ミストラルについての操縦講習を終えたラリーは、一人で展望室を訪れていた。さっきまで、アークエンジェルにいる避難民や、キラ達、そして通信機越しに折り紙の教えを乞うクラックスのクルーと共に、葬いの花を折っていたのだがーー。
「いつまで、そうやってるつもりなんだ?」
ラリーは展望室からユニウスセブンを眺めながら、後ろに隠れていた人物に聞こえるようにそう呟く。すると、通路の陰から一人がふわりと無重力の中を泳いで、ラリーの前に現れた。
出てきたのは、フレイだった。
彼女は何かをいいたげにしながらも、どこか戸惑った様子で、ラリーと床と、視線を行ったり来たり彷徨わせている。
「今でもコーディネーターは気味が悪いか?」
確信めいたように、ラリーは言う。彼女が戸惑っている問いの真ん中を射抜くように。
「聞いてたんだろ?リークとキラの会話を」
リークとキラがミストラルの整備をしていた時、ラリーは離れたところで、ミストラルの作業用ロボットアームの制御を司るOSの調整を行なっていたのだ。そして、ふと見つけた。隠れてキラとリークの会話を盗み聞くフレイの姿を。
「そんなの……わかんないわよ!」
フレイは、いつものお嬢様のようなフワフワした表情を捨て、吐き捨てるようにラリーに叫ぶ。
「コーディネーターが居なければ、戦争なんて起きてなかったってずっと信じてたのに……なのに……」
ずっと、父の語っていた言葉を信じてきた。ナチュラルが正しく、人工的に生み出されたコーディネーターは化け物だと。体の全てが手を加えられた、人ならざるものだと蔑視する見方が、絶対だと信じていた。
けど、その信頼はもろくも崩れ落ちた。
アルテミスでの地球軍の対応や、睨み合うクラックスのクルー達の姿を見て、フレイはラリーが語った言葉を頭で繰り返していた。
〝ナチュラル同士でも、戦争は起こってた〟
今よりもずっと時間をかけてナチュラルがコーディネーターのように宇宙に進出したとしても、ナチュラルとナチュラルの血で血を洗う戦争は起こっていたのではないか?単なる私利私欲に突き動かされて、何のためらいもなく仲間に銃口を向ける地球軍を見て、フレイはそれを想像してしまったのだ。
けれど、彼女の根底にあるブルーコスモスの父の思想が、辿り着いた想像を否定する。その間に揺れて、フレイは戸惑っていたのだ。
「君は言ったな?なぜコーディネーターを庇ったのか、と」
フレイが初めてラリーに声をかけたきっかけ。
なぜ、地球軍であり、ナチュラルである彼が、コーディネーターであるキラを庇ったのか。ラリーは何の衒いもなく、簡潔に答える。
「コーディネーターである前に、キラは俺たちメビウスライダー隊の仲間だ。仲間だから、庇ったんだ」
ただ、それだけ。ラリーやクラックスのクルーがキラを庇った理由はそれだけだ。それ以上も、それ以下もない。
フレイは、ラリーの答えをどこかで見当を付けていた。故に驚くこともなく、淡々とラリーの言葉を心に落として行く。そして、フレイは意を決して思ったことをぶつけた。
「アンタ…コーディネーターが憎くないの」
急に口当たりが強くなったところを見て、これが彼女の素の状態なのだろう。ラリーは睨みつけてくるフレイにただ小さく笑った。
「そう思ったほうが、兵士としては正解なのかもね。けど、俺は真っ平ごめんだ」
コーディネーター憎しで戦う兵士はごまんといる。しかしそうした兵士は、憎しみを原動力に動く歯車のように見えた。憎しみで己を支え、憎しみで争い続ける戦争を動かす歯車。
全く嫌になる。
「こういう戦争を後押しするのは、そういう憎しみと拒絶だ。そんなんじゃ、憎しみに支配されたこの戦争が終わったあとに何が残る?」
「この戦争が、終わった後…?」
コーディネーター憎し、ナチュラル憎し、プラント憎し、地球憎し。その憎悪をエネルギーにして膨らむ戦争のいく末を、ラリーは知っている。けれど、まだ誰もその先を考えていないのが現実だった。
だから、ラリーはフレイにそれを伝えた。
自分の感情に赴くままになる前に。
「それをよく考えてみることだな」
