地球連合軍が英知を結集して開発したG兵器。
そのパイロットとして着任する新兵5名を乗せた輸送艦の護衛として、俺はメビウスのコクピットに潜り込んでいた。
『どうだい、「流星」さんよ。前のミッションに比べたら楽なもんだろ?』
「ムウさん。その呼び名、勘弁してくださいよ。こっちも「エンデュミオンの鷹」さんって呼びますよ?」
『あーむず痒くなってきた。やれやれ、エースパイロットっていうのは楽じゃないねぇ』
着艦した輸送艦と並行する艦船。そのハンガー内で、俺は隣に鎮座する「メビウス・ゼロ」のパイロットであるムウ・ラ・フラガと言葉を交わした。
彼は今、部隊の隊長として輸送艦の艦長と最後のあいさつをし終えたばかりだ。
G兵器を操るパイロットたちの護衛任務。それが今回、俺やムウが所属する部隊に告げられた任務だった。
たしかに、前回の非武装なおかつ非支援下で敵情偵察を行う任務より、今回の護衛任務は遥かにマシだ。
二隻のザフト艦がこちらをトレースしてるとはいえ、ヘリオポリスの港に入るまでは実に穏やかな航路であった。
敵が現れなければ、こうやって艦船のハンガー内でだべれるし、なにより衣食住に申し分ない。寝られる場所と、決まった時間にちゃんとした食事さえあれば、天国だろう。
そんな言い草に、通信機越しで、ムウやこれまで共に戦ってきた隊の面子がこぞって頷いては、笑い声を上げた。
////
「グリマルディ戦線」。
苛烈とも言えた、壮絶な決戦を、俺は生き残った。そこで、このリアルすぎる夢ともおさらば…かと思ったが、「現実」は甘くなかったらしい。
ボロボロに疲弊して、なんとか母艦へ帰還した俺を待っていたのは、モビルスーツを15機撃墜した賞賛の嵐と、猜疑の眼差しだった。
俺がメビウスを駆っていたのも、この決戦で編入されたのも、間違いはないのだが、それ以前の記録がなかったのだ。そりゃそうだろう。俺が確かに持ってる記憶は、すでにグリマルディ戦線へ投入された戦場の記憶しか無いのだから。しかし、書類は偽造の痕跡は一切なし、編入手続きも軍の上層部も確認しているのだから間違いはない。
真っ先に疑われたのは、プラントからのスパイ容疑だった。
しかしながら、メビウスというやられ役代名詞の機体でモビルスーツを15機撃墜しているという肩書きがある俺を、スパイ容疑で連行するのは、士気の低下や、軍内部の信用問題にもなるため、俺への尋問は秘密裏に行われた。
まずは、俺がコーディネーターであるかの検査。血液検査に、簡単な医療的検査。薬物反応の検査など、さまざまな検査が行われたが、結果は「ナチュラル」だった。
結果を再三確認した上官から「貴様のようなナチュラルがいるか」とぼやかれたのは、地味にショックだった。
次に、諜報的な尋問。
ナチュラルでありながら、コーディネーターの味方をし、あまつさえ諜報活動すらする輩も少なからずいる。
自分もそうではないかと疑われたが、探せど探せど、自分の過去を記したデータがどこにもないのだ。抹消とか、偽造とか、そんなチャチなもんじゃねぇ…もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ…みたいなポルナレフ状態な監査員が可哀想に思えるほど、何も出てこなかったのだ。
では、どうするか?
