ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第17話 流星

 

 

 

「フラガ大尉!!待ってください!レイレナード中尉が!!」

 

キラは掴まるムウに向かって叫んだ。どうしようもないと頭でわかっているのに、心が拒絶しているように感じた。

 

サブモニターに映る純白のラリーのメビウスはどんどん離れていく。ラリーが対するのは、4機のモビルスーツ。それも苦戦するほどの手練れが乗った新兵器だ。

 

いくらラリーが凄腕だと言っても、4機の新型モビルスーツを相手にして、ただで済むはずがない。メビウスの輪郭が見えなくなり、遠くで光が瞬くのが見える。

 

何も答えないムウに歯がゆい気持ちを抑えきれずにキラは再び叫んだ。

 

「フラガ大尉!」

 

「今他人の心配してる状態じゃないだろ!!それに、奴はこんな簡単に落とされる奴じゃない…!!そんな奴じゃないんだ!!」

 

その声には、今までどこか飄々としていた雰囲気は無かった。ギリっとムウはメビウス・ゼロの操縦桿を握りしめる。キラと同じように、ラリーが残った事実に納得できていない心を、ムウは歯を食いしばって抑え込んでいたのだ。

 

絞り出すような声に、キラはそれ以上何も言えずに、くたびれた体をシートに預けることしかできなかった。

 

「それにまだデカいのが残ってる。お前は早く後方に戻れ!リークが準備して待ってる!」

 

「…ベルモンド少尉が?」

 

一体何を準備しているのだろうか?

 

そんな疑問よりも、キラはただ一人で殿に残ったラリーの身を案じるのだった。

 

 

 

////

 

 

G兵器との戦いは、なんとかこなせる。

 

そう思った俺の目論見はあまりにも甘かったことを思い知らされた。

 

『くそー!!なんなんだよコイツはー!!』

 

『どけ!!俺はキラを!!』

 

宇宙を乱反射するように迸るビームの閃光。迫るミサイル。バルカン砲。どれもが俺の駆る機体を叩き落とす危険性があり、どれか一つでも直撃すれば俺の命などあっさりと刈り取られてしまうものだ。

 

「ぐっ…あーくそ、あっはっは!!今日で死ぬのかな俺。モビルスーツ…しかもG兵器4機にどこまでやれるのか…」

 

殿に出た以上、撤退の二文字はない。

 

しかし、4機の連携はまさに苛烈だ。取り付く島もない。一機の背後を取れば、すぐにでも横槍が飛んでくる。しかも隙を見せれば敵は逃げたストライクやアークエンジェルを追うだろう。

 

こんな中では、時間稼ぎすら至難の業だ。

だが、やらねばならない。

 

やらなければ、あとが無くなる。

 

自分自身にも、クラックスにも、アークエンジェルにも。

 

「まぁこうなったら最後まで足掻いてみるか!」

 

俺は後のことを考えるのをやめた。

 

推進剤?そんなもの知ったことか。

 

こうなったら意地だ。俺は持ち前の生き残ることへの執着心と集中力に全てを注ぐ。弾薬と俺の体が耐えられるまで、とことんやってやる。

 

付いてこれるか?ザフトの赤服たちよ

 

 

////

 

 

地球軍のモビルアーマーと、こちらのモビルスーツ隊の戦いが始まってしばらく。状況を解析するヴェサリウスのモニターには、未だに健在のモビルアーマーの反応と、それに苦戦するモビルスーツの様子が鮮明に映し出されていた。

 

「なにをやってる!たかがモビルアーマー1機に!」

 

艦長のアデスは、エンジンが仕留められたことと、これまでの失態が重なり苛立ちのピークに達していた。

 

いくら流星と言えど、モビルアーマー1機がモビルスーツ4機に勝てるはずがない。

 

そんなことはあってはならないのだ。

 

だが、アデスの苛立ちは募るばかりで、モニターの反応は今もモビルスーツが翻弄され続けている様子が写っている。

 

「素晴らしい…これが、本物か」

 

「は?」

 

隣にいる仮面を付けた男、クルーゼの呟きに、アデスは思わず間抜けな声を上げてしまった。クルーゼはその呟きをしまったというふうに誤魔化して、無重力の中を緩やかに漂った。

 

「いや、なんでもない。しかし、彼らでは落とせんよ。あの機体は」

 

