ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第169話 いくつもの光を重ねて 5

 

 

 

声が聞こえる…。

 

遠くから…声が…聞こえる。

 

風が吹いている。

 

嵐のような風が。

 

吹き荒れる風が、その声を遠のけていくようにも思えた。

 

だが、聞こえてくる声はその嵐に屈せずに近づいてくる。

 

一歩。また一歩と。

 

嵐の中にいる自分の元へと歩み寄ってくる。

 

声が聞こえる。

 

はっきりとした声がーーー

 

「ーー大尉…ボルドマン大尉!!」

 

くぐもった声に呼び起こされたように、シュープリスのコクピットの中でベルリオーズーーーアイザック・ボルドマンであったはずの男は目を覚ました。

 

コクピットは酷い有り様で、計器類は幾つかは生きてはいるが、機体装甲とモニターが連なるハッチは溶断されたような爪痕が付いている。おかげで隙間から深淵の宇宙は見えるが、正面のメインモニターは完全に死んでいた。

 

「ああ…やっぱり…貴方だったんですね…大尉…」

 

そんなハッチをこじ開けて自身の心配をしてくれていた人物、トール・ケーニヒは敵であるはずのシュープリスの横へメビウスを横付けし、さらにこちらの機体にしがみ付いているではないか。

 

そういう彼の顔もまた、敵に向けるものではなく、心から心配するような眼差しと、どこか後悔を抱いた目をしている。

 

その様子を見たベルリオーズはボロボロになったコクピットへ視線を落とし、しばらくの沈黙を保った。

 

「俺はーーアイザック・ボルドマンではない」

 

はっきりと、分かりやすいように努めたつもりだ。その単調な言葉に、トールの顔は驚愕に染まる。

 

「違う!!貴方はたしかにーー」

 

洗脳なのか?それとも薬物を投与されたから?それとも何かしらの方法で操られているのか?幾つもの選択肢がトールの中で乱立し、声を荒立たせる中で、ベルリオーズは戸惑うトールに向かって掌をかざした。それはまるで、全てを拒絶するようでーー。

 

「…そう言う意味じゃない。俺は、アイザック・ボルドマンだった……ただの残骸だ」

 

そう。この肉体は違えることなくアイザック・ボルドマンのものあったが、すでに魂は抜け落ちているーー抜け殻だ。

 

ソロモン諸島で受けたモルガンの余波の影響で失った左半身の大部分を人工臓器と義手に挿げ替えられている。

 

魂は失っても、この肉体に宿る技術に目をつけたブルーコスモスの研究者達によって、ベルリオーズは生まれ落ちた。

 

肉体にかすかに残った残光から生み出された残骸の精神だ。

 

魂とも言えないものに縛られて、朽ちていくことも許されない。この世のすべての傷みと苦痛を味わってきた。そして今も、苦しめられ続けている。

 

「記憶を植え付けられようと…アイザックの記憶がフラッシュバックしようと…俺はもう彼ではない。彼は死んだ。だから、俺はそれの残骸なんだ」

 

くぐもった声でそう声をこぼすベルリオーズに、トールは悲しげに目を伏せた。

 

「大尉…」

 

きっと、きっと大丈夫。ベルリオーズが洗脳されていたら、ラリーやみんなで何とかできるはず。そんな根拠もない想いに突き動かされてきたトールの思いは崩れ去った。

 

わかってしまうのだ。彼がーーベルリオーズが言ってることが真実だということ。きっと、彼の体のどこにもアイクはいない。

 

彼はたしかに、ソロモン諸島で死んだのだ。

 

ーー泣くな、少年。

 

その言葉にトールはハッと顔をあげる。そこには、バイザーの奥で微笑むベルリオーズが居た。

 

「君の知る男はここには居ない。だが、誇れ。お前は強かった。俺は分からなくても体が覚えている。それに、俺が負けたのだからな」

 

そういうと、彼はトールを突き放す。コクピットハッチに手を添えていただけのトールは、自身のメビウスの方へと突き飛ばされて無重力の中に浮かんだ。

 

「大尉!!なにを!?」

 

