ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第180話 閃光の刻 5

ヤキンドゥーエ司令室。

 

ラリーとクルーゼの戦いが苛烈を極める中、パトリック・ザラも大いなる局面を迎えようとしていた。

 

「議長!射線上にはまだ我が軍の部隊が!」

 

鮮血を散らしながら宙に浮かぶ同胞の死に困惑しながらも、側にいたオペレーターは声を荒げて議長に制止を呼びかけた。

 

ジェネシスの照射角度は、向かいくる地球軍の脇を自軍を巻き込みながら進み、そして地球に到達する射線をとっている。

 

このまま撃ってしまえば、月からの部隊が到着した瞬間に形勢はひっくり返ることになる。そうなれば、ここはもちろん、プラントも無傷では済まされない。

 

そんな言葉に耳をかさず、パトリックは憤慨したように入力し終えたパネルへ手を叩きつけ、制止しようとしてくるオペレーターに向けて、再び拳銃を向けた。

 

「勝つために戦っているのだ!皆、覚悟はあろう!」

 

その瞬間、司令室へ繋がるメインゲートが大きな音を立てて吹き飛んだ。爆発による衝撃で、暗闇の中にあった司令室の光が点滅する。

 

爆煙と衝撃波によろけたザフト兵たちの隙をついて、司令室へシーゴブリンの兵士たちが一気に雪崩れ込んだ。

 

「ーー父上!!」

 

その先頭にいたのは、アスランだった。

 

アサルトライフルの銃口を構えたまま突入したアスランは、同胞に銃を向けていた父を見つけて、すぐさまそばへと降り立ち、ライフルを構える。

 

「アスラン!?」

 

驚愕に染まるパトリックの顔。アスランの背後には同じく銃を構えたカガリも降り立ち、驚きを隠せないパトリックの顔を見つめている。

 

(あれが…アスランの…)

 

そんな考えを起こす間も無く、シーゴブリン隊の隊長が議長を取り囲むように兵士を配置し、各所の制圧体制へと入った。

 

「全員動くな!これ以上の犠牲は不毛だ!今すぐにヤキンドゥーエ、およびジェネシスを停止させろ!これはもう、戦争などではない!」

 

席から立ち上がろうとする者が幾人かいたが、カービンライフルを構えた兵士たちに睨まれたらどうしようもない。凄んだ体をゆっくりとおろしていく。その様を見て、パトリックの怒りは頂点に達した。

 

「何をしている!侵入者を撃退しろ!」

 

怒号を響かせるが、それに答えられる者は居ない。誰もが手を上げて静観する中、パトリックは大きな舌打を打って、拳銃を構え続けている。周りにいる兵士や隊長の手にも力がこもった。

 

「本気なのですか、父上!本気で地球を!!」

 

緊張感に溺れそうになる中で、アスランは悲痛な顔をしたまま心に従って声を上げる。信じたくはなかった。この後に及んでもーー父の愚かさを、直視する勇気がなかった。

 

そんなアスランの淡い思いを、パトリックは狂気を孕んだ目つきで踏みつぶした。

 

「ああ、そうだ!この愚か者め!ナチュラルなどという下等な種族がいる限り、戦争が終わらんのだ!」

 

「それは理屈だ!あなたの独りよがりな!!母を失った気持ちは俺もわかります!けれど、今あなたがやろうとしていることは道理も大義もない、ただの怨念返しだ!!そんな思いに、世界を道連れにしようなど!!」

 

ぐっとライフルを握る手に力がこもり、応じるようにパトリックもアスランに向かって銃を向けた。カガリが叫ぶ。父と子がーーー銃を突きつけ合うなんて…あってはならないんだと。

 

「撃たねば終わらんのだ!!滅さねば!!」

 

それでも、パトリックの思いは変わらない。滅さなければならない。全てを奪ったものを。私を置いて行った者たちを。全てを討ち滅ぼさなければーーこの苦しみが永遠に続く。そんな強迫観念に取り憑かれたまま。

 

彼の目には何も写っていない。写るのはーー暗黒の世界だけだ。

 

「撃ってはいけない!本当に全てを壊すつもりですか!本当に…!!」

 

その闇へ沈もうとする父を、アスランは手を伸ばして掴もうと足掻いた。闇に落ちてはーー戻れなくなる。何もできない。何もーー!!

