ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第31話 バレなきゃセーフ

アークエンジェル。

 

艦長室で、事のあらましを語り終えたラクスが案内されたのは、居住区の奥にある部屋だ。部屋の前まで武器を持った兵に送られ、彼女は部屋の中、一人で祈りを捧げていた。

 

「ハロ、ゲンキ?ハロ?オマエ、ゲンキカ?」

 

そんな彼女の周りを小さなハロが飛び回る。

 

「ハロ」

 

自分の婚約者が作ってくれた友達。ラクスはそれを手にとって、優しく撫でる。自分が乗っていた民間船から持ち出せたものは、この友達だけだった。

 

船を襲った地球軍。彼らの様子は一目見て、おかしいものだと思った。臨検と言いながら、彼らがやったことは船の完全な制圧。そこに居合わせた一般人を装った護衛や、士官がどうなったかなんて、簡単に想像がつく。

 

ラクスは一人、小さくため息をついた。

 

今、自分は破滅的な終局へ向かおうとしている地球とプラントの歩みを止めさせるため、父であるシーゲル・クラインと共に水面下で事を進めている。

 

おそらく、今回の襲撃はそれを疎ましく思うプラント側のどこかの勢力によって情報が漏洩したか、それとも地球軍の誰かが嗅ぎつけたか。

 

ラクスには見えない敵が多すぎる。

ただ、こんな醜い戦争を止めたいだけなのに。

 

「マイド!マイド!アカンデェ~」

 

そう電子音声で跳ねるハロを見つめる。ラクスは、この船に乗ってから「世間知らずなアイドル、ラクス・クライン」を演じている。その方がずっと建設的で、ひとまずの安全を確保するには有効だから。

 

とにかく、こうなってしまった今はどうすることもできない。ラクスはただ、自分の本来の目的を果たそうと思った。

 

「祈りましょうね、ハロ。どの人の魂も、安らぐことの出来るようにと」

 

自分の中にある思惑とは別に、ラクスがユニウスセブンで犠牲になった人々を悼むのは、本物の気持ちなのだから。

 

 

////

 

 

グロッキーだったカズイを送り届けたキラたちは、アークエンジェルの通路にいた。

 

ひとまず、ユニウスセブンから運び込んだ弾薬や、氷の整理と、アークエンジェルとクラックスの武器弾薬量の調整が必要だ。アークエンジェルで余った余剰分の物資をクラックスへ運搬する任務が、キラやラリーたちには残っている。

 

「あのジン、もしかして…」

 

通路をライトニング隊の三人で歩いていたとき、ふと、キラが呟く。自分が落とした複座のジンは、保護された少女を探していたのではないだろうかと。

 

「キラくん、あの複座のジンが彼女を探していたとしても、君が撃たなかったらこちらがやられていたんだ。仕方なかったんだよ…いろいろと」

 

間が悪かったんだよ、とリークがキラを慰める。戦場ではよくあることだとも付け加える。たとえば、負傷兵を運んでいた船をモビルスーツが撃破したり、またその逆だったり。そんな事は望んでいないのに、戦場の不条理によって起こる悲劇だ。そう割り切るしかない。

 

「とはいえ、あの子の扱いをどうするかだね。ザフトの要人の娘と来たもんだ。僕らじゃ判断つかないし」

 

リークもクラインの名が、ザフトの要人であるということは知っていた。キラや他のクルーはそこにまだ気づいてはいないだろうが、地球軍にそれがバレれば、彼女はきっと軍事的な取引に利用されることになるだろう。

 

「レイレナード中尉?」

 

ふと、キラが何も言わずにいたラリーの顔を覗き込んだ。その表情は険しく、何かを考え込んでいるようで、覗き込んでいるキラに気づくには少し間がかかった。

 

「ん?いや、あー、すまん。少し考え事をな…」

 

ラリーは誤魔化すように言って、にこやかに笑う。彼女がこの先、どうなるのかを考えているのはラリーも同じだった。もっとも軍事利用されることを憂いているリークとは別の方向ではあるが。

 

「フレイ?」

 