クルーゼの言葉に、アデスは信じられないというような目をした。さっきまで流星を落とすことに躍起になっていたというのに、一度狙った獲物は逃がさないという言葉を体現するクルーゼが、そんなことを言うなんて…。

 

「しかし、モビルアーマーですよ…?」

 

アデスの言葉を、クルーゼは首を横に振って否定する。彼には確信があった。あれは落とせない。たとえ自分でも、誰であろうと、生半可な覚悟ではアレを落とすことは叶わないだろう。

 

それでも納得できないアデスに、クルーゼはひとつ例え話をした。

 

「君は、モビルスーツで流れ星を撃ち落とせると言うのかね?」

 

その言葉に、アデスもヴェサリウスのクルーの誰も答えることはなかった。

 

 

////

 

 

ストライクを牽引するメビウス・ゼロは、アークエンジェルの下へは向かっていなかった。

 

いや、アークエンジェルの反応を感知できる距離までは戻ってきていた。問題は、予定していた到着時間より大幅に遅れていると言う点だ。本来なら、もうアークエンジェルのハンガーに着艦する準備に入っていたはずだ。

 

「フラガ大尉、アークエンジェルに向かってたんじゃ…」

 

不安げに言うキラの声に、ムウはニヤリと笑みを浮かべて答えた。

 

「ここが俺の目標位置だ。ランデブー開始まであと10秒…来た!」

 

キラのモニターに、光が映る。アークエンジェルから近づいてくるその光は、リークが操るメビウスだ。

 

「ベルモンド少尉!」

 

「リーク!よくやった!時間通りじゃないの!」

 

「ハリー技師やみんなのおかげですよ。キラくん!今から指定座標を送るからそこで待機してくれ。同調速度は200だ!」

 

途端に、メビウスは反対方向ーーつまり、ラリーが孤軍奮闘する宙域に向かってゆっくりと加速し始める。キラはモニターから、リークのメビウスの変化に気がついた。

 

下部のレール砲とミサイルが取り外され、代わりに作業アームのようなものが取り付けられている。そして、そのアームが抱えるものは…

 

「それは…!」

 

「君へのプレゼントだよ。ドッキングシークエンスに入る!」

 

キラのストライクと、リークのメビウスが重なる。彼がアークエンジェルから運んできた物は、力をなくしたストライクを再起させるものだった。

 

 

////

 

 

『なにをしてる!さっさとストライクを追わないか!』

 

『追おうとしているんだが…このモビルアーマーが!』

 

仲間に怒鳴り散らすイザークも、それに文句を言いつつ反論するアスラン達も、目の前で起こる現実を信じられなかった。

 

当たらない。

 

4機で攻め込んでいると言うのに、攻撃が一切当たらないのだ。

 

「う…ぐぁあ…!!ッハァーーッ!!」

 

ラリーの描く軌道は、戦いの数を重ねていくごとに無駄がなくなり、そして洗練されていった。同時に、その躍動にも一種の制約があった。

 

モビルアーマーを動かす以上、出撃から会敵までの燃料、そして交戦する燃料、最後に帰還するための燃料を考えなければならない。

 

燃料を多く消費するラリーの機動は無意識のうちに抑制的になり、その機動力には枷が嵌められていた。

 

そして、今のラリーは帰還する燃料のことを考えるのを止めた。

 

メビウスのエンジンと、オプションで取り付けられたサブブースターをフル稼働させて、宇宙に流星を描く。いくらビームライフルを放とうが、いくらミサイルを放とうが、その流星を捉えることは叶わず、宙の藻屑へと帰していく。

 

「ミサイル分離…待機タイマーセット…起爆距離セット…弾頭調整良し…」

 

上に旋回してる最中に、ラリーのメビウスが懐に抱えていたミサイルを次々と投下するように切り離していく。ミサイルは火を噴くことなく宇宙を漂っている。

 

『逃げ回るのが辛くなって身軽になろうってか!?』

 

ミサイルの重量分を無くして、機動力を増そうとしているのかとイザークは推測し、焦りをにじませる。これ以上、動き回られたら厄介この上ない。

 

『次は落とす!』

 

イザークは後方から追従するディアッカと連携してラリーを落とすことを考えた。頭部に備わったイーゲルシュテルンで牽制し、ディアッカのビーム砲で始末をつけるつもりだ。

 