がむしゃらに手を伸ばすが、突き放された力によってトールはベルリオーズからどんどん離れていく。最後に見たのは、ベルリオーズが何かの言葉を口にした光景で、それはトールの耳に届くことはなかった。

 

けれど、聞こえたような気がした。

 

〝生きろ、生きてお前の使命を果たせ〟

 

そう聞こえたような気がした。

 

ベルリオーズは、両サイドのサブモニターでトールがしっかりとメビウスに辿り着けたのを確認すると、ボロボロになったコクピットを操作し、唯一生きているスラスターを吹かし、トールを残して飛び立つ。

 

「ただの残骸でしかない俺だがーーそれでも、成すべきことはわかっている」

 

もう、焦がれるような気持ちは無い。

 

不思議と、あれだけ執着していた帰る場所への思いは湧いてこなかった。いや、帰れたのかもしれない。そう思って、ベルリオーズは小さく笑う。

 

彼が向かう先ーーそれは、黄色部隊の母艦であった。アガメムノン級宇宙母艦、シンファクシ。真っ直ぐと向かう彼をオペレーターは補足していた。

 

『艦長!前方より友軍機の反応ーーシュープリスです!』

 

『おめおめと逃げ帰ってきたのか?』

 

そう言うホアキンの声を通信から聞いて、ベルリオーズはスロットルを引いた。片方のスラスターを巧みに操り、ボロボロのシュープリスは速度を増していく。

 

「アイザック…お前のことはよく思い出せんが…これが正しいんだよな」

 

そう呟いて、ベルリオーズはゆっくりとライフルの銃口をシンファクシのブリッジへ向けた。

 

『なっ…ロックされています!!』

 

悲鳴のようなオペレーターの声に、ホアキンとサザーランドは思わず席から立ち上がる。すぐそこにシュープリスが迫っているが、同時にこちらに飛来する閃光も垣間見えた。

 

『馬鹿な!施術は完璧だったはず…!撃ち落とせ!!あんな役立たずなど…!!』

 

シンファクシの大口径を誇るゴットフリートとイーゲルシュテルンが火を放つ。弾幕を躱す余裕なんてない。シュープリスは徐々に削り取られ、構えていたライフルも吹き飛んだ。コクピットもロクに作動しないため、ベルリオーズは衝撃でコンソールに頭を打ち付ける。

 

バイザーにヒビが入り、空気が抜けていく。

 

「俺は残骸でしかない…だから。だからこそ、俺がお前たちを連れて行く…!!」

 

ベルリオーズは止まらなかった。薄れゆく意識をなんとか繋ぎ止めて。肩で押せなくなったスロットルを両手を使って押し込む。なんとか保っていたスラスターも火を拭いて、イーゲルシュテルンの弾核がシュープリスの頭部を吹き飛ばした。

 

だが、充分だ。ベルリオーズは残った片腕を上げて、銃口を前に突き出したままブリッジへと突っ込んでいく。

 

「ぐぅ…うおおおおーー!!!」

 

シュープリスの構えた銃は先端部からブリッジへ突き刺さり、オペレーターたちを幾人か押しつぶしてーーーそして、サザーランドの目の前で止まった。

 

『馬、馬鹿な!私が!私がこんなーーこんなぁあああーー!!!』

 

地獄の底のような銃口を前にして叫んだサザーランドは、打ち出されたライフルの閃光によって体を粉微塵に吹き飛ばされる。連射された弾はブリッジを即座に燃やし、ホアキンもろとも爆発の炎に焼かれた。

 

炎に包まれていくシンファクシ。そのブリッジに腕を突っ込んだまま、ベルリオーズは酸素欠乏により、意識を手放しかけた。

 

その時だった。

 

 

 

 

〝どうだい?俺の教え子は、強かっただろ?〟

 

 

 

 

声が聞こえた。後ろから肩に手を置かれ、穏やかな口調でそう言う〝誰か〟。

 

ベルリオーズは自分以外、誰もいないコクピットで振り返る。

 

「ああ、強かったよ…アイザック」

 

彼は満足したような顔を浮かべてそう答えた。シュープリスもまた、シンファクシの放つ炎に包まれてゆきーーその姿は白き世界へと旅立っていくのだった。

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要
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