答えは簡単だった。
グリマルディ戦線を生き残ったエースパイロットとして、プロパガンダに利用すればいい。軍上層部が出した結論はそれだった。
同じくグリマルディ戦線を生き残った「メビウス・ゼロ隊」の唯一の生き残りであるムウ・ラ・フラガや、同じメビウス編隊にいた数名の戦友が共に賞賛、英雄視され、連合軍のプロパガンダに利用される事となった。
「メビウスライダー隊」。
俺たちをまとめて監視し、軍として運用するために創設されたその隊に、俺たちは放り込まれた。
「俺はムウ・ラ・フラガだ。よろしくな、ルーキー」
「ルーキーって名前じゃないですよ」
「じゃあ、お前の名前はなんだよ」
初めてムウと顔を合わせた時の会話だ。グリマルディ戦線では、ともに敵と戦うことで精一杯で、落ちていく仲間を気遣うこともできなかった。そんな中で、互いに名前を聞かずに背中を守りあって生き延びたのだ。
俺は歴とした日本人。だが、SEEDの作中では、ナチュラルに日本人名は少ない印象があった。
俺は自分に付けられた新たな名を発した。
「ラリー。ラリー・レイレナード。よろしく、ムウさん」
軍の上層部に提出された書類に記載された俺の名。
この名は、俺が好んで使っていたキャラ名だ。ロボットアクションゲームで、パイロットに名前を付けられるのは全部これで通している。
なぜレイレナードかって?そりゃ好みだからさ。アクアビットかトーラスも迷うな…。いや、いけない。SEEDの世界にコジマを持ち込んだら収拾つかなくなる。
最終局面で、プロヴィがソルディオス・オービット(空飛ぶ変態玉)持ってきたら絶望で水没しちゃう。
まぁそんなわけで、グリマルディ戦線のあと、俺たちは監視されながら戦場を渡ることになった。
何度か死ぬ思いはしたが、愛機となったやられ役機「メビウス」でなんとか生き残っている。しかし、なぜやられ役機であるメビウスでモビルスーツと戦えるのか?
それは俺にもよくわかっていない。俺は思い描くままの機動で飛んでいるだけだが、それがなんとモビルスーツ戦と相性が良かったらしい。まぁそれで済む話ではないけれど。
一度、戦闘データをモニタリングしていたオペ子ちゃんから「何これ、ふざけてるの…?(呆れ)」なことを言われたのは記憶に新しい。
話によれば、俺はメビウスの操縦をオートとマニュアルを切り替えながら行っているらしい。元来、複雑な操縦技術についていけないナチュラルの操作OSは、単純なものだった。
ことメビウスに関しては、「前進」「後退」「上昇」「下降」「旋回」という工程がそれぞれ独立しており、パイロットはこのどれかの操作しか行えないといったものだ。
すなわち、メビウスは進んだり曲がったりはできるけれど、進みながら旋回するなどの曲芸飛行は、オート操作では限界があるということ。
俺はそれをマニュアルモードにし、メビウスの機動力を最大限に引き出しているようだ。曲がりながら後退し、上昇しながら旋回し、それらを組み合わせ、相手が予測する航路から大幅に外れたりと、そんな飛行を行っている。
『あ、あれがモビルアーマーの動きだと?じゃあ俺はなんだ!?』
とか、ドン・だれーネルさんが言いそうなセリフを言って、撃墜されたモビルスーツパイロットを思い出す。
ちなみに、相手の声が聞こえる理由は俺にもわからない。オペ子ちゃんに話しても「何言ってんだコイツ」という目しかされない。ムウからはお酒を奢ると言われた。何故だ。
一度、ムウが駆るメビウス・ゼロとの機動力勝負をしたことがあったが、勝負にならなかった。何故か?開始30秒で俺が振り切ってしまったからだ。流石のムウでも、マニュアルとオートを使い分ける操縦には付いてこれなかったようだ。
しかし、俺の操縦法には大きな欠点がある。
それは燃費の悪さ。
本来はオートで制御されているものを、マニュアルで無理やりぶん回して使っているのだから、ノーマルのメビウスではすぐにエンジンがイカれ、燃料が底を突いてしまうのだ。由々しき事態だった。軍としても、士気向上やプロパガンダ役を背負わせている以上、俺の機体の問題に対処するしかない。
そこで作られたのがーー
『警告!警告!敵機の反応を確認!!第一次警戒態勢!!パイロットは発艦準備を』
『リークとゲイルは船で待機だ!ラリー!お前さんはもう出れるな!!俺もすぐに出る!艦長は船を出してください!!』
鳴り響く警告に、俺の神経は鋭敏になる。
ムウの怒号のような声に、待機していたメビウス隊の面々も顔が引き締まったようだった。
俺たちが護衛する輸送艦をトレースしていたザフト艦。間違いない、彼らが動き出したのだ。ここからは避けられない戦場が待っている。
俺やほかのメビウス乗りと同様に船が出撃準備を整えて行く。ハンガーの中が一斉に騒がしくなった。
G兵器が開発されているヘリオポリスまで、あと数刻。
運命の日は、すぐそこに迫っていた。