ラリーはすれ違いざまにフレイの肩に手を置いて、そっと呟く。しばらく通路を進んでから振り返ったが、そこに追ってくるフレイの姿は無かった。
////
「総員、敬礼!!」
ユニウスセブン。トン単位の水が眠る氷塊を前にして、アークエンジェル、クラックスの両クルーは、腕いっぱいに抱えた葬いの花を解き放つと同時に、黙祷と敬礼を捧げた。
静寂の宙に浮かぶ死んだ大地。数多くの沈没船。ここにある全てが、人が残した戦禍の跡だ。
その業を前にして、誰もが口を閉ざし、哀悼を送る。
ふと、ヘルメットの通信機から音楽が聞こえてきた。
古い曲。
まだ人類が宇宙に上がる前に、とある大国で愛唱されていた賛美歌だ。
その歌詞中では、黒人奴隷貿易に関わったことに対する悔恨と、それにも拘らず赦しを与えた神の愛に対する感謝が歌われている。
ラリーは思った。遠くから聞こえるこの曲のように、神はこの光景を見ても、人を赦してくれるのだろうか。
ふと、ラリーの隣に立っていたリークの肩が震える。クラックスのクルー達の多くが、この哀悼の中で涙を流していた。彼らもまた、多くの仲間や友を、このくだらない戦争で失っている。
ラリーも瞳を閉じては、過去に散っていった戦友を想う。
フランツ、ミハエル、リョウ、ーーそしてゲイル。メビウスライダー隊で戦死した仲間。
彼らを想うたびに、自分たちは生きているのだと実感する。実感し、そして彼らが望んだことを果たすために今を生きている。
今はまだ、自分には何もできない。何の力もない。だが、必ずこの醜い戦争を終わらせる。ラリーは、目を開き、氷塊と景色を眺めながら、深くそう心に刻みつけた。
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「後、どのくらい?」
「後4時間ってとこですかね?弾薬の方は後1往復で終了ですが……」
オペレーターであるトノムラの言葉に、マリューはそうと小さく言ってシートに沈み込んだ。
正直に言えば、時間は惜しいものであった。アルテミスで撒いたとは言え、近くの宙域にはローラシア級のザフト艦がいるのだ。もし、補給中に居場所が知られれば、こちらに打つ手立てはない。
マリューにとって、この補給は命がけの補給であった。
《ラミアス艦長、そう焦るものでもありませんよ》
そんなマリューを落ち着かせるように、隣で同じく補給作業を行うクラックスの艦長、ドレイクが優しげな口調でそう言った、
「顔に、出てましたか…」
《ええ、美人の顔はよく見ていますので。まぁこんな老いぼれに口説かれても嬉しくは無いでしょうが》
片目を閉じて冗談っぽく言うドレイクの言葉に、マリューは固くこわばっていた表情をすこし和らげた。
《貴方は実に実直な艦長だ。化かし合いには向いていないように見える。しかし、その実直さが船乗りには何よりの宝なのですよ》
ドレイクは、マリューの未熟ながらも真っ直ぐな指揮を気に入っていた。腹のなかであれこれ考えたところで、策を弄すれば弄するほど、人は深みへとはまっていくものだ。その深みにはまり、沈んでいった多くの艦長をドレイクは知っている。
《長年、戦場にいるとこういう運頼りな場面に出くわす機会があります》
例えば、エンジンの修理中にザフトの艦隊を捕捉してしまったとき。例えば、エンジンを最小限の出力にして敵勢力の偵察を行ったとき。戦略も戦術も戦力もない、単なる運で勝負しなければならない時が来る。
《そういったときの艦長の心構えはーー》
ドレイクは深く帽子をかぶり直して、ニヤリと笑みを浮かべた。
《敵に見つかりはしないと虚勢をはる事です。そう思い込めば、敵は避けて通るものですよ》
その言葉に、マリューは呆気にとられたが、反対にクラックスのブリッジは僅かにだが湧いていた。
《違いないですね》
《実に艦長らしい!》
ヒューと口笛も飛ぶなかで、ドレイクは恥ずかしそうに咳払いをする。その光景を見て、マリューはただ苦笑を返すしかなかった。
しかし、彼女はまだ気づいていない。彼女が指揮をするアークエンジェルこそが、地球軍の不沈艦伝説を築くと言うことを。