イザークのデュエルの頭部が火を噴くと同時に、ディアッカが狙撃体勢に入る。その時、二人を見ていたニコルが異変に気がついた。

 

さっきまで漂っていたミサイルが消えているのだ。

 

『ディアッカ!はっ!?』

 

切り離された二発のミサイルの内の一発は、狙撃体勢で無防備になったディアッカのバスターに。

 

そしてもう一発は、状況の管理に徹しようとしたニコルのブリッツにだ。

 

「そこぉっ!!」

 

ミサイルの衝撃と同時に、バスターとブリッツを射線軸に捉えたラリーの機体から、HEIAP弾が放たれる。高速機動からのゼロ距離射撃は、二機を完全に捉えた。

 

『うわぁ!!き、機体のエネルギーが!?』

 

HEIAP弾の衝撃を受けた途端、まだ余力があったはずのブリッツのエネルギーが一気に危険域まで削り取られた。

 

フェイズシフト装甲は、一定のエネルギーを消費することにより、物理的な衝撃を無効化する効果を持つが、その一定エネルギーが過剰な電力消費を生ませることもある。ラリーが放ったHEIAP弾は、フェイズシフト装甲の破壊はならずとも、装甲の電力消費を大きく発生させるには充分な威力を発揮した。

 

『まじかよ!!当ててくるのかよ!?』

 

ディアッカの乗るバスターも、ブリッツと同じ状況に陥っていた。2機のエネルギーはもう危険域に達している。

 

『まさか、乗ってるのはコーディネーター…とか』

 

泣き言のように零すディアッカの言葉に、イザークは苛立ちを隠しもしないで怒鳴りつけた。

 

『ふざけるな!!たかがモビルアーマーごときに遅れを取るなど…!うわぁ!』

 

バルカン砲越しのHEIAP弾がデュエルに命中し、イザークはくるくると宇宙を舞う。

 

しかし、それがラリーにとって最後の抵抗だった。

 

「HEIAP弾、残弾ゼロ。バルカン砲も使い切った。ミサイルもない。推進剤も…ダメか」

 

さっきからメビウスのコクピットはアラームで溢れかえっていた。ギリギリまで追い込んで、追い詰めて、絞り出したモノも、さっきの攻撃で全て尽き果てた。

 

もうアークエンジェルに帰る余力も残っていない。いや、慣性飛行ならたどり着けるかもしれない。アークエンジェルがその場で待っていてくれたのならば。

 

『コイツゥ!!』

 

イザークが負け惜しみに放ったビームが、メビウスを掠める。しかし掠めるだけでも此方には大ダメージだ。計器が更に警報を搔き鳴らし、出力がみるみる落ちていくのが分かった。

 

ちっ…エンジンに当たったか。

 

ラリーは心の中で毒づく。スロットルを回しても、フットペダルを踏んでも推力が保てない。さっきまで軽やかに飛んでいた流星が、失速していく。

 

『落ちろ!!モビルアーマー風情が!!』

 

トドメとデュエルがビームライフル下部に備わるグレネードランチャーを構えた。なけなしのバッテリーを使ってコクピット内にレーダー照射を伝えるアラームが光る。わずかに見えた光が、最後に見る光景のように思えた。

 

ここまでか…!!

 

だが

 

俺はまだ…

 

死にたくない…!!

 

気がつくと手は勝手に動いていた。自動ドッキング用に残っていた補助スラスターを手動に切り替えて、ラリーの機体が僅かに反転する。デュエルの放ったグレネードランチャーが、ラリーのメビウスの脇を紙一重で通過したと同時。

 

遥か後方から白と赤のエネルギーの帯が走った。

 

ビームライフルを構えたデュエルの腕が閃光に巻き込まれ、フェイズシフト装甲もろとも、みるみると溶解して爆散した。

 

フェイズシフト装甲を破れる武器は限られる。ということはーー。

 

「間に合ったか…!」

 

「うわぁああああああ!!!!」

 

キラの雄叫びと共に、ランチャーストライカーに換装したストライクがラリーを後ろから追い抜いていく。

 

「これ以上、やらせるもんかー!!!」

 

イザークの驚愕に見向きもせず、キラはラリーの機体を守るように立ち回り、ランチャーストライカーに備わるアグニを連射していく。

 

