ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第186話 ノスタルジア

 

「彼とは長い付き合いだったよ」

 

ヘリオポリス。

 

カレッジから少し離れた住居の中で、語り部を申し出てくれた人物は、杖をつきながらもしっかりとした足取りと姿で、訪れた私を迎え入れてくれた。

 

ソファに腰掛けながら懐かしそうに目を細める。

 

彼は、元ザフト軍のパイロット。

 

ヤキンドゥーエ戦役のあと、ザフト軍を退役した彼は、もともと専攻していたモビルスーツの慣性やAMBACに関する駆動部門の教授としてカレッジに勤めている。

 

杖をついているのも、苛烈な戦いであった2年前の戦争の後遺症なのだろうか。

 

そんなことを考える私をよそに、彼は楽しそうに語った。

 

「流星とは幾度と交えていてね。殺し合いをした相手に対して言い方は悪いが、彼のおかげで今の私があると言っても過言ではない」

 

彼は多くを語り、そして静かに言葉を伝えてくれた。この一年間で集めたこと。

 

例えば、流星は一人で100機近いモビルスーツを撃破しただとか、例えばモビルアーマーで狭いトンネルを縦横無尽に飛び回ったとか、例えばザフトで有名なエースパイロットを圧倒したとか。

 

証拠も確証もない眉唾物の話題ばかりだったが、ヘリオポリスで出会った彼の言葉には、言い表せないが心で理解できる真実があった。

 

「そうか…。私がここに来て、もうそんなに日が経つのか」

 

ふと、過去から今へと想いを戻した時、彼は不思議とそんなことを口ずさむ。

 

「私は、諦めていたのさ。戦いの中で何もかもを」

 

多くを奪い、多くを殺める戦いの中。見せつけられる人の罪や醜さを目の当たりにして、彼は心が死に、すべてを諦めていたという。

 

そんな時に、流星と出会った。

 

彼らとの戦いは、諦めていたものを取り戻すきっかけとなり、ただただそれに没頭した。それこそ、戦争による悲しみや、痛みすらも忘れてしまうほど。

 

そして、彼は流星に敗れたという。

 

「私は彼に生かされ、救われたのさ。戦いに負けたことによってね」

 

こればかりはパイロットの感性だな、と初老を迎えたと思わせる穏やかな顔で彼は笑う。

 

ふと、部屋の奥から女性が出てきた。彼女は私や彼ににこやかに微笑むと、いくつかの言葉を交わして部屋を後にした。どうやら夕食の買い出しに向かうらしい。

 

「妻だよ。ザフトを退役して、ヘリオポリスで結婚したんだ」

 

あの時の私では結婚なんて想像もできなかったがね、と彼は笑う。

 

流星との戦いの後、大破した機体の中で満足した死を受け入れようとしていたとき。地球に降りてから流星と戦うための機体を作り上げてくれたのが彼女だったらしい。地球から宇宙。彼女は全力を尽くしてサポートをし、そして大破し、漂流していた彼を迎えにきたのだ。それも作業用のポッドで。

 

「死を受け入れていた私を、必死に助けてくれた彼女を見てーー彼らとの戦いで見えた未来を少し、歩んでみたくなってね」

 

そう言って彼は、傍に立てかけられている写真を見つめた。そこには小さな教会で式をあげる二人の姿や、どこか綺麗な景色の中で仲睦まじく肩を並べる姿が写っている。

 

「さて、流星のことをこれ以上話すのはやめておこう」

 

ヘリオポリスの内部時間が夕刻を差した頃合いで、彼は急に言葉を切り上げて立ち上がった。

 

待ってください、まだ聞きたいことがーーそう言って同じく立ち上がった私に、彼は笑みを浮かべながら言う。

 

「君がそこまで求めるなら、会ってみるといい。場所なら教えよう」

 

そう言って彼は、メモ用紙へ走り書きで文字を記し、私へと差し出した。

 

「知るなら、真実を追うがいい。私はここにいるーーただの男だ」

 

私はカバンを持ち上げて、長く言葉を交わしてくれた彼へと頭を下げる。

 

〝もし、流星に会えたなら伝えておいて欲しい言葉はありますか?〟

 

ふと、そんな言葉が出た。彼と多くの戦いを重ねてきたからこそ、伝えたいこともあるのではないかと思ったからだ。

 

すると、杖を持って立つ彼は小さく首を横へ振った。

 

「伝える言葉などないさ。彼と私の戦いはもう終わっている。これからは、彼が見せてくれた道を歩んでゆくよ。すこしでもマシになった、この道をね」

 

その言葉を最後に、私はヘリオポリスから離れたのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

オーブ首長国連邦、オノゴロ島。

 

2年前の戦争の爪痕が色濃く残る決戦跡地。そこはすでに、各国の支援のもと元々繁栄していたモルゲンレーテの工場や港が復興の兆しを見せつつあった。

 

そのオノゴロ島南部に位置する基地。オーブ軍と地球軍が駐留するこの基地が、ヘリオポリスの彼が教えてくれた目的地であった。

 

入り口で検査や書類記入を終えた私は、目的の場所である一つの施設を目指す。

 

オーブ軍や地球軍に混じって基地に籍を置く民間軍事会社。

 

もともとビクトリアを拠点としていた彼らは、アフリカを転戦し、終戦後は戦力が落ちたオーブ軍に雇われて、今では戦闘機だけでなくモビルスーツも配備された、業界では大手となる企業だ。

 

受付に入ると、アポイントを取っていた約束通り、対応してくれる人物が待ってくれていた。

 

メガネをかけた優しげな担当者。アーガイルと名札が付いている。

 

「取材連絡していただいたジュネット氏ですね。お待たせしました。今回案内を担当させて頂きます、サイ・アーガイルといいます」

 

にこやかに名刺交換をしてくれた彼は、親切に施設内を案内してくれる。通路の外では、オーブ製のモビルスーツが複数並んでおり、その横には地球軍の戦闘機、スピアヘッドもいくつか配備されていた。

 

「本日は、パイロットへの取材…ということでしたよね?」

 

外の景色に気を取られていると、サイが確認するように言葉をかけてくる。

 

〝ええ、直接会ってみたくて〟

 

そう答えると、彼の顔は笑みから困ったような顔へと変わった。話によれば、何人かのパイロットはすでに空へと上がっていると言うのだ。

 

〝必要ならば待ちます〟

 

フライトとは言え、戻ってくるならばそう時間はかかるまい、待っても1日程度だろう。そう答える私に、彼は困った顔のまま、さらに上にいますと言葉を繋いだ。

 

そう、彼はーーー宇宙にいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

キャラデザイン

  • 他キャラも見たい
  • キャラは脳内イメージするので不要

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