 

だからーー俺はーー!!

 

「奴らが撃ったのだ!!撃たなければならん!!アスラン!!」

 

「父上ぇぇーー!!」

 

乾いた銃声が響いた。薬莢が無重力の中へと排出され、司令部の薄暗い光に反射しながらくるくると舞う。

 

「がっ…」

 

倒れたのはーーー父だった。

 

そしてーーーアスランは撃たなかった。

 

撃鉄が降りていない銃を手に、アスランは茫然と崩れ落ちていく父を見つめた。

 

「アスラン・ザラ」

 

アスランの隣に出たシーゴブリンの隊長。彼はスモークバイザーをクリアモードにし、年輪と深みを持った顔でアスランを見つめた。

 

彼がパトリックを撃ったのだ。硝煙が上がる拳銃をおろして、隊長はアスランの構えているライフルに手を置く。そのライフルは微かにだが震えていた。

 

アスランを見つめて、隊長は優しい声と温かな手を持って震えるアスランに言葉を紡ぐ。

 

「どんな理由があっても、親殺しは君の心に大きな傷を落とす。君は、あの男を撃ってはならないんだ」

 

そう言われて、アスランは初めて自分の心の傷に気づくことができた。震えていた手を今になって実感すると、構えていたライフルを投げ捨てて、後ろへとへたり込む。真っ青な顔で宙に身を投げたアスランを、カガリがしっかりと受け止めてくれた。

 

その様子を見てから、シーゴブリン隊の隊長は声を荒げてヤキンドゥーエ司令室の全ての人員へ言葉をぶつける。

 

「ここにいる全員に告げる!直ちにジェネシス、ヤキンドゥーエを停止させよ!司令部は我々が制圧した!これに従わない場合、武力を持って君たちを制圧する!」

 

反抗する者も、抗議する者も居なかった。誰もが項垂れて声を出さない。全ての兵士たちがその言葉を受け入れた瞬間だった。すぐさまヤキンドゥーエ宙域へ停戦信号弾と、攻撃中止命令、撤退命令が勧告される。

 

アスランは預けていた体をなんとか立たせて、宙に浮かんでいる哀れな父のもとへ向かった。

 

「撃て…ジェネシ…我等の…世界を奪っ…報い…」

 

肩と足。赤く染め上げられた痛々しい傷痕。うわ言のように呪詛を刻む父に、アスランはかける言葉が見つからなかった。

 

「…父上」

 

「アスラン」

 

後ろに付き添うカガリにもかける言葉が見つからない。そんなアスランの肩をシーゴブリン隊の隊員たちが叩いた。

 

「急所は外してる。大丈夫だ…助かってもどうなるかわからんが…今は、な」

 

「ありがとう…ございます…!」

 

アスランが震える声でそういうと、メディック班がパトリックの体に応急処置を施し、手足を拘束して無重力の中を連行していくのだった。

 

 

////

 

 

ヤキンドゥーエ防衛隊も、目まぐるしく変わる状況を飲み込めずにいた。流星隊にこっぴどくやられた経験がある第一分隊は、突っ込んでくる流星隊の猛威に押されて、攻撃が少ないエリアへと後退し、後方支援に回っていた、

 

『て、撤退なのか?』

 

ゲイツに乗るジュリア大尉が、戸惑った様子で通信回線を飛ばした。隣にいるジンを操るホワキンや、副隊長も不安を隠せていない。

 

『隊長!』

 

『本部!命令を!』

 

急かす部隊の声を遮りながら、司令部へ通信を投げるが、さっきから応答がない。まさか、さっきの流星隊にーー。

 

そんな不安が頭をよぎった瞬間、ジュリアが悲鳴を上げる。ハッと顔をあげたら、ジンと地球軍の量産機、そしてオーブのモビルスーツに周囲を包囲されていた。

 