『引け!イザーク!これ以上の追撃は無理だ!』

 

『何ぃっ!?』

 

『アスランの言うとおりです。このままだとこっちが危ない!』

 

『くっ!凶星"ネメシス"め!こんな結果…俺は認めないぞ…!』

 

ストライクのアグニに耐えかねたのか、右往左往していたG兵器群が離れていく。それを見送ったあと、ラリーはストライクの背中を見て、堪えていた全てを手放してシートに深く座り込んだ。

 

間一髪だった。

 

だが、メビウスライダー隊のメンバーや、キラが計画通りに事を進めてくれた。

 

今回の生還と成功は正にチームワークの賜物。

 

そしてこれが成功したと言うことは、キラ自身にもチームに対する何かが目覚めているはずだろう。

 

不安は無くなった。キラは間違いなく、自分の仲間だ。

 

ラリーはその安堵感を噛み締めながら宇宙を漂うのだった。

 

 

////

 

 

「敵、モビルスーツ群、離脱しました!」

 

オペレーターのその言葉で、アークエンジェルとクラックスのブリッジが沸き立った。何人かは立ち上がってガッツポーズをし、生き残ったストライクや、メビウスライダー隊に賞賛を送っている。

 

その中で、ナタルもマリューも、信じられないものを見たせいで軽い放心状態に陥っていた。

 

自分たちが極秘に開発したG兵器。

 

能力も、機能性も、現存するどのモビルスーツよりも優っているはずだった。

 

にも関わらず、ライトニング1であるラリーは、その全てを相手取り、互角…いや、それ以上の戦いを繰り広げた上に、生還したのだ。

 

奇跡…そんな簡単な言葉で片付けていいものではない。彼の操るメビウスの動きは、まさに流星。誰をも寄せ付けない機動と軌跡を描いて飛ぶ、真っ白な流星だ。

 

誰もが絶望視した戦いで、彼はまぎれもない勝利を掴んだのだ。

 

《はぁー、なんとか乗り越えましたな》

 

驚愕する二人を見て、ドレイクはにこやかに笑ってそういった。さも当然のように、さも彼が成し遂げることを知っていたかのように。

 

「バーフォード艦長、ありがとうございました」

 

マリューは慌てて敬礼をし、見事に護衛艦の役目を貫いたクラックスのクルー全員に感謝を述べる。その感謝を、ドレイクは手で柔らかく制して言葉を綴った。

 

《ここにいる誰一人が欠けても、成し得ない勝利でした。今は、共に生き残ったことの喜びを分かち合いましょう》

 

ドレイクの後ろにいるクルーも喜びを分かち合っていた。

 

マリューは思う。

 

彼らは、一体どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろうか。そして、メビウスライダー隊とクラックスを一介の部隊と軽視していた自分を恥じた。

 

彼らは強い。

 

自分が出会ってきたどんな軍人、どんな部隊、どんな艦隊であろうとも、彼らに勝る軍を、マリューは知らない。

 

クルーたちを窘める訳でもなく、共に生き抜いた喜びを分かち合うドレイクの姿に、マリューは再び、畏怖と尊敬を宿した敬礼を送るのだった。

 

 

////

 

 

《レイレナード機、着艦!!》

 

歓喜に沸くアークエンジェルのハンガーでは、作業員たちが忙しなく動き、ラリーのメビウスの着艦作業に従事していた。

 

クラックスにドッキングするためのサブスラスターすら使い切ったメビウス・インターセプターは、キラのストライクと、後から追いついたリークのメビウスにより牽引され、アークエンジェルへ帰投していた。

 

姿勢制御すらままならない状態であったメビウス・インターセプターは、ストライクの補助を受けて、なんとかアークエンジェルのハンガーに着艦したのだ。

 

「ラリー!!」

 

解放されたエアロックから飛び出したのは、ハリーだった。彼女はメビウス・インターセプターの前に降り立つと、開いたコクピットハッチをじっと見つめる。

 

「ハリー…」

 

いつもは見せないような、心身ともに疲れ果てた様子のラリーが、コクピットから這うように出てくる。ハリーはふわりと浮き上がって、棺桶のようなコクピットから出るのに苦労しているラリーの手を握って手伝った。

 

「機体、今回は無事ね…」

 

ラリーの体と、機体を一回り見渡して、ハリーは安堵のため息と共にそう言った。その言葉にラリーは、うげぇと顔をしかめる。

 

