつもりもないし、地球軍よりも宇宙はこちらのテリトリー。負ける道理も、譲る道理もありはしない。現に地球軍の数の暴力を、ザフト軍は見事に耐え切って見せていた。

 

「議長閣下。ボアズ突破が容易でないことくらい、地球軍とて承知のはず。何の勝算もなしに侵攻を開始したりはしますまい。今踏み切った、そのわけが気になります」

 

そこでひとつの疑問が、評議会の中で起こった。なぜこうも前倒しで地球軍は総力戦を仕掛けてきたというのだろうか?計算では、地球軍の全戦力が集結しているとも考えにいく。

 

「戦局を急いだか、それとも、何か別の理由が…?」

 

パトリックの不穏な呟き。その時はまだ誰も気付いていなかった。誰もが「まさか」と思っていたことを、地球軍が実行しようと画策していたことに。

 

////

 

《インディゴ13、マーク66、ブラボーに新たな機影!》

 

ボアズへの攻撃が膠着状態となり始めた頃合い。ザフトのパイロットたちにも疲労が出始めた時に、司令室のオペレーターが反応を感知した。近くのエリアにいたローラシア級が反応に応じて応戦態勢に入ったが、敵の速さは他のモビルスーツの群を抜いていた。

 

《モビルスーツです。数4!クルーゼ隊より報告があった例の部隊かと!》

 

ジンとゲイツの混成部隊が前線へ出ると、すぐさま宇宙に白い光が瞬く。迎え撃とうとしたザフトのモビルスーツ残骸を跳ね除けながら、4機のモビルスーツはローラシア級へ迫った。

 

《その後方!アガメムノン級4、距離500!》

 

ローラシア級を手早く蹂躙した四機は艦艇を縫うような戦闘機動を繰り返し、船が燃え上がったのを確認すると、再び密集体型となってボアズへ飛び立つ。

 

「なんだ?新手か?」

 

そう言って迎え撃とうとしたジンの頭部、脚部、そして最後にコクピットを刺突で貫いた機体、シュープリスは特徴的な頭部の複眼を輝かせて周りにいる三機へ通信をつなげる。

 

『各機。目標は指示通りだ。我々の任務は神の鉄槌をボアズに打ち込むこと。それの邪魔をさせんことにある!』

 

『やれやれ、まぁ仕事はしますよ』

 

『存外、ザフトもこの程度ということね』

 

『この機体のデータも貴重だしな』

 

その四機はサザーランドにとっての虎の子の部隊とも言えるし、実験的な部隊とも言えた。要は使える機体にはしているが、大事に扱うつもりのない部隊といったところだ。

 

彼らも洗脳教育や若干の投薬処置によって強化されている半強化人間と言っても差し支えないのない存在。エクステンデッドと比べたら劣化品といってもいいほど。だが、戦場で兵器と使えるなら使う。それだけの金を掛けているのだから。

 

「うわぁぁ!」

 

防衛網のザフトモビルスーツへ切り込む四機を眺めながらサザーランドは特に何ら感情を浮かべていない顔つきでふむと顎先へ指を遊ばせる。

 

「露払いとしては役に立つか。存外、まだまだ使えるようだな。黄色部隊も」

 

そう呟くサザーランドへ、ホアキンはまるで家臣のような素振りで頭を下げた。すると、シンファクシのオペレーターが席を立ち上がってホアキンへ報告した。

 

「ワシントンより入電です!我!進路確保したり!」

 

よぉし、とサザーランドが笑みを浮かべた。そうだとも。ボアズを制圧するつもりなんてない。ただ一箇所、防衛網に穴を開かせれればいいのだ。サザーランドは立ち上がると、手を正面のボアズへ指し示した。

 

その悪魔の号令を発しながらーー。

 

「道は開いた!ピースメーカー隊発進させい!」

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。