ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第171話 破滅の声

 

 

「取り舵いっぱい!ロール角、左35、全速!宙域を離脱!」

 

第八艦隊の先遣隊であるネルソン級ライオットの艦長は、迫りくる高熱源を目の前にしながらも賢明な指揮を執った。バーフォードからの通信を受けて、味方艦隊をザフトが退く方向と同じように舵を切らせる指示を執り、自身の艦は殿として残り、飛散していくサザーランド指揮下の艦隊へ呼びかけを続けていた。

 

そんな彼の船がジェネシスの火に焼かれたのは、あまりにも不運であった。

 

「うわぁあああ!!」

 

サザーランド指揮下の艦隊の大多数と、退避し損ねた第八艦隊の先遣隊の一部を飲み込んだ宇宙の火は、その閃光を遥かに伸ばしてゆき、やがて一閃となって消え失せる。

 

「こんな…」

 

「父上…!!」

 

キラとアスランが目にした残骸はあまりにも酷いものだった。高熱…いや、もっと別の何かに焼かれた船は姿を保ったまま焼け爛れており、そこには生命の痕跡など何一つとして残っていなかった。

 

無数の稲妻を内包したような光は、その威力を存分に見せつけて宇宙を割いたのだ。

 

「ジェネシス、最大出力の60%で照射」

 

「敵主力艦隊は半数が撃破されました」

 

ヤキンドゥーエの司令室の中で、パトリックは提示されたデータを見て満足そうに座席に体を預ける。

 

たった60%。

 

それだけで、首を失ったヒドラの体を残すことなく消し去る兵器を、自分たちは有しているのだ。別のところから生え変わる隙すら与えない絶死の光。その極光を見つめる彼の思考は、すでに取り返しが付かないほどの狂気に飲まれていた。

 

「流石ですなザラ議長閣下。ジェネシスの威力、これ程のものとは」

 

そんな彼の隣で、ノーマルスーツ姿のクルーゼは呟く。シホを行かせたまでは良かったが、まさかヤキンドゥーエの防衛に名指しで駆り立てられるとは思いもしなかった。

 

そんなクルーゼの言葉に、パトリックは自慢げな声を出して答える。

 

「戦争は勝って終わらねば意味は無かろう」

 

そう言って視線をモニターに戻すパトリックを、クルーゼは何ら感情がない目で見つめていた。

 

ジェネシスになど、興味はない。

 

それがクルーゼの本心だった。

 

あんな大量殺戮兵器に何の美学があり、なんの理念があるというのだ。憎しみの果てを体現したような兵器に、クルーゼの心は動かされることはない。別にジェネシスが破壊されようが、ヤキンドゥーエが壊滅しようが、知ったことではない。

 

ただ、戦っている相手にラリーが居るなら話は別だ。

 

彼があの閃光の先にいると言うなら、必ずここに来る。必ず、この兵器を破壊するために全力を注いでくるだろう。メビウスライダー隊も、みんなみんな、必ず来る。

 

それを思うだけで、さっきまで無音だった心に火が灯る。

 

最高の舞台ではないか。最高のシチュエーションではないか。シホだけを行かせたのはなんたる僥倖!!

 

ジェネシス。

 

世界を破壊しうる力を持った兵器。

 

それを破壊せんとする白き流星。

 

世界をかけた運命の戦い。

 

 

 

 

 

 

ならば、やることは一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はその前に立ち塞がろう。

 

彼の道を阻み、彼の行手を遮る者として立とう。私を倒さねば世界は滅ぶ。私を倒さねばラリーが守ろうとしていたものが全て台無しになる。

 

素晴らしいじゃないか!

 

ああ、なんとも素晴らしい!!

 

まさに命をかけるに値する戦いだ。そうだとも、自分とラリーの戦いに終止符を打つには世界をかけるなど容易いことだ。世界を救うためにこちらに挑むラリー。

 

ああ、なんと官能的で素晴らしいことか!!