食堂近くに差し掛かったところで、通路の向こう側からフレイが歩いてきてるのが見えた。

 

「あ、キラ…それに…」

 

「ラリー・レイレナード。いい加減、兵隊さんとかじゃなくて名前で呼んでくれ」

 

「僕はリーク・ベルモンド。よろしくね」

 

軍人らしくない人当たりのいい笑顔をする二人に、フレイは軽く会釈を返す。

 

「フレイ、その食事…」

 

キラはフレイが手に持つ食事を見つめる。自室で食べるつもりなのだろうかと思っていると

 

「さっき、キラが保護した子。その子に食事を届けることになってね」

 

だから持っていくのよ、と答えるフレイをキラは少し間の抜けた表情で見つめた。彼女がコーディネーターを毛嫌いしてるのはわかってはいたが、なぜそんな彼女が食事を…。

 

「何よ、食事を持ってくのがおかしい?」

 

「い、いや…えっと…」

 

キラの視線に気がついたのか、フレイは不満げに口を尖らせる。そんな彼女にしどろもどろになるキラだったが、フレイの顔はいつもの年頃の娘のようなあどけなさが薄れているように思えた。

 

「…私も、いろいろ知りたいことがあるのよ。いろいろとね」

 

フレイはそう言いながら、キラの隣にいるラリーを見た。なんでも知ってるような気にくわない顔をするラリーは、いつもよりニコニコと笑っていて。その表情はどこか、フレイのわずかな変化、しかし確かな変化を喜んでいるように見えた。

 

思わずフレイはそっぽを向く。どこか悔しくて。

 

「一応、俺たちも付いていっていいか?相手は保護してるとはいえ、ザフトの人間だ。俺たちもいた方がーー」

 

「何が居た方がいいのでしょうか?」

 

「え?」

 

ラリーの言葉を遮って聞こえた声に、ライトニング隊は思わず振り返り、食事を持っていたフレイはラリーの横から覗き込む。

 

「ハーロー。ゲンキ!オマエモナ!」

 

そこには、小さなハロを携えた少女、ラクス・クラインが居た。

 

 

////

 

 

「しっかしまぁ、補給の問題が解決したと思ったら、今度はピンクの髪のお姫様か。悩みの種が尽きませんなぁ。艦長殿!」

 

《冗談を言ってる場合じゃないぞ、フラガ大尉》

 

まったくと言って、ドレイクはくたびれた帽子のツバをなぞる。マリューからあらかたの事情を聴き終えたドレイクは、頭を抱えたくなった。

 

マリュー・ラミアス。

 

彼女はどうも、トラブルを呼び込む星の下に生まれているらしいと心の中で呟く。

 

「あの子もこのまま、月本部へ連れて行くしかないでしょうね」

 

苦しそうに言うマリューに、ムウが頷く。

 

「もう、寄港予定はないだろ?」

 

「ええ。でも、軍本部へ連れて行けば彼女は、いくら民間人と言っても…」

 

「そりゃー大歓迎されるだろう。なんたって、クラインの娘だ。いろいろと利用価値はある」

 

そうよね、とマリューは顎に手を添えた。月の本部に連れて行ったとしたら、彼女の身柄は取引材料として扱われることになるだろう。ラクスの意思を完全に無視した形で。

 

《ラミアス艦長は、どう考えている?》

 

ドレイクの言葉に、マリューは顔を上げた。

 

「できれば、そんな目には遭わせたくないんです。民間人の、まだあんな少女を…」

 

「そうおっしゃるなら、彼らは?こうして操艦に協力し、戦場で戦ってきた彼らだって、まだ子供の民間人ですよ」

 

マリューの甘い言葉を斬ったのは、ナタルだった。

 

「バジルール少尉…それは…」

 

「キラ・ヤマトや彼らを、やむを得ぬとはいえ戦争に参加させておいて、あの少女だけは巻き込みたくない、とでもおっしゃるのですか?」

 

なんとも都合のいい、と嘲笑うかのような言葉で、ナタルはマリューを追い詰めていく。

 

「彼女はクラインの娘です。と言うことは、その時点で既に、ただの民間人ではない、と言うことですよ?」

 