「そこの心配からかフツー。まぁそれもそうか、4機のG兵器とやり合ったんだ。生きてるのが不思議だわな」

 

我ながら不思議な気分だとラリーは笑った。

ふと、胸に何かがのしかかる。視線を下ろすとハリーが、彼の胸元に頭を預けていた。

 

「私、疑ってなかったから」

 

いつも強気な声色ではなく、とても弱々しく、消え入りそうな声で、ハリーは呟く。

 

「中尉は帰ってくるって…疑ってなかったから!」

 

それを言って、彼女は突き放すようにラリーから離れていった。彼女の去った軌跡には、無数の水玉が無重力の中を漂っている。

 

ラリーは自分の下にたどり着いた水玉をそっと握りしめた。

 

過去の作戦の中でも、何度か「あ、これ死んだ」と思うような事はあったが、今回感じたものはそれらの経験を遥かに上回る強烈な死の予感だった。

 

しかし、ラリーはその度に、その感覚に抗ってきた。死ぬものか。死んでたまるものか。生き残る。生き抜いて、使命を果たす。そう何度も自分に言い聞かせて、奮い立たせてきた。

 

今回は最後にそれが折れかけたが、体が自然と動いてくれたことで、生き残ることができた。偶然かもしれない。たまたま運が良かったかもしれない。だが、ラリーにとってそんなことは大した問題ではない。

 

自分は生きている。

 

生き残っている。

 

それこそが、自分の勝利だ。

 

生きていれば構わない。

 

それだけが、ラリーというパイロットを形作る全てだった。

 

 

////

 

 

「おーい!こらボウズ!」

 

機体から降りてしばらく休憩していると、ハンガーにマードックの怒声が響き渡った。何事かと彼を探すと、マードックはストライクのコクピット付近をガチャガチャといじっているのが見えた。

 

「あ?どうした?」

 

同じく帰還したムウや、ラリーを牽引したリークも、ストライクのそばで喚くマードックの側へと向かう。ラリーも勿論、二人の後に続いた。

 

「いや~、なかなかボウズが出てこねぇえんで…」

 

マードックの言葉を受けて、ラリーたちは顔を見合わせた。

 

「おやおや」

 

ムウがわざとらしく肩をすくませているのを、リークが咳払いをして黙らせた。

 

新人が戦場に出ると、たまに起きる現象だ。とくに、戦死者がでるような苛烈な戦いの後だと起こりやすい。リークは意を決したように、ストライクのコクピットハッチに手を添えて、優しく語りかけた。

 

「キラくん、聞こえるかい?」

 

《ベルモンド…少尉…?》

 

震えるようなキラの声が、その場にいた全員の耳に届いた。リークは口調を変えることなく、ゆっくりと伝わりやすいように話を続けた。

 

「もう戦闘は終わったよ。敵もちゃんと撤退した。俺も、ラリーも無事だ。大丈夫だ」

 

《僕は…僕は…》

 

それでも震えるキラに、今度はラリーがコクピットハッチに手を添える。

 

「キラ、またお前に助けられたよ。ありがとう」

 

「ほら、もう、とっとと出てこいよ。ドレイク艦長が食事を用意してるって言って待ってるぜ?」

 

最後に言ったムウの言葉を皮切りに、ストライクのコクピットハッチがゆっくりと開く。そこにはまだ荒い息でコクピットシートに座るキラの姿があった。

 

ラリーたちは全員で微笑んでキラを見た。

 

「お前も俺たちも死ななかった、船も無事だ。上出来だったぜ」

 

ウインクを交えたムウの言葉で、やっとキラの震えは止まった。

 

「あっ…ありがとう…ございます…」

 

そして、キラは震える手足でなんとかコクピットから這い出た。受け止めたリークがすぐさまヘルメットを脱がせ、ラリーとムウが両脇からキラの肩を支える。

 

「ラリーにもムウさんみたいに人を褒められる素養があればよかったのに」

 

「あーはいはい、どうせ俺は口下手ですよ」

 

いつもの軽口を叩くラリーとリークを見て、キラの表情は幾分か柔らかくなった。

 

アークエンジェルと、クラックスのサイレントラン。

 

傘のアルテミスへの入港まで、残り十分を切ったところだった。

 

 

 

 


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