 

クルーゼは落ち着きがないのを悟らせないように掌を握りしめ、そして離すことを繰り返す。

 

そう、すべてはそのための道具。すべてはそのため瞬間を感じるために利用する道具。

 

パトリックも、ジェネシスも、コーディネーターとナチュラルのいがみ合いも、憎しみ合いも、この戦いを織りなす、すべてがラリーと自身の戦いに決着をつけるための余興だ。

 

さぁ。

 

早くこい、ラリー・レイレナード。

 

世界の命運をかけて、早く来い。

 

私は、その行手を阻む者として、君を待とうではないか。

 

薄暗いヤキンドゥーエの司令室の中で、クルーゼはマスクの下でほくそ笑む。

 

はやく来い。はやく来い。はやく来い。

 

その狂気に満ちた心を噛み殺して、クルーゼはこの戦いの行く末を見守るのだった。

 

 

////

 

 

《ヘラズドビッツ!応答せよ!》

 

《LSSをやられてるんだ!緊急着艦の許可を!》

 

あの閃光は…!!バーフォードは隊列が乱れる第八艦隊からの通信を聞きながら、目の前で起こった出来事を勤めて冷静に分析する。

 

あれは間違いなく、ヤキンドゥーエの後方から現れた巨大建造物から放たれたモノだ。つまり、ザフトからの攻撃。規模からするに、核を打たれることに対する抑止力に近い何かなのだろう。

 

「艦長…サザーランド指揮下の艦隊が…」

 

「浮き足立つな!残存艦の把握急げ!」

 

オペレーターからの弱々しい声を一喝して、バーフォードは隊列を立て直すことを優先する。ここで浮き足立てば相手の思う壺だ。

 

「クルック、及びグラント、反応ありません!」

 

「第八艦隊にも損傷が出ています!」

 

くそ!あまりの状況の悪さにバーフォードは普段見せない苛立ちを顔に貼り付けながら帽子を深くかぶる。

 

その影響力は離れているプラントにも及んでいた。

 

「シーゲル様!!」

 

港口から通路に至る照明が不規則に光点を瞬かせていた。シーゴブリン隊に護衛されるシーゲルは揺れに足を踏ん張りながら、外部端末から送られてきたジェネシスの姿を見て戦慄する。

 

「パトリックめ…なんというものを!!」

 

あの光。自分の考えが正しいのなら、ジェネシスの大元に関わる部分にシーゲルが大きく関わっていた。

 

外宇宙を探査するために開発を進めていたソーラーセイル装置。

 

それを太陽光ではなく核をエネルギー源としたなら、外宇宙に飛び立つために蓄えられるエネルギーは一気に増大し、それは死の光となって放射することも可能になるだろう。

 

そんな予想をすぐさま考えてしまうコーディネーターの情報処理能力をシーゲルは今になって疎ましく思えた。

 

「シーゴブリン隊!議事堂の制圧急げよ!」

 

「シーゲル様、ハルバートン提督、アスハ代表はこちらへ!我々から決して離れないで下さい!!」

 

とにかく今はアプリリウス市の議会を制圧するのが先だ。シーゲルたちはシーゴブリン隊に続いて道を急ぐ。あの光を武器を使わずに防ぐ手立てを、自分たちは持っているのだ。

 

ならば、ここが自分たちの戦場だ。ハルバートン提督やウズミも、先をゆくシーゲルに続いて議事堂への道を急ぐ。

 

時は、一刻の猶予すら残されていない。

 

 

////

 

 

「信号弾撃て!残存の艦隊は現宙域を離脱!本艦を目標に集結せよ!」

 

バーフォードが広域通信で呼びかける中、ヤキンドゥーエ司令部にいるパトリックが、ジェネシスの炎の前に狼狽るザフト兵に向かって演説を開始した。

 

《我等勇敢なるザフト軍兵士の諸君》

 

後方にいたアークエンジェルも事態の深刻さに驚きを隠せずにいた。エターナルにいるバルトフェルドも叫ぶ。

 

「ラミアス艦長!こちらも一旦退くしかない。モビルスーツ全機呼び戻せ!」

 

「バーフォード艦長!」

 