その言葉に、マリューもムウも何も答えなかった。しかし、その沈黙を破る人物がいた。

 

《バジルール少尉は、彼女を軍事的に有効利用した方がいいと?》

 

映像通信越しのドレイクは、その鋭い眼光をくたびれた帽子の下から光らせ、ナタルを見据えながら問う。

 

「…軍人として、全うすべき事はあるはずです」

 

《しかし、それは修羅道だよ。君の言うことを客観的に見れば、君は兵士は単なる駒であるべきだと言っているかのようだ》

 

たしかにその考えは、戦場を生き抜く指導者として必要ではあるだろう。しかし、それはあくまで正規部隊での話である。ナタルは一つ大きな間違いをしている。

 

《少なくとも、キラ・ヤマトや、その友人たちは我々の手助けをするために協力してくれている。彼らと、今回保護した彼女を同列視はしてはならないと思うがね》

 

今のアークエンジェルは、経験豊富な正規軍人で運用されているわけでない。不慣れな下士官たちと、それに協力してくれている彼らの力で成り立っている。その中で厳格な軍人思考を持ち込むのは、ナンセンスだと思えた。

 

《戦略に感情を含めれば負ける。しかし、向かう指針に道徳心を欠くようになっては、最早殺戮者と大差ない。そこを忘れてはいけないよ。バジルール少尉》

 

戦闘になれば、非情に徹する必要があるのが軍人だ。しかし、非戦闘時も非情になるというなら、それは軍人ではない。

 

「ラミアス艦長。とにかく、彼女をどうすることもできない。この件は深く話し合う必要があるが、今は補給作業が優先だ。備蓄の確認と物資の整理が終わってから改めて話し合いをしよう」

 

しかしドレイクは知らない。自分たちが抱えたものが、幼気な少女ではなく、この世界における起爆剤であるということを。

 

 

////

 

 

 

「わぁー…驚かせてしまったのならすみません。私、喉が渇いて……それに笑わないで下さいね、大分お腹も空いてしまいましたの。食堂はどちらですか?なにか頂けると嬉しいのですけど…」

 

のほほんと言った口調でそう語る少女、ラクス・クラインに遭遇した四人は、全員が頭を抱えることになった。

 

「っで、ってちょっと待って!?」

 

「鍵とかってしてないわけ…?」

 

「くそ、ほんとにガバガバだな!こりゃブリッツ捕獲しなくて本当に良かった…」

 

「え、やだ!なんでザフトの子が勝手に歩き回ってんの?!」

 

各人各様の反応を見て、ラクスは可愛らしく小首を傾げた。

 

「あら?勝手にではありませんわ。私、ちゃんとお部屋で聞きましたのよ。出かけても良いですかー?って。それも3度も」

 

「衛兵さーん!仕事してくださいマジで!」

 

ラクスの言葉を聞いて、リークが絶望したように言った。その言葉にキラもラリーも、うんうんと頷く。

 

「それに、私はザフトではありません。ザフトは軍の名称で、正式にはゾディアック アライアンス オブ フリーダム…」

 

「な、なんだって一緒よ!ザフトはザフトで、アンタはコーディネーターなんだから!」

 

フレイの狼狽ぶりを見て、ラクスの表情は少女らしいものではなく、少し真剣みを帯びたものに変わった。

 

「同じではありませんわ。確かに私はコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの」

 

その言葉に、フレイが目を見開いて反応する。それをお構いなくと言った風に、ラクスは手を差し出した。

 

「貴方も軍の方ではないのでしょう?でしたら、私と貴方は同じですわね。御挨拶が遅れました。私は…」

 

「ねぇ。アンタ…」

 

ラクスの言葉を遮って、フレイは呟くように彼女を見た。少し視線を細めて、苦々しいものを噛み潰すように。

 

「アンタはそう言ってるけど、ナチュラルが怖くないの?憎くないの?」

 

パタパタと、ラクスが持つハロの羽のようなパーツが揺れる。キラは驚いた表情でフレイを見て、ラリーとリークは黙って事の行く末を見守っていた。

 