「退きなさい!これ以上の戦闘は無意味よ!」

 

アストレイ・タイプRに乗るアサギが声を発すると隊長の言葉に従ってヤキンドゥーエ防衛隊は手に持っていた兵器や火器をすぐに捨てて、投降信号を発した。

 

「アークエンジェル!」

 

戻ってきたムウも、ヤキンドゥーエを制圧した報告をまだ受けていない。

 

「キラ君達は?」

 

「東側の敵を撤退させている!」

 

キラはフリーダムで、トールはメビウスとブラックスワン隊を引き連れて散り散りになったザフトのモビルスーツ部隊を撤退させて行っていた。

 

「ヤキン・ドゥーエは放棄されたのですか?ジェネシスは!?」

 

戦場の混乱はまだ終わっていないが、事態は収束に向かっている。そう、誰もがそう思っていたーーー。

 

 

////

 

 

《総員、武装を解除し投降を。非戦闘員は16番港へ指示に従って行動を願います。抵抗はやめてください、これ以上無意味な争いを我々は望んでいません!繰り返します!》

 

ヤキンドゥーエ内部に流れる放送に従って、武装解除したザフト兵や負傷兵、非戦闘員がシーゴブリンの隊員たちに監視されながら退避用のランチへと乗り込んでいく。

 

司令室の制圧も完了し、各方面への撤退命令が順調に行われている最中だった。

 

「こ、これは!」

 

父が触れていたコンソールを見たアスランは、目をむいてパネルを高速で操作し始める。その様子を見たシーゴブリン隊やカガリも彼の元へと集まっていく。

 

「どうした!?」

 

凄まじい集中力で解析を進めるアスランの顔がどんどん歪んでいき、最後のロジックを解除したと同時に、顔を怒りに染めて、拳をモニターに振り下ろした。

 

「ヤキンの自爆シークエンスに、ジェネシスの発射が連動している!!」

 

「ええ!!」

 

「なんだと!?」

 

解除はできないのか!?と問いかける隊長に、アスランは首を横に振った。メイン回路がジェネシスの発射シークエンスへ直結で繋がれていた。ヤキンドゥーエのメイン動力を落とせば、ジェネシスの発射は食い止められるが、自爆までの時間があまりにも短いのだ。

 

自爆までの残り20分。おそらく、父は撃たれる前にはすでにシークエンスを開始させていたのだろう。

 

今からヤキンドゥーエ最深部の動力源に向かったとしても、自爆前にたどり着けるかも怪しい。

 

「くっそー!ええい!こんなことをしても戻るものなど何もないのに!!」

 

そこまでやるのか…!!アスランが言い表せない心の痛みと怒りに震える中、シーゴブリン隊の隊長はすぐさま通信回線をオンラインにしてマイクに向かって声を荒げる。

 

「ーー総員、脱出する!艦隊へ救護艇を回すように通達を!あるだけ全部だ!おい、貴様ら!」

 

そう声をかけたのは、まだ部屋の中に残っていたザフト兵の面々だ。隊長は銃すら構えずに彼らの元へと飛んでゆき、ヘルメットのバイザーをあげる。

 

「この施設は自爆する!武器を捨てて、助かりたいものは俺たちと共に来い!3分以内だ!」

 

そう言った隊長に、シーゴブリン隊の面々はわざとらしく驚いたような顔をして隊長にわざわざ聞き直す。

 

「全員ですか!?」

 

そう言った隊員に、隊長は笑みを浮かべて頷く。

 

「当然だ!俺たちはもうごめんだ!見捨てるのも、切り捨てるのも!!」

 

アラスカ、パナマ。もうあんな卑劣な行為は許さない。シーゴブリン隊のメンバーも同じ思いだ。隊長の指示に従って、ザフト兵たちも銃を次々と捨てて司令部から脱出していく。

 

「アスラン!私たちも…アスラン?」

 

カガリがコンソール前にいたアスランを連れ出そうとしたがーーーそこにはすでにアスランの姿は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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