「全機帰還!敵の新兵器だ!情報が何もわからん以上、下手に手を出すわけにもいかんぞ!」

 

「ブラックスワン隊、帰還せよ!メビウス隊もだ!」

 

矢継ぎ早に出されていく指令。そんな混乱状態の中でも、驚くほどに戦闘は続いていた。

 

《傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない。プラントに向かって放たれた核、これはもはや戦争ではない!虐殺だ!》

 

「ふざけやがって!!」

 

「あの兵器…何だったんだ!?核か!?」

 

ヒメラギとクサナギに帰還するM1アストレイ。この混乱の中だ。指揮系統が作動しているだけでも奇跡的と言えた。

 

《このような行為を平然と行うナチュラル共を、もはや我等は決して許すことは出来ない!》

 

前方にナスカ級!そう叫ぶサイの言葉に反応して、マリューはすぐに艦長席に腰を下ろした。

 

「アンチビーム爆雷発射!」

 

「取り舵40!」

 

「ローエングリン1番2番、敵の先鋒を狙え!発射と同時に取り舵80!てぇ!」

 

どうやら相手はこちらを逃すつもりは無いようだ。ナスカ級とローラシア級の砲撃を掻い潜りながら、アークエンジェルとドミニオン、クサナギとヒメラギは、ほかに生き残った船を後ろへ下げるために防衛網を構築していく。

 

『うおぉぉ!よくも再び核など!』

 

ボアズ宙域では、戻ってきたザフトのモビルスーツによる残存兵狩りが始まっていた。指揮系統が麻痺したサザーランド指揮下のダガー隊にアリのように群がるザフトのモビルスーツ隊。

 

『ひぃい!やめろ!こちらには武器がっーー!!』

 

そんな地球軍の兵士の声など届かずに、ゲイツのシザーアンカーによってコクピットは砕かれ、臓物を撒き散らしながらパイロットが果てていく。

 

「止めろ!戦闘する意志の無い者を!」

 

「くっ!お前たちはまだ足りないと言うのか!」

 

その光景を見たキラとアスランは、撤退すらおぼつかないダガー隊を守るように出て、襲いくるザフトのモビルスーツ隊相手に立ち回っていく。

 

「ええい!」

 

「止めろ!地球軍はすでに戦力を失ってるんだぞ!?」

 

武器すら持たずに敗走する地球軍。それを討たんと追うザフト。こんなモノ、もはや戦争ではない…!!狂気に満ちた戦場の中ーー。

 

『邪魔をするな!ナチュラルめ!!』

 

「くっ!!」

 

一機のジンが、アスランを背後から急襲する。抜かった…!!アスランが衝撃を覚悟して歯を食いしばった時。

 

ビームの一閃がジンの下半身を貫いた。

 

「キラ!アスラン!撤退だ!」

 

現れたのはホワイトグリント。ラリーは、本来の姿となった自機を駆って、キラとアスランの前に出る。

 

「ラリーさん!!」

 

飛来するビームを、失った小型シールドのかわりにビームサーベルで切り払いながら、ラリーは後ろにいるキラに向かって声を出した。

 

「お前ら二人と三兄弟は消耗が激しい!殿は俺とリークがする!」

 

すると、ホワイトグリントの手首を高速で回転させて、ビームサーベルを回転させるラリー。簡易的なビームシールドとなったそれは、迫るザフトの閃光全てを跳ね除けていく。そんなラリーの前方では、オルガたちと分かれたリークが、ビームランチャーを使って次々とザフトのモビルスーツを戦闘不能に追いやっていく。

 

 

 

 

 

《新たなる未来、創世の光は我等と共にある!この光と共に今日という日を、我等新たなる人類のコーディネーターが、輝かしき歴史の始まりの日とするのだ!》

 

そんな混乱する戦場の中、パトリックの演説は宇宙を揺らし、ヤキンドゥーエのパイロットたちも、その言葉に酔いしれた。

 

《プラントの為に!ザフトの為に!》

 

そうやって声を上げるザフトを背中に、アークエンジェルやラリーたちは、なんとかギリギリのところで撤退することに成功するのだったーー。

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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