「ふざけないで…。答えてよ。アンタも、友達とかをナチュラルに殺されてるんでしょ?なんでそんな…ナチュラルと握手なんてしようとできるの?なんで?なんでなの?」

 

心のどこかで、父が言っていたことを信じたい自分がいて、けれどラリーとの話でそれが真実じゃないと気づき始めてる自分がいて。フレイはそんな不明瞭な心境の中で、ラクスの言葉を待った。

 

しばらく、ラクスはフレイを見つめてから、にこりと優しく微笑む。そこには少女のようなあどけなさはなく、どこか慈愛に満ちた表情であった。

 

「私は、コーディネーターである前に、ひとりの人間ですもの」

 

ラクスはそう言って、フレイの固く握られた手をそっと掴んだ。

 

「助けてくださった方々と仲良くしたいと思う気持ちは、間違ってるのでしょうか?」

 

その言葉に、フレイはひどく動揺した。父が言っていたバケモノのコーディネーターとはかけ離れていて、まだ自分がヘリオポリスに居たころに仲良くしていた友達となんら変わりのない…ただの人と同じような思いに。

 

「そんな…子供みたいな…こと」

 

「ま、それが普通なんじゃないの?」

 

震えるフレイの肩へそっと手を置いたのはラリーだった。フレイの隣に並ぶように、彼もラクスと視線を交わす。

 

「俺だって、戦争なんてテレビの向こう側で起こってて、自分たちには関係ないと思えたら、その国の人間とも仲良くできるもんだ」

 

生前、ラリーにとって戦争は自分の世界とは別の話のように思っていた。だから、世界の大半から疎まれているような国の人間とも友達なんていう平和ボケに浸っていたのかもしれない。

 

「戦争してる人間同士は憎しみ合ってるのに、それを知らないから仲良くできる…都合のいい考え方だぜ」

 

「ラリー!」

 

これはまずいことを…と言いたげなリークがラリーを止めようとしたが、彼はわかってるという風に手でリークを制した。

 

「ーー戦争ってのは、憎しみを人の心に植え付ける力を持ってる。それもキモいくらい根深くな。フレイがコーディネーターに対して感じていた嫌悪感のように。けど、それを跳ね除けない限り、この腐った戦争も終わらないんだよ」

 

この世界に来て、多くの戦場で、ラリーはそれを見た。人の心に憎しみが植え付けられる瞬間を。どうしようもない怒りを抑えられずに、コーディネーターを否定し、罵声を浴びせ、死んでいく兵士を。

 

ラクスも悲しげに視線を落とした。

 

「悲しい日々が続きますもの。私も、こんな戦争は嫌いです」

 

ラリーはしばらく、そんなラクスを観察していた。全てを見逃す事のないように。

 

今はまだ、彼女の本心に判断はつかないが、この破滅的な戦争に悲しみ、嘆いてるのは確かだった。今は、それで充分だ。

 

「さぁて、じゃあ姫さま。部屋に戻ってもらいたいのですが如何でしょうか?」

 

ラリーはごほんと咳払いをして、わざとらしくラクスにお辞儀をしてそう言う。

 

「もうすこし、この船を見て回りたいのですが…」

 

「バジルール少尉が許可しないでしょうね」

 

「だよねぇ」

 

ラクスの希望は、キラとリークの言葉で水泡に帰した。が、ラリーは違う。

 

「ま、こんなザル警備だ。きっとこのお姫様、また抜け出すに決まってる。それにな、フレイ、キラ。世の中にはこんな言葉がある」

 

ラリーは二人の肩を抱いて引き寄せると、小さな声と悪そうな笑顔で言った。

 

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」

 

「うわぁ…」

 

リークが頭を抱えてドン引きな声を上げる。キラはただ困ったように笑って、フレイは見たこともないジト目でラリーを見つめた。

 

「見習っちゃだめよ、キラ。アンタがそんな事言ったら引っ叩くんだから」

 

「み、見習わないよ!」

 

「まぁ!ふふ」

 

そんなやりとりを見て、ラクスはただ小さく笑った。ほんの僅かにだが、ラクスが望んだ未来がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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